順番に伝わったわけでは……

最近のニュースの中で個人的に気になったのは、北朝鮮のケソン工業団地のニュースです。

とりあえず、ケソンと書きましたが、ニュースでは「開城」と表記されていることが多いですよね。つまり「開城」の朝鮮語読みが「ケソン」なんでしょう。とすると、「開」が「ケ」で、「城」が「ソン」ですかね?

さて、漢字は中国発祥で、朝鮮半島から日本へ伝わったものと考えられています。当然、文字だけでなく、その発音もそのように伝わってきたものだと思われます。だとすると、伝わった当時の中国での発音に最も近いのが朝鮮での発音、そこから伝わった日本の発音は原音からは離れてしまっている、と考えるのが妥当だと思われます。つまりは伝言ゲームの要領です。伝えられるうちに、だんだんと変容していくということです。

ところが、現在の発音で比較すると、「開城」は中国語では「カイチョン」、日本語なら「カイジョウ」です。現在の発音で比較するのは学術的ではないかもしれませんが、「ケソン」も現在の発音ですから、開き直ってこの三者を比べると、中国の発音と日本の発音の方が近く、朝鮮の発音の方が遠い、という印象を持つのはあたしだけではないと思います。

もちろん、日本への漢字の伝来は必ずしも朝鮮を経由失せず、東シナ海を渡って直接もたらされたことも多々あったでしょうが、伝播全体を100とすれば、90くらいは朝鮮半島経由だと思うのですが、どうでしょう?

そういう点から考えると、この「開城」の発音の伝播と、その後の各国での変化は実に興味深い現象だなあと、ニュースを見ながら、聞きながら思うのでした。

今でしょの東進

「今でしょ!」のCMで一躍有名になった感のある東進ハイスクール。予備校と言えば代々木ゼミナール、駿台予備校、河合塾という御三家に比べ後発でしたが、いまやこれらに並ぶ勢いではないでしょうか(←受験予備校業界に詳しくないので、シェアなど勢力図の詳しいことはわかりません)。

とはいえ、そもそもあたしなどからすれば東進ハイスクールという言い方に違和感があります。あれは東進スクールでしょ、というのが素直な意見です。

東進スクールは大学受験ではなく、中学の補習、高校受験のための塾として、杉並で生まれたと記憶しております。当初は西荻窪や荻窪にしか教室はなかったのではないでしょうか?

なんでそんなことを知っているのかというと、あたしがちょうど中学の頃に流行りだしたからです。当時あたしは杉並に住んでいて、区立の中学に通っていました。もう30年近く前の話ですから、今とはまるっきり状況が異なりますが、当時はクラスで塾へ行っている生徒は少数派でした。頭のいい子は塾になんか行かなくてもできる、逆に塾へ行くのは出来の悪い子というのが相場でした。もちろん本当に出来の悪い子は塾にすら行かなかったわけですから、塾へ通っていたのはクラスでもトップグループではなく、その次やさらにその次のグループが主でした。「お前は頭が悪いから塾へ行かないとならないんだ」というのが常識のような時代でした。

で、その当時の東進スクールには大学受験のための、高校生向けのハイスクールはまだなく、あくまで中学生用の塾だったのですが、クラスの通っていた連中の話では、できないと殴る、叩くということもあったという話です。もちろん暴力的な殴り方ではなかったでしょうし、当時は先生ができない生徒を叩くというのは非難されるような時代でもなかった、殴られるような出来の悪い生徒の方が悪い、殴られるには殴られるだけの理由が生徒の側にあったのだろう、という考え方が主流の時代でしたから、それをどうこういう人もいませんでした。

結局、あたしはもちろん東進スクールには行かず、「ふーん、そんなスパルタな塾なんだ」という感想を持ちながら、高校・大学時代を過ごし、ここ数年、東進スクールが東進ハイスクールにスケールアップして有名になっていることに、なんと言えないもやもやしたものを感じるのです。

 

富士山はどこ?

日本のシンボル、富士山の世界遺産登録が間近です。書店でも富士山の写真集など、いろいろコーナーを作っているところもあるようです。

が、今こうして関西にいますと、東京とは温度差を感じます。

場所によって異なりますが、ほぼどこからでも富士山が見える東京と、日常的に肉眼で富士山を見ることのできない関西とでは、やはり富士山に対する思い入れも異なるのでしょう。見えないからこそ思いは募る、という人もいるかもしれませんが……

温度差と言えば、オリンピック招致もそうです。

東京はオリンピック招致を目指して(反対派もかなりいますが)、街中にポスターやステッカーが貼ってあります。ところがこちら関西ではそういったものを目にすることはほぼありません。東京がオリンピックの候補地として立候補していることも、あまり知られていないのではないか、というくらい話題に上りません。

これが現実か。国土の狭い日本でもここまで意識の差があるのですね。

伊勢丹の二の舞?

大阪に来ております。やはり話題はグランフロントです。

が、あまりいい話は聞きません。紀伊國屋書店さんがどうの、というのではありません。グランフロントが、というレベルです。

こんな記事が既にネットに出ていますが、この客単価、本当なのでしょうか? これではコンビニよりも安いのではないでしょうか? とても鳴り物入りでオープンした商業施設だとは思えません。

書店の方と話していると、高級に作りすぎたのではないかという意見が複数聞こえてきます。それってグランフロントの目の前にある三越伊勢丹と同じこと、二の舞ってやつではないでしょうか? 大阪の人がケチだとか、そういうことを言いたいのではありません。どうも大阪の人は作り込んだ高級感を嫌う傾向があるような気がします。

とはいえ、人の流れが変わりつつあるのも確かなようで、いつまでも大阪人が高級品は買わないというわけでもないでしょうから、そのうちじわじわと売り上げも上がってくるのではないかと期待したいところです。そうなると、三越伊勢丹もまた盛り返せるかもしれないですね。

侵略

維新の橋下の侵略の定義云々。

安倍首相も同じようなことを言っていましたね。侵略の定義は学界でも定まっていないとか。

学界で定まっているのか、いないのか、それについてはあたしもわかりませんし、知りませんが、少なくとも自衛だろうがなんだろうが、他国の領土に軍靴で踏み込んでいき、無辜の民に多くの犠牲を強いた行為はやはり侵略なのだと思います。今は亡き大学時代のあたしの恩師は、満州事変までは侵略ではなかったが、そこから後は侵略だったとおっしゃっていました。当時のあたしには、その理由や恩師の存念を深く尋ねるほどの知識を持ち合わせていなかったのが悔やまれます。

うかうかしているとロシアが北から攻めてくる、それを食い止めるためにはなんとか朝鮮半島や中国東北地方(満洲)には踏ん張ってもらわなければならない。それなのに、朝鮮も中国(清朝)も、あまりにも頼りなく、国家の体をなしていない、それならやむを得ない、日本みずからが出ていかなければ……

個人的には、そういう当時の日本人の心象は理解できますし、帝国主義に邁進する各国の中で日本が生き延びるためにはやむを得ない選択だったとも思います。もちろん他の選択肢がなかったのか、もっと他にも方法ややり方はあったのではないかという意見は当時もあったことだと思いますし、結果的に選択した方法がベストであったのかは判断しかねます。

でも、そういうことは歴史学者が考えること、語ることであり、現在を担う政治家が言うことではないと思います。少なくとも政治家は歴史を語るよりも、現在と未来に責任を持つべきだと、あたしは思います。

友だちにはなれません

言わずもがな、本日は東日本大震災からちょうど二年目。テレビや新聞では特集報道がなされています。

テレビの特番などすべてを見られるわけではありませんが、あれって基本的には関東キー局が製作しているんですよね? それってどうなんでしょう? そりゃ資金にしろノウハウにしろキー局がリードしないと作れない部分はあると思いますが、なんとなく「東京目線」「第三者目線」の番組になってはいないでしょうか? やはり地元のテレビ局、放送局が作ってこその特番ではないかと、あたしは思うのですが。

さて、その東日本大震災ですが、あたしは実はあまり切実な体験をしていません。別に西日本へ出張とか、海外へ旅行に行っていて揺れを体験していないというわけではありません。ちゃんと関東にいました。ただ、ふだんいる場所とは異なる場所にいたので、どれくらいの揺れだったのかが把握できていないのです。いつもの場所にいてあの揺れを体験すれば「いま暮らしているこの世界が終わる」という感覚を味わえたのかもしれませんが、あいにくと非日常的な場所にいたので、ほとんど揺れの規模がつかめないのです。

あたしの体験については当日のダイアリーに書きましたように、不幸中の幸いという言葉がピッタリ、あえて言えば、悪運が強いという感じで、世間が大騒ぎするのほど地震だったのかという思いが強いです。もちろん、途中の川越駅での混雑などは目撃していますが、あのくらい人身事故が起きればありえる範囲の状況だったと思います。比較的スムーズに帰宅できたので、本当に運がよかったと思います。

だからなのですが、結果的に、東北の被災した人たちの気持ちが、今一つわかりません。哀しみなり、喪失感なりを共有しようにも、そういう感情を持ち得ていないので共有のしようがありません。たぶん、否、きっと、あたしは震災の話を東北の方々としたら、肝心なところでわかり合えないと思います。相手の気持ちを忖度するというのはあたしがもっとも苦手とすることですので、いくら言われても慮ることができません。

つまり、東北の人とは友だちにはなれない、そう思うのです。

 

確かに困るけど……

昨日の朝日新聞の海外特派員のコラム「特派員メモ」で、パリからオルセー美術館を参観した失業中の父親とその子どものエピソードが載っていました

内容はわからなくもないです。

コラムにあるような、不清潔・不衛生からくる悪臭は、確かに美術館に限らず、いろいろなところで鼻につきます。浮浪者がそばを通るだけで、ツンと来るあの独特の臭い。早くどっかへ行けと心の中で叫んだことは一度や二度ではありません。

その他にも、香水などのきつい臭い、タバコなどの臭いなど、数え上げたらきりがないほど、悪臭というか、異臭だらけですね。

このコラムでは、子どもが美術館に悪い印象を持ったまま大人になってしまうことを心配して締めくくられているようでしたが、あたしの感想はちょっと違います。

ボランティアの人がせめてもの慰めに親子を美術館へ連れて行ったのでしょうけど、連れて行くなら、まずは風呂屋ではないでしょうか? 日本のように銭湯などがあるのかどうか知りませんが、美術館へ連れて行く前に連れて行くべきところは他にあったのではないでしょうか? あたしはそう感じました。

ちなみに、先日のことですが、ある書店で欠本チェックをしておりましたところ、おならのような臭いが……。周囲には若い女性がいるだけ。あたりには「いかにもおならをしそうな」人はいません。となると、やはり<犯人>はこの女性なのでしょうか?

若い女性だからといって街中でおならをしないとは限りませんから、偏見を持ってはいけないのでしょうが、それとも更に周囲の人は、おならの臭いの原因はその女性ではなく、あたしだと思っていたのでしょうか?

嗚呼、冤罪!

ハグ?

朝日新聞にデカデカと広告が出ていたので気づかれたと思いますが、1月31日は「愛妻の日」なんだそうです。日本愛妻家協会が制定しているそうです。この日は夫婦でハグをしようということらしいですが……

そもそも、愛妻家協会ってなんなのよ、という気がします。そりゃ、奥さんを愛するのは自由ですけど、わざわざ愛妻家協会って、いったいどういうつもりなんだろう、と思っちゃいます。

でもって、お節介にも、みんなで一斉にハグしようなんて、相手のいない人はどうしたらいいのでしょう?

いや、これはもちろん、あたしがひがんでいるだけだというのは重々承知しています。あたしに奥さん、とは言わないまでも、恋人、いやいや、せめてガールフレンドでもいれば、こんなひねくれた感想を抱かないのでしょうけど、お陰様であたしは生まれてこの方、ステディな異性というもの持ったためしがないもので、その手の感情にはとんと理解が及びません。

それにしてもこの運動、というか、キャンペーンというのか、とにかく「ハグしよう計画」、いったいどれくらいの人が参加するのでしょうね? あたしは自宅の柱にでもしがみつきましょうかしら?

雪かき

たぶん首都圏の交通網が大混乱になったので、全国的に報道されていると思いますが、昨日の東京は大雪でした。ニュース番組で、街頭インタビューを聞いていると「こんな大雪になるとは思わなかった」と言っている人が多かったです。でも、ニュースや天気予報では確かにまとまった雪になることは伝えていました。きちんと確認していなかったあんたが悪いだけだよ、とテレビに向かってあたしはつぶやいていました。

ただ、街の人をあえて弁護するなら、天気予報では確かにまとまった寮の雪になるとは言っていましたが、降り始めは午後、あるいは夕方からという言い方をしていましたので、それを信じて朝から出かけていた人も多かったのではないでしょうか? あるいは東京から地元へ帰ろうと考えていた人とか。

ところが、雪は午前中から降ってきました。都下にあるわが家の方では9時くらいから雪になっていましたし、10時、11時にはもう本格的な雪、これは積もるぞという勢いで、現に積もり始めていました。この時点で出かけていた人も不要不急であれば帰宅するべきだったかもしれません。昼くらいまでならまだ電車も普通に動いていましたから。

さてその雪ですが、ふつう雪が積もっても、少し小降りになったら雪かきなどするものです。あるいは雪がやんだら家の前とか通りの雪かきをするものですが、昨日の場合、雪がやんだのは夕方でした。この時季ですから夕方もあっという間に暗くなってしまいます。とても雪かきなどするような時間はなかったと思います。それに加え、昨日の場合、雪がやんだのではなく、夕方になって雪から雨に変わっただけで、雨が降っていてはとても雪かきなどする気も起きないというものです。

そのせいか、今朝はあまり雪かきが十分できていないところが多かったです。仕方ない面もありますね。

ただ、わが家の近所、どうも一部の家は、雪かきをしようという考えがないようです。今回に限らず、毎年雪が降っても全くやろうとしません。自分の家の前だけでなく、少しはみんなが通るところも雪かきしておこうという親切心のかけらもない人が多いようです。それでもまだ戸建てはよい方です。自分の家の前はやる人がいます。それが繋がっていけば、いちおうは雪かきされた道ができます。

しかしマンション、アパートなどでは誰もやろうとしないところが散見されます。そういうところの住人って、イマドキの常識知らずの若い人が多いのでしょうか? それとも雪かきなどできそうもないお年寄りが多いのでしょうか?

また地震

夕方、地震がありましたね。ちょっと大きくて長い地震でした。

あたしはちょうど、とある書店で営業していて、仲の良い書店員さんと話をしているところでした。

最初は店内をドタドタと走っていた数人の高校生のせいかと思いました(←別にその書店が、そんなに安普請の店舗だと思っているわけではありません)。ただ、それにしては長いし揺れも大きいので、「あ、地震だ」と認識した次第です。

書店の人たちは、やはり3・11で棚から本が落ちてきたり棚が倒れたりした記憶が思い起こされるのか、一様に怖がっている感じを受けました。あたしはと言いますと、3・11以前も以降も、別に地震は怖くないです。3・11だってもちろん体験していますが、それほど怖い思いをしていないので、多くの人よりもあの地震が大きかったという印象がないのです。

なんどかブログにも書きましたが、あの日あたしはトーハンの桶川の倉庫にいました。仕事で何度か行ったことはありますが、日常の仕事とはかなり異なりますし、日常仕事をしている環境ともずいぶんと異なる場所であります。つまり、そもそもが非日常的な状況に置かれていたので、地震によって一瞬にして日常が壊れる、という体験をしていないのです。なおかつ、比較的頑丈に作られている倉庫ですから、物が倒れてきて下敷きになる、といった怖さもありませんでした。

というわけで、あたしは幸いにも3・11を、ある意味、体験していないのです。余震が揺れようが、あの時の怖さを思い出すということはありません。ここに、東北や東京の多くの人との断絶を感じます。