この幅の広さよ!

自宅に戻って、所持している天野健太郎さんの本を集めてみました。

左の写真のとおりです。

手前の3冊は、あたしの勤務先の刊行物。中段は他社から刊行されたフィクション。一番奥の2冊は絵本です。

同じ人が手がけたとは思えないほど幅の広さを感じます。

それでも、天野さんにはもっともっと台湾の作品を紹介していただきたかったと思います。(中段の左側の書籍は香港の作品ですが……)

イベントなどの機会に何度か話をしたこともありますが、「女性の作家はいませんか?」なんて聞いたこともあります。手前に並んでいる龍應台は作家とはちょっと違うのでひとまずおくとして、呉明益やそれより下の世代で、天野さんが気になる女性作家の作品を出して欲しい、なんて伝えたことがあります。

そういう話も、本当に夢物語になってしまいました。

訳者としてだけでなく、台湾に関する発信者、台湾の作品の紹介者としても有能な方だったのに本当に残念です。

追伸:本日午後には複数の書店から「追悼天野健太郎フェア」をやるのでということで、注文が入り始めました。

在庫がわかるだけじゃダメかも

今日の朝日新聞の声欄です。

当初の中に書かれている八戸ブックセンターは昨年訪れました。市として市民の読書活動を応援しようという方針の一環のようです。市内の書店ともいろいろと協力し合って活動しているようでした。

ところで、当初にあるように、市内の書店の在庫を見られるようにするというアイデア、どうでしょう?

まず大手のチェーンならばそれなり資本力がありますから、そういった技術に対応するような機器を導入することも可能でしょうが、小さな町の本屋さんですと機械を入れるような資金もなければ、個々人のスキルに負うところが大ですが、導入しても使いこなせない可能性だってあります。

後者の理由はひとまずおくとして、前者の場合、このアイデアが本当に読者のためになるのであれば、取次会社や業界団体などが導入支援をしてもよいのではないかと思います。昨今はPOSレジが普及しているので、実際に今から導入しなければならない書店がどれくらいあるのかわかりませんが……

でも、読者サービスを考えるのであれば在庫がわかるだけでよいのでしょうか?

この手のサービスは当然ウェブサイトを使うのでしょうけど、どうせだったらウェブサイトから注文ができ、それも自分の指定した書店に届けてもらうようなところまでできないものでしょうか? 最近はコンビニ受け取りだって普及しています。そこまでやらないと読者サービスとして不十分なのではないでしょうか? というよりも、たぶん在庫が見られるようになったら、きっとこういった要望が生まれてくると思うのですが。

電子書籍の可能性?

新書版』が刊行になった『台湾生まれ 日本語育ち』ですが、ただ単純に単行本を新書にしたのではなく、3篇の増補があるという代物です。

 

となりますと、いまさらあえて『単行本』を買おうという方は少ないかも知れません。在庫も少なくなっていますし……

ただ『単行本』の方は既に電子書籍版が刊行されていまして、そちらをお求めになるのもよいかも知れません。あたし自身はまだまだ電子書籍には慣れないのですが。

ところで、電子書籍では試し読みができるのですが、紙のものをそのまま閲覧できるというものです。ほとんどの電子書籍はこういう感じなのでしょう。

個人的にこれはもったいないなあと感じます。

何がもったいないのかと言いますと、本書の場合、著者の母親が話す台湾語と中国語、それに日本語がチャンポンになった「ママ語」というのが本文中にしばしば挿入されています。折角の電子書籍なのですから、ママ語の部分をクリックしたら、実際の音声が聞けるような工夫ってできないものでしょうか?

いや、技術的には十二分に可能ですよね?

吹き込みは著者でもいいですが、できることなら著者のお母さん、そのまま語を話しているご本人に吹き込んでいただきたいものです。手間暇はかかってしまいますが、そんなおまけがついた電子書籍であれば楽しいですし、ちょっと買ってみたいと思うのではないでしょうか?

ジャケ買いだってするし、帯の惹句も見るし!

今朝の朝日新聞の声欄です。

こういう当初を見ると、業界人としては嬉しくなります。

出版社からすれば、本はネットで買ってもらっても、本屋で買ってもらっても、売れることに違いはないわけですからどちらでも構わないのですが、本と出会うという意味では断然本屋が優れていると思います。

もちろん、アマゾンなどの「この本を買った人はこんな本も買っています」といったサジェスチョンはそれなりに参考になりますが、新刊既刊を取り混ぜて工夫を凝らした展開をしているリアル書店の一目瞭然さには一歩及びません。

なにより、本が好きな人は物体としての本が好きなわけですから、表紙やカバーの色合い、手触りなどの質感、そういうものが一体となって本の魅力を作っているわけで、それを体感できるのは本屋ならではだと思います。

いや、いずれインターネットが発達すると、質感までネットで感じられるようになるのでしょうか?

それはともかく、ネット書店にも中味検索などがありますが、やはりリアル書店だと実際に本を手に取って数ページ読んでみる、帯やあとがき、解説などにザッと目を通してみるという利点があり、本を選ぶ時に大いに参考になります。

どんなに小さな本屋でも、入り口から入ってパッと目に入ってくる書籍の量(冊数)は、どんなに大きなディスプレイを使ってもネット書店が画面に表示できる冊数の追いつくところではありません。そこがリアル書店の楽しさ、面白さだと思うのですよね。

そう言えば、「ひらがな推し」でMCのオードリー・若林が、本屋に行って本の選ぶ時は10ページくらい読んで判断すると語っていました。そんなことができるのもリアル本屋のよさでしょう。

「売れ行きが悪い」どころではなく「売れぬ」のです

今日の朝日新聞夕刊の一面です。

出版界は長年にわたる不景気で、売れ行きはどんどん落ちています。書店もどんどん減っています。

だから、という悪循環で出版点数は増えているのですが、こんな状況なので売れ行きは芳しいものではありません。

しかし、朝日新聞の夕刊とはいえ、第一面にデカデカと「売れぬ」と書かれてしまうと、なんとも居たたまれなくなるものです。

だから、あの手この手、知恵を絞っているわけですね。

出版社は本を作るだけ、売るのは本屋の仕事、というのは過去の話で、いまや出版社も書店と協力して一冊でも多く売るための努力をしないとならない時代になっているようです。

あたしはそんな努力を十分にしているのかと言われるとお恥ずかしい限りですが……(爆)

ほぼ丸かぶり?

書店店頭で見かけました。

 

左は祥伝社新書の『国民が知らない 上皇の日本史』、右は中公新書ラクレの『上皇の日本史』。祥伝社の「国民が知らない」というのは文字が小さいですから正題と言うよりも角書き扱いなのでしょうか? となると、完全に同じタイトルの本ですよね。それに発売日もほとんど一緒、どちらも新書という形態。うーん、ここまでかぶるとは!

別に非難しているのではありません。このテーマがどれほど関心を集めているかということが言いたいだけです。更に言えば、天皇ではなく、あえて上皇に注目したところに興味を惹かれています。

それにしても、来年には今上天皇が譲位して、恐らく現在の日本人全員にとって「上皇」という存在は初めて体験・経験するものではないでしょうか? もちろん、確かに歴史上の上皇とはまるで異なるわけですが、天皇と前天皇が並立しているというのは、歴史上何年ぶりのことなのでしょう?

来年の新天皇即位に向けて、天皇をキーワードとした書籍や雑誌の特集はこれからますます増えていくと思います。新刊を並べているだけでもフェアをやっているような感じになりそうですが、どこから手を着けてよいのか混乱もあるかと思います。

そんな方に読んでいただきたいのは人文会が発行している『人文会ニュース』の最新号、129号です。巻頭の「15分で読む天皇の歴史」はタイトルどおり、天皇の歴史について分かりやすくまとめたものになっています。人文会のサイトからPDFを閲覧できますので、よろしければ是非どうぞ。

これから生き残る書店とは?

雑誌「アエラ」最新号の1ページです。

「個人書店の新たな挑戦」という特集記事が載っていました。

パラパラ呼んでいたら、「あれ? どこかで見覚えのある顔が……」と気づいてしまいました。

記事中で紹介されている書店の一つが、青いカバでした。

この数年、本屋に関する本とか、本屋を特集した記事とかが目につきますが、基本的には個人経営のセレクトショップ的なものばかりで、「商店街にある、昔っから夫婦でやっている」といったような本屋ってのは、やはり今後は成り立たないのでしょうか?

今回、アエラで紹介されている書店も基本的には、いわゆる「本屋さん」といわれてイメージするような書店ではないようです。店主のこだわりが詰まった、品揃えにもこだわったこの手の書店というのも嫌いではないですが、多くの人を相手にした、広く間口を広げている感じがあまりしないので、果たして書店という業界を考えたときに、今後はどうなっていくのだろうかと考えてしまいます。

こういう書店が一方で増えていくのはよいとして、そうではなくごくごくフツーの本屋が残るためにはどうしたらよいのか、ってことなのですが、じゃあ聞くけど、あなたが考える「フツーの本屋」って何? と問われると、うまいこと答えられないのです。

サンバよりもクワガタ?

 

昨夕は、業界内のこんな会へ参加してきました。美味しく、楽しいひとときでした。

毎年この時季に行なわれているもので、あたしもここ数年参加しています。毎年入場時に配られる団扇も、わが家には既に何本たまっていることでしょう(笑)。ちなみに、上の写真、左が去年、右が今年の団扇です。

この会で毎年恒例なのがこちらです。

かつて近所に東京外国語大学があった縁で、サンバ・カーニバルが必須の余興となっているようです。これを愉しみに毎年参加しているおじさんも多いようです。今年も多くのおじさんたちが、カメラやスマホを抱えて、一生懸命撮影していました。

いや、こういう言い方はよくないですね。

実はよくよく観察してみると、女性の方も熱心に見物しています。日本人ダンサーもいますが、やはり本場の踊りは違うと感嘆の声があちらこちらから聞こえてきます。

しかし、あたしもここ数年、サンバを見物していますが、やはり馴染めません。今回改めてその理由がわかったような気がするのですが、つまり、あたしはこういったグラマーなタイプは苦手だということです。

だからなんだと言われそうですが、だってそうなんです。

やはりあたしは色白で華奢な女性が好みです。いわゆる豊満タイプはダメです、受け付けません。

って、そんな贅沢を言える身分ではないのですが……(汗)

というわけで、今年も帰りしな、お土産のクワガタをいただきました。あたしには女性よりも昆虫の方が似合っているのでしょうか?

なにはともあれ、今回も昨年同様、姪っ子が喜ぶと思います。帰りの電車の中でも、ガサゴソ動き回っていましたので、かなり元気なクワガタです。

成人向けコミックと言っても決してエッチなものではありません

数日前の日経夕刊に「欧米漫画、親しみやすく」という記事が載っていました。

確かに、このところ岩波書店の『MARCH』を書店でよく見かけていましたので、欧米の漫画がようやく日本でもメジャーになってきたかなという印象は持っていました。

  

しかしこういう記事が出て改めて書店の店頭を眺めてみますと、『バンド・デシネ 異邦人』なども目につきます。

この手の漫画はどう見ても子供向けとは言えません。いや、子供でも読めないことはないでしょうが、絵のタッチやストーリーなど、普段読んでいるような日本の漫画、コミックとはまるで異なります。やはり大人向け、普通に本を読んでいる人をターゲットにしている漫画ではないかと思います。

「子供と言うよりは大人向けだよね」という感じのコミックは確かにこの数年、いやここ十数年、日本の作品でも増えてきましたが、欧米のものとなると、見かけるようになったのはまだこの数年かそこらだと思います。もう少し遡ってみますと、あたしが覚えているのでは『ペルセポリスⅠ イランの少女マルジ』『ペルセポリスⅡ マルジ、故郷に帰る』が早い事例ではなかったかと思います。

 

しかし、このところは刊行がずいぶんと増えているような気がします。そしてコミック売り場ではなく、多くが海外文学の棚に置かれています。コミックだろうと本だろうと、こういうところから海外の作品に興味を持ち、さらに進んで海外の文学作品やノンフィクションなどに手を伸ばしてくれる読者が増えることを期待しているのですが……

好きか嫌いかではなく、実際に読んでいるかが問題であって、もっと言えば、借りて読んでいるのか買って読んでいるのかってこと!

今朝の朝日新聞です、確か、別刷beだったと思います。

「本を読むのが好きですか?」と問われたら、それこそ渋谷のセンター街で遊んでいるガキどもだって「好き」って答える割合が一定数はいるでしょう。ましてや、朝日新聞のウェブサイトで尋ねたら、もともと本に親しんでいる層が大半でしょうから、この結果は当然だと思います。

それにしても、好きではない人の理由が切実ですね。視力や体力などの肉体的な問題は如何ともしがたいですが、少なくとも文字が小さいというのであれば電子書籍の拡大機能は一助になるかと思います。

本の価格が高いと感じるか否かは人によると思いますし、本の内容によるとも思います。この値段でどれだけ心が豊かになり、楽しい時間を過ごせるかと考えると、世間一般にある娯楽に比べ本は決して高いとは思いません。映画が約2時間として、その入場料と同じ金額の本を買ったとしたら、本にもよりますが、恐らくは2時間以上は楽しめるはずです。

でも、いまの若い人を中心に本に親しんでいない人は、そうは考えないのでしょうね。読み終わるのに時間がかかる、と否定的に考えてしまうのだと思います。「この一冊で3日は楽しめる」と考えるか、「3日もかかるなんて」と考えるか。たぶん後者は実際には3日以上かかるでしょうし、2日目で放り出してしまうかも知れません。

本を読むというのは、それなりに体力が必要なんだと言えます。肉体的にもそうですが、気持ちの問題というのもあると思います。時間に関して言えば、忙しい時の方が集中して読めるので読書がはかどります。忙しくて読めないというのは、一面で正しく、一面では正しくはありません。あたしはそう思います。