富士の裾野で

朝日新聞の静岡版。

盲導犬トレーニングの記事です。

この記事に、あたしの姪っ子が出ています! そう、妹の家、昨年から、将来、盲導犬になる(予定の)子犬を飼っているんです。秋口くらいまで飼うらしいです。一年にも満たない縁ですが、可愛がっているようです。

あっ、この写真に写ってはいません。いや、遠くの方に写っている小さな人影が姪っ子たちかも知れませんが、この写真では全く判別できません(汗)。

わが家のシャンシャン、再び!

勤務先のTwitterでも告知しているように上野の松坂屋で開催中のパンダ展。

読むパンダ』をどうしても早く読みたい、手に入れたいという方は、先行販売中の上野松坂屋へ! 書店店頭には来週末には並ぶと思いますので、松坂屋へ行けない方、しばしお待ちを。

あと、缶バッヂのプレゼントもやっています!

と、宣伝はそれくらいにして、前回に引き続きわが家のパンダちゃん。こんなのがありました。

点心熊猫のらくらく中国語手帳 上海旅行に連れていって!』という中国語の学参です。もう品切れ、古本屋をあたっていただくしかないのですが、この学参の宣伝をしたいというわけではありません(爆)。注目して欲しいのは、この学参のキャラクターです。

このキャラクター、バンダイが売っていたのですが、日本ではほとんど見かけませんでした。覚えている方いらっしゃいますか? 点心熊猫と言うそうです。実は、あたしは過去のブログでこの点心熊猫を取り上げているのです。2006年のことです。そこで書いているぬいぐるみがこちらです。上海で買ってきたもので、いまも、自宅のわが部屋に大事に持っています(汗)。そして上掲の学参が刊行されていたのも2006年のことでした。

いま考えてみても、バンダイが中国限定で発売していた商品なのかも知れません。限定とは言わずとも、日本で力を入れて売っていたということはないでしょう。今となっては残念至極です。

知られていないと言えば、否、こちらはもう少し知られているのでしょうか、ダンパって知っていますか? こちらは公式サイトがあります。

見ていただければわかりますが、パンダの黒と白の部分が逆のキャラクターです。だからパンダではなくダンパ、なんだそうです。このぬいぐるみも持っていたはずなんですが、どっかへ行ってしまったようで、見当たりません。

教科書問題、でしょ?

今朝の朝日新聞にこんな記事が載っていました。

今後は、中国の教科書では文化大革命を扱わなくなるのでしょうか? 日本の教科書の南京大虐殺だとか従軍違反府についての記述には何だかんだと文句を付けながら、自国の歴史の都合の悪いところにはほっかむり、こういうことをしているから嫌中派が勢いづいてしまうのではないでしょうか?

しかし振り返ってみますと、93年に中国へ行ったとき、天安門広場に面した革命博物館で毛沢東生誕百年の展覧会をやっていました。毛沢東の生涯と中国の現代史、というような展示で、幼少の毛沢東の写真や若いころの苦労した人生、共産党に入って次第に頭角を現わしていく毛沢東、という風に順を追って展示されていました。そんな感じて見てくと、大躍進とか文革についてはどんな展示がなされているのか楽しみになってくるところです。

さあ、満を持して新中国建国以降の展示コーナーへ進みますと、共産国家建設に関する展示がちょこっとだけあり、その後は一気に鄧小平と改革開放の中国、経済発展で世界へ雄飛する中国、というような展示で終わっていました。

おい、毛沢東の三分の誤りは展示しないのか(?)と言いたくもなりましたが、国家規模の博物館で行なわれる大々的な生誕百年の展示ですから、少しの瑕疵も取り上げたくなかったのでしょうか? もちろん毛沢東の瑕疵ではなく共産党の瑕疵であるわけですが……

そんな朝日新聞の紙面をめくっていくと、地域面でしょうか、小さくこんな記事が載っていました。明治大学でやっている展覧会の紹介です。

あたしの勤務先もちょっと協力しています。お近くの方は是非!

そういえば、上述の訪中のときは、毎晩テレビで毛沢東の生涯を追ったドラマを放送していました。ちょうど大躍進や文革のころのシーンだったと思いますが、大飢饉の襲われ庶民の生活が破綻している国内を何とかしようと劉少奇らが奮闘し農村の現状に心を痛めているシーンがあり、同様に毛沢東もそれを知ってショックを受けるというシーンがありました。が、ドラマの論調としては、毛沢東も国内の状況はわかっていたが、江青らによって実権を奪われ為す術もなかったかのように描かれていました。

うーん、ちょっとね、そういう描き方はどうなのでしょう? まあ、毛沢東称揚ドラマですから仕方ないのかも知れませんが。

ご祝儀相場なんでしょうけど

東京証券取引所の初日、かなりの値上がりで終わったというニュースが流れていましたね。麻生がしたり顔で政府の財政政策がよかったからのようなことを語っていましたが、いったいどこの世界の話だろう、という気がします。

周囲を見回しても株をやっているような人は見かけませんし、ましてやそれで大儲けしたなんて話も聞きません。株を買うような余裕すらない人たちばかりが目に付きます。

確かに政府が発表する各種の指標、指数は景気の回復を示しているようですが、本当に実感が伴ってきません。そもそも麻生や安倍が挨拶をしているような場に集える人たちって、大企業のお偉方ばかりでしょう。儲かって仕方ない人たちばかりを前にして、そういう人たち向けの政策ばかりを行なって、庶民は置いてけぼり。

それでも、野党が不甲斐ないから選挙やれば自民党が一人勝ち。やはり民主主義ってものも金属疲労を起こしているのでしょうか?

さて、大間のマグロはいくらの値が付いたのでしょう?

他人事とは思えない!

暮れなんだから、落ち込むようなニュースは見たくないところですが、今朝の朝日新聞の一面、デカデカと載っていましたね。「ひきこもる50代 80代親「お金なくなれば餓死かも」」という記事。

もちろん、あたしはサラリーマンで、サボることなく毎日出社していますので、引きこもりではありません。が、そこの部分を除けば、母一人子一人の家庭、近所づきあいもほぼなく、これと言った趣味もなく、母の年齢を考えると、まあ、あと十年くらいが関の山かな、というところです。

母が死んだ後、あたしはどうなってしまうのか? 孤独死?

母ロス』なんて本もありますが、確かに掃除洗濯から身の回りのこと、すべて母にやってもらっているあたしは、母が死んだら生活リズムが根本的に変わってしまう可能性大です。いや、可能性ではなく、確実に変わります、変わらないと日常生活も営めないでしょう。

先立つものと言っても、あたしたち世代だと年金も大して出ないらしいですし、その後の人生の長さを考えると、生きていくのがやっとという現実が待っているようです。定年後の第二の人生などを考えるような余裕もなく、この先いったいどうしたらよいのでしょう?

考えてみますと、いま現在、シルバー世代が一番金を持っていて、その世代に金を使わせるように世間は動いている感じがします。でも、金を持っているシルバー世代というのも、せいぜいあと5年から10年で死に絶え、その後は金を持っていないシルバー世代ばかりになるのだと思います。

そんなお先真っ暗な世代に、あたしも属しているんだなあと、記事を読みながらしみじみ考えてしまいました。とりあえず、会社には行き続けよう、定年後は引きこもりになるかも知れないけれど……

ネタバレ上等

以前にも話題になっていましたが、今朝の朝日新聞にもネタバレサイトの記事が載っていました。

違法な流通業者とか、早売りをしている書店のモラルとか、業界全体の仕組みの問題とか、そういうことはひとまずおいて、あたし的には「ネタバレ」について考えてみたいと思います。

ネタバレって、つまりは先のあらすじを暴露したり、推理小説であれば犯人を教えてしまったり、スポーツなどで言えば試合結果をあらかじめ知らせてしまうようなことですよね? これ、個人的には何が問題なのだろうと思います。

自分の人生の未来ならともかく、小説やコミックのストーリー、試合の結果なんて、自分がどうこうしたところで結末が変わることはありません。もう決まっていること、と言ってもよいかも知れません。そんなことに腹を立ててどうしようというのでしょう?

衛星中継が発達し、早朝などに海外スポーツの中継が入るようになった昨今、学校や職場で朝のニュースで報じられた試合結果を知らされるとムキになって怒る人がいます。帰宅後に録画しておいた試合をじっくり楽しみたいのでしょう。その気持ち、まるっきりわからなくもないのですが、正直に言えば、あたしにはほとんど理解できません。

だって、ムキになろうがなるまいが、試合は既に終わっていて、試合結果もわかっていて、いったん家の外に出ればどこからその情報が入ってくるかわからないのですから、本気で試合結果を知りたくないのであれば、学校にも職場にも出て来ないで、自宅に引き籠もっていればいいと思うのです。それをたまたま耳に入ったくらいでムキになって怒るなんて愚の骨頂、バカ丸出しだと、あたしは思うのです。

かくいうあたし、スポーツの試合結果がわかっていても録画放送を楽しめます。むしろ結果がわかっている方が、特に贔屓のチームが勝ったとわかっているときなどは安心して視聴できるので、ますます見るのが楽しみになります。贔屓チームが負けたのであれば見なければよいのです。結果がわかっていても、見る楽しみが少しも減ることはありません。あたしは、そういう精神構造をしています。だから、ムキになって怒る人の気持ちなど理解できませんし、理解しようとも思いません。

最近、とある小説を読みました。ジャンルで言えば推理ものになるのでしょう。あたしがほとんど読まないジャンルです。

で、読み終わって思いました。推理小説って読んでいけば犯人がわかり、謎が解けるからいいね、というもの。自分で考える必要がありません。読み終わればいいだけですから。

これが、ふだん読んでいるような小説ですと、「この後、主人公はどうなってしまったんだ」とか、「あの件はどうなるの」といった謎が残ったまま終わったり、読者に考えさせるような結末の作品だったり、読み終わってから考えなければならなくなります。こういう作品に比べると、推理小説って楽だなあ、と感じた次第です。

わが家のシャンシャン

上野のパンダ、シャンシャンが大人気のようです。「パンダだったら和歌山へ行けばたくさん見られるのに」という思いもしますが、やはり日本人にとってパンダといったら上野なのですね。大行列している人の中には、神戸や和歌山にもパンダがいることを知らない人もいると思いますし、ましてや和歌山にあれほどたくさんのパンダがいることを知らない人が多いのではないかと思います。

とはいえ、上野のパンダです。初日の抽選倍率が46倍だったと聞き、「46なんて、乃木坂じゃない!」と思ったのはあたしだけでしょうか?

とにかく、そんな倍率では宝くじよりも当たらないのではないでしょうか? 仕方なく、上野周辺の商店でパンダグッズを買って帰るのが関の山?

というわけで、あたしも買いました、パンダのぬいぐるみ! 抱っこして自撮りしてみました(笑)。ただし、買ったのは上野ではありません、北京です。これは恐らく90年代初期に北京へ行ったとき、妹への土産として買ったものです。北京動物園の売店か、王府井にあった大きなおもちゃ屋で買ったのではないかと記憶しています。

当時の中国製としては非常に肌触りがよく、抱っこしていても気持ちがよいです。フワフワです。少し前までのシャンシャンもこのくらいの大きさでしたね、いまではずいぶん大きくなって、これからは徐々に子パンダのかわいらしさが失われていくのでしょう。その点、このぬいぐるみはずーっとこの大きさなので、ずーっと可愛いままです。

そばにあったワンダーコアーに打ち興じるシャンシャン(?)です。いや、別に北京で買ってきて以来、このパンダに名前を付けたことはありませんね。ただ「パンダ」と呼んでいました。せっかくなので名前くらい付けてあげればよかったかなと、いまさらながら後悔しています。

この十年くらいの状況は、そのくらい訪中していないのでわかりませんが、当時の北京ではパンダグッズを買うなら北京動物園のパンダ舎の売店が一番充実していました。Tシャツをはじめ、いろいろなパンダグッズが売られていたのを覚えています。

で、いつの訪中だったか忘れましたが買ったのがこちら。

パンダのマトリョーシカです。と言いたいところなのですが、この絵の稚拙さ、これをパンダと呼んでよいのでしょうか? 似て非なるものとはこのことを言うのではないか、そんな気がしますし、怪しさがプンプンしますね。

ちなみに、ここまでずっと「シャンシャン」と書いてきましたが、こちらのツイッターと同様、あたしもちょっと引っかかりを覚えます。

やはり「シャン」ではなく「シアン」と教えたくなる中国語教員が日本中に溢れているのではないでしょうか。更に付け加えると、更によく見かける「ありがとう」の「シェーシェー」も我慢ならない中国語の一つですね。これは「シェーシェー」ではなく、より正しくは「シエシエ」でしょう。

一つ足りない! いや、一応、三か国語揃ってます!

TBS系のクイズ番組でミスがあったようですね。番組の公式サイトでも訂正とお詫びが掲載されています。

バルト三国ですか。もちろんクイズ番組で間違えてはいけませんが、そもそも日本人のどれくらいがその三か国の名前を言えるのでしょう? いや、それ以前に、バルト三国がどこにあるのか、白地図上で示せる人がどれだけいるのか……

で、とにもかくにも正解はラトビア、エストニア、リトアニアの三国なのですが、あたしの勤務先から出している諸外国語のシリーズ《ニューエクスプレス》はそのうちの二つを出しているんです。

 

ニューエクスプレス ラトヴィア語』と『ニューエクスプレス リトアニア語』です。惜しいですね、あとエストニア語があれば揃ったのですが……

ただし、《ニューエクスプレス》の特別編、『ニューエクスプレス・スペシャル ヨーロッパのおもしろ言語』にはエストニア語も収録されていますので、一応は諸外国語の出版社としてのメンツは保てたと思います。

朗報ですよね

今朝の朝日新聞の社会面です。あたしの勤務先と関係のある方の名前が載っていました。

まずは磯崎新さん。日本芸術院の新会員になったというニュース。磯崎さんと言えば、うちでは『挽歌集 建築があった時代へ』です。この機会に是非どうぞ。

そのお隣には瀬戸内寂聴さんの新刊の話題。

 

瀬戸内寂聴さんも公認の評伝『寂聴伝 良夜玲瓏』『続・寂聴伝 拈華微笑』も、読み応えたっぷりの力作です。

しっかり理解できているわけではないけれど

性適合手術に保険適用、というニュース。

心の性と身体の性が異なる人が、それを合わせるような手術を受けるときに保険が適用されるということで、苦しんでいる人には朗報だと思います。

この場合、あくまで医師の診断で性の不一致が認められた場合に限るのでしょうか? 世の中には、男(女)だけど女(男)になりたい、と単純に思っているだけの人もいるでしょうから、そういう人の手術まで保険適用になるのか否か……。記事を読む限り、性同一性障害と診断された人が対象のようですので、後者は対象外ですね。

さて、これでどれくらいの方が手術を受けることになるのか? 保険適用と行ってもそれなりの金額は負担することになるわけですよね? それすら払えない人も多いのでは? もちろん、手術なんか受けたくない、自分はこのままで構わない、という方もいるでしょうし。

LGBT関連の書籍を読んでいて難しいなあと感じたのは、性同一性障害と性的嗜好は別ものですが、体は男性で心は女性の人が異性装をする、となるとそれは男っぽい格好をすることを指すのか、女っぽい格好をすることを指すのか、にわかには答えられません。頭の中でいろいろ考えないと理解できません。

また、体は男性で心は女性の方が、適合手術を受けずに暮らしていれば、パッと見には男性でしょう。そしてその人が同性愛者の場合、好きになるのは女性なので、そこでカップルが誕生したとしても、外部の人から見たらごくごくありきたりな男性と女性のカップルに見えますよね?

現在、同姓婚は日本ではほぼ認められていないわけですが、こういうカップルの場合、体が男性で心が女性の方が戸籍上の性別を変えたり、適合手術を受けたりしていなければ、何の問題もなく女性と結婚できるんですよね?

となると、あえて心の性に合わせるような手続きや手術を受けない方が、現在の日本ではアドバンテージがあると判断するのも合理的だと思います。

こんな風に、LGBT関連の書籍を読んでいたときは、頭がこんがらがりそうでした。それでもこうして文字にしていくと、なんとなくわかってきますし、おぼろげながらも理解が進んでいるような気がします。たぶん、バカな発言をした自民党の政治家などは文字化して理解を深めようと考えもしないし、そもそも理解しようという気がないのでしょうね。