Rockfield's Diary

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Rockfield's Diary

本日は没後35年

本日、9月19日はイタロ・カルヴィーノの没後35年にあたります。

あたしの勤務先からは『冬の夜ひとりの旅人が』、そして《我々の祖先》三部作の『不在の騎士』『木のぼり男爵』が刊行されています。《我々の祖先》三部作の三つめ、『まっぷたつの子爵』は新訳で10月下旬刊行予定です。旧訳は「岩波文庫」から出ています。

その他にも、カルヴィーノは各社から翻訳が出ていますので、ご興味がある方はぜひ本屋で探してみてください。

いよいよ本日から!

映画「マーティン・エデン」、本日から公開です。

とはいえ、映画の場合、地域によって公開時期に差が出ることはしばしばで、よほどの大作でない限り「全国一斉」とはいかないものです。本作もひとまず東京を中心にスタートし、来月や年内に公開になる映画館、地域もあるようです。

原作『マーティン・イーデン』は、ジャック・ロンドンの自伝的小説と言われているように、舞台はアメリカです。なかなかの長篇でしたが、非常に素晴らしい作品でしたし、あのラストは印象的であり、哀しくもあり、心に強く残るものでした。

そんな作品が、イタリアを舞台として映画化されたわけです。アメリカとイタリアとではお国柄も異なりますし、主人公の性格とか周囲の人の人柄などすべてが異なるはずです。原作のあの泥臭さと目映いばかりの期待感、そして力強さが、果たしてどんな風に描かれているのでしょうか。非常に気になります。

そんな公開初日ということで、朝日新聞夕刊に主演俳優のインタビュー記事が載っていました。主要紙には数日前から同じようなインタビュー記事が載り始めていたので、いよいよ公開という気分の盛り上げに一役も二役も買ってくれています。ありがたいことです。

ずいぶん前に書店に対しても映画に合わせて原作本を置いて欲しいと、ファクスで案内を送ったのですが、反応は上々でした。しっかりとフェア展開してくれている書店も少なくありません。

ジャック・ロンドンは、あたしの勤務先からは原作本と『赤死病』くらいですが、他社からも文庫本がいくつか出ていますので、それらを並べて映画公開記念、ジャック・ロンドン祭りです。今回は『マーティン・イーデン』ですが、昨年(?)は「野性の呼び声」もハリソン・フォード主演で映画化されていましたね。

いろいろと複雑なようです

LGBTとハラスメント』を読みました。好奇心もありますが、やはりできるだけ正確な情報を知っておきたいという思いもあって手に取ったわけですが、あたしの場合、「知っているけど理解できていない」という状態だと思いました。

こういう書き方は不謹慎と言いますか、かえって差別やハラスメントを助長させることになるのかも知れませんが、やはり考えてしまうのは同性愛者の人に告白されたら、という下世話なことです。森茉莉の作品ではありませんが、男性の同性愛の場合、文学作品などでは美少年が登場することが多いですが、実際にはそうとは限らないでしょう。やはり現実問題として、わが身に置き換えて考えてみた場合、自分はどう対応するだろうかを考えてしまいます。

ただ、よくよく考えれば、異性から告白されようが、異性を好きになるときだって、やはり好みというのはあるわけで、異性だからといって誰でもよいわけではないのは万人共通のことだと思います。そう考えると、異性か同性かを問わず自分の好みのタイプであるか否かを基準にすればよいだけのことなのかも知れません。

でも、あたしは、自覚的には異性愛者だと思うので、同性を好きになることはないですし、告白されたとしても断わるしかないと思います。そう思っていたのですが、この本を読みながらふとこんなことも考えました。

乃木坂46の白石麻衣のような子がトランスジェンダー、つまり性自認が実は男性で、なおかつ同性愛者であった場合です。ついでに服装は異性装だとします。つまり、見た目は頭の先から足の先までテレビや雑誌で目にする白石麻衣です。特に性別適合手術を受けるわけでもなければ、まるっきりテレビで見ているそのまま、美人の中の美人と呼ばれる白石麻衣その人です。

こうなると、「あたしは異性愛なので…」という気持ちも揺らがないとは限りません。だって、相手が白石麻衣なんですから。

ちょっとくだらない横道にそれすぎました。しかし、LGBTって、この四文字で代表されていますけど実に複雑なんだということは知っています。第三者から見たら理想的なカップルに見える男女が、性自認や性対象を確認してみると実は同性愛者だったという場合もあるかも知れないのです。結局、読み通してみて、マイノリティーの人たちの生きづらさや苦労などについては、どうしてあげられるのかわかりませんが、少なくとも誰が好きだって(誰を好きになったって)いいじゃないか、という気持ちにはなりました、それが異性だろうと同性だろうと。