謝恩

京都を回りました。

午後からは、京都のいくつかの書店で開催中の謝恩セールの臨店見学でした。

お店によって客層も異なるので、出品銘柄に多少の差を付けてみたのですが、どういう結果になるのでしょうか?

定価販売が通例の書籍が2割引きですから、高額の書籍になればなるほどお得だと思うのですが、そもそもふだん本を買わない人には少しばかり安くなっても買おうというモチベーションにはならないのでしょうか?

とにかく、どの店舗も会期は残り僅かですので、この機械に是非!

作家と土地

昨晩のイベント「アジア文学の誘い@チェッコリー第3回『年月日』」の感想を少々。とは言っても、イベントの感想と言うよりは閻連科とその作品についての感想になりますが……

今回取り上げられた『年月日』は、日本で閻連科の名前が出たときに真っ先に挙がる作品ではないでしょう。やはり閻連科と言えば『愉楽』だと思います。

   

そして『愉楽』と似たようなテイストの作品として『硬きこと水のごとし』と『炸裂志』があり、あたしなりに表現するならば「エロエロ、ギトギト」な小説です。この流れには『人民に奉仕する』も加えることができると思いますが、いわゆる発禁作家・閻連科の面目躍如といった作品群です。

そして、こういった作品で閻連科を知った方には『年月日』は若干物足りない作品と映るかも知れません。しかし、よく読んでいただければ、いずれに作品にも通じる、大地に根ざした眼差し、人を慈しむ優しさ、そして世の不条理に翻弄される庶民(農民)の悲しみをいう点でやはり紛れもなく閻連科の作品だということが理解していただけると思います。

かつてこのダイアリーにも書いたのですが、これらの閻連科の作品は舞台がほぼ同じ土地です。乾いて痩せた土地です。その土地の大きな歴史を区切っては小説に仕立てているのではないか、そんな印象を持ったあたしには、ページ数の差があまりにもありますが、これらの作品はすべて一連の作品、大きな物語を構成するパーツなのではないかと思われます。

さて、閻連科は中国の北方の作家ですが、広い中国ですので作家の出身によって作風と言いますか、作品の雰囲気がずいぶんと変わるものです。閻連科の作品では北方の気候風土が描かれているので上述のように乾いていて、水分とか潤いといったものが限りなく少ない、ほぼ感じられないと言ってもよいくらいです。

それに対し、華中の作家・畢飛宇の『ブラインド・マッサージ』は非常に湿っています。映画にもなった作品ですが、映画の印象はずーっと雨が降っていた感じです。同じ中国でもこれほど異なるとは、やはり大陸は広いものです。

 

さらに『年月日』は極限状態のサバイバルで、かなり汚い描写も出て来るのですが、大地や空気が乾いているからでしょうか、鼻の穴がムズムズするような感じです。同じ汚い中国の作品として『黄泥街』がありますが、こちらは水に祟られた汚さです。ですから、鼻の穴ではなく湿度として体にまとわりつくような汚さを感じます。『黄泥街』の作者・残雪も湖南の人ですから、土地としては乾いていない地方です。

こんな風に、中国という大地の風土を踏まえて読むべきだと言いたいわけではありませんが、作品を読むときにはこういった知識も持っているとよいのかな、などと思いました。最近比較的よく読んでいる韓国の作品も、中国ほど広い国ではないですが、地方の差が大きいと聞きますので、作家の出身地を踏まえた上で読むと面白いのでしょうね。

ところで「年月日」というタイトルです。大地と生きる農民が肌で感じる時間の流れを表わしているのだとは思います。ただここで勝手な解釈をさせてもらいますと、この作品には太陽と月が印象的に描かれています。「月日」はそれを含意しているのではないかな、そして「年」には「実り」という意味がありますので、これは農民にとっては最も大切なもの、そして主人公が命を賭して守ろうとしたもの、ではないでしょうか?

フェアをいくつかご紹介

現在展開中のフェアをご紹介します。

まずは新宿の紀伊國屋書店です。

2階の文芸書売り場、ちょうどレジの斜め前くらいのところに海外ノンフィクションの棚がありますが、そのエンドで新刊『無礼な人にNOと言う44のレッスン』をワゴンで展開していただいております。

これは目立ちますね。ありがたいです。

続きましては、新宿から小田急線に乗って20分ほど、成城学園にある三省堂書店です。

まずは、あたしの勤務先も参加している、韓国文学フェアです。

このところの韓国文学の売れ方はものすごいものがあります。世間でも第三次韓流ブームなどと言われていますが、その波がようやく出版界にも届いたような勢いを感じます。

あたしも何冊か読んでいますが、単なるブームで粗製濫造されているわけではなく、どれも面白い作品ばかりです。もちろん誰にだって好みがありますから合う作品、合わない作品があると思いますが、どれを選んでもそれほど公開はしない作品が増えていると言えるのではないでしょうか?

最後にご紹介するのは、同じく成城の三省堂書店で展開中の書物復権フェアです。

人文系の出版社による、専門書の復刊企画です。

確かに単価は高いものが多く、渋いラインナップではありますが、毎年この企画を楽しみにしてくださっている読者の方も大勢いらっしゃいますし、既に定着した恒例のフェアです。

先月末くらいからフェアが始まったところがほとんどですので、今年の売れ行きがどんな感じなのか、まだわかりません。例年の傾向から言うと、やはり品切れになってから年数のたっている書籍は待っている読者も多いのか、よく売れるものです。

今回は文芸寄り?

ブックファースト新宿店で、この時季恒例の「蔵出し本」フェアが始まりました。

出版各社の在庫僅少本を選りすぐって並べたフェアで、あたしの勤務先も毎年参加しております。

その展示の様子が右の写真です。

このフェアが始まった頃は、人文書を中心とした専門書がメインでしたが、徐々に芸術系の書籍も並ぶようになってきまして、今年の場合、あたしの勤務先に関して言えば、ご覧のように「ほぼ文芸」というラインナップになっています。

しかし、今回並んでいる書籍たち、見る人が見れば「あー、これまだ残っていたんだ」と思わず声を上げてしまうような銘柄も散見されるのではないでしょうか?

もちろん各一冊なので、早い者勝ちです。

もしもの話ですが……

新宿の紀伊國屋書店でこんなフェアが始まっているようです。

LGBTという言葉も、いまや完全に市民権を得たようですね。最近ではLGBTQなどとも言うようですが、言葉が広く知られるほどに、我々個人の意識が追いついているのかというと、まだまだ道半ば、あたしなども古いタイプの人間なので、頭ではわかっているつもりでも実のところ何も理解していないのではないかと思います。

ところで、そんなフェアについて考えていたときに思ったのですが、体は男性だけれど心は女性という人が乃木坂46やAKB48のような女性アイドルグループのオーディションを受けたとして、果たして受かるのでしょうか? 逆に、体は女性だけれど心は男性という人がジャニーズやEXILEなどに応募したとして受かるのでしょうか? もちろんアイドル稼業ですから見た目が肝心なのは言うまでもありません。しかし、世の中には言われなければ「どう見たってカワイイ女の子でしょ?」という男性もいますし、その逆の方もいます。水着審査がなければ、バレないで加入してしまう可能性ってあるのでしょうか。

いや、もしかしてこの手の多人数のアイドルグループの中には、公表されていないだけで既にそういうメンバーが存在しているのかもしれません。それが不思議でも何でもない社会が、どんな人でも生きやすい社会というものなのでしょうか?

《エクス・リブリス》違い?

ゴールデンウィークを前にして、いくつかの書店で海外文学のシリーズ《エクス・リブリス》の創刊10周年記念フェアが始まりました。連休に入ってから、あるいは連休が明けてから、さらには夏になったらフェア開催という書店もありますので、お待ちくださいませ。

で、やはりいろいろと気になるのでネットで検索してみたりするわけですが、「エクス・リブリス」で検索すると、全然異なる、あるサイトがヒットします。

それがこちら、映画「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」です。

5月に公開予定だそうです。図書館の映画なんてちょっと面白そうですね。

同じ名称ですから、映画とフェアと相乗効果が生まれると嬉しいのですが……

あっ、もちろんタイアップなんてことはしておりませんので、悪しからず。

ちなみに、このニューヨーク公共図書館は『図書館 愛書家の楽園』にも登場しています。

ちょっと欲しくなる?

これ、何だかわかりますか?

《エクス・リブリス》創刊10周年記念フェア用の小冊子です。

早いところでは、GW頃から同フェアがスタートします。その拡材というわけです。表紙も含めると32頁の堂々としたものです。

内容は、藤井光さん、瀧井朝世さんに書いていただいた文章と、日本翻訳大賞を受賞した三作品の紹介、装丁担当の緒方修一さんの文章、これまでの刊行リストなどから構成されています。

是非フェアの会場でご覧ください。そして、《エクス・リブリス》を一冊でも買っていただけると更に嬉しいです。

自宅で「プロレタリア文化大革命」展?

先年、『文化大革命 〈造反有理〉の現代的地平』を刊行した折に、いくつかの書店で文化大革命の資料(当時のポスター)展示を行ないました。

著者の方が収集した資料をパネルにして書店のフェアコーナーに展示してもらったわけです。もちろんパネルは資料の本物を展示したのではなく、それをコピーしたり写真に撮ったりしたものです。

で、そんな展示フェアが終わって、社内にはその時のパネルがひと山戻ってきました。処分してしまうのももったいないということで、あたし、もらってきたのです。

しばらくはわが家でも書架の肥やし状態でしたが、わが家の壁に展示してみました。

とは言っても、わが家だって広いわけではなく、あたしの部屋の壁はすべて本棚で埋め尽くされています。パネル展示をしたくてもスペースがありません。

そこで、わが家で唯一残っているスペースとして見つけたのが、1階から2階へ向かう階段の壁と階段を上がりきった2階の廊下の壁です。

実は、階段の壁も、乃木坂ちゃんのカレンダーが2種類、それと昔、昔、中国で買った般若心経の掛け軸が飾ってあるので、広々としたスペースがあるわけではないのですが……(汗)

そして自宅に持ち帰ったパネルも縦向きのもの、横向きのものがありまして、それらを巧いことスペースに配置してみたのが、これらの写真です。

写真を撮る角度などの都合上、パネルのすべてを収めているわけではありませんが、持ち帰ったパネルはすべて展示してあります。如何でしょう?

たぶん初めてここへ足を踏み入れたら、あまりの時代錯誤に卒倒してしまうのではないでしょうか? それくらいインパクトのあるパネルたちです。

全く同じものではありませんが、いくつかは他の本などに掲載されていた図版で見覚えのあるものがあります。

とはいえ、これだけ立錐の余地なくと言いますか、足の踏み場もないほど、壁一面(だけじゃない!)に文革関係のポスターが貼られていると壮観です。

いったいこの家の住人はどういう思想の持ち主なんだと疑われてしまいそうな光景です。

断わっておきますが、もちろんあたしは文革を礼讃しているわけではありません。中国現代史の大きな悲劇だと思います。ただ、その一方で、これらのパネルを眺めていると、当時のものすごい量のエネルギーを感じるのも事実です。

この悲劇を実際に体験した人はまだまだ多くが存命です。中国共産党が冷静に文革について再評価し、資料の発掘をするようになるのは何年後でしょうか? 体験した人が生きているうちに聞き取り調査などをするべきだと思いますが、いまの共産党は許さないでしょうね。

フェアもやっています

朝日新聞に、サントリー文化財団の記事が載っていました。今年で40周年なのだそうです。

サントリー学芸賞と言えば、人文系では押しも押されぬ賞ですし、人文科学分野における同財団の貢献は計り知れないものがあると言えるでしょう。

というわけで、神保町にある東京堂書店ではそれを記念したフェアもやっています。

大阪の書店でも同様のフェアが企画されているとのこと。続報をお待ちください。