かつては存在しなかったはず?

札幌の朝です。

目覚めてバスルームへ入ったら、なんと大きなゴキちゃんが、テカテカと黒光りと言いますか、焦げ茶光りと言いますか、とにかくうごめいていました。

しかし、あたしは少しも慌てることなく、シャワーの温度を高めに設定し、ほぼ熱湯に近いお湯をゴキちゃんに注ぎました。これが一番効果的、即効性もあって、床とかを汚さないで済む退治の仕方です。

断末魔の声を上げたかどうか、それはわかりませんが、ゴキちゃんはじきに事切れました。朝からひと仕事でした!

 

 

 

という夢を見ました(^_^;)。

何ででしょう? 昨日ぼんやりと「北海道には昔はゴキブリっていなかったんだよねぇ」なんて思っていたからでしょうか?

さて、実はもう一つ、とある元気のよい商店街の元気娘、二十代半ばくらいでしょうか、その女の子(女性)が突然、その商店街にあるお寺の住職さんに夢中になってしまい、大騒動を巻き起こすという夢も見ました。

そのお寺にはなかなかイケメンの若い坊さんが数人もいるのに、その子が恋したのはもう初老の住職。年の差いくつどころか、ほぼ親子。もちろん住職さんは仏門の身、娘には見向きもしません。

とにかく娘の一方的な情熱が空回りして、というドタバタコメディーな夢でした。これはどういう暗示なのでしょうね?

では、研修旅行二日目です!

もう少し整理したいと思うのですが……

同じ本を2冊、時に3冊買ってしまうことがあります。

もちろん一時に買うのではなく、店頭で目にして「あっ、買っておかなきゃ」と思って買うのですが、いざ自宅へ持ち帰って書架に収める段になると同じ本がそこに置いてある、という具合です。

「どうして買った本を覚えていないの」と問われれば、「しょっちゅう本を買っているから」としか答えようがありません、いろいろ買っているので「これはまだ買っていないだろう」と思ったつもりが、既にちゃんと購入済みだったというわけです。

ふだんは手に取らないようなジャンルの本であればそういうことも少ないのですが、興味のあるジャンルの本だとこうした間違いを犯してしまいます。特に中国関係ですとその傾向が強いです。複数買ってしまうよりも、まだ買っていなかったことを恐れているのでしょう。

自覚があるので、最近はその場では買わずにタイトルをメモし、一度家に帰って自宅の書架を確認してから買うようにしていますが、それでも買ってみたら「やっぱり持ってた」ということがあります。なんでそうなるのか、さらに考えてみますと、本が多すぎるから全部を把握し切れていないためだとわかります。

上の写真は、廊下に置いてある書架です。もう自分の部屋は満杯なので、天井に達するほどの薄型の書架を置いていますが、ご覧のようにもういっぱいです。おわかりのように、薄型の書架ということもあって、文庫や新書が多いのですが、一応はレーベルごとに並べています。

しかし、これだけ増えてくるとレーベルごとに置けなくなってきます。端の方や上の方の棚はいろいろなレーベルがごっちゃに置かれていたりします。そうなると、既に買ってあった本なのか、まだ買っていない本なのかがわかりづらくなってしまうのです。

以前にもアップしたことありますが、あたしの部屋の書架は既にこんな状態です。写っているのは、ほぼ中国で発行された本です。中国で発行された書籍は、ここに写っている量の数倍もの分量があたしの部屋に置いてあります。

そして下の写真。これも以前に一度書きましたが、あたしの部屋の書架に置いてある文庫や新書です。写っているのは、昔懐かしい装丁の、講談社現代新書です。

このようにレーベルごとで並べていたのですが、足りなくなって新しい書架に置くようになり、それが積もり積もって、どのレーベルがどの書架にどれくらい置いてあるのか、把握しきれなくなっているのです。

上の写真は中公新書です。これも既にこの書架は満杯なので、一枚目の写真、廊下に置いてある書架にかなり並んでいます。こうして2か所くらいにまとめられればよい方で、岩波文庫などは4か所くらいに分かれてしまっているので……(汗)

上の写真は、中華書局の「二十四史」の棚。これも前にアップしたことがありますね。人名索引や地名索引なども数十冊はあります。最近は、こうした中国発行の書籍は買わなくなって久しいですが、これらをいつの時点で処分することになるのか……

こんな状況なので、どの本がどこに置いてあるか把握しきれなくなっているのです。中国発行のものは、だいたい経史子集でまとめるようにしているのと、最近買っていないのでまだましですが、それでも中国へ行くことがあったら、古い時代の北京や上海の写真集とか、買っちゃうんだと思います。

死んだ!

この夏、クワガタをもらったと、以前書きました

小学生の時以来の昆虫飼育、この歳になっても、それなりに心躍るものですね。

が、悲しいことに、じきにオス、メスそれぞれ一匹が死んでしまいました。飼い方が悪かったのか、と言われても、小学生以来なので、それに小学生の時だって決して気を遣って飼っていたわけでもないので、ノウハウなんてありません。カブトムシ、クワガタムシ用のエサをホームセンターで買ってきて与えていただけです。

オスが一匹だけになってしまったクワガタ。

その後、妹のところの姪っ子が欲しがったので、夏にわが家へ遊びに来たときに持って帰らせました。そして、姪っ子たちは喜んで世話をしていたようです。

先日、姪っ子たちの運動会を見物に母と二人、妹の家へ行きましたが、その時もクワガタは健在で、元気に籠の中を歩き回っていました。

それが、昨日、妹から連絡があり、朝起きたら死んでいた、とのこと。クワガタの寿命がどのくらいなのか知りませんが、長生きと言えるのでしょうか、それとも越冬させることもできたのでしょうか?

子供がのびのび、すくすくと育っている! と言えば聞こえはよいけれど、その実態は……

まだその話をしているのか、と思われるかも知れませんが、昨日の姪っ子、甥っ子の運動会の話です。

小学校ですから1年生から6年生までがいるわけで、体の大きさがかなり違います。1年生と6年生の差、というだけでなく、1年生の中にも幼稚園児のように小さい子もいれば、高学年と思えるくらい大きな子もいますし、6年生でも大人びた子も入れば、低学年が紛れ込んでいるような子もいました。

それに関しては昔だって、自分が小学生のころだってそうだったはずなので驚きはしませんが、今回感じたのは、子供の中にふくよかな子が多いということです。はっきり言ってしまえば、デブということです。

そりゃ、あたしが子供のころにも太った同級生はいましたし、学校の中に何人もいました。みんながみんな痩せていたなんて言うつもりはありません。

しかし、今回、久々に小学生を大量に見て、太った子が昔に比べて多くなったような印象を受けました。そして、子供がそうであれば親もそうであるのが当たり前のように、ふくよかな両親が多かったです。

妹に言わせると、田舎なのでクルマ社会だから歩かなくなってデブが多い、とのこと。確かに、たかが小学校の運動会なのに、学校の周囲の道は路上駐車だらけで、大型車だと横を通るのにひと苦労する状態でした。小学校なんて、そんなに遠くから通っているわけはないのだから、クルマで来る必要がどこにあるのでしょう? あたしが小学校の時は、やはり多くの親が見に来ていましたが、クルマできているような親はいなかったはずです。親もデブ、子供もデブ、デブだから歩くのが大変なので、ちょっと近くへ行くにもクルマで行く、そんな地方の現状が見事に表われた光景でした。

ところで、運動会ではさまざまな場面で音楽が流れています。運動会用の音楽集などもあるのでしょうけど、創作ダンスなどでAKB48をはじめとしたアイドルたちの楽曲もずいぶんと流れていました。

あれって、著作権使用料みたいなものはクリアされているのでしょうか? あたしはこのくらいはよいのではないかと考える立場ですが、昨今のJASRACは街のピアノ教室からも徴収しようとしているようですので、小学校の運動会で使われる歌手の楽曲、問題にならないのでしょうか?

そんなことを考えながら、子どもたちのダンスを見ていました。

下痢止めと止瀉薬

少し前からこんなCMを見かけるようになりました。

ビオフェルミン下痢止め」のCMです。以前は、「ビオフェルミン止瀉薬」のCMがよく流れていたと思うのですが、最近は「下痢止め」の方ばかりが流れているようです。

サイトを見ますと、どちらの製品もあるようで、別に名称が変更になったわけではありません。

「止瀉薬」時代、CMを見るたびに、「下痢止めという表現だと、やはりあまりにも露骨なのでお茶の間に流れるテレビCMとしてはふさわしくないから止瀉薬なんて難しい言葉を使うのかしら?」と思いながら見ていたものです。しかし、このところ、「下痢止め」ばかりを見かけ、テレビでは「止瀉薬」はとんとお目にかかれません。

もちろん別々の製品なので、メーカーが今は「下痢止め」の方をプッシュしている、という事情もあるのでしょうが、やはり「止瀉薬」ではわかりにくい、という理由もあったのではないでしょうか? 第一、止瀉薬って耳だけで聞いたとき、どれくらいの人が下痢止めだって理解できるでしょう? 更に言えば、止瀉薬ってすぐに漢字で書ける人はどのくらいいるのでしょう?

背に腹は代えられず、やはり商品ですから知られて買われなければ意味がありません。それで「止瀉薬」から「下痢止め」になったのでしょうか?

ところで、ビオフェルミンの「下痢止め」と「止瀉薬」って、効能など何が異なるのでしょう? サイトの説明ではよくわかりません(汗)。ちなみに、あたしは正露丸が好きです。

人間牧場?

奇妙な夢を見ました。

あたしは広大な牧場にいます。幼稚園だか保育園の子供たちとペアになって牧場を散策するという活動のようなものに参加していて、あたしも女の子と一緒に牧場を散歩していました。もしかしたら姪っ子だったのかも知れませんが、今年度から一番下の姪っ子も小学生になりましたので、このあたり夢というのはいい加減です。

で、その牧場ですが、牛がいたり、作物が植わっていたりして、のどかです。

歩いていたら牛がいたのですが、よくいるようなホルスタインでもなければ、松阪牛のような、スルッとした感じの牛ではありませんでした。種類はわかりませんが毛むくじゃらで、大きさもかなりの巨体でした。もちろん牛ですからゾウほどの大きさはないにせよ、子象くらいはありそうな、ふつうの牛よりははるかに大きなもので、だから顔だってものすごく大きく、一緒にいた女の子は泣き出してしまったくらいです。

女の子が怖がるので、あたしはその子を抱っこして牧場を散歩していました。何が植わっていたかは覚えていませんが、野菜とか果物などの畑が広がっていた記憶があります。そんな牧場の中、抱っこしていた女の子が「ヒトがいる」と言いました。その牧場には他にも何組も大人と幼稚園児のペアで来ていましたが、牧場が広いのであたしたちの周囲、目の届く範囲には他のペアはいなかったはず、いるのは鎖に繋がれた牧羊犬が数匹です。

女の子が指さすのはその犬のことで、なんと気づいたら、それは犬ではなく、人間だったのです。浮浪者のように髪も髭も伸び放題、半裸というか全裸に近い男性だったと思いますが、とにかく人間です。人間が何人か鎖に繋がれているのです。

近づいても唸ることはなかったですが不気味です。目をギロギロさせて睨んでくるわけでもなく、焦点の定まらない視線はどこを見ているのやら……。そのうちの一匹、否、一人が我々に気づくと、いきなり話しかけてきました。

自分たちは季節労働者のようにこの牧場に雇われて、牧羊犬ならぬ牧羊人として家畜の番をしたり、畑を荒らされないように見張っているのだとのこと。確かに、米や果物が盗まれる事件が続いているというニュースもありますが、なんで人間がこんな畜生のようなことをさせられているのでしょう?

どうも、差別というか階級といいますか、そんなものが厳然としてある世界に迷い込んでしまったような夢でした。大牧場を経営する富裕層とその牧場で犬のように働かされる貧民層。そんな牧場に、遠足のように見学に来ているあたしたちはいったいどちらの側の人間なのでしょう?

いろいろ考えさせられる夢でした。さすがに、人間自体を家畜のように飼うところまでは行っていませんが、この世界が進んだら、いずれそういう事態も起こるのではないか、そんな気もします。

色彩のセンス

承前。

本の装丁に関して、しばしば社内の同僚と意見が異なるわけですが、それって子供のころからの育った環境のせいなのでしょうか?

と考えていたら思い出したことがあります。

小学校の何年生だったか忘れましたが、授業参観があったときのことです。たぶん二学期に入ってからのことだと思いますが、先生があたしたち生徒に「夏と言えば何色をイメージしますか?」という質問をしました。最終的にアンケートを取ったのかは覚えていません。あたしの他に何名くらいの生徒が答えたのかも記憶にはありません。

覚えているのはただ一つ、あたしも先生に指名されて答えたのですが、その答えは「茶色」というものでした。

夏と言えば茶色。

これって小学生の答えとして正解なのでしょうか? 今にして思うと、先生は太陽の赤、海の青、ひまわりの黄色、といった色を答えることを期待していたのかも知れません。しかし、あたしの答えは茶色です。

そのことをよく覚えているのは、家に戻ってから授業参観に来ていた母親に「なんだってお前は茶色なんて答えたんだ」と言われたからです。あたしとして、何のおかしなところもない、至極まっとうな答えのつもりだったのですが……

あたしの頭の中では、夏休みに林の中でカブトムシやクワガタムシを捕った思い出が残っていて、その虫の色が、黒光りと言うよりは茶色、焦げ茶だったこと、林の中の地面は土なのでやはり茶色、カブトムシなどを留まらせるための木も茶色、という風にとにかく茶色のオンパレードだったのです。

夏と言えば茶色に何の疑いを挟む余地はありません。

この夏の思い出、色彩センス、やはり他の児童とは異なっていたのでしょうか?

あたしのセンス

とある本の装丁。

あたしはそんなに悪い装丁ではないと思っていたのですが、ある書店で、書店員の人(一応付言しますと女性です)と話していたら、「ダサいよね」と言われました。

ああ、そうか。あの装丁はダサいのか、とちょっと驚き。

ところが、そんな記憶も覚めやらぬうちに、こんどは勤務先の同僚(こちらも女性)と、やはりその本の話をしていたら、装丁がダサいとの意見。

うーん、どうしたことでしょう。

センスというのは十人十色、人それぞれ感じ方があるわけですから、他人に合わせる必要なんてなく、自分が好きなものを好きだと思っていればよいのだと思います。

しかし、あたしの知り合いという共通項はあるものの、全く面識、接点のない女性二人が口を揃えて「ダサい」と評した本の装丁、これはやはり多くの人に聞いても「ダサい」という評価になるのでしょうか?

だとすると、それはつまり、あたしの感覚がおかしいということですか?

考えてみますと、勤務先で新刊の装丁を検討するとき、担当編集者がいくつかラフを持ってきます。数名でああだこうだ言い合うわけですが、多くの場合、あたしの意見はみなの賛同を得られません。ですから、あたしの意見は片っ端から却下されるわけです。

あたしは別にそれほど特殊な生まれでも育ちでもありません。ごくごく普通に育てられたと思うのですが、どうしてこんなにも他の人と感覚が異なるのでしょう?

あたしはフツーだと自分では思っているのですが……

重陽の命日

9月9日です。

世間的には北朝鮮の独立記念日で何かが起きるのではないかということで持ちきりですが、あたしにとって今日は父の命日です。もう何年になるでしょう? 二十数年まえのことです。確か雨の月曜でした。そして、父の命日というのは、父の母、つまりあたしの祖母の命日でもあります。祖母は父が小学生のころに亡くなっているので、父も薄ぼんやりとした記憶しかないようで、もちろんあたしは逢ったこともありません。確か父の遺品の中に古い写真が一枚残っていただけのような……

そんな命日が重なる今日は、お隣、中国の指導者、毛沢東の命日でもあります。その後も紆余曲折がありましたが、事実上、文革が終息を迎えた契機になったのが今日ではないでしょうか? もう主席が生きていればこその文革でしたから……

 

なので、新刊『文化大革命 〈造反有理〉の現代的地平』などを手に取っていただきたい日でもあります(汗)。それにしても、中国国内ではどうなのでしょう? まだまだ文革時代の負の歴史を大っぴらにできないようなところがありますね。日本には歴史を直視せよと言いながら、自分たちは文革も天安門事件も国民には真実を知らせずでは構成とは言えないと思います。

それはともかく、ずいぶん前に古書店で見つけて、こんな本を買っていました。文藝春秋の臨時増刊です。

奥付を見ると1973年の刊行です。ちょうど日中の国交が回復された後ですね。そういった国際情勢を受けての編集、発行だと思われます。

巻頭、カラーグラビアの後には毛沢東の評伝が載っています。執筆は竹内実さんでした。この時点では、まだ毛沢東の真実、文革の負の面は日本に伝わっていなかったのでしょうか?全体的には日中友好を前面に打ち出した記事ばかりが目につきます。いわゆる、日中蜜月のスタートですね。

海老名とか厚木とか

営業回りで時に厚木の方へ行きます。小田急線です。

厚木の書店だから厚木駅で下りるのかと言えばさにあらず。下りる駅は本厚木です。初めての人は間違えて、厚木駅で下りてしまうのではないでしょうか?

なんで厚木と本厚木があるのでしょうね? 厚木駅の方はJRとの乗換駅で、JRが先に厚木を名乗ってしまっていたから、小田急としてはJRに従い、その次の駅を本厚木(=本物の厚木?)と名づけたのではないでしょうか? このあたり、小田急線を取り上げた本に書いてありそうな話題です。

しかし、だとしても、JRはなんで厚木って付けたのでしょう? あそこ、厚木市じゃなくて海老名市のはずなんですけど……(汗)。まあ、こういうのって、品川区と品川駅のように、JRではよくあることなのでしょうか?

で、あたしが言いたいのは厚木駅の名前がどうの、ということではありません。午後から営業回りに出ますと、だいたい本厚木と海老名の書店を回って時間的には終わりです。そこから中央線の国分寺駅の方へ帰るわけですが、例によってどのルートを使うかです。

基本的にあたしは、小田急線で登戸へ出て、南武線の府中本町経由武蔵野線、そして西国分寺乗り換え、というルートを選択するのですが、小田急線、しばしば快速急行が来ます。快速急行は登戸に停まらないので、そのまま下北沢まで行って井の頭線経由で吉祥寺乗り換えの方が早いのでしょうか、という疑問を常に持っています。

が、この厚木や海老名に来たときには、相模線を使う方が早いのではないかという思いも抱いております。地図上で見ても、ほぼ一直線に北上して八王子、そして中央線ですから非常に簡単です。

ただ問題点がありまして、相模線は本数が極端に少ないことです。小田急線の何分の一でしょうか? それに厚木あるいは海老名で乗ってもほとんどが橋本で横浜線に乗り換えないとなりません。この横浜線も決して本数が多いとは言えません。橋本駅でうまいこと乗り換えのタイミングがあるのかどうか、それも不安です。

そして、対勤務先的な問題は、これがたぶん一番交通費のかかるルートだと言うことです。やはり経費節減の折柄、できるだけ安く済ませたいところ。劇的に所要時間が異なるならともかく、相模線ルートを使ったとしても、さほど早く帰宅できるとは思えません。

となると本数の多い路線を選ぶのが順当だろうと判断して、あたしは毎度小田急線で新宿方面へ向かうのです。