今日は文化の日?

今日は午後から半休を取って、上野へ行って来ました。炎天下ではありましたが、木の多いところでもあり、風もあって、思ったほどの暑さではなかったです。

で、何しに行ったかと言いますと、美術館巡りです。晩に内覧会があったので、その前に興味のあった展覧会を回ってこようと考えたわけです。

まずは上野の森美術館石川九楊展

すみません。あたしにはまだこの書は理解できません。文字を独自に分解して再構成している、ということはわかったのですが、ほとんど読み取れませんし、感じ取ることもできませんでした。情けない。そういえば、石川九楊さんご本人がいらっしゃっていましたね。来場者に気さくにサインを書いてあげていました。

次は、西洋美術館アルチンボルド展

もう少し混んでいるかと思いましたが、平日の午後、この暑い最中に来る人は少ないのでしょうか? いえ、ガラガラだったというわけではなく、この暑さと平日ということを考えれば、かなり入っていたと言えるかもしれません。

で、肝心の展覧会は面白かったです。もう一度見に行きたいです。

そうだ、ペアチケットを買って、一緒に行く人が見つけられなかったんだ。まだもう一枚あるから、もう一回行くかしら?

そしてその次に東京国立博物館タイ展

いやー、これが予想以上に面白いです。あたし、やはり仏像とか好きなんだな、と感じます。それ以外にも見どころは多いです。そして、嬉しいことに、非常に空いています。アルチンボルドのような派手さがないからでしょうか?

でも、展示物を単純に比較したら、こちらの方がキンキラキンで派手だと言えるかも知れません(笑)。

今回改めて気づいたのですが、アジアの仏像は日本の仏像に比べて顔立ちが独特です。今回のような展示ですと、仏像の顔の位置と我々の目線はほぼ同じ高さになるのですが、たぶん現地では民衆はこれらの仏像を見上げていたのではないかと思います。そう思って、少し屈んで下からのぞくように仏像を見ると、正面から見るのとは違って、実によい顔立ちの仏像に変わります。

そんなことをしながらの鑑賞でした。

そして最後は、東京都美術館ボストン美術館の至宝展、その内覧会です。

意外と人が来ていましたが、なんか業界人の集まりのように、あっちこっちで挨拶や名刺交換が始まって、肝心の展示を見る人が思いのほか少なかったです。たぶん入り口、受付の混雑具合からすると、2割程度の人しか展示室にはいなかったような気がします。もったいない!

で、やはり至宝と言うだけあって、よい作品が目白押し。こちらは上述のような経緯もあり、じっくりと鑑賞できました。

そして、見終わった最後に、こんなパネルがありました。後ろにスペースがあるので、このご夫妻と一緒に記念写真が撮れるということなのでしょう。でも、一人で来ていたあたしには、写真を撮ってくれる相棒もいません。仕方なく、夫妻だけを写真に収めました。

今回の展覧会、どれも作品解説は日本語だけでなく英中韓の3か国語が併記されていました。外国人観光客へのサービス向上というところでしょうか? でも、だったらさ、ミュージアムグッズとしてネクタイも作ってよ! と切に要望したいと思います。

という上野美術館巡りでした。上野ですからパンダのブラウスで出かけました(笑)。

こんなに違うとは!

欅坂46のファーストアルバムが発売されました。

Type-A、Type-B、通常盤と三種類購入したのですが、収録曲が違うだけでなく、形状がこのようにかなり異なります。

Type-AはDVDやBlu-rayソフトのような大きさ、Type-Bが3枚組、4枚組のCDのような厚み、通常盤がごくごく一般的なCDです。

こんなになんタイプも発売して、ファンには全部買わせようという、なかなか卑怯な手ですが、それをわかっているのに、あたしのようにまんまと乗っかってしまう輩が全国に何万人もいるのでしょう。

チャレンジャー? 蛮勇?

本日のランチです。

ローソンの新製品なのでしょうか? 「うな玉サンド」です。今までまるで気がつきませんでしたが、いつから発売になっていたのでしょう?

それにしても、「うなたま」は料理屋のメニューにありますのでよく知っていましたが、それをサンドイッチに挟んでしまって、果たして美味しいのか否か?

原材料には九州産の鰻とあります。ちゃんと鰻を使っているのですね。もどき料理ではないようです。

で、食してみましたが、意外といけます。鰻の味もしっかり感じます。卵の比率が高く、鰻は卵でとじてあるのではなく、別途パンに挟み込まれていますが、小粒ながらも鰻を主張しています。

まあ、買って損はしなかったかな、という商品でした。

家庭菜園?

暑いです。明け方、3時すぎと朝の7時頃にパラッと雨が降りましたが、とても降ったとは言えないような量、時間でした。ところによってはそれなりの降水量になったところもあるようですが、実感としては東京は梅雨が明けたと言いたいです。

雨が降らないとお百姓さんも困るだろうと思いますが、わが家の庭で母が作っている野菜もかなり疲れている感じです。

まずはキュウリ。お店ではとても見かけないほど曲がっています。作っている人の根性が曲がっているからでしょうか? 奥にももう一つなっていますが、それも同じように曲がっています。

こちらはトマト。まだ青いですね。もう少しすると赤くなって食卓に上ると思います。

最後は、まだ花が咲き終わったばかりで何もなっていませんが、わかりますか?

うちの母は農家出身なので、この手のものを見ると何の野菜かすぐにわかるのですが、あたしのような都会育ちにはなかなかわかるものではありません。ただ、そんなあたしでもこれはナスだとわかります。花のところにナスがなるわけですね。

まだちょっと先ですが、味噌汁にするのが美味しいでしょうか?

金沢、行きたいなあ~

昨日の午後、テレビ東京系で「初夏の那須&金沢を満喫!人気観光地でナゾ解き旅」という番組が放送されていて、そこに乃木坂46山崎怜奈(通称、れなち)が出ていたのですが、見ていて「金沢、行きたいなあ」と思ってしまいました。

金沢は行ったことないわけではなく、既に5回か6回は行っています。ただ、すべて仕事なので、金沢を観光するという経験はなく、せいぜいのところ仕事の合間のちょっとした空き時間に、駆け足で兼六園を見学したといったくらい。ですから、一度くらいはゆっくりと観光で行った見たいと、番組を見ていて改めて思った次第です。

番組はクイズ形式だったのですが、金沢21世紀美術館プール、あれってれなちにとっては先輩に当たる深川麻衣の「写真集」のカバー写真を撮った場所ですよね。れなちがそれを知らなかったとは思えないのですが、版g身を見る限り、あれはガチで知らなかった感じがします。まいまいの写真集を見ていなかったのでしょうか?

それはともかく、金沢城や兼六園、和菓子も美味しそうだし、やはり金沢は観光で行ってみたいと思います。ただ、その時に富山や福井をどうするか、という問題もあります。金沢だけならとりあえず一泊二日もあれば、主要なところは楽しめるでしょう。でも、せっかく行くなら富山や福井も寄ってみたいと考えると二泊三日、それとも三泊四日でしょうか?

とりあえず県庁所在地からあまり離れるような場所、たとえば能登半島の方とか、福井だったら東尋坊とか、そういうところまでは行かないつもりですが、それでも氷見くらいは行きたいなあ、とも思います。いや、しかし、金沢はしないにも見どころはありますが、富山とか福井だと何があるのでしょう? パッと思い浮かばないのですが……

読書では実現不可能?

TBS系の音楽の日が本日。

日本テレビ系のTHE MUSIC DAYが先日。

テレビ東京系のテレ東音楽祭は先月。

フジテレビ系のFNSうたの夏まつりは来月。

テレビ朝日系のMUSIC STATION ウルトラFESが9月。

夏になると、と言うか、年に二回くらいはこういった大型音楽番組が放送されます。それぞれ趣向を凝らしていますが、たいていの人にとっては自分の好きなアーチストが出ているか否かだけが肝心なのではないでしょうか? そして、出ているとなるとどれくらい歌うのか(フルコーラスか、数曲か、などなど)も気になるところです。

ダラダラとくだらないしゃべりや、回すのが下手な司会者もいたりしますし、せっかくゲストが来ているのにVTRが多いときもあったりして、毀誉褒貶ありまして、音楽番組というよりもバラエティと割り切った方がよいのかも知れませんが……

そんな音楽番組、個人の娯楽としては同じだと思うのですが、読書でこういった番組を作るのはムリなんでしょうね。やはり音楽は、好き嫌いはあるにせよ、みんなで一緒に聞いて盛り上がれるという要素がありますが、それに対して読書は極めて個人的な行為だからでしょうか?

でも、最近はビブリオバトルのような聴衆を巻き込んだイベントも盛んですから、読書をテーマにした大型番組、夏とは言いませんので、読書週間のある秋にでも、どこかの曲でやってくれないでしょうか? 個人的には有名人(タレントとは限らない)が出てきて、自分の好きな作品を紹介し、その一節を読む(朗読する)だけの番組でもよいのですが……

でも、そんなの2時間も放送したら、視聴者は飽きちゃいますかね? せいぜいネット番組がいいところでしょうか? とにかく本に関する番組は、100分de名著をはじめ、現在も過去にもいろいろありました。王様のブランチのように、番組発のヒット作も多数出ています。でも、ゴールデンタイムで放送されているものはまだないですよね。一回くらい出来ないものかと思うのです。

バルカンからオスマンへ

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文庫の手軽さは理解できますが……

朝日新聞の岩波文庫記事の最終回。

文庫は手軽であるということのようです。確かにその通り。気が向いたら手に取って、なんなら買って読んでみる、それが文庫本の醍醐味だと思います。

だからこそ、そういう文庫まで図書館で借りて読んでいる人が増えている昨今の状況、つまり不景気ってことですが、そんな状況なんとかならないものか、と思ってしまいます。

文庫(や新書)くらい、借りずに買ってよ、というのが本音ではありますが、本を買う金はないけれど、それでも本を読みたいんだ、という気持ちもわかりますし、そういう気持ちは大事にしたいところです。でも、やっぱり、ちょっと高い単行本ならいざ知らず、文庫なんだから……。いや、最近は文庫もかなり高額になりましたね(汗)。

それとは別に、古典などが文庫になるのも悪いことではないものの、書店における棚作りとして見たときにはどうなのかな、という気もします。

本屋の場合、基本的にはジャンルごと日本が並んでいるわけですが、文庫や新書はジャンルではなく、「○○文庫」「△△新書」という括りで並んでいます。その方が店員も管理しやすい、というメリットはわかります。

でも、そうなると岩波文庫の西洋哲学の古典が人文書の棚にはなくて、岩波文庫のコーナーで探さないとならなくなります。書店によっては文庫もその内容に従ってジャンルごとの棚に置いている店舗も散見されますが、単行本の中に文庫本を混ぜて置くと埋もれてしまったり、棚の高さが無駄になったり、なにかと不都合も出てきます。

いま「不都合」と書きましたが、あくまで書店の棚管理上の不都合であって、そのジャンルの本を捜しているお客さんからすれば、単行本も文庫も新書も関係なくて、そのジャンルの本は同じところに置いて欲しいと思うものではないでしょうか?

本屋に慣れていない人が、例えば夏目漱石の『坊っちゃん』を買おうと思って本屋に来たとします。夏目漱石なんだから「文芸」とか「文学」のコーナーに置いてあるだろうと予想をつけて行ってみたけれど、いくら探しても見つからない、「夏目漱石の…」といった周縁の本は「評論」という棚に置いてあるけれど、いくら探しても『坊っちゃん』は見つからない。そんな状況がいまの本屋です。

もちろん店員に聞いたり、店内の検索機を使えば、適当な文庫に収録されている『坊っちゃん』がヒットするでしょう。仮に存在するとしても、最低でも1000円以上はする単行本よりも文庫本があるなら、このお客さんにとってはその方がありがたかったと思います。でも、やはり「文芸」の棚で見つからないということに関しては忸怩たるものがあるのではないでしょうか?

落としまくり?

昨日の午後、書店回りの途次、物をよく落としました。幸いにも無くし物にはならなかったのですが……

まずはちょっとおやつ代わりにコンビニで買ったバームクーヘン。ショッピングモールのベンチに座って食べていたら、半分くらい食べたところで手からポロッと……。見事に床に転がってしまいました。

ああ、まだ半分しか食べていなかったのに(涙)。

その後、日差しも強く、ベトついた体を拭こうと鞄から出した汗ふきシート。一枚取り出して首筋をサッと拭いたと思ったら、これまた手から離れてヒラヒラと地面に落下。

ああ、まだ拭きたいところがあったのに(涙)。

汗ふきシートはまだ持っていましたが、こんな日はきっとまた落とすに決まっていると思い、諦めて帰宅までさっぱりするのは我慢しました。

本当に物を落とす日でした。

若者を振り向かせる?

今日も朝日新聞に岩波文庫の記事が載っていました。

今回のテーマは、若者をどう取り込むか、ということでしょうか? ただ、記事を読む限り、岩波文庫はそんなことを意識して何かをしたわけではないようですね。むしろ愚直に、最初の方針のまま刊行を続けていた、という感じです。

結果的に、それが長く愛された理由、廃れない寂れない秘訣なのかもしれません。そういえば、これは以前に書いたかもしれませんが、ずいぶん前のことですが、中央線にいかにもイマドキの若者という風体の青年が乗ってきたことがありました。刺青はしていなかったと思いますが、耳にピアスくらいはしていたのではなかったかと記憶しています。服装も大人の目から見ると「だらしない」と言われそうな格好でした。

そんな若者が乗ってきて、電車が走り始めたと思ったらカバンだったかポケットだったか覚えていませんが、とにかくおもむろに本を取り出して読み始めたのです。その本というのが岩波文庫でした。青か白だったはずです。

あたしはその光景を見て格好いいと感じると共に、見かけで判断した自分の不明を恥じました。岩波文庫というと、あたしはこの体験を思い出します。