2006年01月16日

「名君」「暴君」大逆転の戦国史

「名君」「暴君」大逆転の戦国史読了。


著者は、一般の戦国史ものは主観や後世の伝説などにとらわれて正しい歴史を伝えていないと述べていますが、読んでみると、だからといって特別新しい事実や視点が提供されているわけでもなく、良くも悪くも<読みやすい新書>ですね。

取り上げているエピソードも、結局著者自身の好みって感じがしてしまい、著者の語る「狙ったもの」に、どこまで本書が成り得ているのか疑問です。

〔管理人による補足〕

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2005年11月25日

博物館の誕生

博物館の誕生―町田久成と東京帝室博物館』読了。

現在の東京国立博物館を作った町田久成の伝記であり、博物館の創設記です。そこに、大きなドラマだとか感動の物語というものがあるわけではなく、ごくごく普通に、悪く言えば予想通りに歴史は進んだな、というのが率直な印象です。

町田と同時期に上野動物園を作った田中氏が多少印象悪くかかれていましたけど、「動物園の誕生」という本があれば、本書とは全く逆の記述になるのでしょう。

ところで本書は、豊富に当時の写真なども挿入されていて、物語が非常にわかりやすくなっています。一番のおすすめポイントは、そんなところかもしれません。

〔管理人による補足〕

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2005年11月21日

ジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルク―歴史を生き続ける「聖女」』読了。

著者の高山氏は、あたしの勤務先から刊行した『ジャンヌ・ダルク処刑裁判』『ジャンヌ・ダルク復権裁判』の編訳者で、この著書でもジャンヌ研究の基本資料となる両書を納戸も引用しています。

さて、この本はジャンヌ・ダルクという少女の一生を追うわけでもなく、なぜ火刑に処せられたかを探るものでもありません。ジャンヌとその時代を知ろうという人には面白くない、期待はずれの本かもしれません。

本書の主テーマは、ジャンヌ像の変遷、つまり、あたしたちがよく知っている(そうだと思いこんでいる?)いわゆる「ジャンヌ・ダルク」は、ジャンヌの死後どのようにして造られたのか、ということです。

ジャンヌは聖女が否か、あるいはフランス王室の血を引く者ではないかといった時代時代に湧き起こったジャンヌ論をわかりやすくまとめてあり、新書サイズでコンパクトなジャンヌ・ダルク研究史といった一書です。

少し前に読んだ、『マグダラのマリア―エロスとアガペーの聖女』が、マリアその人の生涯を知りたかったのに、「マグダラのマリア像の変遷、成立過程」を述べた本であったことにがっかりしたのと逆の現象が本書で味わえました。

それにしても、ジャンヌ・ダルクが魔女として処刑されたと思いこんでいた私は本当に西洋史に弱いです(涙)。

〔管理人による補足〕

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2005年11月16日

多神教と一神教

多神教と一神教―古代地中海世界の宗教ドラマ』読了。

古代地中海周辺世界の宗教の変遷をコンパクトにまとめた一書。ただ、こちらに古代ヨーロッパ史の知識が薄いため、消化不良なところがあります。

多神教から一神教への変化が歴史上の大事件であるというのは理解できますし、一神教になればなるほど排他的になるというのも理解しやすいです。

この歴史の流れを説明するのに、あたしのような素人には、もう少し庶民の生活、当時の社会の有り様ってものを詳しく描いてもらいたいと思いました。エジプト人は毎年のナイルの氾濫の前になすすべもなく、そこには人の力ではどうにもならない大いなる力が働いていると考えていたとありましたが、そういった実際に生活している庶民の目線で、もう少し説明してもらえたら、わかりやすくなったのではないかと思います。

〔管理人による補足〕

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2005年11月08日

いまどきの「常識」

いまどきの「常識」』読了。

精神科医で最近は大学教員でもある香山リカさんが、世間で最近「常識」とされている事柄について、「え、本当にそうなの?」と疑問を呈したエッセイ(?)集です。

取り上げられている項目についての香山さんの意見は、基本的にあたしも同感するものばかりです。その一つ、イラクでの人質事件に端を発する「自己責任」について、既に得をしている者が弱い者に対して「それは自己責任だ」といって切り捨てるのはまだわかるとして、昨今は弱い者までが「自己責任」を口にすると指摘し、それが「自己責任を追及しあって現実から目を背け」ている、自分が「勝者の立場」に立とうとしているという分析は、イジメと同じじゃないと思いました。

クラスでいじめられないための最善の方法はいじめる側になること。これは悲しいけれど、小中学生の世界では真実です。それが、よくよく考えてみると大人の社会でも、装いを変えて行なわれているってワケですね。

確かに最近の若者は、誰が見ても危険な場所(国・地域)に準備もろくにせず出かけていきます。運良く無事帰国できると仲間内では英雄視される風潮もあるのでしょう。そういう面では政府の注意を無視してイラクへ行った日本人の行動を「自己責任」と追求するところまでは理解できますし、あたしもそう思います。

でも香山さんが言うように、マスコミも一緒になって「自己責任」を言い立ててしまい、「果たしてイラクへの自衛隊派遣が正当だったのか」といった、もっと本質的な議論がどこかへ行ってしまったことは非常に由々しき問題だと思います。

本書全般を通じて言えるのは、最近の日本は声の大きい人が言い出すと全員が右へならえして、その方向へ流れていき、それ以外の流れを排除しようとする傾向が強くなっていると言うことです。先般の総選挙など、そのいい例だと思うのですが、脱稿の時期の関係か香山さんの興味が向かなかったのか、それについては本書で語られていないのがやや残念でした。


〔管理人による補足〕

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2005年11月07日

日仏カップル事情

日仏カップル事情-日本女性はなぜモテる?』読了。

先頃、あたしの勤務先から翻訳書『だから母と娘はむずかしい』を刊行した夏目幸子さんの書き下ろし。

日仏カップルと言っても、その中心はフランス人男性と日本人女性という組み合わせで、そのカップルがなぜ成立しやすいのかを考察しつつ、日本人女性のあり方や日本人男性の思い込みなど、別にフランスに関係なく、男女論・恋愛論としても読めます。

ただ、著者がフランスを取り上げる時、文中では「多い」という言葉がしばしば使われていますが、今の日本でそんなにフランスってメジャーな国なの(?)という素朴な疑問がわきます。

あたしみたいに中国に興味を持っている人間からすると、テレビのドキュメンタリーやスペシャルの対象地域、新聞でのニュースやコラムで取り上げられる頻度、どれをとっても現在の日本で、フランスは中国に遠く及ばない感じがします。それなのに、フランスを一所懸命取り上げて……、と思ってしまうのです。

あたしの勤務先も、「フランスの」という枕詞をつけて言われることが多いように、社内にもフランス語やフランス文学を学生時代に専攻していた人が比較的多く、また出版傾向からもフランスを過大に評価する傾向があります。「多くなっている」「増加している」と言われると、「あ、そうですか」と冷ややかに突き放したくなるのは、あたしの欠の穴が小さいからでしょうか?

そういったフランス臭を抜きにして読むと、なかなか面白い読み物です。この手の本を読むと、女は家庭と言った伝統的な価値観は時代遅れ、淘汰されるべきものという言説が多く、本書もそういった傾向の本です。ただ、著者の身近にいる人たちが題材になっているぶん非常にリアルに感じます。

ただ、フランスや欧米のカップルのあり方と比べると日本人の意識は時代遅れなのかもしれませんが、果たして欧米のカップルのあり方が、未来のあるべき姿なのだろうかといつも考えてしまいます。古い伝統的な観念にとらわれて、女性は家庭を守るべきだと決めつけてはいけないと言われると、「あなたも、歴史的にどうしてそういう考え方が生まれたのか、そして長いことそれが根付いてきた合理性をやみくもに否定するような考え方で決めつけているのではないですか?」と反論したくなってしまうのです。

ところでこの本では、オビにも書いてあるセリフなんですが、親子というタテの関係の日本と夫婦というヨコの関係のフランスという対立の構図が描かれています。そしてタテよりもヨコが大事だと言われています。本当にそうなのかはおくとして、先に読んだ王敏さんの著作では、日本人はヨコ(現在)を大事にし、中国人はタテ(歴史)を大事にする国民性であるとあるのを思い出しました。

両書でタテとヨコの含意は微妙に異なりますが、あたしの中ではなんかシンクロして面白かったです。

〔管理人による補足〕

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2005年10月12日

話せぬ若手と聞けない上司

『話せぬ若手と聞けない上司』読了。


博報堂の元人事担当の方の著作ですね。人事担当と言うよりも新人研修・育成担当のようですが、いずれにせよ、大手企業はこういう面でもきちんとした組織があるものだなあ、と思いました。もちろん組織があったって、それを動かすのは人間だ、なんて形式的な物言いもできますけど、大多数の企業、特に零細企業なんかは「新人研修」なんてプログラムもプロセスもなく、入社初日にいきなり、何も教わらないうちに業者のところへ行かされたり、なんてことも日常茶飯事なんではないかと思います。

という目で見てしまうと、大手企業の方の恵まれた環境にいるからこその不満の本(?)ってことになりがちですが、語り口は非常にソフトで、あたしの年齢だと、著者に近いですが、社会人としての経験的には上司と若手の中間ってな具合ですから、どちらの気持ち・考えも適度にわかって面白く読めました。ああ、あたしを挟んで上の世代と下の世代って、こんな風に悩んでるんだ、となぜか他人事のような冷めた目で通読してしまいました。

〔管理人による補足〕

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2005年09月28日

黒い時計の旅

『黒い時計の旅』読了。

ずいぶん時間がかかってしまい、やっと読み終えた、ってな感じ。しかし、あまり文芸作品を読まない身には「なんだか、よくわかんない」「話の筋すらつかめないよ」という悲鳴を上げながらの読書体験でした。

主人公(作中の「私」とか「彼」など)が突然変わっていたり、章が変わると全然違う話の筋が始まっているような……。文芸ファンなどは、こういう作品を称して、複雑に練り上げられた作品世界、なんて言うのでしょうが、あたしにはとてもついていけないよー、と弱音を吐いてしまいそうになることが何度もありました。

で、結局エリクソンは何を書きたかったのだろう、何が言いたかったのだろう、と考えてもわかりません。素直に読者が楽しんでくれればよかったのでしょうか?

ただ後半、というか最終盤、老境に入りつつある主人公が悪い足を引きずりつつ、老人(ヒトラーの成れの果て)を連れて放浪するところでは、別にあたしが足を引きずっているわけではありませんが、十年以上前に亡くなった父の晩年を思い出しました。自分では食事も排泄も風呂もできず、あたしや母がすべて面倒見てやっていた最晩年の父を思い出しました。

〔管理人による補足〕

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2005年09月21日

哲学者の誕生

『哲学者の誕生-ソクラテスをめぐる人々』読了。


古代ギリシア哲学の基礎知識を欠いた身には、歯ごたえのある一冊でした。自分の知識のなさを棚に上げて言わせてもらえば、「新書なんだから、あたしくらいのレベルの人にもわかるような書き方をしてよ」ってところなんですが……。

ところで、ソクラテスは自分では著作を残さず、とにかく人を捕まえては議論をふっかけていた、という印象が強く、そんなソクラテスがどうして哲学の創始者のように言われるのか、不思議と言えば不思議なものでした。

でも、弟子たちが師匠の言行を書き残したというのは、あたしが専門とする中国古代にも通じます。『論語』なんかは、言いっぱなしの句もありますが、ある意味で「対話篇」と呼べなくもないですし。

そういう大筋はわかるのですが、やはり結論とそこへ辿り着くまでの過程のメリハリが悪いのか、各章とも、つまり何が言いたいの、という印象が残ってしまいました。

最終章の日本での受容史も、無知の知について中国古典の『論語』がさらりと触れられていました、あたしの印象では、もっと大きく扱うべきではないかと思います。そのくらい明治期までの日本人に染みついた中国古典の影響って大きかったですから。

しかし、たまにはこういう自分の専門外の哲学概論を読むのも、勉強になります。辛いけど(汗)。

〔管理人による補足〕

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2005年08月26日

考えないヒト

『考えないヒト-ケータイ依存で退化した日本人』読了。

前著『ケータイを持ったサル―「人間らしさ」の崩壊』に比べると、読みやすいです。前著の場合、もう少し社会学的なアプローチというか、<いま流行の>という感じの本なのかと思いきや、動物行動学に基づいて現代日本人を観察した本だったわけで、そのあたりのバランス加減が今ひとつ消化不良な感じがしました。

それに比べると、この本の方が読んでてすんなり頭の中に入ってきます。動物の行動に当てはめれると、といった喩えは、中途半端な心理学や評論家の愚説よりもはるかに説得力があります。この先、日本人はどうなってしまうのか、大胆な未来予想なんかがあるともっと面白かったのでは?

〔管理人による補足〕

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2005年08月19日

ユージニア

『ユージニア』読了。

章ごとに、主人公というか語り手が変わるスタイルに、最初は馴染めませんでしたが、三章目くらいからはすんなりと入っていけたのは、やはり恩田陸さんの筆力なのでしょうか。

一種のミステリー、謎解きというのかもしれませんが、なんとなく昔を引きずっている、忘れられない過去がある、といった全体の流れが、甘酸っぱい青春ドラマを見ているような気持ちにさせられました。

で、肝心の殺人事件の真相は(?)、という感じなんですが、案外、実際にこの世の中で起こっている事件の数々って、こんな風なものなのではないでしょうか。きちんと起承転結があって、いかにも二時間ドラマのように、あるいは刑事ドラマのように、それなりに犯人や被害者にもドラマがあって、劇的なクライマックスが用意されている、なんてことはあるはずもなく、実は誰にとっても腑に落ちない部分を残したまま、時が流れ、なんとなく忘れ去られていくものなのではないでしょうか。

読後には、そんな感想を持ちました。

〔管理人による補足〕

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2005年07月23日

花まんま

『花まんま』読了。


先頃発表された直木賞・朱川湊人さんの短編集で、直木賞などとは関係なく、ずいぶん前に買っておりました。ふだん営業回りしている書店で、担当の方が手すきになるのを待つ間、書棚を見ていて見つけた本です。平積みしてあったわけですが、こちらのお店の担当者、さすが慧眼の持ち主です。

短編ということで読みやすいです。大阪弁や大阪が苦手な人はちょっと辛いかもしれませんが、この十数年、大阪の先生方の付き合いを通じ、あたしもかなり大阪に慣れましたので、逆に大阪の作家の作品だから買ってしまったという面があります。

さて、この短編集、どれもちょっとホラーというか、「子供の頃に聞いた怖い話」「自分たちで勝手に膨らませたお化け話」といったものばかりです。大人になった今から見るとなんか滑稽でほほえましい、という目線で作品も書かれています。つまり、大人になった自分が幼かった頃の想い出を語るという構成です。

話の中ではタイトル作『花まんま』が、個人的には一番涙を誘われ、気に入った作品です。ホラーの中に人の情愛とかが描きこまれていて、怖いところなど少しもありません。あと、最後に載っている「凍蝶」も、「そんで、その後どうなったの?」と聞きたい感じが、でもこの中途半端に終わっているところが子供の頃の想い出でしょ、という感じで、そこがいいところだと思います。

実はどの話も、なんとなく中途半端な部分を感じます。でも、それって、あたしが大人になってしまっているから感じるのであって、子供の頃にはこういった経験ってよくあります。なんで、あそこでああしなかったの、あの時こう言えばよかったのに、といった想い出はいくつもあるものです。あの時、結局どうしたんだっけ、どうなったんだっけ、という体験もいっぱいあります。そんな微妙な部分がこの短編集にはよく描かれているんじゃないかと、生意気にも思った次第です。


〔管理人による補足〕

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2005年07月21日

帰ってきたもてない男

『帰ってきたもてない男-女性嫌悪を超えて』読了。


前著『もてない男』も身につまされながら読みましたが、今回も「うんうん」とうなずきながら読了しました。あたしも先月38歳になりましたが、いまだ独身。彼女なんていません(キッパリ)。ただ、女性嫌悪などは全然なく、女の子は大好きです。という、あたしにとっては、この本の内容はあまり反論や異論が生じるところもなく、比較的素直に読めました。ただ、「もてない」ということで身もだえするような苦しみっていうのは味わったことがないので、こんな一冊の本に仕立て上げるパワーは、あたしには持ち合わせがありません。

さて、あたしの場合、彼女や奥さんがいないからといって、取り立てて寂しいなんて感じないのは、実家で家族(母親&妹)と暮らしているからかもしれません。たまに思う時がありますが、例えば大学時代から一人暮らしをしていたら、案外とっくの昔に結婚していたりして、などと。

彼女が欲しいとか、そういう欲求はそれほど強いわけではないんですが、結婚願望は強いんじゃないかと思ってます。ただ、これもいわゆる生涯の伴侶を見つけてというのではなく、家庭を持っていない男は半人前である、といった旧時代・前時代的な意識があたしの頭の中に強いだけなのだと思います。

個人的には奥さんは要らないけど、子供は欲しいと思います。またこの歳になると、一からの子作りは面倒であり、大変なので、子供のいるバツイチ女性なんかと結婚できればいいかなあと半ば本気で考えています。


〔管理人による補足〕

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2005年06月22日

美男の立身、ブ男の逆襲

『美男の立身、ブ男の逆襲』読了。


古代の記紀神話から江戸の歌舞伎・浄瑠璃までを渉猟し、その中で男性登場人物の身体的特徴がどのように語られているかの変遷をたどったもの。

歴史上の実在の人物と、その人物を主人公にした物語の成立年代はたいていの場合異なるわけで、そうなると物語が成立する時代に求められた男性像が投影され、歴史上の人物像も大きく変わっていってしまうことを何名かの事例を挙げて描き出しています。

それにしても、よくもわるくも美男というのは話題の俎上に昇るわけですね。やはりトータルで考えるとブ男が可哀相な気がします。

著者は日本史が専門で、明治以降は自分の守備範囲外と述べていますが、現在のテレビタレントは除外するとしても、政治家などを、本書で展開したことを根拠に位置づけてみてもらいたいところです。

〔管理人による補足〕

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2005年06月16日

グロテスクな教養

『グロテスクな教養』読了。

明治以来の日本の<教養>と<教養主義>にスポット当てた、なかなか硬質な本です。ニューアカなんて出てきたりして、あたしよりちょっと上の世代じゃないとすんなり入ってこないんじゃないかと思います。

タイトルから受ける「通俗受けする」ような内容は微塵もなく、ある程度は近現代思想史などの知識も要求されます。

でも、教養ってこんなにかしこまって考えなきゃいけないものかしら(?)っていう気もします。

〔管理人による補足〕

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2005年06月02日

性の用語集

『性の用語集』読了。

講談社現代新書にしては、比較的厚い部類に入る本です。タイトルからすると面白おかしい本のような印象を受けますが、確かに取り上げている用語(項目)は、中学生くらいなら国語辞典のページをめくりながらおもしろがって読んだような項目が並んでいますが、記述は至って学術的で、その言葉の歴史や使われ方の変遷など、資料を駆使して解説しています。ですから、非常に真面目な本です。

中にいくつか、この本で始めて知った用語もありましたし、知っていたつもりでも、意味がずいぶんとずれていたり、新鮮な驚きも盛りだくさんでした。

それにしても、あえて著者名に「関西」を冠したのは、性欲と結びつきやすい関西のイメージを編集部が利用したと、あとがきに不満が書かれていました。根っからの東京人であるあたしには、関西と性欲がすぐには結びつきませんが、むしろその書きぶりがいつも東京に羨望のまなざしを送っている関西人の本音を映し出しているようで、興味深かったです。

〔管理人による補足〕

全くの偶然ですが、6/3の朝日新聞朝刊に、この本の著者代表・井上氏のインタビュー記事が載っていました。

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2005年05月20日

「大岡裁き」の法意識

光文社新書お『「大岡裁き」の法思想』読了。

タイトルからすると、もっと親しみやすい日欧比較文化論的なものかと思いきや、かなり硬派な日本法律制定史(?)概論です。

明治以来、西洋的な法典整備の流れを概観し、後半では日本人と法律について述べていますが、ここに例として出てくるのが「大岡裁き」です。一般読者にとってはこの部分をもっとおもしろおかしく膨らませた方が楽しいのでしょうが、むしろ著者は、こういったタイトルから予想されるような日本特殊論を廃し、むしろ日本人の法律意識は特殊でもなんでもないということを主張しています。

日本人はさまざまな分野において、とかく「日本(日本人・日本文化)は特殊である・孤立している」と考えることによって、実はそこに自己満足を見いだしていると、あたしも思っていますが、本書では法意識について、著者がこの点をはっきりさせています。

「売らんかな」というこのタイトルは、あたし同様、引っかかった人も多いと思いますが、改めて明治以来の法律史として読み直せば、非常にわかりやすい概論です。

〔管理人による補足〕

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2005年05月18日

スピノザの世界

講談社現代新書『スピノザの世界』読了。


うーん、わからない。いや、わかったところもあるけれど、全体としては、やっぱりわからなかったと言うべきでしょう。

以前、岩波文庫の『エチカ』を買って、ちょっと読んで挫折してしまったので、もう一回チャレンジする前のとっかかりとして読み始めたのに、これで挫折するようじゃ……。でも、わからないなりにも読了したわけだから、少しは進歩したのかしら?

大学院時代に恩師から、中国思想を勉強していても西洋思想の著作を読んで論理構成とか学んだ方がいいと言われ、もともと「哲学」は好きだったのでいろいろ読むようには心がけているんですけどね。

でも結果的に中国思想を選んだ身からすると、なんでこんなこと考えてんだろう、中国思想ならこんなこと問題にもしないのに、もっと現実的だもん、なんて思ったりします。

でも、中国思想にも、中国人なりの思弁というものがあったわけですし、六朝以降は仏教が入ってきたりして、その後の儒教もかなり形而上学的に洗練されて至ったわけですから、あたしが専門とする古代だけを見て、それも表面的に見ているだけで判断してはいけませんね。

さて、『エチカ』に挑もうかしら?

〔管理人による補足〕

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2005年05月10日

ドラえもん学

ドラえもん学』読了。

いわゆる、『ウルトラマン研究序説』や『磯野家の謎』といったオタク的な本とは一線を画し、ドラえもんにはまってしまった大学教授のまじめなドラえもん概説本です。

ドラえもんの歴史やアジアをはじめとした世界各国への広がりなど、好事家には物足りないと感じられるのでしょうが、ごくごく一般の人にはちょうどよく情報がまとめられています。ただ、個人的にはこの程度の情報を必要としている人ってどの程度いるのでしょう(?)と思ってしまいます。つまり、熱狂的な人たちには物足りなさが残り、一般の人にはちょっと退屈になりかかる点があります。

例えば、もう少し社会問題と絡めて分析するとか、主要登場人物の人物像に迫ってみるとか、そういった掘り下げがあってもよかったかなと思います。たぶん、ドラえもんフリークにはそういう物足りなさがあると思います。

また一方で、『エヴァンゲリオン』や『ガンダム』など、あるいは『ポケモン』など日本を飛び出し世界に羽ばたいている作品群と『ドラえもん』との比較研究的な部分があってもよかったと思います。

そして、著者がドラえもんを日本のマンガ文化輸出の最大の功労者のように書く時、あたしとしては「じゃあ、キティちゃんはどうなの? マンガ・アニメという土俵では比べられないけど、世界に通用する日本発のキャラクターとしては、ある面ではドラえもん以上じゃない?」という疑問が生じ、そのあたりの比較研究が欲しいところです。もちろん、世界的キャラクターと言えばミッキーマウスを揚げないわけにはいかないと思います。その経済効果たるや、ドラえもんとは比較にならないほど巨大でしょうけど、親会社や政府の態度・対応(つまり対外的文化戦略?)なども絡めて、ドラえもんを解釈してみると面白い考察ができたのではないかと思うのですが、如何でしょう?

〔管理人による補足〕

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2005年04月29日

キリスト教は邪教です!

キリスト教は邪教です!』読了。

ニーチェの『アンチクリスト』を現代語訳したものですが、いわゆる学術的な日本語訳ではなく、タイトルからもわかるとおり、かなり砕いたものになっています。本当にニーチェってこんなこと言ってんの? という疑問を時折感じますが、杜氏の一般的なドイツ人には案外このくらいの感覚で受け入れられていたのかもしれません。(あ、ニーチェって当時は異端視されていたんでしたっけ?)

寛容性に乏しいキリスト教には、前々から違和感を感じていたので、読んでいて共感できるところも多々ありましたが、現代語訳が「超訳」のためなのか、今ひとつ論理展開に飛躍を感じるというか、もう少しきちんと説明してよ、と思うところもありました。

こうなると、きっちりとした訳の『アンチクリスト』を読んでみないとなりませんね。すぐには、そんな時間とれないですが、いつか読んでみようと思います。ニーチェ入門書も、新書でいろいろ出てますから、そういったものも少し読んでみますかね。

それにしても、ニーチェのキリスト教理解には、もちろん各界から反対も起きたことでしょうけど、あたしなんかにはニーチェが賞賛している仏教なんですが、ニーチェの仏教理解ってものがどんなものだったのか、そちらの方に興味があります。あるいは本書にはちょこっとだけ孔子や老子が登場するのですが、ニーチェの中国思想理解もぜひ拝聴したいものです。

〔管理人による補足〕

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2005年04月27日

チャイニーズ・シンデレラ

チャイニーズ・シンデレラ』読了。

著者の幼少の頃から中国を離れイギリスへ留学するまでの、いわゆる学生時代を書きつづったものです。継母に疎んじられ、実の父にも見捨てられた主人公(=著者)が、一生懸命勉強しついには海外留学へと旅立つ物語は、確かにシンデレラ・ストーリーと言えると思いますが、逆境に生きたとか悲惨な生い立ちであった、というのとはちょっと違うと思います。

確かに著者の小中学生時代は暗かったと思いますが、それでも著者を学校に通わせてくれていたわけですし、父はそれなりの金持ちでもあったようですから、この時代もっともっと悲惨な人生を送った人は、それこそ掃いて捨てるほどいたでしょう。そういった人の自伝や回想記も出版されています。

そういう観点から言ってしまえば、本書はあたしにとってはインパクトの弱い書であると言えます。でも、いたずらに悲惨さを強調し、そこに時代背景を投影して、個人の努力ではいかんともしがたい大きな力や苦しみを描いたところで、救いのない話では気が滅入ってしまいます。それよりも、本書のように、決してあきらめずに勉強に励み、父や継母、それに兄弟からは愛されていなくとも、優しいおじいさんや同居しているおばさんは確かに自分を愛してくれている、そういう人が自分の周りにいてくれる、自分は一人(独り)ではないんだと、そっと教えてくれる本書のようなストーリーは読後感も爽やかです。

本書は大人よりはもう少し若い世代向けのようですが、そういった面でも本書のような悲惨さ具合がちょうどよいのかもしれません。

〔管理人による補足〕

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2005年04月24日

その他の外国語

黒田龍之助『その他の外国語』読了。

ロシア語を専門とする黒田先生の初エッセイ。決して語学の天才ではないけど、とにかく言葉が大好きな(と本書中で何度も言及されている)黒田先生の、肩の凝らない語学談義、海外体験記が、グイグイと引き込んでくれます。

でも、やっぱりあたしのような凡人から見ると黒田先生は語学の才能がピカイチだと思ってしまいます。天才という言葉に先生が嫌悪感を示されるのなら、語学に対するセンスがよいとでも言いましょうか。


そういう一面を垣間見せつつ、でもエピソードなどでは「うんうん、そういう気持ちわかる」といった具合に、あたしなどと同じ感覚を持っていて、より親近感を覚えます。

世に数多ある、語学上達を謳った本(二週間で英語がしゃべれるようになる…といった類の)を読むよりは、本書一冊を読む方が、遙かに語学に対する姿勢を正してもらえることでしょう。

〔管理人による補足〕

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2005年04月03日

夜のピクニック

恩田陸『夜のピクニック』読了。

高校生活最後の行事「歩行祭」、その一晩の出来事を書いただけの小説なんですが、高校時代が懐かしく思い起こされます。恐らくこの歩行祭、恩田さん(あるいは知り合い)の母校で実際に行なわれている行事なんではないでしょうか。生徒たちのある種の高揚感というのは、修学旅行で布団に入ってから話すたわいもない恋愛談義・人生論に通じていますね。でも一般の修学旅行と異なって、この歩行祭はひたすら一晩歩き続けるという肉体的な極限状態がそこにプラスされるので、更に強烈なものになっているのだと思います。

好きだ、嫌いだ、惚れた、別れたなんてのは高校生活の常ですが、あまり縁のなかったあたしでも、この小説を読むとやはり懐かしく切ない感慨を催します。話の中に、他校の女子生徒の妊娠騒ぎが挟まれています。この女子生徒は、クラスメートのいとこにあたるわけで、妊娠させたのがクラスメートの誰からしいという、この手の小説にありがちなパターンですが、結局この話、何らかの伏線として後半できいてくるのかな、と思ってましたが、なんの盛り上がりもなく終わってしまいました。そこがちょっと残念といえば残念な点です。

〔管理人による補足〕

あたしの高校時代の実録(?)はこんな感じでした。

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2005年03月27日

袋小路の男【続】

絲山秋子『袋小路の男』収録の「小田切孝の言い分」「アーリオ オーリオ」読了。

最初に読んだ「袋小路の男」はやや薄い感じがしましたが、「小田切…」を読むとずいぶんと印象が変わります。「小田切の」というように、今度は男の側からの視点で書かれているはずなのですが、「彼女」の視点も織り込まれていて、男女の意識の違いというものが、なかなか面白く切なくなります。

何の関係もない、全くの<ともだち>という関係の二人ですが、彼女の方は本当はもう一歩踏み込みたいのに、それを畏れていて、そのまま月日が過ぎてしまって……。なんか、わかります。

それでもこの小説の彼女の場合、今も彼と会いもすれば話もするだけ羨ましいと思うのですが、会えるから、話せるから、よけい切なさも募るのかもしれません。案外、あたしのように想い出だけを引きずっている方が、幸せなのかもしれないと、しみじみ思います。


「アーリオ オーリオ」は、主人公が私と同じくらいの年齢で独身で、人付き合いがあまりうまくなさそう(内向的というのでしょうか?)なところが、妙に親近感を覚えます。主人公の勤める清掃工場って、昔あたしもその側に住んでいた「高井戸清掃工場」じゃないかしら、などと思って読んでました。

この主人公、でもちょっとあたしと違うところがあります。まず、月に一度一緒に星を見に行く親友がいることです。あたしは、ほとんど人とどこかへ出かけるということがないので、もちろんそういった友人などいません。そもそも<親友>と呼べるような友もいないし。

あと、主人公は少し前まで彼女がいたことです。これも、あたしには想像も出来ないシチュエーションです。結局主人公はその彼女とは別れてしまったわけですが、果たして<彼女>と呼べるような存在だったのか……。このあたりの男女の機微って、あたしにはよくわかりません。

〔管理人による補足〕

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2005年03月22日

袋小路の男

袋小路の男』読了。

と言っても、この短編集の中の表題作のみですが…。たぶん、今日、明日中には収録されている他の作品も読んじゃうでしょう。

さて、この作品ですが、「指一本触れないまま、「あなた」を想い続けた12年間」などと売り文句には書かれていますが、そういうジワッとしたものが、あたしには今ひとつ伝わってこなかったです。男と女の違いかしら? 売り文句にはかなり引かれていたので残念、というか肩すかしを食らった感じです。

純愛もの、というにはあまりにも「愛」が描かれていないという気がします。否、この売り文句は出版社が勝手につけたものであって、作者はそういった作品を書いたつもりはなかったのかもしれません。それとも、女性の愛情、それも今時のイケイケギャルではなく、じっと静かに秘めた愛を温めているようなタイプの女性の愛情って、実はこういうものなのかもしれませんね。そう考えるといい勉強になる本です。

主人公が思いを寄せる(しかし、そんなに熱い思いを寄せているようには感じられないんですよね)相手は、主人公の秘めた思いに気づきつつ、遊んでるんだとしたら、罪な奴だと思いますが、それほど軽佻浮薄な人物には見えません。ごく普通に女性とも楽しく友達づきあいのできる人なんじゃないかと思います。そこはあたしと共通する感じです。でも、そういう付き合いって、はた目にどんなに仲良しに映っても決して恋愛関係には発展しないというのがセオリーではないかとも思います。

ただ、場合によってはお互いに恋愛関係に変えたいという思いを秘めつつも、そこへ踏み出したら今のちょうどよい関係が崩れ去ってしまうのではないかという恐怖が先に立つのでしょう。つまり「友達以上恋人未満」の関係を「恋人」にするはずだったのに「友達未満」になってしまった、ということです。

〔管理人による補足〕

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2005年03月21日

夏の名残りの薔薇

恩田陸『夏の名残の薔薇』読了。

うーん、よくわからなかった。結局、事件は起きたの? 犯人は誰なの? 誰が死んで、誰が死んでないの? という感じです。個々人の見る現実と思い描いている夢(? 妄想?)とがゴチャゴチャになっているような作品でした。

なんとなく、この手のストーリーって二時間ドラマとか映画なんかで時々あるような気がします。<斬新なストーリー>とかって宣伝されたりしてね。でも、あたしはそういうの苦手で、きっちり犯人がいて、できれば探偵役の登場人物なんかがいる、わかりやすいのが好きです。

恩田陸さんの作品って初めてでしたので、他の作品はどうなのか……。この作品が例外なのか、こんな作品ばかりなのか、また次に読む作品まで判断は控えておきましょう。

〔管理人による補足〕

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2005年03月18日

マグダラのマリア

中公新書『マグダラのマリア』読了。

数葉使ったカラー口絵といい、本文中に収録された図版といい、なかなか見ながら読ませる一冊です。基本的には西洋社会において「マグダラのマリア」のイメージがどのように変遷していったのかということを、絵画作品や彫刻作品の表現からたどったものです。ただし、新書という性格のためか、私服の関係上やむを得ないとはいえ、当時の社会風俗的な状況とマグダラのマリアのイメージの移り変わりの関係にもう少し筆を割いて欲しかったと思います。

また、今述べたように、あくまでも「マグダラのマリア像の変遷」が主であるので、実際のマグダラのマリアがどういう人であったのか、キリストとは実のところどんな関係であったのか、二人の間に子供はいたのか、という週刊誌的ゴシップ話は皆無です。ゴシップはともかくとして、もう少しマリア本人のことを知りたかったというあたしのような読者には、少々肩すかしを食らわされる可能性が大です。

とはいうものの、この本に登場する豊富な図版は、門外漢には似たような名前、作品名が頻出する記述の中で、非常に視覚に訴え、理解を助けてくれます。図版を眺め、マリア自身や構図、周囲に置かれた小物など、そういったものの差異などを注目しながら図版を追ってみるのも、本書の味わい方ではないでしょうか。

〔管理人による補足〕

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2005年03月15日

「人妻」の研究

ちくま新書『「人妻」の研究』読了。

著者が本文中で人妻という言葉には性的なイメージがあると何度なく述べていますが、そういうイメージ(先入観?)を抱いて読み始めましたが、これはまじめな本です。当たり前か?

人妻と書いてしまうと上述のイメージを払拭できないので、あえて言い換えて「既婚女性」と書きますが、この本は文学作品、テレビドラマ、映画、雑誌など様々なメディアに現われた「既婚女性」像の移り変わりを丹念に追ったものです。

鎌倉夫人、芦屋夫人、軽井沢夫人などという言葉は、あたしの年齢でもちょっとピンと来ないものがありますが、これはあたしがあまり文芸作品を読んでこなかったからかもしれません。「夫人」と言えば「お蝶夫人」だろ、と言うのが、素直な感想ですが(爆)。

しかし、男性から見て人妻というのは不倫相手として都合がいい、と語る部分は多少共感できました。決して今の生活や家庭を壊そうとはせず、あくまでその場その場の付き合いと割り切ってくれる、つまり決して深入りした関係にはならないという意味では、わかる気がします。

今、例えば会社などで周りを見回しても、結婚している女性、決まった彼氏のいる女性は非常につきあいやすいです。気軽に話も出来ますし、ごく自然に仲良くなれます。そうでない女の子って、ちょっと引いてしまうところがありますね。(あたしが引く前に向こうが引いてるかもしれませんが…汗)

それにしても、この著者も、先日読んだ「感じない男」の著者も、ともに「大阪府立大学」の先生です。いったい大阪府立大学ってどんな大学なんでしょ?

〔管理人による補足〕

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2005年03月07日

感じない男

ちくま新書の『感じない男』読了。

著者・森岡氏みずからの体験をもとに、できるだけ「私」、つまり森岡氏自身の言葉で語りかける文章が話題のようです。確かに、医学的・精神分析学的な専門書では、この手の内容を扱った本ってあるのでしょうが、一般向けの本としては珍しいですね。あったとしても俗っぽい、それこそオタク的な本になってしまいそうです。

<感じない男>なんていう極めてキャッチーなタイトルですが、扱っている内容は大まじめなものです。著者みずからが言うように、読者によっては同意できない部分、理解できない部分というのも多分にありそうです。(あたしは特に違和感も不快感も持たずに読めましたが……)

例えば、自分の体を汚いと思い、少女の体を求めてしまうという<感じない男>の心理が言及され、感じない男たちは、自分は少女、あるいは女性の体が欲しかったのだと思うという箇所がありましたが、あたしなどは女っぽいのはもう十分、こんどこそ男らしい男に生まれたいとしばしば考えていますから、さしずめ「感じる男」にカウントされるのでしょうか(笑)。

ロリコン男性は大人の女性との正常な関係を築けない、といった言説もよく耳にしますが、あたしなどは女性のみならず、人間一般と正常な大人の関係が築けませんので、これも著者が同書で主題としている<感じない男>とは別物のようです。

この本を読んで、あたしってやっぱりごく普通の人なんだ、という感慨を新たにしましたが、森岡氏がこの種の問題は各人がそれぞれ自分なりに考えてもらいたいと書いてくれていますので、こうやって考えることはよいことなのだ、と自分を納得させています。

やはり女性にも読んでもらいたい、そして本書について男女一緒に更に議論を深めてみたら楽しくなりそう(ふざけた意味ではなく!)な本多と思います。それにしても、今日一日、営業回りの移動の電車の中で読み切ってしまった。

〔管理人による補足〕

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2005年02月11日

天使と悪魔

天使と悪魔(上)』『天使と悪魔(下)』読了。

先に、この本の第二段となる『ダ・ヴィンチ・コード』を読んでいたのですが、どっちの方がおもしろいかと言われれば、断然こちらです。オープニングなどの基本的な枠組みはどちらの作品も同じですが、最後までのスピード感が、こちらの方がよくできていると感じます。ただ、スピード感と言うとちょっと違和感があります。むしろ同じリズムで最後まで引っ張ってくれるという<スピードの持続力>が、こちらの作品の方が上だと思います。『ダ・ヴィンチ・コード』は後半でちょっと飽きが来ましたから。

ただ、この作品もキリスト教がベースなので、日本人(キリシタンではない日本人)にはちょっと切実感というか、緊迫感というか、そういったものがやや感じにくいところもあります。オーメンとかエクソシストとか、そういった「神VS悪魔」といったホラー映画なんかが、日本人には理解しがたい部分を抱えているのと同じです。

それはさておき『天使と悪魔』、上下分厚い二冊本ですが、描かれている時間は約一日の出来事です。一晩と言ってもいいかもしれません。でも、決して無駄な描写でページ数を稼いでいるなんてところはなく、グイグイ引き込まれます。

この手の本の常として、黒幕と殺人実行犯は別に存在するわけですが、この実行犯の人物像が、犯した殺人に比べ、平凡というか、今一つ冴えないので、ちょっと残念でした。

〔管理人による補足〕

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2005年02月10日

ためぐち韓国語

平凡社新書の『ためぐち韓国語』読了。

韓国人との親睦を深める一つのきっかけとしての「ためぐち」を取り上げ、著者の異文化交流や体験談を楽しくつづった一冊です。語学の本っぽく仕立てようとしている面と、言葉をネタにしたエッセイに仕立てようとする面とが、時にどっちつかずで中途半端なになってしまっていますが、全体としては楽しいエピソード集として気軽に読める本です。

なので、この本で知った韓国語を、それほど韓国語が出来ないのに使うのは、ちょっと怖いですね。英語なんかでよくある「今日のひとこと英会話」みたいなもの。あれ、あたしは反対です。例えばアメリカ人やフランス人、中国人が、ろくに日本語で話も出来ないのに「ちょーうぜー」といった言葉だけ覚えていたとしたら、それはやはり日本語学習としてよくないことだと思うからです。

考え方が古いかもしれませんが、やはりオーソドックスな言い回しをきちんと覚えて、その上でのバリエーションとして身につけるというのであれば、構わないと思いますが……。

〔管理人による補足〕

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2005年01月23日

『ダンテ・クラブ』読了

正月明けから読み始めた『ダンテ・クラブ』をようやく読み終わりました。

ロングフェローを中心とするダンテ『神曲』読書クラブの面々が、ボストンで起きた連続殺人事件が『神曲』の記述に従って行なわれているということに気づき、その犯人捜しをするというのが本当に大雑把なあらすじですが、なかなか面白い本でした。

ただ、最初の5分の1くらいでしょうか、クラブの面々が殺人事件と『神曲』との関連に気づくまでの記述は非常に退屈です。その後が、ぐいぐい引っ張っていくような記述なので、本当にこれって同じ人の筆なの? と思ってしまいます。ですので、その部分まで読み進めずに挫折してしまう人も多いのではないかと思います。個人的には最後にさらにもう一つ、大どんでん返しがほしいところですが、それは無理な要求でしょうか。

上述したように途中からは非常に読みやすい文章なのですが、時折きわめて映像的な記述が見られます。映像的と言ったのは、著者がこの作品の映画化を目論んでいるのではないかと思えるような部分があるということ、つまり映像だったらより効果的に表現されるのではないかな、と感じられる部分が挿入されているということです。クラブの面々をどんな俳優が演じるか、そんなことを想像しながら途中からは読んでいました(あまり欧米の役者を知らないので、具体的に誰とは言えませんが…汗)。

〔管理人による補足〕

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