Nancy Sensual World

「染井吉野ナンシーの官能世界」は中国関係のつれづれと、出版関係のあれこれを無責任に綴っているウェブサイトです。現実に存在する出版社の情報も時々登場しますが、あくまで網主個人の見解であり、該当企業の公式なものではございません。

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近刊情報(19/09/17)

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最近のRockfield's Diary

併売と言うよりもペア販売?

本日見本出しの新刊『エリ・ヴィーゼルの教室から』は週明けの配本になります。来週半ばには店頭に並び始めることと思います。

 

タイトルを見れば一目瞭然ですが、是非ともみすず書房の『』と一緒に並べていただきますよう、よろしくお願いします。

「一緒に並べて」と言えば、既に並んでいるかと思いますが、作品社の新刊『戦下の淡き光』があれば、こちらも忘れないでください。

 

こちらは同じ著者の『ビリー・ザ・キッド全仕事』がございます。

韓国併合ではなく日本併合の可能性は?

このところの日韓関係のニュースではしばしば歴史を振り返って日本による朝鮮統治について触れているものがあります。日韓併合なのか、韓国併合と呼ぶのが正しいのか、あたしには正確なところはわかりませんが、日本が朝鮮半島を領土化、属国化したことは間違いないでしょう。

その是非だとか、歴史的な経緯とかはおくとして、ふと思ったのは、二千年近い日本と韓国の関係において朝鮮側が日本を侵略する可能性というのはなかったのだろうか、ということです。

朝鮮半島から渡ってきた人が渡来人などと呼ばれていた時代は、まだ日本も国家として生まれたばかりですから、朝鮮人から見たときに「東の海の彼方にある、まだまだ発展途上国」という認識だったと思います。しかし、白村江の戦いのころからは朝鮮半島に軍隊を送るまでになっていたわけですから、それなりに対抗勢力として意識されていたのではないかと思います。

となると、朝鮮にとって正面は中国側だと思いますが、後顧の憂いをなくすためにも日本を支配下に置いておいた方が安心して中国に対峙できますよね。なんで朝鮮は日本を自分の勢力下に置こうとしなかったのでしょうか。それとも、あたしがそういう歴史事実を知らないだけなのでしょうか?

朝鮮から見て、中国とは比較にはなりませんが日本はそれなりに大きな国です。日本を侵略するとなるとそれなりの準備や国力の充実、そして武力が必要になるので、そこまでの力を蓄える余裕が歴史的になかったというだけなのでしょうか?

コンプリートしてるつもり?

李琴峰さんの『五つ数えれば三日月が』読了。

今回の作品は中篇二つ。どちらも舞台は日本で主人公は台湾出身の女性、日本語を勉強して日本にやってきて、日本で暮らしているという設定です。

前作の『独り舞』は、同性愛がもっと前面に出ていて、非常に興味深かったところもあれば、人によっては理解に苦しむところもあったのではないかと思います。頭ではわかっていても、なかなか同性愛への理解って広がっていないですから。

それに対して本作は、同性は後景に退き、うっすらと感じられる(あくまで、あたしには、ですが……)作品になっていました。そういう意味では読みやすいし、作品世界に入って行きやすいとも思います。あたしなりの感想を言ってしまえば、主人公の抱いている感情は同性愛なのか否か、それすら主人公はつかみかねているように感じられました。

同性愛という孤独、異郷に暮らすという孤独、その両者が相俟って近しい誰かにすがりたくなるのかな、それが果たして友情なのか、愛情なのか、淡い恋なのか、あたしにもよくわかりませんが、いずれにせよ主人公はこの後どのような一歩を踏み出したのか、その後が気になる作品です。

李琴峰山の単行本はまだこの二冊だと思いますのでコンプリートしていますが、実はつい先日『黒い豚の毛、白い豚の毛』を読み終えた閻連科さんも、邦訳作品はコンプリートしています。写真は、わが書架の閻連科コーナーです。

雑誌などで発表された邦訳はわかりませんが、単行本としてはこれですべて揃っていると思います。あえて瑕疵を指摘するのであれば閻連科作品も収録しているアンソロジー『作家たちの愚かしくも愛すべき中国』が未読、未所持であるという点でしょうか。

あたし自身は、決して作家を追うという読書ではなく、広く雑多に読みまくるタイプです。ただ、気に入ると他の作品も読んでみたくなるのは人情でしょう。一般にはどうなのでしょう? やはり作家を追うという読書スタイルの人が多いのでしょうか?