朝日は久々?

本日の朝日新聞読書欄で『ヒトラーの裁判官フライスラー』が紹介されました。

彼らのような人々が戦後ほとんど罪に問われず復活を果たしているという事実は、満洲帝国の官僚やB級、C級戦犯が政界に多数進出した日本の戦後にも通じる気がします。

それにしてもおぞましい歴史です。日本も現在再び同じような道を歩んでいるのではないか、そんな気もします。

そしてガラッと変わってこちらは桜庭一樹さんによるシェイクスピアの紹介。

取り上げられている書影はUブックス版の『ハムレット』です。

    

いくつも翻訳は出ていますが、シェイクスピアが紹介されるときはUブックスが多いです。やはり小田島訳がスタンダードなのですね。

ナチと司法

こんどの朝日新聞読書欄で『ヒトラーの裁判官フライスラー』が取り上げられる模様です。となると、一緒に並べて欲しいのが最新刊の『ナチ強制収容所における拘禁制度』です。

 

ウェブサイトの内容紹介によりますと、前者は

ローラント・フライスラーは、ナチス政権下で政治犯罪を扱う国家最高審「人民法廷」で長官を務め、無数の死刑判決(ほとんどが見せしめ裁判)を下した、悪名高き人物だ。本書は、新史料や司法関連文書に基づいて、独裁者に仕えた「血の裁判官」フライスラーの実相に迫り、ヒトラー体制下と戦後ドイツの司法界の闇を暴く、戦慄の書だ。歴史的な裁判として、ナチス抵抗運動の青年グループ「白バラ」の被告人たち、1944年7月20日の「ヒトラー暗殺未遂事件」の被告人たちに、死刑判決を下し、即時執行……という顛末を再現する。時には被告人のベルトやネクタイを取り上げ、容赦なく貶め、感情的な大声で罵倒したというフライスラーは、1945年2月、人民法廷の中庭を横切っていた際、ベルリン空襲の爆弾の破片が直撃し、急死する。本書は、ナチス・ドイツにおいて司法の独立性が奪われ、政治の道具になっていく経緯とその恐るべき帰結を鮮烈に描き出し、現代にも問いかける意味は重い。著者はドイツの高名なジャーナリスト。著者特別寄稿「記憶と忘却について 日本語版読者の皆さまへ」と、「死刑判決文」・史料多数を収録。

とあり、後者は

「ナチ強制収容所」といえば、看守たちによる恣意的な暴虐が横行していたという先入観が強い。しかし本書では、そのような見方を退け、実際には細部にまで及ぶ詳細な「拘禁制度」が存在し、規範が厳格に適用された結果の「地獄」の実態を、気鋭の法学者が精緻に分析する。様々な規範(懲戒、強制労働、配給食、郵便、死刑制度)を、記録文書をもとに綿密に追っていくが、概ね規則正しく運用されていたことが分かる。強制収容所があくまでも通常の国家機関であるように見せるため、被収容者には労働法を適用させるかのように各種手当が支給されたり、売春施設に行くことが許された特殊なケースもあった。強制収容所からの生還者、フランス・レジスタンスの闘士でもあった、世界的大ベストセラー『怒れ! 憤れ!』の著者ステファン・エセルは、本書に寄せた「序文」で、「法学者ならではの厳密さで、拘禁される者たちが収容所に到着するところから、彼らの死体が焼却されるための手続き、その灰がどのように処分されるかを細かく定める拘禁制度を、ナチの官僚的手順に沿って再現してみせる」と述べる。まさに「規制された地獄」の本質に迫る、斬新かつ戦慄の論考。

とあります。いみじくも、どちらにも「戦慄」という言葉が使われています。

たぶん、両者を併読すると、ナチにおける司法、という側面が見えてくるのではないでしょうか?

もちろん書店店頭では、『私はホロコーストを見た(上)』『私はホロコーストを見た(下)』や『14歳のアウシュヴィッツ』なども併せて展開していただけると嬉しいです。

それにしても、わが勤務先ながらヒトラーやナチ関連書籍がなんでこんなに多いのでしょう?

まだまだ続く?

今朝の朝日新聞読書欄に『モラル・ハラスメント』が載っていたのにお気づきでしょうか?

新書の紹介コーナーですから、一般的には「書評が載った」とは言わないのかも知れませんが、「読書欄に載った」と言うぶんには嘘ではないですよね?

ちなみに同書は、たいていの書店では「文庫クセジュ」の棚にひっそりと置かれていることがほとんどで、そもそも文庫クセジュの棚があるだけマシ、多くの場合、新書の新刊が雑多に置かれているところに紛れ込んでいることが多いのではないでしょうか? こういうタイトル、内容の本ですから、心理学とか社会問題とか、そういったコーナーに置いてもらえると嬉しいのですが、なかなかそういう置き方をしてくれている書店は多くありません。そこはあたしたち営業部の腕の見せどころなのかも知れませんが、逆に心理学などの棚では似たようなタイトルの本があまりにも多くて、却って埋もれてしまいそうな気もします……

さて、話は変わって今朝の朝日新聞の別刷beに載っていたフランスのベストセラー。日本で翻訳の出ているものは少ないようですが、一点気になったものが……

それはペナックのマロセーヌ・シリーズです。実は、あたしの勤務先から何点が刊行しています。

 

人喰い鬼のお愉しみ』と『ムッシュ・マロセーヌ』です。もう数点あったような気もしますが(『カービン銃の妖精』と『散文売りの少女』)、現在在庫があるのはこの二点になります。後者の内容紹介には

マロセーヌ君、表の顔は出版社社員、裏では地上げ屋から町を守るため奮戦中。最愛の恋人から妊娠を知らされたと思ったら、連続殺人犯の濡れ衣をきせられて?! シリーズついに完結。

とあるのですが、フランスで最新刊が出ているということは、マロセーヌ・シリーズ完結していなかったということなのでしょうか?

その男、謀殺されるためだけに生きたのか?

お陰様で『張作霖』が好調です。このペースであれば重版も見えてくるのではないか、そんな感じです。

 

まだ主要紙での書評や紹介記事はありませんが(あるかどうかもわかりませんが……汗)、週刊新潮の最新号でひとつ紹介が載りました。

いやー、中国史を特に専門としてない方の、張作霖イメージというのはこんなところでしょうね。そんな人がこうまでハマってしまうとは!

なお、同著者の前著『覇王と革命 中国軍閥史一九一五-二八』も併読していただけると、この時代が更に立体的に理解できると思います。

地味に二つほど……

今朝の朝日新聞の読書欄。あたしの勤務先の本が二点ほど紹介されていました。

 

まずは文庫クセジュの『レジリエンス』です。恥ずかしながら、本書を刊行するまで「レジリエンス」という言葉、知りませんでした。もともとは物理など科学用語だったようですね。それが心理学などに使われるようになったようです。

「折れない心」とか、そういう意味のようです。まあ、あたしには関係ない言葉ですね(笑)。それにしても、科学用語としてはわかりませんが、自己啓発とか心理学などのコーナーへ行くと、この「レジリエンス」を冠した本がずいぶんとたくさん出ているのに驚きます。いま流行りの言葉なのでしょう。

 

続きましては『アブサンの文化史』です。決して水島新司のコミックの関連書ではありません。飲み物としてのアブサンの本です。名前は聞くけどどんなものかよく知らない、という人は多いと思います。そして実はアブサンに関する本って日本ではほぼ皆無な状態。本書は図版も豊富ですので、そんなアブサンに興味をお持ちの方にピッタリですし、西洋文化史に関心をお持ちの方にもお薦めです。

 

最後に、同じ紙面で、これは他社のものですが、『洞窟ばか』という本が紹介されていました。洞窟探検って欧米ではケービングとしてかなりメジャーなスポーツのようです(スポーツと呼んでよいのかわかりませんが)。欧米の映画などでは、仲間どうして洞窟探検に出かけ、そこで閉じ込められて恐怖の体験をするとか、決死の脱出劇を試みるとか、そういった設定のものがしばしば見られますが、それはケービングが一般的であるという背景があるからのようです。

そんな洞窟探検、文庫クセジュに『洞窟探検入門』という一冊がありますので、是非ご一緒に! ちなみに「洞窟探検」は「探険」がよいのか、「探検」の方がよいのか……

いろいろ出てます@朝日新聞

今朝の朝日新聞の一面下欄、広告が出ています。

掲載書目は『鬼殺し(上)』『鬼殺し(下)』『美女と野獣[オリジナル版]』『アブサンの文化史』、そして文庫クセジュの『レジリエンス』でした。

 

  

どれもピチピチの最新刊ですので、よろしくお願いします。そして読書欄です。

今回は残念ながら取り上げていただけたものはありませんが、情報フォルダー欄で『カラー版 神のかたち図鑑』を紹介いただきました。

 

なお同書は既刊『神の文化史事典』の姉妹編ですので、併せて是非!

 

ところで今回の書評欄に載っていた『ロックフェスの社会学』が気になります。ミネルヴァ書房のサイトには

「ロックフェスティバル」と呼ばれる音楽イベントが日本で存在感を放つようになって久しい。ロックフェスはそれまでのコンサートやライブとはどう異なるのか、本書は豊富なフィールドワークの知見をもとにその構造と新奇性を分析するとともに、2000年以降の日本社会の変化とフェスの隆盛を関連づけ、現代の祝祭をめぐる個人と共同体のパラドキシカルな関係を問う。

とありますが、あたしの勤務先から出ている『音楽祭の戦後史』と併売したら面白いのではないかな、なんて気がするのですが如何でしょう?

最後は別刷beの記事。泉京鹿さんが中国のベストセラーを紹介していますが、その中に『父を見送る』があります。あたしの記憶が間違っていなければ、本書は中国ではずーっと売れ続けていますよね。龍應台はもう一冊ランクインしていますし、あちらでは相当な売れっ子のようです。

このランキングに同じく二作品がランクインしている大冰って、たぶん日本では全く紹介されていないと思うのですが、すごい人気なのでしょうか? あたしも初めて目にする名前です。

鳥だけど鳥じゃない?

今朝の朝日新聞で『オはオオタカのオ』が紹介されました。

 

先週の日本経済新聞に続いての紹介となります。

 

上の画像は、左が朝日の記事で、右が先週の日経の記事。

どちらも詩人の方が評してくださっていること、その表現を褒めてくださっていることは偶然ではないと思います。お二人とも「人間ではないとはどういうことか」の部分を引用されているのも、やはり偶然ではないでしょう。

さて、このことからわかること、それは本書が書店で置かれる場所です。

たぶん、このタイトルですから、多くの書店では「鳥類」の棚に置かれているのではないでしょうか? それはそれで正解です。ただ、一般に書店の「動物」の棚は図鑑的なもの、写真集的なもの、そして飼育の仕方や生態を扱ったものが中心で、こういった読み物、特に翻訳物は置かれていないことが多く、置いてあっても少し違和感を感じるものです。

もちろん、このような読み物をしっかり揃えている本屋さんもたくさんありますが、棚の数に限りがある以上、何を棚から外すかと考えたとき、この手の書籍が真っ先に抜かれる運命にあるとも言えます。

しかし、先週と今週、二週にわたって掲載された書評を読んでいただければおわかりのように、本書は上質のノンフィクション、人の生き方を考えさせる本であります。ですから「文芸」コーナーなどに設けられている「ノンフィクション」の棚の方がしっくりくるものだとわかります。

入荷してからまったく売れていないんだよね、という書店の方、ちょっと置く場所を変えてみては如何でしょうか? ちなみに本書の原書はベストセラーだそうです。洋書を扱っている書店の方は、是非、原書と一緒に並べてみてください。装丁というか装画は同じです。

ちなみに、こんなの作ってみました!

動物セラピーとはちょっと違うようです

オはオオタカのオ』が、本日の日本経済新聞で紹介されました。

父を亡くした著者、その心の空白を埋めてくれたのが飼っていたオオタカだったというノンフィクション。一見すると動物セラピーのような感じにも思えますが、ちょっと違うようです。治療という側面は弱く、自分の生き方を見つめ直す、という感じでしょうか?

 

似たようなものとしては、好評だったノンフィクション『哲学者とオオカミ』が思い出されます。

こちらは別に心の空白を埋めたわけではなく、飼っていたオオカミの生き様からいろいろ考えさせられたというところです。

両書とも、配本された当初は本屋さんの「動物」のコーナーに置かれていたかもしれません。それはそれで間違っていないのですが、この手の本は「ノンフィクション」とか「生き方」といった棚に並べてもらった方がよいのではないか、とも思います。これを機会に是非よろしくお願いします。

シェイクスピアはやはり小田島訳!

昨日の朝日新聞夕刊です。

 

シェイクスピア劇が二つ上演されているようです。『リチャード三世』と『ヘンリー四世 第一部』『ヘンリー四世 第二部』です。

  

どちらも小田島訳と書いてありますが、つまりは白水Uブックス版ということです。

広告と書評と

朝日新聞に『第三帝国』の書評が掲載されました。水曜日の予告どおりです。

「第三帝国」なんて書名ですが、戦争小説ではありません。この「第三帝国」はゲームの名前です。刊行から少し時間がたっていますが、お陰様でよく売れています。そろそろ売れ行きも落ち着いてくるころでしたから、今回の紹介でもう一度息を吹き返してくれるのではないでしょうか? と期待しています。

で、そんな朝日新聞の読書欄のページですが、下欄にこんなものが!

あたしの勤務先の広告です。一面下の、通称サンヤツに載せることが多いのですが、本日は何と半分を占める大きな広告。ちょっと力が入っていますね。