そうだ、やっぱり金なんだ!

角川文庫の『そうだ、やっぱり愛なんだ』を読みました。最初は、いくつになっても人を好きにならずにはいられない的なエッセイかと思ったのですが、副題に「50歳からの幸福論」あるように、この「愛」って家族愛とか、そういった心の充実のことを言っているのです。

さて、柴門流の幸福とは如何なものか?

確かに、ものすごい贅沢ではなく、日常生活にあるささやかな幸せ、といったものを言っているようなのですが、あたしなどから見れば、やはりそれなりに経済的な裏付けがあるからこそ出来るようなことばかりです。

友達と美術鑑賞やお食事、小旅行、どれもお金がかかります。先立つものがなければ実行に移せません。最終的にいまの柴門さんは犬に熱を上げているようですが、犬を飼うのも(もちろん買うのも)お金のかかることです。やはり貧乏人には縁のない幸せです。

私が五十歳になった時まず思ったことは、
「もう、子供のことは放っておいていいだろう」
だ。(P.189)

とあります。あたしの場合、五十歳になって思ったことは

「もう、子供のことは諦めよう」

でした。いや、その前に

「結婚を諦めよう」

であり、

「彼女を作ることすら諦めるべきだろう」

ということでした。

柴門さんのような、それなりのセレブに書かれると、自分の惨めさ、経済的な不如意がますますイヤになってきます。

ペットショップで、なかなか買い手が現われずに売れ残り、とうとう成犬になってしまったような気持ち?

DMならぬ、Dファクスで、あたしの勤務先に届きました。

誰に宛てたものかわかりませんが、なぜか自然と、あたしの机の上に置かれていました。

無料なんて書いてありますが、実際に行ったら、なんだかんだでかなりの金額を取られるのでしょうね?

あたしなんか、もう諦めるべきなんでしょうね。別に老後が寂しいとは思いませんし、なので、そのための茶飲み友達が欲しいとも思いませんから。

足りないのは少しの勇気かも。久々の恋愛前の準備運動の仕方。

今朝の朝日新聞紙面をつらつら眺めていて目に飛び込んできたページです。

朝日新聞が胴元になっている結婚相手紹介所的なものらしいです。ミーティングテラスと言うそうです。ただ、いわゆる結婚相手紹介所ではなく、結婚という形にはこだわっていないサービスのようです。サイトには

40才以上のシングルの方々に出会いの場を提供するサービスです。結婚のみに限らず、事実婚や週末婚、お茶飲み友だちなど、ゆるやかな自由なかたちのパートナーを自分のペースで探すことができるのが特長です。

とあります。いろいろな講座やイベントがあり、興味のあるものに参加するというスタイルで、そのイベントの場で出会いを提供する、ことのようです。同じ講座やイベントに来ているということは、趣味や嗜好が近いと見なせるわけで、となるとより仲良くなりやすい、ということなのでしょう。

うーん、こういうのどうなのでしょう?

あたしは基本的に人となかなか打ち解けないタイプなので、イベントなどに参加したとしても、たぶんあまり人とは話せないと思います。できれば、何とか理由をつけてその場から早く抜け出したいと考えてしまうタイプです。

人を魅了するようなものも備えていませんし、他人にアピールできるようなものも何もありません。そもそもあたしなんかに興味を持ったり好意を抱いたりしてくれる人がいるとは思えません。あたしが他人であれば、あたしみたいなタイプは絶対にイヤです。

だから、イベントなどは行くだけ無駄な気がするんですよね。

足りないのは少しの勇気かも。久々の恋愛前の準備運動の仕方」というページに

恋人がいない時間が長くなると、ひとりが心地よくなるだけでなく、恋愛自体どうやってすればいいのか分からなくなることもあります。

と書いてあります。「恋人がいない時間が長くなる」と言いますが、あたしの場合「恋人がいたことがない」ので、わからなくなる以前の問題です。

一人がラク、とは思いません。だって、現にあたしの場合、生まれてこの方ずーっと母と暮らしていまして、家事全般は母に任せっきりです。これを自分でやるとなったらタイヘンなことです。そう言うのもまるっきり一人でこなしている人が「一人がラク」と言えるのであって、あたしなどはそんなセリフを吐く資格すらありません。

うーん、先は長い。

抱負とか目標とか

あたしの勤務先は、今日からではなく明日から仕事始ですが、朝の情報番組は今日から通常放送のところが多いようですね。一般企業は、特に小売りのサービス業でもない限り、明日からというところ多いのではないでしょうか?

さて、その朝のテレビ番組、見ていますと司会陣が「あけましておめでとうございます」と挨拶をするのは当たり前として、出演者同士で「今年の目標」とか「新年の抱負」を語り合っているのが目に留まります。若いアナウンサーですと「きちんと原稿を読めるようになりたい」といった初々しい目標を披瀝する人もいますが、まあ、皆さん、そうやって目標を持って新年を迎えているのだなあと思います。

振り返ってあたし、新年の目標とか抱負を持たなくなってどれくらい経つでしょう。学生時代は学校の書き初めなどで書かされた記憶もありますし、「成績アップ」や「受験合格」といったわかりやすいものがあったので意識することもありませんでしたが、社会人になるとそういうものがなくなってしまい、あたしは特に抱負を持たずに生きてきました。

そもそも実現不可能な目標を持っても虚しいだけですし、そのために無理な努力をするのも性に合いません。それでも社会人になってしばらくは「今年こそ結婚するぞ」と誓いを立てていましたが、そのために何か努力をしたかと問われれば、してませんと答えるしかありません。だって、結婚するための努力って何をどうすればよいのでしょう?

結婚相手紹介所に入会すればよいのでしょうか? 先立つものがありません。パンフレットを見たことがありますが、それで成功するかわからないものに、あれだけの金額を払う気はさらさらありません。

「好きな人とかいないの?」と聞かれることもありますが、これも実際に見回してみるといないものですね。職業柄、女性と知り会う機会はたくさんあります。職場の女性を除いても、営業先の書店という場所は女性の比率の高いところですので、毎日のように女性とお話ししています。よくある「女性と知り合うきっかけがない」という環境とは真逆と言えるかもしれません。

ただ、女性と接する機会が多いことと、恋人や結婚相手が見つかることとは別ものです。いや、恋人や結婚相手を見つけたことのないあたしが言っても説得力がありませんが、日常の中でどうやってそういう対象を見つければよいのでしょう?

とはいえ、この業界、そうでない人も大勢いますが、意外と業界内で結婚している人が多いのも事実です。書店員と出版社員、書店員と取次会社員といった組み合わせはよく聞きます。こういう人たち、どうやって仲良くなって恋人や結婚という道筋に進んだのでしょう? たぶん最初に出逢って挨拶や名刺交換をするところまでは、あたしも全く同じだと思いますし、その後仕事で何度も接する機会があるというのも変わらないと思います。問題はそこからです。結婚にこぎ着けた人とあたしとでは、そこから先、何が違うのでしょうか?

いや、もしかすると、ファーストインプレッションから違っていたのかも知れません。出逢った瞬間にビビっと来ていたわけでもないでしょうが、やはり恋人になる二人というのは出逢った瞬間にお互いに何か感じるものがあるのでしょうか?

何か感じるものだったら、あたしにだってあります。ただそれはほぼ間違いなく「この人とは仲良くなれそうにないなあ」という予感ばかりですが、そういうネガティブな予感ならしょっちゅうです。

とまあ、そんな一年の目標や抱負も、いまでは考えなくなって久しいです。すべては時間が解決する、結局何をしたって、いまある自分に行き着くだけ、そんな諦観で生きているのがここしばらくのあたしです。

とりあえず、2018年に入って、2017年が完全に終わったわけですから、2017年の忘年会をやりますか?

あたしはもうこの世界には入っていけないと実感しました

昨日の姪っ子、甥っ子の運動会@沼津。

今回は三人とも同じ紅組でして、紅組が最終的に勝ったようです。とりあえず、なによりです。

さて、今回、久hisぶりに、それこそ何十年ぶりに運動会なるものに行ってみて、いろいろ感じました。

まずは、お父さん、お母さんたちの若さです。確かに、やや年配とおぼしきご両親も見かけましたが、全体としては若いのなんのって! あたしから見たら「そこらのガキ」という感じの男女が、それなりにお父さん、お母さんをやっているのが、改めて新鮮というか衝撃というか。

そこでふと考えたのです、あたしは、この中に入っていけるのか、ということを。

個人的には、これまで「結婚はしたいな、そして子どもも欲しいな」と考えていました。子供がいないなら結婚する意味がない、とあたしは考える人間なので、老後が寂しいからパートナーを見つけよう、という考え方にはならないのです。この場合の子供が、自分の実の子供であるか、それとも相手の連れ子であるかは、あまり頓着していなくて、ただ、連れ子の場合、難しい年頃だと「親子」になるのは大変かな、とぼんやり考えるくらいです。

ただ、今回の運動会で、「もし自分が結婚できたとして、そして子供が生まれたとして、その子供の保護者として、こういう行事参加したり、PTAの仕事をやらなければならなくなるのか」と考えると、ちょっと無理だなと実感しました。

そもそもが人づきあいの苦手なタイプです。これまでだって友達なんていない人生を歩んできたわけです。もちろんPTAは友達ではありませんが、それなりの付き合いが生じるわけですが、それが自分にできるとは考えられません。今回見かけたお父さん、お母さんたちの若さにとても付いていけない気がするのです。

もちろん、年齢ギャップということで言えば、現在の社会人生活だって、他社や書店には大先輩から、子供と呼んでもおかしくない年齢まで幅広く存在していて、それなりに仕事上の付き合いはしていますが、学校のPTAはそれとはちょっと違います。

まず、自分よりはるかに若い年齢の一団であるということ。もっと年齢にバラツキがあればよいのですが、確実にあたしは浮いてしまいます。次に、PTAの付き合いは、あくまで子供という第三者が存在するという大きな問題があります。社会人としての現在の付き合いは、その相手と仲良くなろうがケンカしようが、自分の問題です。自分が責任を取ればよいだけのことです。もちろん会社という存在はありますが……

しかし、PTAの場合、子供という主役がいて、その存在は絶対に消すことはできませんし、親同士の問題が子供同士の間柄に影響してはマズいです。そんな息苦しく、気を使わなければならない関係性、いまさら、こんな若い連中との間に築けるとは思えないのです。

姪っ子、甥っ子たちの運動会には保護者が参加するリレー的な種目がなかったのが幸いで、もしこちらが参加しなければならないような競技があったら、次の日から数日は仕事を休まないとならなくなりそうです。

とまあ、いろいろ考えさせられる体験でした。最終的に、結婚も子供も諦めろと言われたような気分で小学校を後にしました。

運動会の間、時々、そばを通る姪っ子や甥っ子と話をすることはありましたが、端から見たらボケーっと突っ立っているだけの「ロリコンの変態闖入者」と思われていたのではないでしょうか?(幸いなことに、カメラもビデオもスマホも手にしていなかったのですが……汗)

いや、むしろ、運動会を見に来ていたおじいちゃん、おばあちゃんの方が年齢的には近かった気がします。となると、意外と若いおじいちゃん、と見られていたのかもしれません。乃木坂46のアルバム発売記念Tシャツを着た!

そんなところには出没しません!

週刊朝日の広告です。

なんと、今号はな-ちゃん(乃木坂46の西野七瀬)が表紙なんですね。確か少し前には、真夏さんとずーが表紙を飾っていたような記憶もありますが、こういった一般誌の表紙にまで乃木坂が出てくるのは、ファンとしては嬉しいことです。

しかし、今回気になったのは「プロが明かす婚活の裏技」という記事です。「いいオトコは……で探せ」とありまして、その探す場所というのが

午後4時の高級ホテル
早朝の皇居周辺
教会の日曜礼拝
9月のプール

となっています。いや、言いたくないですが、こんなところ、行きませんよ! もちろん、あたしは「いいオトコ」ではないので、そんな場所に出没していなくて当然なのですが……(汗)

ロッジ入門に最適?

この記事の閲覧にはパスワードが必要です。閲覧希望の方は「ナンシーへの伝言」からどうぞ。
ただしお会いしたことのない方、存じ上げない方は、お断わりいたしますのでご了承ください。



もしかして、これが運命の出逢いになるはずだったのかしら?

昨日の営業回りの時の出来事です。

東京郊外の電車に乗っておりました。座席はほどよく埋まっていたのでドア付近に立って本を読んでいました。あたしが乗っていたのは急行で、とある駅で各駅停車との待ち合わせのために停車しました。

すると、すぐ近くの座席座っていた女性が下りていきました。各駅に乗り換えたのか、その駅が目的地だったのかはわかりません。見かけは学生でも主婦でもなく、明らかに社会人。20代後半から30代前半くらいでしょうか。キャピキャピした若さよりも落ち着きを感じさせる、なかなかきれいな女性でした。

さて、彼女が下りたために空いた座席に座り、引き続き本を読み始めました。しばらくして座席脇の手すりに傘がかかっているのに気づきました。季節柄、日傘でしょうね。細見のちょっとおしゃれな女性ものです。たぶん、いま下りていった彼女のものではないでしょうか?

あたしが発見した時点で、急行電車は待ち合わせのためまだ停車中でした。ドアは開いています。しかし、何分も停まっているはずはなく、そう思う刹那、ホームのベルが鳴りドアが閉まり発車しました。

もしあの時、ドアが開いている内に傘をつかんでホームへ下り、彼女を見つけて(まだ近くにいたでしょうから)傘を渡したら、どうなっていたでしょう? その出会いをきっかけに話が弾んで……

そんなわけないか。人生はドラマではないですし、そもそもわが身をよーく省みろと言われそうです(涙)。しかし、万が一、万万が一ということもなくはないでしょうし、何がきっかけで人生の歯車が回り出すかわかりません。

あたしは、昨日、一歩踏み出すべきだったのでしょうか?

真実の愛?

『ギリシア人男性、ギリシア人女性を求む』より

「あなたは恩寵を受けているのですよ」と老紳士は言った。「この恩寵には理由がふたつ考えられますが、どちらになるかは実はあなた次第なんですよ。ひとつは愛、もしもそれをあなたが信じるとするならば。あるいは悪、もしもあなたが愛を信じないとするならば。愛はいつでも出現可能な奇跡です。悪はいつもそこにある事実です。正義は悪をこらしめ、希望は悪をよいものにしようとし、愛は悪に目をつぶる。愛だけが恩寵をそのまま受け取ることを可能にするのです。それは最も困難なことです。それは私も知っています。世界は悲惨で無意味だ。このすべての無意味なものの背後に、このすべての悲惨なものの背後に意味があるのだ、という希望は、それでもなお愛する人だけを守ることができるのです」(P.199)

もう一つ。

あなたは真実を知ることなしに私を愛することはできなかったし、私たちを危うく破滅させかけた真実よりも強いのは愛だけなのですもの。あなたの盲目の愛は、ちゃんと目の見える愛のために壊されなければならなかったのよ。そういう愛だけが価値のあるものなのですもの。(P212)

この小説、あたしのことを激励しているのかしら?

本日見本出しの新刊『ギリシア人男性、ギリシア人女性を求む』はスイスのフリードリヒ・デュレンマットの作品です。

Uブックスなので、装丁はいつもどおりこんな感じです。オビには

冴えない中年男の前に絶世の美女が現われ、会社ではなぜか突然の大昇進。

とありますので、なんか読む前からワクワクしてしまいます。

で、裏表紙がこんな感じです。内容紹介には

うだつの上がらぬ中年男アルヒロコスが知人の勧めで結婚広告を出したところ、すごい美女が現われた。以来、彼の人生は一変、どこへ行っても重要人物の扱い、前代未聞の大昇進……

とあります。

うーん、あたしも広告、出してみましょうか?