消えないで~!

歴史の授業で教える項目が減ってしまうのでしょうか? そんなニュースが新聞に載っていました。

世界史の項目を見ていると、『ロベスピエール』なんて名前が見えますね。

教科書から落ちると、こういう本の売れ行きも落ちてしまうのか、あるいは教科書に載っていないからこそ本を買ってもっと知りたいと思ってくれるものなのでしょうか?

脱北と亡命は何が違う?

北朝鮮の兵士が板門店で脱北をしたというニュース。

なんか聞き覚え、見覚えがあるなあと感じていたら、『金日成と亡命パイロット』でした。

本書の梗概は

朝鮮戦争の休戦協定が締結された直後の1953年9月、朝鮮人民軍のパイロット、盧今錫(ノ・クムソク)中尉の操縦するミグ15戦闘機が軍事境界線を越え、突如、韓国の金浦空軍基地に着陸。北朝鮮軍の現役パイロットが亡命したというニュースは、瞬く間に世界中を駆け巡った。本書は、のちに渡米し、アメリカの市民権を得る盧今錫の半生と、抗日ゲリラから北朝鮮の最高指導者となり、独裁体制を確立して「偉大なる首領」と呼ばれるようになった金日成の成り上がりぶりを並行して描いたノンフィクションである。

です。今回の事件を機に読み直してみるのもよいのではないでしょうか?

クイズダービーはほとんど視ていませんでしたが

学習院大学の篠沢教授が亡くなったそうです。

フランス文学に興味がない方でも往年の人気番組「クイズダービー」の眼鏡の先生と聞けば、「ああ、あの人ね」と思い出すでしょう。かくいうあたしも、「クイズダービー」はほとんど視ておりませんが、篠沢教授は知っていました。

さて、あたしの勤務先はフランス語やフランス文学が柱ですから、篠沢さんの著作の一つや二つはあるだろうと思われがちですが、思いのほか少ないものです。在庫のあるのは『フランス文学精読ゼミ』だけになります。

あとは翻訳書ですが、『性関係の歴史』です。

どうぞ安らかにお眠りください。合掌。

あたしが轢いたわけではないけれど……

中央線の人身事故など東京に暮らしていれば日常茶飯事、ではありますが、久々に巻き込まれました。

いつものように国分寺から乗車、種別は中央特快です。なので、三鷹、中野、新宿、四ッ谷、そして御茶の水と、停車駅が少ないのが魅力です。ですから、朝早い時間とはいえ、それなりに混雑していて座れることはほぼありません。それでも、本を読むくらいの隙間は十分にありますので、あたしは毎朝これで通っているわけです。

国分寺の次は武蔵小金井です。もちろん特快は通過する駅ですが、今日に限って武蔵小金井を通過する直前に急ブレーキがかかりました。そして電車は武蔵小金井のホームに少しずれる形で停車しました。

すぐに放送が入り、人身事故、それもあたしが乗っていた、この特快が武蔵小金井で人身事故を起こしたのだそうです。ホームの橋を歩いていた人と接触したのか、それとも投身自殺だったのか、詳しい情報は入ってきません。ホームに入る前に急ブレーキをかけたくらいですから、線路に横たわっている人でもいたのでしょうか?

とにかく、いろいろあって電車は動きません。ホームの所定の場所に停まっていないので、ドアも開けてもらえず、2車両ほど手動でドアを開け、降りたい人や具合の悪くなった方は降りてください、という車内放送。しかし、10両編成の中央線で、開いているドアが2車両だけでは動きようもありません。

あたしの乗っていた車両では、何人かの人が開いているドアの車両へ移動していきましたが、ほとんどがそのまま辛抱してました、そのうち、復旧までに30分から40分はかかるという放送。「あ~あ」という音の出ないため息というか声が社内に満ちている感じがしました。

じきに、救護活動のためにパンダグラフを下げなければならないので、車内の電灯と空調を消します、というアナウンス。こんどは暑さとの闘いです。早朝なので真昼の暑さこそないものの、函の中に大勢の人です。窓を開けたって涼しくなるはずもありません。

この状態が20分か30分は続いたでしょうか、ようやく電気が付き、空調も動き出し、電車はちょっとだけ動いて武蔵小金井の所定の位置に停車し直しました。ドアが開き、ホームで待たされていた人が乗り込んできました。ここからは特快ではなく、快速としての運転再開です。

1時間15分くらいの遅れでしょうか? とにかく肉体的ではなく、精神的に疲れた朝でした。

で、人身事故を起こした人はどうなったのでしょう?

格差が新たに生まれているのかしら?

朝日新聞に載っていたこんな記事。

児童書が売れているそうです。いわゆる昔ながらの絵本とか、そういうものではないようですね。このジャンル、あたしの勤務先は出していませんが、他社の人に聞くと、昔からのロングセラーが強くて、なかなか新しいヒット作を出すのが難しいそうです。にもかかわらず、こういう記事が出るわけですから、各社手を変え品を変えて努力しているのですね。

子供のころから読書の習慣が身につけば、小学校中学校の朝読、そして大人になっても本を読む習慣が持続されるのではないか、そんな期待もあります。読書する習慣のある子供は読解力などに優れ、従って勉強も出来る子に育つ、と言われますから、親としては切実な問題なのでしょう。子供のいないあたしにはわかりませんが……(汗)

記事では、教育熱心な親が子供のためにはお金をかけていると分析しているようですが、そうなると金をかけられない低所得の家庭の子供との格差が生まれてこないでしょうか? 学校の図書予算も潤沢とは言えないわけですから、自宅日本が潤沢にある子供とそうでない子供、本を買ってくれる親や祖父母がいる子供とそうではない子供。家庭環境によって火なり異なりそうです。そもそも、親に本を読む習慣がないと、本を買ってやろうとか、本を読ませようという発想も出て来ないですよね。

うーん、こんなところから子供の格差が新たに生まれてきそうで、手放しで喜べる記事でもないような気がします。

とはいえ、出版界としては、なんであれ本が売れるのはよいことです。ただし、他があまりにも売れていないので、ちょっと売れただけの児童書が上位にランキングされたのだとしたら、それはそれで深刻な話ですが。

ちなみに、妹夫婦はあまり本を読むようなタイプではなさそうなので、甥っ子姪っ子にはあたしがしばしば本を買ってやっています。家に、身近に本がある環境って、やはり大事だと思いますから。

朝も夜も本の話

朝日新聞の朝刊に出版業界に関する記事が大きく載っていましたが、夕刊にもこんな記事が!

頑張っている本屋さん、そして出版社の記事です。

本屋だろうが出版社だろうが、一人で趣味的にやっているぶんには、その人がそれで満足ならよいのでしょうが、ある程度人を雇って経営していかなければならないとなると、俄然厳しさが増すのではないでしょうか?

それに、そもそもこういう記事で取り上げられる本屋って、いわゆる「街の本屋」ではないですよね?

果たして10年後の日本に求められている本屋って、どんな姿をしているのでしょうか?

北朝鮮問題の参考書?

北朝鮮の弾道ミサイルとか、核実験とか、どう推移するかわかりませんが、だからなのでしょうか? こんな本がちょっと注目を浴びているようです。

 

死神の報復(上)』『死神の報復(下)』です。本書の副題は「レーガンとゴルバチョフの軍拡競争」で、米ソ両大国の核開発競争の内幕を描いた、ピュリツァー賞受賞のノンフィクションです。

現在、アメリカと北朝鮮が競争をしているわけではありませんが、ロシアや中国も含め、水面下では日本の外務省などあずかり知らぬ交渉が行なわれているのではないでしょうか。

ウェブサイト掲載の内容紹介によりますと

1970代後半、ソ連は西側に大きな脅威となる「大陸間弾道ミサイル」を開発、80年に実戦配備した。83年、米はこれに対抗し、レーガン大統領が「スター・ウォーズ計画」を提唱した。レーガンは反共主義者であったが、ソ連指導者たちに私信を送り続けていた。ソ連が先制攻撃を仕掛けてきたら、従来の核抑止理論は役に立たない段階に至っていると考え、「核の全廃」しか道はないという理想を抱いていた。一方ゴルバチョフも、新時代の到来を内外に訴えた。レーガンとの首脳会談では意見が合わなかったが、核戦争に勝者がないという一点で、利害の一致を見た。ソ連崩壊後、焦眉の急は、旧ソ連に眠る核・生物兵器など「冷戦の置き土産」だった。頭脳や原材料・機材の流出を阻止すべく、米ではある「秘密作戦」が進行していた……。

とあります。すでに40年近い歳月が流れているわけですが、核兵器は全廃されるどころか、ますます世界に広がっているのではないでしょうか?

独立国が生まれる?

スペインのカタルーニャ地方の独立運動はこれまでに何度も持ち上がっていましたが、今回こそ本当に動き出すのでしょうか? そんな感じのニュースですね。

そんなカタルーニャについて知るには、こんな本が手頃ではないでしょうか?

 

中公新書『物語カタルーニャの歴史』、平凡社新書『カタルーニャを知る事典』です。著者はどちらも田澤耕さん。あたしの勤務先でもお世話になっています。

 

著書としては語学書の『ニューエクスプレス カタルーニャ語』、訳書には文庫クセジュの『カタルーニャの歴史と文化』があります。

田澤さんは『カタル-ニャ語辞典』も出されていますから、日本におけるカタルーニャの第一人者と言えるでしょう。

それはさておき、独立を問う住民投票の結果はどうなるのでしょうか?

Black & White

アメリカの白人至上主義の動き。自由の国アメリカって、一皮むくと根強い人種差別が残っている国でもあるんですよね。もちろん、それを間違っていることだと指弾する強い力が働く健全性も併せ持っている国だとも思いますが。

そんなアメリカの白人主義に関する記事が29日の朝日新聞に載っていました。

再びうごめく白人至上主義 米国、デモ衝突で犠牲者
人種や民族による差別を撤廃する1964年の公民権法制定から半世紀。米国で白人の優位を訴える団体が再びうごめいている。石炭業が衰退したアパラチア地方など、昨年の大統領選でトランプ氏を熱心に支持した地域で、貧困におびえる白人層を狙って勧誘を活発化している。そんな中、白人至上主義団体と対抗デモが衝突し、女性が犠牲になる悲劇が起きた。

あいにく、あたしの勤務先では白人至上主義を正面から扱った本は出していませんが、こんな本を出しています。

懸け橋(上) オバマとブラック・ポリティクス』『懸け橋(下) オバマとブラック・ポリティクス』です。ちなみに正題の「懸け橋」は「ブリッジ」と読ませています(汗)。

他には、カバーの写真があまりにも印象的な『コーネル・ウェストが語るブラック・アメリカ』などです。

「白人至上主義」をテーマにフェアをやろうと考えている書店員の皆さま、これらの書籍もお忘れなく。

そこに何があるのか?

御巣鷹山の事故から今年で32年だそうです。当時のことはよく覚えています。

夜、テレビを見ていると、日航機の消息が途絶えたというニュース速報が流れました。「ふーん、どうしたんだろう」というくらいの気持ちで、あたしの記憶が正しければ、「水戸黄門」を見ていました。ちなみに、水戸黄門一行がちょうどその時旅していたのが群馬県の事故のあったあたりだったはずです。だからこそ、よく覚えているのだと思います。

その後も水戸黄門の中でニュース速報のテロップが数回流れたと思います。徐々に事故だ、墜落か、という感じの雰囲気になってきました。その晩のうちに墜落の一報を聞いたか、事故を知ったのは翌日だったのか、それは覚えていませんが、直後は凄惨な墜落現場の映像が入ってこないので、死亡者こそ多いものの、これほどの重大事故だという認識はありませんでした。

さて、三十数年経って、毎年のように慰霊に訪れる遺族がいます。その行為や気持ちをとやかくいう立場でもなければ、そんな資格もありませんが、ふと思うのは、あそこへ行って何がしたいのか、ということです。

大切な家族が命を落とした場所というのはわかります。ただ、遺骨なり遺体なりを自分のところの墓に埋葬したのであれば、御巣鷹山には何があるのでしょうか? 遺体が発見できなかった人であれば、亡くなった家族の霊がまだあの場所にいると考えたくなるのはわかりますが、ただ、それでも葬儀を行ない供養もし、自宅に仏壇なりがあるのであれば、御巣鷹には何が残っているのだろうか、という気がするのです。

こういう気持ち、疑問とは全く別な理由でしょうけど、事故の現場に足を運べない遺族もやはりいると思います。辛い気持ちになるからでしょう。もし自分の家族があの事故で亡くなっていたとしたら、あたしは毎年現場へ足を運ぶだろうか、と考えてしまいます。

家族が無念の死を遂げたところではありますが、怖い思い、辛い思いをした場所でもあります。死の間際どれだけの恐怖が家族に襲いかかったのかと思うと、その場所へ足を運ぶのを躊躇ってしまうかも知れません。だから、あたひは毎年足を運ぶ遺族に対して「もう無駄だからやめれば」という気はさらさらないですが、足を運ばない(運べない?)遺族に対しても「行くべきだ」という気にはなりません。

こんな風に事故を思って、いろいろ考えることが、風化させないということなのかとも思います。