とりあえず英語で何と言ったらよいのか教えて欲しい

都内を営業していると外国の方が目立ちます。訪日旅行客が増えているとニュースで報じられていますが、新宿駅や渋谷駅などでは、ものすごーく増えていること実感できます。

で、最近のことですが、続けざまに同じような状況に遭遇しました。

右の写真は、JRの駅で見かける自動改札です。毎日のようにここを通っていますから珍しくも何ともないと思います。

この自動改札でトラブっている外国の方が目立つのです。うまいこと自動改札機を通れない方が多いのです。

どうして通れないのか? それは操作方法と言いますか、通り方が間違っているからです。

左の写真をご覧ください。

最近のJRで増えている自動改札機です。一枚目の写真と何が違うかと言いますと、suicaなどのICカード専用で、切符を通すところがないのです。

外国から来た方の多くはsuicaなどの交通系カードなど持っていません。手にしているのは自動券売機で買った、裏が黒い切符です。それを一生懸命上の自動改札機のタッチ部分に当てて通ろうとしているのです。いくらやったって通れるわけがありません。

このところ続けざまにこういうシーンに遭遇し、こっちですよと指さしとジェスチャーで教えてあげましたが、さて、こういうとき英語でどう言ってあげたらよいのでしょう? ついでに、あたしも一応は勉強していた中国語で教えてあげるには何と言えばよいのでしょうね?

事前にこんなページをちゃんと読んでから来日している外国人なんてほとんどいないでしょうし……

最終日!

五日間の関西ツアーも本日が最終日。今回もあっという間でした。

今宵は自宅の寝床で寝ることになるわけで、毎度のことながら不思議な感覚です。

ところで、昨日はこちらも雨が降りましたが、東京は雪になったようですね。今朝の交通状況はどうなのでしょうか。乱れたりしていませんよね。少なくともあたしが帰京するころには、雪など無かったかのような状態になっていると思いますが……

昨日の雨で、今日の関西は寒くなるそうです。

個人的には、発表される気温よりも風がどのくらい吹くのか、日差しはあるのか、といったことの方が気になります。風がなければ、歩き回り営業としてはそれほど寒さを感じないですし、コートなしでも行けなくはないです。しかし、風が冷たくて強いと、やはりコードがなければ過ごせませんし、コートは営業回りの邪魔者の第一です。

さて、本日は天気は? ホテルの窓越しではよくわからないんですよね。

関西ツアー中日です。「中日」は「ちゅうにち」ではなく、「なかび」と読んでください。

月曜からの関西ツアーも今日で三日間終了。金曜日に帰京ですので、半分終わったというところです。

前回のツアーは、ブックエキスポがあった時に合わせてだったので11月の上旬でした。まだ3か月は経っていないので、お久しぶりというよりは、まだ来たばっかりじゃない、という感じです。

その間、業界的に何か変わったことはあったでしょうか? 自分に惹きつけて言うならば、筑摩書房の『82年生まれ』のヒットに伴う女流韓国文学のブームが来るか否か、というとこがニュースです。何とかこのブームを一過性で終わらせることなく、大ヒットでなくともしっかり定着させたいと思います。

そして、もう一つの大ニュースは、やはりいくちゃんの写真でしょうか? こちらでも尋常ではない売れ方をしています。追加が入ってこない、売り損じているという声も聞こえます。これは由々しき問題です。しかし、いくら今が人気の乃木坂46で、人気メンバーの一人で、乃木坂の至宝と呼ばれる生田絵梨花と言えども、ここまでのスタートダッシュを予想できた出版人はどれくらいいたのでしょう? 結果的に売れるとは予想できても、最初からこうまで売れるとは、正直なところあたしにも予想外でした。

まだまだ修行が足りませんね。

「大世界」と書いて「ダスカ」と読む

まだ中華街です。

関帝廟を後にして、元町・中華街へ向かう途中、横浜大世界の前を通りました。とりあえず、ここに来れば、食べるにしても、お土産を買うにしても、一通り済んでしまうデパートのようなところです。

その入り口に、中国のホテルやレストランなどでよく見かける狛犬のような像が左右に建っていたのですが、それがこんな風になっていました。

一枚目の写真、どっかで見たことあると思いますが、これって『ベルばら』のオスカルですよね? いや、顔はまるっきり獅子ですけど、しっかり化粧なんかして、金髪じゃないですか!

そして対になるもう一体の狛犬が二枚目の写真です。

一方がオスカルなら、もう一方は誰でもわかると思いますが、ご覧の通り、アンドレです。

こちらも、アンドレの特長をよく捉えています。作品中でアンドレは左目を負傷していたはずで、この狛犬でもしっかりと再現されています。

二体の狛犬、もとい、オスカルとアンドレが片足で押さえつけているものが何なのかわかりませんが、それはともかく、なんで中華街でベルばらなのでしょう?

と思ったら、大世界で期間限定のベルばら展のような催しが開催中だったのですね。営業時間を考えると参観しようと思えばまだ可能だったようです。まあ、いいか?

ところで、「大世界」はURLを見てもわかるように「ダスカ」と読みますが、これは上海にある大世界と同じですね。戦前の上海を知っている人であれば大世界を知らないはずはない、そんな娯楽施設です。あたしも2005年の暮れに上海へ行った時に前を通りました。当時は営業していなかったと記憶していますが……

ちなみに、中国語の標準語では発音は「Dashijie」ですから、あえてカタカナ表記すれば「ターシージエ」となりますが、それを「ダスカ」と読むのは上海方言だそうです。

あれから一回り

来年はイノシシ年です。

十二支ですから、その前のイノシシ年というのは2007年ですね。その2007年に、母と妹と三人で中国へ行っております。あたしにとって、現時点では最後の訪中です。日程は2月8日から14日までの7日間です。

上記リンクを見ていただければおわかりのように、西安と北京を回った旅行でした。西安では陝西省の博物館へ行ったり、映画のセットではありますが阿房宮を見に行ったり、兵馬俑や華清池を見学したりといったお決まりの観光地を巡りつつ、夕食に行った徳発長の餃子コースが美味しかった想い出があります。

西安から北京へ向かい、春節も近いということで、待ちには新年の用品がいろいろ売られ、飾られていたのですが、至るところに豚のオブジェがありました。イノシシ年というのは日本であって中国ではどうやらブタ年が一般的なようでした(笑)。

で、一枚目の写真は、泊まっていた新僑飯店のすぐ南、北京に行ったら、ジュースだ、お菓子だ、日用品だと必ずに買い物に出かける新世界商場の前にあったオブジェです。かなり仰々しくと言いますか、金ピカなブタでした。

二枚目は、北京動物園にあった、干し草で作られたオブジェです。

これは、ブタなのかイノシシなのか評価が分かれそうですが、やはりブタでしょうね。イノシシなら牙を付けないと雰囲気が出ませんから。

これら二枚の写真だけではわかりにくいかも知れませんが、この歳のイノシシ年は60年に一度の縁起のよいイノシシ年(金のブタ年?)だということで、かなり派手に飾られていた印象があります。中国もまだまだ成長期、翌年のオリンピック、その後の上海万博を前に、国中が上昇ムードに満ちていた時代でした。

最後の写真は、そんな北京にあったイトーヨーカドー売られていた豚のぬいぐるみです。お腹にある文字が異なる二タイプを記念に買いました。帰国後は長らくマイカーの中でマスコットとして飾られていましたが、来年のイノシシ年を前に、自宅へ持って帰ってきたところです。

二鍋頭のこと

東方書店のTwitterでこんな本を知りました。

あたしも編集部時代にはたいへんお世話になった榎本先生のエッセイです。タイトルは『躑躅の思い出 中国語六十年』ですが、このタイトルを見た時に思い出したのが、岩波新書からかつて出ていた倉石武四郎著『中国語五十年』です。

というわけで、出版元である伴想社のサイトを表示しながら岩波新書を並べてみたのが右の写真です。

別に五十年と六十年でどちらが長いのか比べてみても意味がないでしょう、時代が異なりますから。それぞれの来し方を知るのが楽しさだと思います。そんなことを思っていると、「岩波新書、復刊されないのかなあ」なんて考えてしまいます。岩波新書が無理なら、ちくま文庫あたりで復刊してくれないものでしょうか?

さて、同じく東方のTwitterで知ったのが、同社の新刊『魯迅と紹興酒』です。こちらは営業回りの途次、店頭で実物も目睹しています。ページを開いて目次を眺めていましたら、「2 北京の二鍋頭」という文字が飛び込んできました!

おお、二鍋頭酒! 懐かしいです。

冬の北京と言えば、羊のしゃぶしゃぶ(涮羊肉)と二鍋頭酒が定番。あたしもよくいただきました。まだ学生だった頃、北京に資料調査へ赴き、北京大学の先生と大学構内の食堂でいただいたのが思い出されます。

夕食ではなく昼食だったのですが、いくら飲んでも次から次へと二鍋頭酒が出て来て、最後はもうへべれけ状態でした(汗)。当時の二鍋頭酒は、あたしが北京のスーパーなど見た限り、55度と65度の二種類が売られていました。飲んでいたのは65度の方だったはずです。二鍋頭酒を飲んでいると、ビールがまるでチェイサーのように感じられたものです。

上述の北京大学での会食は、その後、北京大学から都心部のホテルまでタクシーで戻ったのですが、交通渋滞と路面の悪さもあって、あたしは完全に酔っ払ってしまいました。ホテルに着いたらバタンキュー、何もする気が起きない状態でベッドに横たわっていました。

が、さすがは蒸留酒です。その晩、8時か9時を回った頃に、スーッと酔いが醒めてしまったのです。自分でも驚くほどすっきりとした気分で、こんどはお腹が空いてくる始末。それ以来、北京に行くと二鍋頭酒をスーパーで買っては、ホテルで晩に飲んでいました。しかし、だんだんと度数が低くなっていったのは老北京の健康を慮ってのことでしょうか?

もう少し丹念に見て回ればよかった?

昨日訪れた山梨県の台ヶ原。

「七賢」の店先にこんなMAPが置いてありました。

こうしてみると台ヶ原地区、観光スポットが点在していたようです。よさそうなところに見えますが、至ってのどかな田舎でした。

国道20号線も新宿や調布あたりの甲州街道と同じ20号線とは思えないほど交通量が少なかったです。

そして地図を見るとわかるとおり、金精軒七賢のある通りが本来の甲州街道だったのですね。確かにそういう雰囲気は残っていました。

そしてもう一枚。

こちらは七賢の構内マップです。

いや、改めてこのマップを見て、七賢ってもっと奥の方まで敷地があったんだなあ、と驚きました。こんな広かったとは。

「洗心の池」とか「東門」くらいは見ておきたかったものです。

そしてやはり日本酒を一本くらいは買って帰るべきでした。

それにしても、このあたりは「白州」と呼ばれているようで、きれいな水の町として知られているそうです。「白」で「水」なんて、あたしの勤務先と縁を感じる町です。

甲斐国に竹林の七賢人あり

母親と「山梨へほうとうを食べに行こう」と約束をして早幾年月。

一年とか二年とか、そんなレベルではなく、もしかすると最初に母と話をしたのは十年以上前のことかも知れません。これはまるで芸能人の「そのうち飯でも…」と同じです(汗)。

しかし、遂に重い腰をあげる時がやって来ました。それが今日でした。来週は三連休なので、高速をはじめどこもかしこも混雑しそうなので、その前の週の今日であれば、それほど混んではいないだろうという予想です。

そこで山梨へと車を走らせました。

まず向かったのは右の写真、信玄餅の「金精軒」です。甲府を通り越して、北杜市にあるお店です。

信玄餅というと桔梗屋が有名ですが、以前テレビで「生信玄餅」というものが紹介されていて、それを売っているのが気胸屋ではなく、ここ金精軒だったというわけです。

ご覧のように歴史を感じさせる建物ですが、その金精軒の斜め向かいにも重々しい建物がありました。

それが左の写真、「七賢」という酒蔵でした。蔵の見学などもやっていて、お酒をはじめとした各種物産を扱っている売店もありました。

ところで、このあたりは台ヶ原と言って、甲州街道の宿場町として栄えたところなんですね。七賢の隣には明治天皇の行在所もありました。

そして、七賢と聞けば、中国史ファンであれば竹林の七賢人を思い出すでしょうが、そのとおり、七賢の名前が付いた日本酒の瓶がディスプレイされていました。ラベルに書かれているのが七賢の名前です。知らない人が観たら、これが人の名前だとわからないのかも知れませんね。

「七賢」という名前の日本酒が売られていましたが、一本くらい買ってくればよかったと、今さらながら公開しております。どうしてもクルマで出かけると「お酒はダメ」という意識が働いてしまいます。買って帰るぶんには全く問題ないのですが……

 

そんな台ヶ原宿、金精軒のお店のそば、路傍に上の写真のような置物がありました。

カエルです。よく見ると、背中には子どもをおんぶしていました。

誰か正確な情報を伝えてあげたのだろうか?

今日は一日京都をうろうろしておりました。

昨日の大阪よりもさらに暑かった今日の都、否、京の都でした。

観光客と学生が乗り込んだバスの中は大混雑、それなのにクーラーを入れようとしない運転手、なんでそんな嫌がらせをするのでしょう?

そりゃ確かにいきなり肌寒くなったり、今日みたいに暑い日もあったりしますけど、バスみたいな小さな函であれば運転手の裁量で冷房にしたり暖房にしたりできると思うのですが、それをしないというのは、運転手の嫌がらせか、あるいは宗教的な戒律、はたまた何かの願掛けとしか思えません。

とはいえ、夕方、日が翳ってくるとさすがに少し涼しくなってきました。雨に降られなかったのが幸いでしたが、京都は朝のうち雨が降っていたようですね、地面が濡れていました。

さて、大阪へ戻ってきて、ホテルへ向かう途中、とあるおじさんが妙齢の女性数名を従えて前を歩いていました。曾根崎警察の前でそのおじさん、女性たちに向かって「これが曾根崎警察」って教えていましたが、曾根崎警察ってそんなに有名なのでしょうか? 特に歴史的な建造物でもないですよね?

女性たちは特に興味を示している風でもなかったですが、その中の一人が「ああ、曽根崎心中の…」と言いました。するとおじさん、「よく知ってるねえ」とお喜びの様子。

いや、ちょっと待って。その女性、ちゃんと浄瑠璃や歌舞伎の曽根崎心中だってわかっていたのですよね? まさか、曽根崎心中という言葉だけ知っていたなんてことはないですよね?

だとすると、大阪で以前心中事件が発生し、曾根崎警察が捜査した、とでも勘違いしているかも知れません。

そんなこと、ないですよね?

こう見えて研修してます、その三

研修旅行三日目にして最終日。

二日目は大阪から滋賀へ向かったわけです。

大阪と京都の研修旅行なのに、なんで滋賀へ行ったのかと言いますと、二日目の宿泊先が滋賀だったからです。

泊まったのは琵琶湖の畔、琵琶湖グランドホテルです。

おごと温泉にある温泉ホテルですが、このおごと温泉、雄琴温泉と書くべきなのでしょうか、それなりに由緒のある温泉地で、来訪者も増えているそうです。

しかし、やはりおごと温泉と聞くと、一部には歓楽街、風俗街として知れ渡っているようです。少なくとも泊まったホテル周辺にはそれらしいものは感じませんでしたけど。

というおごと温泉で目覚め、再び京都へ戻って、最終日の研修です。

右の写真は丸善京都本店の語学書コーナー。

エンド台で《言葉のしくみ》と《ニューエクスプレスプラス》のフェア開催中です。まさしく、言葉どおりに所狭しと並んでいます。

全点と言うことで言えば、まだもう少しありますが、このコーナーではこれ以上並べるのはちょっと難しいので、他の商品は元棚をご覧ください。

ちなみに《ニューエクスプレスプラス》は刊行以来、毎月毎月数冊ずつラインナップが増えています。既に十点を突破しています。今後は火なり広いスペースを使わないと全点フェアも難しくなってきそうです。

さて、この丸善京都本店は、今回の研修旅行のハイライトでもありました。なぜなら関西地区で唯一、人文会創立50周年フェアを開催中だからです。

 

上の二枚の写真がフェアの様子です。同店は、京都BALの地下一階と二階が売り場ですが、地下二階のレジ横で開催中です。エレベーターも近く、その先にトイレもあるので、人通りがそれなりにあって、フェアの出だしは好調だそうです。

さて、三日目の昼食は、この丸善からもほど近い「京極かねよ」できんし丼をいただきました。

かねよの建物は左の写真のように、歴史を感じさせるもので、この前はあたしも京都営業のときは何度も歩いていますが、入ったことはありませんでした。

ここの名物が「きんし丼」で、それをいただいたわけです。その「きんし丼」って「禁止」ではありません。ご覧のようにうな丼の上に卵焼きが乗っかっているのです。

一見すると、卵焼きには見えません。

あたしは、大きな油揚げがはみ出しているのだと思ってしまいました(笑)。

ちなみに、調べてみますと「かねよ」って大津にもあるのですね。どちらも「日本一の鰻」を名乗っていますし、名物は「きんし丼」のようなので、暖簾分けなのですかね?

鰻の蒲焼きは関西風というのでしょうか、東京のものとは明らかに違うなあと感じました。ふんわりというのではなく、香ばしい感じの鰻でした。

どんぶりの蓋を開けるところが上の動画です。

蓋を開けた後、一面を覆っている卵をめくってみたのが上の動画です。