2010年2月28日

パートナーシップとエナジー

昨晩は、ジュンク堂書店新宿店でのトークイベントを聞きに行って参りました。トークイベントのタイトルは
ゲイから学ぶ、二人で生きるための技術
です。話者は大塚隆史さんと歌川泰司さんのお二人、それに司会として西郷理恵子さんというお三方でした。司会付きの対談だったのですが、結果的には西郷さんも引きずり込まれて鼎談になっていましたけど、それはそれで面白かったです。

それにしても、うまく表現できないのですが、日ごろ聞きに行くような文芸系のトークイベントとは会場に来る方ががらっと異なりますね。だから空気もなんか違いました。

昨晩のイベントはNHKが取材に来てましたし(何らかの番組で映像も流れるそうです)、ネットでの生中継、それとTwitterでのほぼ同時実況も行なわれたようです。そういうところも、文芸関係のイベントとの違いと言いますか、いつもとは異なる空気の原因だったのではないでしょうか?

ただ、その割には爆弾発言がポンポン飛び出ていたような気もします。NHK、放送できるのか(?)という危惧も抱きました。

さてさて、今回はメインの二人がゲイということもあり、パートナーシップについてのトークだったのですが、結局のところ、お互いの努力、相手を理解しようとする思いやりが肝心なのだという感じです。あたしからすると、そもそも生きていく上でパートナーシップというものが必要なのかどうか、そこんとこからして疑問なのですが......

つまりは、お互いに一緒にいて楽な関係を築くには、そこに至るまでにかなりのエネルギーが必要なんだなあ、ということらしいのです。異性だろうと同性だろうと、つきあってみたり一緒に暮らしてみたりすれば必ずぶつかるところは出てくるもので、そこを乗り越えていくには、かなりのエネルギーが必要なようです。最初のうちこそお互いに燃え上がっているけれど、そんな気持ちもいずれ冷めてくるもので、それも冷めるときって両者が一緒のタイミングで冷めるわけではなく、たいていは片方が先に冷めてしまうもの、そして片方が冷め始めると、もう片方はますます燃え上がってしまう傾向にある、という指摘はなかなか面白かったです。

あいにくと、あたしは上に書いたようなエネルギーを使うのが面倒で、お互いにわかり合えるなんて思ってもいませんし、所詮他人とは理解し合えない、自分としっくりくる人なんていない、という人生を送ってきてしまったので、昨晩の話も聞いていると、「ああ、人付き合いって、だから面倒でイヤなのよね」と感じてしまうわけです。

個人的には、二人に突っ込まれてついつい語ってしまった西郷さんの恋愛、結婚、離婚話がとても面白かったと思うのは、ひねくれ者でしょうか?

2010年2月15日

逆チョコはアリか?

逆チョコという言葉があります。バレンタインデーに男性が女性にチョコを送ることを指して言うそうです。この一、二年で生まれた言葉ではないでしょうか?

ただ、こういう言葉にせよ現象にせよ、「女だけがチョコを送る側で、男が一方的にチョコをもらうなんて許せない、差別だ!」という立場から起こったものではないようです。

むしろ、ロッテや明治と行ったチョコレートメイカーの陰謀ではないでしょうか? なぜなら、この数年、かつて流行った「義理チョコ」はすっかり市民権を失い、なおかつ今年はバレンタインデーが日曜日ということもあって、その需要はますます減ること間違いなしですから、何か対策を講じなければ、という文脈でお菓子メーカーが思いついたものではないでしょうか?

そういう意味では、「友チョコ」も同じことだろうと思いますが、こちらは女子高生などにはしっかり根付いているようで、昨今の主流はむしろこっちみたいです。

ただ、考えてみますと、そもそもバレンタインデーにチョコを送ろう、というのは日本のあるチョコレートメーカーの考えた戦略だったらしいですから、何十年経っても企業の考えることは同じで、それに乗せられる消費者も進歩のないものです。

で、個人的には、あたしはチョコが好きなので、この時季に美味しいチョコやこの時季だからこそのチョコが出回るのはとてもうれしいです。女性客に混じってお店でチョコを買うのにはそれほど痛痒を感じませんので、あたしとしては嬉しい限りです。

ちなみに、あたしは比較的シンプルな甘いチョコが好きで、有名パティシエが作る手の込んだ、フルーツとかがいっぱいはいっているようなチョコって苦手です。それともっと苦手なのがお酒入りのチョコです。いわゆる「なんとかボンボン」といったたぐいのものです。高級チョコになればなるほど、そういう口に入れるとお酒がしみ出してくるようなチョコが多いので、それがどうも苦手なんです。


あ、話がずいぶんとずれてしまいましたが、逆チョコを送った場合、こんどはホワイトデーに女性が男性にお返しをするのでしょうか?

2010年2月10日

付き合うようになったキッカケ

例によってスゴレンです。今回は付き合うようになったキッカケ8パターンだそうです。異性とお使いしたことのないあたしの場合、このテーマは完全に空想の世界でして、こうしたアンケートのなどのデータを見ることはまさしく「空想より科学へ」です。

で、そのキッカケとは?

【1】一緒に楽しめる趣味があった
昔っからクラスの中で浮いている感があったので、趣味がある人なんて出逢ったことないですね。

【2】食べ物の好みが合った
あまり人と食べに行くこともなかったし、あたし自身が意外と好き嫌いが多い方なので......

【3】ルックスが好みのタイプだった
だからって、つきあえるわけじゃあないでしょ?

【4】彼には素敵な夢があって、応援したいと思った
はあ? 夢なんてないですから......

【5】動物や子供、お年寄りに優しく接する姿を見た
他人に優しくないもので......

【6】友人からの信頼が厚かった
何度もこのダイアリーで書いているように、あたし人から嫌われることはあっても、信頼されたり好かれることはなかったので......

【7】 自分たちが決断するよりも先に、周囲が盛り上げてくれた
盛り上げてくれるような人は周囲にいませんし、そもそもあたしと誰を盛り上げようというのか......

【8】気付いたらいつも隣にいた
気づいたら一人ぼっちだった、というのがあたしの人生です。

2010年2月 9日

恋人よりも友達

先程ちょっと書いた『欲しがらない若者たち』の件ですが、20代の若者の休日の過ごし方として、どこかへ出かけるよりも自宅でまったり過ごすことが多いとあります。いま、ちょうど季節は冬ですが、例えば、こたつに入ってゲームをしたりDVDを見たりして、お茶を飲みながら過ごす、なんてのが多いようです。

で、本文中に書いてあったのですが、そういうときに一緒にいるのは恋人とか親しい友人なんだそうです。

あれ、おかしくないですか? 出歩かないわけですよね? だから自宅にいるんですよね。でも相手がいるってことは、少なくともどちらかは自宅から出かけてきているわけじゃないですか。なんか矛盾してませんか?

まあ、あたしなんかの場合、筋金入りのの自宅派で、三連休、四連休でも全く家から出ないこともざらではないです。あたしの場合、母親と暮らしているので買い物やら何やらは母親がやってくれるので、出なくても済むという事情もありますが......(汗)

まあ、正直に言えば、出かけようと誘ってくれる友達が小さい頃からいなかったので、必然的に友達と休日にどこかへ出かけるという習慣がつかなかっただけなんですけど。それが高じると、休みの日に人と出かけるのは面倒になりますね。このあたりの「理由が取り立ててあるわけではなく、単に面倒だと感じる」感覚は20代の若者にもあるのではないでしょうか?

それにしても、恋人よりも友達とオビに書いてありますが、恋人はおろか友達すらいないあたしにはよくわからない理屈です。休みの日にこたつに入ってぬくぬく過ごすのは気持ちいいですが、そこのあたし以外の人間がいるというのは全く想像のできない事態です。

とても「ぬくぬく」とは過ごせないと思うのですが......

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