今日の配本(04/28)
サッカーの王様ペレの自伝です。ストライカーとしてのペレだけではなく、人間ペレ、父親としてのペレに焦点を当てています。
●アウシュヴィッツ後の反ユダヤ主義
第二次大戦が終わっても東欧ではユダヤ人に対する虐殺が続いていたことを暴いた衝撃のノンフィクション。
=染井吉野ナンシーの官能世界=
2008年4月28日
2008年4月27日
この金曜日の晩に、同業のちょっとした飲み会があったということは既に書きましたが、二十名弱のほぼ同じような年齢の人間が集まったわけでして、恐らく、あたしなんかが一番年上だったのではないかと、今になってみると、そう思います。
それなのに、たぶん出席者のほとんどは既婚者で、あちらのテーブル、こちらのテーブルで「息子さん、もう中学生?」とか「お嬢さん、いくつになった?」といった会話が乱れ飛んでおりました。
そうです。年齢的に考えれば、中学生になるような子供がいたって全くおかしくないんです。今年41ですから、30で生まれたとしたって11歳、もし25くらいで子供ができていたら、中学生はおろか、もう高校生になっているわけですよね。
うーん、すごいわ。時の流れって残酷。
あたしなんか、もうしつこいくらいに書いてますけど、いまだ独身。恋人の影すら見えない、気配すら感じない状態が41年続いているわけですから、子供の話なんて言うに及ばず、まずはその前段階から何とかしないとならないわけです。
でも、奇跡が起こって近い将来結婚できたとしても、それから子作りでは、子供が聖人の時にはもう60歳。定年延長制度が進んでいなければ定年ですね。順調にいっても大学卒業は22歳ですから、子供が社会人になるのに2年から3年の無職(無収入)家族ができてしまうわけですね。
それでも、それは最初の子供の話で、やはり一人っ子はかわいそう、となってもう一人か二人子供をもうけたとしたら、それこそ、下の子はまだ高校に入ったばかりだというのに、親は定年退職してしまいました、なんて事態が確実に現実になるわけですね。
嗚呼、恐ろしい未来です。なんの夢も希望も持てなくなります。周りが子供の話とかしていると、どうも一人ぽつねんと置いてきぼりを食ったような気になってしまいます。
否、置いてきぼりだったら同じ道を途中までは一緒に歩いてきたわけですよね。今のあたしの心境は最初から同じ道なんて歩いていなかった、よって達場所が本質的に異なっている、という感じなんです。
こうなると、やはりこれも何度も書いていますが、既に子供を抱えているバツイチの女性と結婚するのが、現時点では最良の選択なのではないかと思われます、はい、心底そう思います。
2008年4月26日
2008年4月25日
お誘いがあったので、ちょっとした出版社の人間の飲み会に参加してきました。総勢20名弱だったでしょうか?
既に面識のある方も何名買いましたが、過半は初顔合わせの人ばかり、当初は即席の名刺交換会になってしまいましたが、いざ自宅へ戻ってみると顔は薄ぼんやり覚えている気もしますが、名前の方がほとんど頭に入っていないことに気づきました。たぶん、顔の方もあと数日どころか数時間できれいさっぱり忘れてしまうのだろうなあ、と思われます。
このダイアリーで何度か書きましたが、あたしは営業マンのくせに人を覚えるのが苦手で、数回会わないと書店の担当者の方も覚えられません。それでも書店の場合は定期的にお邪魔するので、余程のことがない限り、じきに覚えられます。
むしろ問題なのは今回のような出版社のお仲間です。
出版社同士、横のつながりでしょっちゅう顔を合わせ飲んだり食べたりしている方々も大勢いるんだと思いますが、あたしの場合ほとんどそういったつながりはなく(←別にこの業界で嫌われている、なんてことはないと信じたいですが...)、出版社同士で顔を合わせると言えば、年に数回ある取次や書店の忘年会、新年会的な集まりのみです。
でも、そう書いたからおわかりのように、そんな会って一年のある時季に集中的にあるだけですから、あとのあ10ヶ月近くは全く顔を合わせない、ということが常態なんです。もちろん、時折、本当に僥倖のように書店営業中にばったり出くわすこともありますが、そんなこともほとんどないので、一年も経つと顔も名前もすっかり忘却の彼方です。
それなのに、どうしてなんでしょう? あたしって、意外と他人からは覚えられやすいんです。こっちは全く記憶のかけらすら持ち合わせていないというのに、久々にあった人から「あ、お久しぶりです」なんて声をかけられると、あたしはいつも心の中で「お前は誰だ? とにかく名乗れ!」とつぶやいています。
たぶん、今宵の集まりもそういう結果になるんじゃないかと思います。だいたい、今晩会った人の何人と今後も顔を合わせることがあるのだろうか、などと同じ業界にいながら思ってしまうあたしです。