あっという間の栄枯盛衰?

今朝の朝日新聞です。

中国のシェア自転車については、少し前に『中国新興企業の正体』でその隆盛ぶりを読んだばかりでした。

同書には、シェア自転車以外にもいくつかの中国発の新ビジネスモデルが紹介されていて、いずれも近い将来日本に上陸し、2本のマーケットを席巻するのではないかという勢いで描かれていました。

しかし、今日の朝日新聞を見ると必ずしもうまく行っているわけではないのですね。それも、いかにも中国らしいつまずき方だと思います。恐らく、同書で紹介された他のビジネスでも似たような事態は起こりうるでしょうし、実際に既に起こっているのではないでしょうか?

紙の時代の人間です

今朝の朝日新聞に全面広告が出ていました。

中国学を学ぶ者にとって必須の工具書、『大漢和辞典』がとうとうデジタル化されるそうです。

デジタル化と言っても、単体の電子辞書もあれば、一昔前ならCD-ROMなんていう形もありましたね。最近はそういったモノではなく、ネット利用というのがトレンドではないかと思います。

ただ『大漢和辞典』ほどのものですから単純にネット利用と言っても無料というわけにはいかないでしょう。あたし個人としては既存の有料会員制サイト「ジャパンナレッジ」での提供というのが妥当かなと思っていたのですが……

この広告にもありますように、USBメモリーの形での販売のようです。うーん、そういう方法もあったか、というのが正直な感想です。

考えてみますと、『大漢和辞典』って5万字以上の漢字が収録されているので、ネット利用ではたとえユニコードでも表示しきれない漢字が多すぎますね。となると、今回のUSBメモリーというのはユニコード外の漢字まで一緒に提供されるということでしょうね。

この広告だけでははっきりしませんが、このメモリーをUSB端子に差し込んで使うのですよね? PC本体にインストールするわけではないのでしょうか? とはいえ、USBメモリーの中味をまるまるPCにコピーすることは可能なのではないか、という気もしますが……

って、ゴチャゴチャ言っているわけですが、そういうあたしはこの『大漢和辞典』USBメモリーを買うのかと聞かれたら考えてしまいます。いや、考えるまでもなく「買いません」と答える可能性が大です。

 

だって、上の写真のよに『大漢和辞典』そのものを持っていますから! ちょうど大学生時代にこの新装版の刊行がスタートしたので毎月一巻ずつ、刊行のたびに買って揃えました。そのまま「語彙索引」と「補巻」も刊行時に買いました。ちなみに同じく大修館書店の『中国学芸大事典』もその当時購入しています(上掲写真右)。

当時はまだパソコンが普及し始めて間もない頃、Windowsは3.1の時代です。ネット環境なんて、今から考えたらほとんど止まっているに等しい速度のモデムで、NIFTYサーブを利用するのが関の山の時代です。パソコン通信を始めてしまうと回線を占領するので電話が使えなくなる、なんていう時代だったのです。

当然のことながら、旧字体などをたくさん使う中国古典においてパソコンはまだまだ「使えない」道具でした。論文やレポートもそれぞれが外字を作るしかないような時代、外字を作っている時間があったら手書きした方が早い、そんな状況だったのです。

ですから、辞典に限らず、書籍が電子で提供されるなんて、予想や想像はしてもまるで実感の伴わないものでした。

そんな時代に購入した工具書の一つが上の写真、『漢語大字典』です。中国大陸で刊行された大型の単漢字の辞典(字典)です。

そして、ほぼ時を同じくして中国大陸で刊行されたのが左の写真、『漢語大詞典』です。

こちらは「字」ではなく「詞」なので単漢字ではなく熟語、単語を収めたものです。

どちらも印象としては漢字の祖国の威信をかけ、『大漢和辞典』を上回る漢字の辞典を作ろうという意欲が見られました。ただし、古代の写本などを漁っていけば異体字はゴロゴロしていて、その中には単純な書き間違いもあるだろうに、そんなものまで異体字として収録して収録字数を競うのはあまり意味のあることだとは思えませんね。

とはいえ、やはり中国学を学ぶ者の端くれとして、こういった工具書が出ると買ってしまっていたわけです。ちなみに、この『漢語大字典』『漢語大詞典』はとうの昔にCD-ROMだったかDVD-ROMの形での販売が始まっていたのではないかと思います。電子化に関しては『大漢和辞典』に買ったと言えるかも知れません(笑)。

こうしてみますと、やはりあたしは、今でこそこうして日常的にパソコンを利用していますが、基本は「紙の時代」の人間なのだと思います。

2018年9月9日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

中国とアフリカ

今朝の朝日新聞の社説です。

中国とアフリカに関する論評が載っていました。

このところ中国のアフリカ進出が日本のメディアでも取り上げられるようになり、「日本は出遅れている」とか、「中国のやっていることは新たな植民地主義だ」といった主張が目立ちます。

と言うよりも、中国とアフリカで話題になることはそればっか、と言った方が正確かもしれません。

しかし、国営企業と一緒にアフリカへ渡って働く中国人だけでなく、アフリカに住み着いている中国人が多数存在することをご存じでしょうか?

そんなアフリカで一旗揚げようと海を渡った中国人に迫ったのが『中国第二の大陸 アフリカ 一〇〇万の移民が築く新たな帝国』です。

本書は、カラオケバーを経営する売春宿の女将から銅山開発に成功した起業家に至るまで、中国移民が追い求める「アフリカン・ドリーム」の実像を、サハラ以南10カ国を巡って詳細に描いたルポである。著者は中ア双方で『ニューヨーク・タイムズ』の支局長を務めたベテラン・ジャーナリスト。両者に渦巻く野望、欲得ずくの協力・依存関係、蔓延する腐敗と偏見――「ビジネス」という視点だけでは見えてこない人びとの日常の姿を通して、アフリカで急速に存在感を増す中国の「人としての顔」を浮かび上がらせる。そこに新植民地主義の影を見ることもできるが、同時に、経済的、文化的相互交流が盛んな新世界を展望することも可能だ。本書は中国とアフリカの関係を新たな視点で見直し、歴史地図に位置づける試みである。『ニューヨーク・タイムズ』ほか有力紙誌が絶賛。

という内容紹介にもあるように、数多ある「中国アフリカ」本とは一線を画す内容です。彼らの生き様を見ていると、「親方五星紅旗」でアフリカを搾取する中国国営企業とは異なった一面が見えてきます。そして、あたしが感じたのは、中国大陸にいようがアフリカ大陸にいようが、庶民は生きることに懸命なんだということです。

中国大陸ではもう夢を描けなくなったらアフリカへ渡った彼らは、果たして夢をつかめるのでしょうか?

2018年9月7日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

アジアの上と下

たまたま同時に読んでいた本です。

左は寝しなに寝床で読んでいた『3億人の中国農民工 食いつめものブルース』、右は通勤電車の中や営業回りの移動中に読んでいた『世界に広がる日本の職人 アジアでうけるサービス』です。

前者は中国・上海の出稼ぎ労働者のルポで、上海人をはじめとした昨今の富裕層には見向きもされない、中国社会の最底辺に近いところで生きる人々の生き様を追ったルポです。

後者は、バンコクやシンガポール、台北などで働く日本人の職人(寿司職人、美容師、バーテンダー、日本語教師など)をレポートしたものです。

後者を読んでいると、そういった日本の職人技が商売として成り立つほど、現地には富裕層が増えてきているということがわかります。そういう人たちが多くなったからこそ、平均からすればかなり高い金額になる日本人職人のサービスがビジネスとして成り立っているわけです。

前者の舞台は中国大陸で、後者のそれはアジア各国と、やや異なります。しかし、中国大陸でも富裕層が増えていることはアジア各国と変わりなく、こういった日本人職人の活躍の余地は大いにあると思いますし、本書で取り上げていないだけで既に多くの職人が活躍していることでしょう。

その一方で、前者に見られるような庶民たち。いや、上海人や富裕層から見れば庶民にもカウントされていない人々。この懸隔、絶望すら起こさせないほどの差ではないでしょうか? もはや格差という言葉では表現しきれないほどです。前者の中で、出稼ぎ労働者たちは富裕層を羨んでいないと書かれています。そもそも彼ら自身が比較しようとか、その格差を乗り越えようと思ってなくて、乗り越えられるとも思っていないようです。

両書をたまたま一緒の時期に読んでいて、そんなことをあれこれ思いました。

2018年9月6日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

検閲の厳しい国で本屋が増えているとは……

こちらも朝日新聞のコラムです。

「焚書坑儒」なんて、ずいぶんなタイトルですが、確かにあの国ではそういった面がありますね。本に限らず、テレビドラマや映画でも。

あたしが学生の頃も、思想、歴史系の学術書、それも中国古代を扱っているのに、やたらと「地主階級」とか「搾取」といった共産主義的な用語が散りばめられた書籍が多々出版されていました。

素人目にも、そういう書き方をしないと出版させてもらえないのだなあというのがわかったものです。まえがきだけ毛沢東思想や共産党を礼讃してみせ、中味は実直な学術書というのも多かったです。あの手この手、まさに上に政策あれば下に対策あり、の社会です。

それにしても、中国の出版界、日本とは別な意味で厳しいですね。この先どうなってしまうのでしょう?

2018年8月30日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

台湾人の悲哀

「台湾人の悲哀」、確かそんなセリフを発したのは李登輝氏だったような記憶があります。今は亡き司馬遼太郎さんとの対談の時の話だったと思います。

そんな言葉を思い出したのは平凡社新書の『日本軍ゲリラ 台湾高砂義勇隊』を読んだからです。

李登輝が言った「台湾人」というのが具体的にどういう人を指しているのかわかりませんが、一口に台湾人と言ってもさまざまな立場があるのだということが本書を読むとわかります。

一般に台湾人と言った時に、多くの日本人でも知っていそうな知識としては、もともと台湾に住んでいた中国人(福建などからの移住者)と国共内戦に敗れ国民党と共に台湾へ移ってきた中国人の確執ではないでしょうか。いわゆる本省人と外省人の問題であり、李登輝が台湾総統になった時には「本省人の総統」として話題になりました。

確かに、この二つの中国人の問題は台湾の大きな溝でもありますが、言ってしまえば漢民族の中の問題です。本書では、漢民族ではない台湾人、日本人には高砂族として知られる台湾原住民族が主人公となっています。

台湾原住民族がアジア太平洋戦争の時に徴兵され、日本軍として戦ったということは、ごくごく表面的な知識としては知っていました。本書を読むと、亜熱帯の台湾で暮らしていた高砂族が南洋戦線で非常に優秀であり大活躍したことが描かれています。

しかし、彼らが何故それほど頑張ったのかという点については、日本人としては悲しみを覚えます。本書によれば、漢民族から差別されていた原住民たちは日本兵になることで日本人として扱われ、差別的な立場から脱却しようとしていたそうなのです。その気持ちは察するにあまりあるものです。では実際に日本人として遇されたのかといえば、やはりそんなことはなく、厳然たる差別が残っていたようです。

もちろん南洋戦線で一緒に生死の境を彷徨った日本兵との間には個人的な友情や結びつきもあったでしょうが、それは本当にささやかな歴史のひとこまであり、本書を読んだ印象では使い捨てにされたという感じです。

なおかつ、戦後は日本人ではなくなったために戦後補償もなされず、なおかつ日本協力者としてさらなる差別に見舞われたわけです。日本軍と同じように国民党も彼らの戦闘能力を高く買い、対共産党の内戦に送り込みましたが、共産党軍に敗れた後、原住民たちはこんどは共産党軍として戦う羽目になります。しかし、ここでも差別され、どこへ行っても差別される立場に変わりのない彼らの悲哀が憐れです。

2018年8月29日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

いつの時代も人を動かすには金がかかる?

この記事の閲覧にはパスワードが必要です。閲覧希望の方は「ナンシーへの伝言」からどうぞ。
ただしお会いしたことのない方、存じ上げない方は、お断わりいたしますのでご了承ください。



2018年7月12日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

持っていたり、いなかったり……

中公新書ラクレの『中国の世界遺産を旅する』を読みました。ほとんどの世界遺産へ行ったことがないので、紙上で旅行気分を味わいました。

あえて、故宮などすぐに行けそうなところは省いていましたが、孔子の故郷を扱ったところで取り上げていた『聖蹟図』、あたし、持っていたと思っていたのですが、わが家の書架を漁ってみましたが、見つかったのはこれだけでした。

『孔子画伝』です。1991年に集英社から刊行されたものです。主要な図柄はすべて収録されていますから、まずはこれでよいのでしょうが、現在は品切れの本ですよね?

また始皇帝陵の章では、西安郊外の陽陵について触れていましたが、実はあたし、2002年に家族(母と妹と三人)で北京・西安・上海と巡った時に、咸陽空港から西安市街へ行く途中で寄りました。まだオープン間もないのか、まだまだこれからという感じの博物館で、マイクロバス似同乗していた他の日本人旅行客は退屈そうにしていました。

が、あたしからすれば、漢の景帝の陵墓というだけで若干の興奮は抑えられない状態でした。というわけでその博物館の売店で買ったのが下の写真の図録です。

そこそこ厚い図録です。カラー図版も豊富で300元でした。当時のレートでもそれなりに高価ですが、今となっては買っておいてよかったと思います。とにかく中国へ行った時は本をよく買っていたわけですが、それは日本でも変わりないですね。

2018年6月12日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

日本も中国も似たり寄ったり?

昨日の朝日新聞夕刊には、もう一つ気になる記事が載っていました。

中国当局から産経新聞の記者にだけビザが発給されなかったというニュースです。中国が産経排除というのは昔から聞く話ではありますが、こういう団体での取材申し込みでも意外と細かくチェックしているのですね。まあ、取材対象がチベットだから、余計に神経質になっているのだと思います。

中国での取材の困難さは多くの特派員経験者の方が書いていますが、あたしの勤務先からも『中国 消し去られた記録 北京特派員が見た大国の闇』というのを出しております。ご興味がおありの方でまだご存じないようでしたら是非どうぞ。

それにしても、こういうニュースを見て「中国ってひどい国だ」と怒る人も多いと思いますが、現在の日本の安倍政権・自民党もお気に入りのメディアにだけ情報を流し、気に入らない社には露骨に嫌悪感を顔に出す応対をしていますよね。あたしから見ると似たり寄ったりだなあと思うのですが、如何でしょう?

2018年6月10日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

今日が六・四だから?

午後から外回りです。

湿度が低めなのでからっとした暑さです、と朝の天気予報で言って通り、確かにダラダラとした汗はかきませんでしたね。嬉しいです。

ところで、今日の外祖回り、なんか知りませんが、中国関係の書籍がやたらと目に飛び込んできました。

まずは『水滸伝に学ぶ組織のオキテ』、平凡社新書です。「ビジネスに活かす孫子」的な本なのでしょうか? それとも中国史好きが読んで面白い内容なのでしょうか? 目次をパラパラ眺めた限りでは、ちょっとつかめませんでした。

 

続きましては『辺境の思想 日本と香港から考える』で、隣に『辺境中国 新疆、チベット、雲南、東北部を行く』が並んでいたりしてました(汗)。確かに「辺境」という言葉は共通していますが、目次を見る限り、全く異なる本ですね。しかし、どちらも中国を見つめる視点は面白いかも知れません。

そして『新訳 金瓶梅』の上巻。全3巻になるようですね。

そして最後はやはり『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』が目に飛び込んできます。副題に「「天安門事件」は再び起きるか」とありますが、ほとんどこの事件を知らない若者が立ち上がるとしたら何がきっかけになるのでしょう? 非常に興味があります。

2018年6月4日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー