日本は戦争をするのかな、って心の片隅でちょこっとだけ考えておいた方がよい時代なのかも

ブックファースト新宿店の人文書コーナーで、加藤陽子さんの選書によるフェア、やっていました。

上の写真は、そのフェアで配布されている小冊子なのですが、これ、ちゃんと印刷屋さんで刷ってもらったものみたいな紙質です。ただ、どこが作ったものが書いていないので、版元作なのか、ブックファースト作なのか不明です。特に加藤さんの新刊『歴史を学び、今を考える 戦争そして戦後』をフィーチャーしているようなフェアにも見えませんでしたが……

で、上の写真は小冊子の表紙だけですが、頁をめくって選ばれている20点の書籍に対する加藤さんのコメントが熱いです。本当に現在の日本を憂いているんだなと感じます。書目だけ挙げておきますと如下:

小松左京セレクション1 日本(河出文庫)
ヒトラーとナチ・ドイツ(講談社現代新書)
戦争は女の顔をしていない(岩波文庫)
ボタン穴から見た戦争(岩波文庫)
決定の本質(日経BPクラシックス)
日本陸軍と中国(ちくま学芸文庫)
憲法9条の思想水脈(朝日新聞出版)
失われた兵士たち(文春学藝ライブラリー)
日本人はなぜ戦争へと向かったのか(新潮文庫)
海の志願兵(偕成社)
言論統制(中公新書)
対談 戦争と文学と(文春学藝ライブラリー)
日本浪漫派批判序説(講談社文芸文庫)
平和憲法の深層(ちくま新書)
世界史の中の日本国憲法(左右社)
大本営発表(幻冬舎新書)
幕僚たちの真珠湾(吉川弘文館)
戦争中の暮しの記録(暮しの手帖社)
大政翼賛会への道(講談社学術文庫)
インテリジェンス(ちくま学芸文庫)
クーデターの技術(中公選書)

謝恩?

京都の書店三軒で謝恩フェアをやっています。

東京国際ブックフェアが開かれない今年、その代替的な意味もあります。

といったことを先日書きましたが、本日午後、参加している出版社のうち6社で、開催中の三店舗を激励訪問する予定です。三店舗ごとに出品内容が異なるので、どんな動きになっているのか楽しみです。

とりあえず、先日丸善へ行った限りでは、始まったばかりだからか、お客さんに割引きフェアをやっていることが伝わりきっていない感じを受けましたが、数日たって少しは浸透したのでしょうか? 平日だと難しいかも知れませんが、大阪などからも本好きな方が来てくれると嬉しいのですが……

お店ごとに異なります

関西ツアー中です。金曜までです。昨日は初日、京都を回っていました。

その京都、現在、大垣書店イオンモール京都店、ふたば書房御池ゼスト店、丸善京都本店の三店舗で「京都〈読者謝恩〉ブックフェア」が開催中です。今年は毎年恒例の東京国際ブックフェアが開かれないので、その代替措置というわけではありませんが、せっかくなら東京以外の場所で、ということで京都開催になったようです。

で、あたしの勤務先も参加していまして、昨日は丸善の様子を拝見しました。

お店の方の話では、やはり割引販売が大きいのか好調な売り上げになっているそうです。京都はもとより、大阪あたりの本好きな方もいらしているのでしょうか? このイベント会期が決まっているので、どの程度周知しているのかもよくわかりませんが、一人でも本屋に来てくれる方が増えるといいなあ、と思います。

さて、出品した本は決して品切れ本などの古書的なものではなく新刊なんですが、選書は各社が行なっています。三店舗とも同じようなラインナップなのか、そこまではわかりませんが、少なくともあたしの勤務先は三店舗ごとに出品している商品は異なります。

一応は、三店舗の立地や客層を意識して選書したつもりです。他社もそのような出品をしているのか、もしそうだとしたら、フェアが終了した時点でお店ごとに売れ方に違いが出たのか、興味深いところです。

昼の話は鳥が聞き、夜の話はネズミが聞く

昨晩の、八重洲ブックセンターでの齋藤真理子さん、岸本佐知子さんのトークイベント。手元のメモを元に少々ご紹介。念のため断わっておきますと、新刊『ピンポン』の刊行記念トークイベントでした。

同じ翻訳家として、今回は岸本さんが聞き役、齋藤さんがそれに答えつつ話が膨らんで脱線し……という感じでした。

まず齋藤さんとパク・ミンギュ作品との出会いについてですが、『カステラ』はクレインの社長が齋藤さんに持ちかけたもので、齋藤さんはそれまでパク・ミンギュについてはほとんど知らなかったそうです。

岸本さんは、『ピンポン』の中の作中小説であるジョン・メイスンの作品について、自分が訳したニコルソン・ベイカーに通じるものがあるので大好きだとのこと。また齋藤さんからは、後にパク・ミンギュ自身から「自分が好きな日本の作品は宮澤賢治の銀河鉄道の夜だ」と聞いて、『ピンポン』の主人公釘とモアイはジョバンニとカムパネルラに相当するのではないか、街と学校と原っぱを巡っている二人の世界、そこをグルグル回った遠心力で卓球界に飛ぶストーリーなど、銀河鉄道の夜をモチーフにしているのところがあるのではないかと思うようになったという非常に興味深い意見が出て来ました。

話は中二病に及び、日本の中二病と韓国の中二病との違いについて。そもそも中二病という言葉自体も日本から入ってきた言葉であり、概念ですが、日本ではやや自嘲気味に使われる言葉だと思われるのに対し、韓国ではもっとシビアな、罵倒語として使われているそうです。それは日本よりも更に受験戦争が厳しい韓国社会を反映しているのではないかとのことです。

また韓国文学については、純文学の比率が高く、ミステリーやSFなどは一段低く見られていて、だから日本の作家、作品が若い人を中心によく読まれているそうです。しかし社会がどんどん変わっていっているのに文学が(純文学偏重のまま)変わらないのはおかしいという声も上がっており、パク・ミンギュ氏などは「純文学という監獄から出るべきだ」と発言されているそうです。

中二病に限らず、近代以降の歴史において日本に支配されていたこともあり、近代的な語彙や概念は日本語から入ったものが多く、日本語を通じて近代化したのが韓国の近代史であり、翻訳に当たってはそういったものを完全に払拭してツルツルの文体にしてしまってはよくないのではないか、もっとゴツゴツしたものを残すようにしている、という齋藤さんの発言もありました。このあたり、翻訳の文体はどうあるべきか、岸本さんとの話もかなり盛り上がっていました。

ところで、あたしは『銀河鉄道の夜』は読んだことがありません(汗)。打ち上げでそんな話をしたら、齋藤さん、岸本さんから、「それは貴重だから、この先も一生読まないままでいるように」と釘を刺されてしまいました(笑)。

最後に、下の写真は昨日のいでたち。どうしてこういうブラウスとネクタイなのか、わかりますか?

『ピンポン』の章名にもなっている韓国のことわざ「昼の話は鳥が聞き、夜の話はネズミが聞く」を意識しています、と言えばわかっていただけるでしょうか?

障害とか、差別とか

もう一つ、紀伊國屋書店のフェア。

『こびとが打ち上げた小さなボール』は名作です。ただ、文芸作品なので、3階の人文書フロアでフェアをやると聞いたときは「韓国の歴史や民俗」にスポットをあてるのかなと思ったのですが、こういう切り口できたのですね。

で、同書の訳者・斎藤真理子さんのトークイベントが明日、八重洲ブックセンター本店で行なわれます。

岩波文庫創刊90年だから……

紀伊國屋書店新宿本店で「前川國男とモダニズム建築」というフェアをやっていまして、同じ90周年つながりなのでしょう、岩波文庫の創刊90年を記念してだと思いますが、在庫僅少本フェアをやっています。文庫・新書を中心に単行本も若干並んでいました。いや、12日までの会期なので、あらかた売れてしまったのでしょうか?

岩波文庫が創刊90年というのは、岩波書店の『図書』の臨時増刊号を見て知っていましたが、全部で何点くらい刊行し、現在の稼働点数はどれくらいなのでしょう? というわけで、同店の在庫僅少本フェアも興味津々で覗いてみたわけです。

遅ればせながら駆けつけたあたしが買ったのは以下の文庫と新書が一点。その他にも買いたかったのですが、自宅に持っていそうな気がして、とりあえずメモだけして帰宅しました。

その結果、上の三冊は未購入でしたが、新書はわが家の書架に並んでいました(爆)。メモは文庫と新書合わせて12点ほどでしたが、自宅の書架を確認すると5点は購入済みのものでした。慌てて買わなくてよかったです。

ちなみに、自宅の書架のほんの一部。写っているのはすべて岩波新書ですが、恐らくすべて現在は品切れなのではないでしょうか?

続いては岩波文庫。こちらも品切れのものばかりでしょうか? 右側の焦げ茶色で書名が判読しづらいのは『近思録』と『伝習録』、左の方、『史記列伝』の右側は『抱朴子』です。

さて、会期終了前に未架蔵のものを買いに行きますかね(笑)。

SF、ミステリー、そして……現実社会

本日午後は下北沢のB&Bで伊格言さんと大森望さんのトークイベント。昨日の黒川さんとのイベントでは、原発事故とか、ノンフィクションとフィクションの間のような内容になっていたと感じましたが、今回は対談相手が大森さんなので、また別な一面が見られました。

訳者・倉本さんによる『グラウンド・ゼロ』全体に対する解説、伊格言さんの創作に関する講演は昨日とほぼ同じ、それを受け、大森さんとのやりとりとなりました。

実在の人を登場させているけれど、それに対する反応は、という質問に馬英九はじめ、ほぼ皆がスルーしたようで、美人と書かれた国会議員だけが自身のラジオ番組に呼んでくれたとのこと。日本では実名を使うと訴訟騒ぎになったりする可能性があると聞くと、台湾でもその可能性はなくはないそうですが、それよりもなかなか本作のように実在の人物を登場させる作品を書く機会もないので、今回はあえてこういう方法を選んだという答え。伊格言さん曰く、本作のように現実との距離が近い作品を「低空飛行(地面飛行)小説」と呼んでいるそうです。

台湾は日本とは違い首都に近いところに原発がある。危険なものを辺鄙なところに作るというのは不公平であり、それは階級的な圧迫にもなるとも述べる伊格言さんに対し、80年代には日本でも「東京に原発を」という議論があったことを大森さんが紹介、それに対し伊格言さんは、台湾は日本よりも小さい国なので、どこに原発を作っても首都や都会に近いところになってしまうとのこと。また電力会社の体質などは日台でよく似ているとも。

福島の事故の衝撃が本作のきっけになったのかという質問には、台湾でも反原発運動は以前からあったけれど、原発は危険という意識は一般の人には共有されてなおらず、福島を機に危険という認識が広く共有され、反原発運動が盛り上がるようになったとのこと。事故の前と後では温度差があるとも。

大森さんから本作について、破滅に向かうサスペンスと事故をめぐるミステリーという非常によくできた構成になっているけれど、こういう構成にしようとしたのは何故かという質問に、以前書いた長篇2作はミステリーっぽいもので、自分は短篇は詩的なものという意識がある、それに対して長篇は長いので、いろいろな要素を取り入れられる、だからいろいろな側面を見せることができる、と考えているそうです。また伊格言さんは謎解きのストーリーが好きで、それは読者をある方向に誘えるからだとか。

作品冒頭に出てくる夢の画像化は、本作の中では数少ないSF的な部分で、SFだと自由に書け、ファンタジーなシーンを作ることができる、と考えているそうです。本作が日本ではSFとは思われないのでは、という大森さんの指摘には、あまりジャンルは気にしていないとのこと。中国語圏のSFの賞を本作で授賞したけれど、実はやや困惑したとも、

本作は反原発派や社会運動の活動家が読んでくれているが、原発指示の人からは批判が来るそうで、そういう人にはちゃんと本書を読んでから批判して欲しいとのこと。

本作は非常にメッセージ性が強い作品だという指摘には、本人はそれほど政治的なメッセージをこめたつもりはないそうですが、安全署長については、よい目的のためなら悪いこともするという、やや複雑な人物を描いたつもりだそうです。

本作がどの程度現実に影響を及ぼしたかはわからないが、反発もそれなりにあったので、一定の影響は与えたのではないかと思っているそうです。小説を読まないような人にも読んでもらえる訴求力はあると思う、とのこと。また福島の事故を経験した日本人にも訴えるところがあると思う、とも。

本作は前半は原発問題を扱い、後半では生活問題を扱っている。原発事故が引き越した、主人公カップルの生活スタイルの差、こういったものをやや極端に描くことで自分に置き換え、自分の生活を振り返るきっかけを与えられるのではないかと思う、とのこと。

以上、記憶違いもあるかと思いますが、あたしのメモを元に。ですので、伊格言さん、大森さんがこの通りのことを主張していたと自信を持って言えるわけではありません。あしからず。

核のゴミ

グラウンド・ゼロ 台湾第四原発事故』の著者、伊格言さんが来日中です。

今日も午後から、こんどは下北沢のB&Bでイベントがありますが、まずは昨日の台湾文化センターでのイベントについて。ちなみに、台湾文化センターの場所は虎ノ門、台北駐日経済文化代表処がある白金台ではありませんのでご注意ください。

 

さて、昨日の対談相手は『岩場の上から』の黒川創さん。簡単に昨日を振り返りますと、まずはセンター長のご挨拶、続いて訳者・倉本さんの作品紹介、続いて伊格言さん、黒川さんのミニ講演、最後に伊格言さんと黒川さんのミニ対談に質疑応答という流れでした。

冒頭、センター長の挨拶では、このところ台湾関係の書籍の刊行が続いている白水社に対して過分な御礼の言葉があり、特に新総統誕生に合わせて『蔡英文 新時代の台湾へ』を刊行したり、台湾の脱原発宣言のタイミングで本書を刊行したりと、非常にタイミングもよいとのこと。

 

続いて伊格言さんの講演演題は「私使用的媒材是文字、以及現実」というもの。まずは前総統・馬英九にまつわる「死の握手」の話題から。彼と握手をした人には軒並み不幸が訪れるそうで、国共両党首の歴史的会談となった習近平との握手写真では毒舌もチラリ、そして馬英九は日本の安倍総理とも握手しているのですが、なぜか安倍には不幸が訪れないと語って笑いを誘っていました。「死の握手」、日本語で言うなら「デス握手」といったところでしょうね。

話はデュシャンの「」に及び、ただの便器を美術館に展示することで美術品にしてしまうところに、伊格言さんは非常に興味を持たれたそうで、こういった取り組みが伊格言さんの創作活動にインスピレーションを与えているようです。

『グラウンド・ゼロ』は台湾で反原発運動が盛り上がった2013年の執筆で、できるだけ現実に近づけるように書いたとのこと。そうすることによって現実からのリアクションを期待したわけで、いわゆるパフォーマンス・アートだそうです。そんな現実とのインタラクティブを試みた本書が、こんどは日本でどんなリアクションを生み出すのか、非常に楽しみであるそうです。本書の世界は、日本人から見たら遠い国の出来事に感じられるかも知れないが、言うまでもなく『グラウンド・ゼロ』は福島の事故に着想を得て書かれた作品であり、台湾電力よりも東京電力の方がはるかに悪い会社なのではないでしょうか、とも話されました。

黒川さんは、ご自身の若い頃の体験、特にハンフォードを訪れたときのことを印象深く話してくれました。『岩場の上から』は、時間を30年後に設定して書いたが、現在のことだと思って読んでもらうと実感が湧くのではないかとのこと。また、近未来には核廃棄物をクリーンなものにする技術が開発されているという世界をSFで描くこともできなくはないが、自分はそういうものは書かないとも。

さて、トークを聞いていてあたしなりに感じたことですが……

まず、『グラウンド・ゼロ』では原発事故が起こり、台湾の北部3分の1か、4分の1が立ち入り禁止になり、もちろんそこには首都・台北も含まれているので、台湾は台南に遷都したことになっています。そして憲法も停止され、総統選挙も延期されている世界です。仮に日本を舞台にした場合、首都圏が立ち入り禁止になるような非常事態が起こった場合、憲法停止のようなことまで踏み出すことができるのかな、と思います。そんな状態でも日本なら非常事態宣言は出さずに行くのではないか、そう予想するのですが、最近の自民党政権はやたらと権力を振り回したい輩が多いようなので、これ幸いと非常事態宣言を発令するかも知れませんね。台湾でこうした設定が可能なのは、少し前まで戒厳令が敷かれていたという歴史が身近だからなのでしょうか?

ちょっとそんなことを思いました。

破天荒つながりで、こんな対談企画は?

今宵は神保町のチェッコリで、明日配本の『ピンポン』の先行販売を兼ねた、訳者・斎藤真理子さんのトークイベントでした。

 

『ピンポン』の感想は別途書くとして、この作品は『カステラ』に通じるような破天荒さと言いますか、荒唐無稽さと言いますか、そんなところが感じられます。もちろんメチャクチャな話というのではなく、しっかりとしたストーリーがあり、社会風刺的なスパイスも効いていて、だから読後にいろいろ考えさせるところもあるのですが、設定の突飛さはやはり際立っています。

で、あたしの数えるほどの読書体験から思い出したのはプラセンシアの『紙の民』やゴンサレスの『ミニチュアの妻』です。どちらも訳者は藤井光さん。というわけで、斎藤真理子さんと藤井光さんのトークイベントなんて企画できないだろうかと思ったりしました。

 

藤井さんには韓国系アメリカ作家ポール・ユーンの『かつては岸』という訳書もありますし、なかなか面白い対談になるのではないかと思うのですが……

それにしても、こういう作品を編み出す作者の頭の中ってどうなっているのでしょうね?

U、読んじゃいなよ!

くまざわ書店相模大野店で、白水Uブックスのフェアが開催中です。

フェアのタイトルは、ズバリ、「U、読んじゃいなよ」です。「U」はそのまま「ユー」と読んでください。

あれ? どこかで聞いたことのあるセリフですって? まあ、堅いことは言わないで……(汗)