人としての尊厳~閻連科トークイベントのこと~

土曜日、日曜日と二日間、新宿の紀伊國屋書店と渋谷の丸善&ジュンク堂書店で行なわれた閻連科さんのトークイベント。メモを元に少し振り返ってみます。

まず土曜日の紀伊國屋書店、対談相手は飯塚容さん。ご存じのように閻連科さんのエッセイ『父を想う』の訳者である飯塚さんが、『年月日』だけでなく、過去に遡って閻連科作品全般、そして閻連科さんの人となりや中国現代文学の中での立ち位置などをわかりやすく紹介してくれるような対談になりました。

 

まず、日本、中国ともに相手の文学を研究する優れた学者は大勢いるのに、お互いの翻訳作品が少ないのはなぜか、という問いかけに始まり、中国でも日本の作品を紹介しようという勢いが近ごろ弱くなってきているとのこと。これは翻訳者がもっと考えるべき問題であるとの指摘は、翻訳作品を柱の一つしている出版社にも耳の痛いところでした。

飯塚さんから、それでも80年代は中国文学の紹介が日本では盛んであったが、その後は低調になり、日本人の見方も好意的ではなくなっていたと説明があり、そんな状況でも中国文学の紹介はされてきてはいたけれど、閻連科さんの作品は紹介されてこなかったとのこと。

その当時の閻連科さんの作品は大きく分けて軍隊での生活を舞台としたものと農村での生活を舞台としたものに分けられ、『年月日』はもちろん後者に相当する作品との解説。

そんなご自身の作品について閻連科さんは、ずっと軍人をテーマに書いてきた自分にとって『年月日』は奇妙な作品であるとのこと。軍を舞台とした小説が発禁となり、さらに腰痛を患い、退役して農民になろうと考えていた病床生活で、もう軍隊をテーマとしたものは書かないと一度は心に決めたそうです。

そんな中、ある漢方医と知り合い、その人の治療によって腰痛を完治し健康を回復する中で、人間の生命について考えるようになり、1本のトウモロコシと一人の老人の関係性について書きたいと思うようになったそうです。出来上がった原稿を上海の雑誌社に送ったところ発表でき、多くの評論家の好評を得たそうです。

そんな人間の尊厳を描くようになった閻連科さん。2000年代になって生まれた作品は、軍隊が舞台の『人民に奉仕する』、エイズ村の売血について書いた『丁庄の夢』が相次いで発禁となったが、これら2作品とは異なる寓話的な『愉楽』もあり、この作品の執筆をもって軍隊生活にピリオドを打ったとのこと。

閻連科さんによると、創作は変化してきているとのこと。『愉楽』は中国でシンポジウムが開催され、高く評価する評論家もいたそうです。しかし、もし現在は右派闘争が再び起こったら処分されただろうとも。またテレビで『愉楽』関連番組が放送され、ついに上司から軍を辞めるよう勧められたそうです。

軍を辞めて自由になり、『人民に奉仕する』を書いたそうです。これが大きな変化となったようですが、軍隊生活が深刻な現実とを教えてくれたとも。なので、軍隊生活を後悔してはいないし、自分の創作にとっては宝物であるそうです。発禁すら、運命に対する贈り物だと思えるとのことです。

『年月日』『日光流年』は発禁になっていないし、フランスでは高校生の教科書にも載っている。アメリカでは高校生の必読書の一つに選ばれてもいるとのこと。ただ『年月日』のような作品をずっと書いていても、それはそれで問題であり、書きたいとも思わない。

最近の『四書』(邦訳は岩波書店から刊行予定)は1960年前後が舞台の作品。その時代の知識人の運命を描いたもので、最近の最も重要な作品だと想っているそうです。『風雅頌』は大いに論争を巻き起こしたが、自分なりに検閲して、もっとよい作品を書かなければいけない、自分の創作を反省しないといけないと思っているそうです。

『四書』では、新たな物語を表現する方法を見つけたと感じるそうです。そして『炸裂志』は中国国内版と台湾版では内容が一部異なるそうです。閻連科さん曰く、中国の現実そのものを描いた、金儲けに成功している人はいかがわしいことをしたに違いない、ということを書いた作品であるそうです。『日熄』は夢遊病者の話で、台湾で出版され、紅楼夢文学賞を受賞した作品。

神実主義を発見したことで『炸裂志』や『日熄』が書けた。夢遊病者は夢で現実にはありえないものを見ているが、太陽が昇ったら夢から覚めてしまう。しかし『日熄』では太陽が消えてしまったので、永遠の夢遊病状態にいる人々を描いた。

『父を想う』は重要な作品である。自分の優しい一面を描いたつもりである。家族のこと、人と人との温かい関係性を表現していて、フランスやイタリア、韓国でも翻訳されている。もう一つの閻連科であり、中国人の温かさを表現している作品である。

以上、紀伊國屋書店新宿本店でのトークの、あたしなりの梗概。聞き間違い、書き間違い、理解の至らないところ、誤解しているところ、多々あると思いますが、すべてあたしの責任です。

そんな前日を受けて翌日の渋谷のトーク。上の写真のように、この日の対談相手は豊崎由美さん。

『愉楽』を絶賛されていた豊崎さん、閻連科さんに聞きたいこと話したいことが山ほどあったようで、メモを見ながら話を進めてくださいました。

そして、Twitter文学賞、トロフィーの授賞式。

かわいい編みぐるみが贈呈され、閻連科さんは2歳になるお孫さんが喜ぶだろうとのことでした。

二日間を通して、飯塚さんは「~ですよね?」という語り口、豊崎さんは「~ですか?」という風に、お二人の立場を活かした好対照なイベントになったと思います。

本屋さんの明日、明日の本屋さん

昨日の朝日新聞に載って生きた記事です。

苦しいのは本屋さんだけでなく、出版社も取次も同じで、つまりは業界全体が気息奄々としている状態です。果たして明日はあるのか?

記事の中にもありますが、図書館と本屋の関係というのももっと真剣に考えないといけない問題なんだろうなあと思いますが、これについては出版社もかなり立場が異なるようなので難しいところです。

地域の実情に沿う。店主の思い入れが極めて深い。そんな個別性のある店は今後も求められるでしょう

とあります。「書棚が魅力を放っている鳥取の店」というのはわかります。きっとお客様のニーズを捉え、求められるものをしっかりと並べているのでしょう。

その一方、「農業が盛んな地域に近く、お米や野菜も売る秋田の店」と言われると、結局本は売れないんじゃないか、という気もしてしまうのは、あたしが天の邪鬼だからでしょうか?

文具とか雑貨、喫茶などを併設している本屋が増えている昨今。そういうものの隆盛を聞くと、出版社としては「本に魅力がないから、他の商品で集客を図らなければならないんだよ」と言われているようで複雑な気持ちになります。

今日の配本(16/11/14)

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