
| 【 和 訳 】 |
| 五行相勝第五十八 |
| 木は官名でいうと司農である。司農が邪まな行ないをしたならば、徒党を組んで悪人と結託し、君主の耳目を曇らせ、賢人を退け、公卿をみな滅ぼす。人民に奢侈を教え、他国の使節と行き来して、農業に勤めず、博奕や闘鶏、狩りや乗馬に明け暮れ、長幼の序が失われ、力の強い者が弱い者を虐げ、みな盗賊となり、欲望のままに振る舞って道理も何も無くなり、司徒に誅殺されることになるのである。斉の桓公がその例である。覇道を行ない武力を頼んで、蔡を侵略して、そのために蔡は滅び、ついには楚を討伐して、楚の人々は斉に降伏し、中国を安定させたのである。そもそも木とは農事のことである。農とは民のことである。民が言うことを聞かずに背けば、司徒に命じてその首領を誅殺させるのである。であるから金は木に勝つと言うのである。 火は官名でいうと司馬である。司馬が讒言をしたならば、事実に違うことを言い真実をねじ曲げて人を陥れ、内に対しては骨肉の情を断ち切り、外に対しては忠臣を遠ざけ、賢人聖人は去って行き、邪まな人々が日々勢力を得ていくのである。魯の上大夫の季孫がその例である。魯国の権力を一身に集め、却って魯の国の威徳を弱めたのみならず、あまつさえ賢臣を誣告し、君主を惑わしたのである。孔子が魯の司寇となると義に基づいて法を執行したので、季孫氏は勢力を縮小し、更に費や?にある城を壊させ、所有出来る武器に差異を設けたのである。そもそも火とは官界自体である。邪まな心を持ち賢臣を讒言し君主を惑わせるような者がいたならば、法を執行してそのような者を誅殺するのである。法を執行するのは水である。であるから水は火に勝つと言うのである。 土は君主直属の官である。その上に立つのは司営である。司営がよからぬ行ないをしたならば、君主のすることには何でもその通りですと言い、君主の言うことには何でも素晴らしいと答え、君主の意向に迎合し、逆らうことなく追従し、君主の好む物を進めてその心を満足させ、君主を邪まな道に導き入れ、不正義へと堕落させ、大々的に宮殿楼閣を造営し、贅を凝らして装飾を施し、無制限に税を取り立てて民から財産を奪い、頻繁に労役に駆り出しては民から仕事の時間を奪い、際限無く事業を起こしては民から活力を奪い去り、そのため民は憂い困窮し、国に反乱を起こすのである。楚の霊王の場合がその例である。乾谿の台を造営し、三年かかっても完成せず、民は疲弊して王に背き、王自身は殺されたのである。そもそも土とは君主直属の官のことである。君主が贅沢に振る舞って節度が無く礼に外れるようなことをしたならば、民は背くのである。民が君主に背いたならば君主としての立場は行き詰まってしまう。であるから木は土に勝つと言うのである。 金は官名で言うと司徒である。司徒が邪な行ないをすれば、朝廷の内では君主の寵愛を受け、朝廷の外では軍隊に対して驕慢な態度を取り、権力を一手に握り、無罪の者を殺す。他国を侵略しては暴虐の限りを尽くし、戦争を起こしては好き勝手に略奪する。法令は執行されず、禁令も効力がなく、将軍には慕われず、兵卒は従わない。軍隊が弱くなり国土は削られ、君主に恥をかかせるような事態になると、司馬が司徒を誅殺するのである。楚がその国の司徒得臣を殺したのがその例である。得臣は頻りに戦争を起こし敵国を破り、朝廷の内にあっては君主の寵愛を受け、驕り高ぶって部下をいたわらず、そのため兵卒も彼に従わず、敵に向かえば弱く、楚の国を危機に瀕せしめたので、司馬が得臣を誅殺したのである。金は司徒である。司徒の能力低く、部下を使いこなせないと司馬が司徒を誅殺するのである。であるから火は金に勝つと言うのである。 水は官名で言うと司寇である。司寇が秩序を乱したならば、度を越した恭しさで小事に拘り、巧みに取り繕った言葉や態度をとり、賄賂を受け取って目通りを許し、身びいきして不公平な政治を行なう。法令は緩やかだが人を誅殺するのは厳しく、無実の者を殺すようなことになれば、司営が司寇を誅殺するのである。営蕩がその例である。彼は斉の司寇となり、太公が斉に封ぜられてくると、太公は彼に、国を治めていく上で肝要なことは何かと尋ねた。それに対し営蕩は次のように答えた「ただ仁義に基づくことです。」太公は尋ねた「仁義に基づくとはどういうことか。」営蕩は答えた「仁とは人を愛すること、義とは年老いた者を尊敬することであります。」太公が尋ねた「人を愛し年老いた者を尊敬するとはどういうことか。」営蕩は答えた「人を愛するとは、子供がいたとしてもその子の力に頼って養われるようなことはしないということで、年老いた者を尊敬するというのは妻が年齢を重ねていったなら夫は彼女を敬うということです。」太公が言った「私は仁義によって斉を治めようと思っていたが、今あなたは仁義によって国を乱そうとしている。私は斉の領主の位に就いたならば、あなたを誅殺して斉の国を安定させるであろう。」そもそも水とは法を執行するもの、つまり司寇である。法を執行する時に身びいきして公平でなく、法に拘りすぎて人を処刑したならば、司営が司寇を誅殺するのである。であるから土は水に勝つと言うのである。 |