ああ、眠い

今日は会社(営業部)の忘年会。

会場は新宿の高島屋最上階、天厨菜館でした。

名前でわかるとおり中華です。でも、全然コッテリしていなくて、お上品な味付けでした。なんとなく量が少なめかなと思っていましたが、最後の方はもうお腹いっぱい、満腹となりました。

肝心の夜景ですが、ちょうど新宿のサザンテラスを見下ろす個室ではありましたが、サザンテラスのイルミネーションがパッとせず、うーん、イマイチでした。

忘年会をやってしまうと、もう明日はお休みという気分ですが、まだまだ今日は火曜日。あと二日ある! それに明日は会議だ……(涙)

人は易きに流れるものか

書店で、宗教や文化史の棚が気になります。

カラー版 神のかたち図鑑』なんて書籍を刊行しているからです。本書以外にも神様や仏様、宗教的なシンボルの事典って意外とたくさん刊行されていて、種類が多いのに驚かされます。やはりビジュアルが大事ですね。

が、こんな本が一緒に並んでいました。

ご利益で見る日本の神様イラスト大図鑑』です。いかにも宝島社の本という感じ、神様のイラストはどれもアニメキャラのようで、イラストに関しては時代考証がされているとはとても思えません。

でも、このジャンルにちょっとだけ興味が芽生えたような入門者には、こういったタイプの本が売れるのでしょうね。日本の文学作品だって、カバー装画が萌えキャラっぽくなっていたりする昨今ですから。

でも、この本が宗教や文化史の棚に並んでいると、ちょっとどころか、かなりの違和感を感じます。

と思っていたら、すぐお隣の哲学・思想の棚にはこんな本がありました。

ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』です。「京都を舞台にした「実存主義哲学」入門のエンタメ小説」だそうです。

ニーチェとエンタメ? なんだそりゃ? というのが正直な感想ですが、やはりこういう風に敷居を下げ、間口を広げないと、哲学など人文科学に興味を持ってくれる人が減ってしまうという危機感の表われなのでしょうか?

こういった類いの本、あたしは一概に否定するつもりはありませんが、問題はここから専門書とか、いわゆる人文書と呼ばれる書籍に手を伸ばしてくれるような読者がどれくらいいるのか、ということだと思います。こういうのを読んでわかったような気になられたら、それはそれで困ったものだと思うのですが……

たぶん年明けまでは持つでしょう……(^_^;)

少し前に、年末年始用のお酒が届きました。全部で7本です。下の写真を見ると9本じゃないかって? 確かにそう見えますね。でも、右の2本は、手前の瓶が奥の箱に入っていたのを、あえて箱から出して写真に収めたので、ですから合計で7本です。

ちなみに、こういったお酒はすべて、母の故郷・新潟のお酒で、その故郷にある酒屋さんから購入しています。東京の酒屋では見かけない銘柄も扱っているので、年に何回か買っています。

基本は晩酌用です。お客が来るわけでもないので、ほぼすべてあたし一人で飲みます。一升瓶ではなく、720mlですので、一回で半分くらいは飲んでしまいます。飲み過ぎでしょうか? とはいえ、毎晩飲むのではなく、週末くらいですし、お正月休みだからといって昼間に飲むことはまずありません。

で、先日、まずはこちら「恵信」をいただきました。君の井酒造のお酒です。この名前、親鸞の妻、恵信尼から取っているのですよね? 君の井酒造のウェブサイトにも何の情報も載っていないので詳細は不明ですが、越後で恵信と言えば、これしか思い当たりませんから。今回初めて賞味するお酒です。

そして昨日開栓したのがこちら、「ぶなの露」です。これは武蔵野酒造のお酒です。そういう名前ですが、関東の酒舗ではなく、やはり新潟の酒舗です。ウェブサイトによると

ぶなの露は新潟県東頸城郡牧村の棚田で減農薬で米を栽培する生産グループ「深山の里の会」の5人の方々が丹精込めて育てた酒米五百万石を100%使用して造られた60%精白の特別純米酒です。原料水には同じく牧村に湧き出る伝説の名水「弘法清水」を使用しています。清らかな水の湧き出るぶな林と自然の残る牧村をイメージして醸しました。

とあります。この牧村が母の故郷です。このお酒は飲みやすいので、これまでにもずいぶんと飲んでいます。これほど気に入っているのですが、東京では本当にお目にかかれないですね。どこか飲ませてくれる居酒屋はあるのでしょうか。ちなみに、武蔵野酒造では春日山というお酒もとても美味しいです。

アマゾンのここがヘン?

近刊の『鬼殺し』は台湾の小説です。決してアルコール類の名前ではありません。

という冗談はともかく、《エクス・リブリース》シリーズの一冊で、上下本になります。それをネット書店で検索してみました。

  

上は左からアマゾン、紀伊國屋書店、丸善&ジュンク堂のサイトの検索結果です。あまり面倒な検索条件は付けずに、検索窓に「鬼殺し」と入れて検索していただけです。

 

そして上の二つは、左がセブンネット、右がヨドバシカメラのサイトの検索結果です。

一目見てわかるのは、アマゾンだけが本の画像が表示されています。これは出版社側が各サイトに手作業で登録するのか、はたまた各サイトがどこからか画像情報を入手しているのでしょうか? そのあたりの詳しいこと、あたしは知りませんが、出版元のサイトでは既に画像が表示されているので、これを使わせてもらえれば、どのネット書店でも画像を表示させることはできるはずです。やはり本を買うときに「ジャケ買い」ってありますから、発売前の予約段階で画像が表示されているか否かは、かなり重要なことではないでしょうか?

まさか出版社がアマゾンにだけは画像を早々と提供し、その他のネット書店にはまだ提供していない、ということがあるのでしょうか? うーん、そのあたりも、あたしはよく知りません。まあ、これだけたくさんの本が日々出版されているわけですから、ネット書店の担当者も一々チェックなどしていられませんよね。やはりロボットによる自動登録なのだと思いますが……

というわけで、こういう点を見ると、アマゾンがこのジャンルの雄であることが理解できます。しかし、この五つのサイトを見比べて、アマゾンについて気になることが一つあります。それは最初にも書きましたが、本書は上下本で、《エクス・リブリス》というシリーズの一冊(二冊?)だというのに、アマゾンだけは《エクス・リブリス》という表記が下巻にしか表示されていないことです。

他の四つのサイトでは、カバー画像こそ表示されていませんが、上下どちらにも《エクス・リブリス》という表記があります。上にも書いたように、こういうデータというか情報は機械的に一括登録されているはずなので、出版社が提供する元データで片方だけ抜けているということはありえないと思います。その証拠に他の4サイトではちゃんと表記されているわけですから。なので、どうしてアマゾンでは片方だけ抜けてしまっているのか? これは謎です。

アマゾンはこのようにヘンなところが時々見られます。もう少しなんとかならないものか、と思うのですが、やはり繰り返しになりますが、これだけ出版点数が多いと一つ一つのデータの精度をチェックしている暇はないのでしょうね。

「別に上下本の片一方にシリーズ名が抜けていてもいいじゃない」というのが多くの方の感想だと思います。そして「そんなことより画像が載っている方が重要」というのも多数意見なのでしょう。あまり目くじらを立てることでもないのですかね。

ちなみに、これが『鬼殺し(上)』『鬼殺し(下)』のカバー画像です。

チェルノブイリの祈りをわかっていただけますかねえ?

朝日新聞にインタビュー記事が載っていたのですが、スベトラーナ・アレクシエービッチさんが来日していたのですね。

アレクシエービッチと言えば『チェルノブイリの祈り』なのでしょうが、あたしはまだ未読です。もちろんタイトルどおり、チェルノブイリ原発事故を扱った作品だということは知っています。ただマスコミなどで現地の甚大な被害が報じられていても、あるいは放射能が大気中を流れて日本に押し寄せてくると言われても、どこか遠い国の出来事という感じでピンと来なかったのも事実です。

しかし日本も東日本大震災とそれに伴う福島の原発事故があって、当時はまるっきり他人事と思っていたチェルノブイリがものすごく身近に感じられるようになりました。で、最近、そんなチェルノブイリを扱った作品を読んだのです。それがこちら。

ジム・シェパードの『わかっていただけますかねえ』です。アメリカの作家の短篇集ですので、全編がチェルノブイリの話ではありません。この中の巻頭作品「ゼロメートル・ダイビングチーム」がチェルノブイリの事故を扱った作品になっています。

なんなんでしょう。淡々としていて、悲劇とか苦悩とか、そういったものは直接的には描かれていないような作品です。重大な事故を扱った作品なのに非常に静かな、不思議な味わいでした。どうぞ、一緒に並べてみてください!

ちなみに、この短篇集の中では、「エロス7」がやはりロシア(ソ連?)を舞台にした作品です。

 

ところで、岩波書店とコラボするなら『期待はずれのドラフト1位』と『もうひとつのプロ野球』なんてのも如何でしょうか?

忘年会とは

人文会の忘年会でした。

そして、ようやく忘年会シーズン到来です。

とはいえ、今年の忘年会は、あとは来週の会社(営業部)の忘年会のみですので、そんなに予定が立て込んでいるわけではありません。

そもそも、こういうオフィシャルな忘年会以外に気の合った仲間での忘年会といったものがないので、毎年せいぜい二つか三つです。

と書いてみて気づいたのですが、「気の合った仲間」というのが、あたしには存在しないですね(汗)。

昼下がり、小市民の倖せがそこかしこに花開いていた?

午前中、雨が降ったりやんだりの寒い中、母とお墓参りに行ってきました。別にお坊さんにお経を上げてもらうわけでもなく、ただお墓をちょっと掃除して、本来ならお花とお線香をあげるところですが、あいにくの天気なので今年は省略し、雑巾で墓石を磨いて手を合わせて終了です。

そして帰宅。最寄り駅の一つ、武蔵小金井で下りたのが12時少し前。駅前のイトーヨーカドーのフードコートでお昼でもべていこうということになりました。時間が時間なのでやや人は多かったですが、考えてみると今日は平日なので、土日のような混み具合ではなく、席も余裕で確保できました。

で、食事をしているときに周囲を見回すと、ほとんどが子供を連れたお母さんでした。上にも書いたように平日ですので、小学生や幼稚園児を連れたお母さんはほとんどいません。つまり連れている子供は赤ん坊やせいぜい3歳か4歳程度の子供ばかりです。そんな子供を連れたお母さんたちが、子供に食べさせながらおしゃべりに興じていました。

ヨーカドーのフードコートですから決して高い昼食ではありません。夫が立ち食いそばで我慢しているときに奥さんは優雅なランチ、という図とはほど遠い情景でした。でも、これくらいの子供を連れたお母さんというのは若いですね。20代後半から30代前半の人ばかりでしょうか? あたしから見るとガキに、それでは言葉が乱暴であれば高校生や大学生に見えてしまいます。それくらい若いなあと感じました。

数人で食事をしているお母さんのグループ。本当に仲が良いのか、腹の探り合いをしているのか、和やかな空気ではありましたが、うわべだけの付き合いなのでしょうか? もちろん一人で子供を一人または二人連れているお母さんも多く見られました。

少子化などと言われていますが、こうしてみると意外と子連れのお母さんがいるじゃないですか、と感じました。

そして、そんな光景を見ると、そういう家庭を築くことのできなかったわが身が虚しく感じられます。この歳ですから、いまさらあんな小さい子を持てるとは思えません。育てる自信のあるなしではなく、物理的に不可能でしょう。

正直なところ、羨ましいと思います。でも自分には無理、という諦めの気持ちが間髪を入れずに湧いてくるので、サバサバはしていませんが、なんとか自分の気持ちを押し殺しているという感じです。すべては自分の責任ですから、誰が悪いわけでもありません。

それにしても最終回を前にして急展開しそうなドラマ「逃げ恥」、主人公は36歳にして初めての恋、恋愛体験。このままうまく行けば子供ができるかも知れない展開です。よく「女性の場合、出産のリミットがある」と言われますが、子育ての体力を考えるなら男性にだってリミットはあると思います。いや、絶対にあります。そして、あたしはそのリミットをとうの昔に過ぎてしまっているという哀しい現実。

母が死んだら、妹が時々様子を見に来てくれないと、あたしが自宅で干からびて死んでいる、ということもあながち根拠のない話ではないと思います。

嗚呼、結婚してみたかったなあ。子供、欲しかったなあ。いや、せめて恋愛というものを人生で一度くらいは体験したかったと思います。

と言っても、あたしみたいな性格では相手が見つかるわけないんですけど……

お寺へ行くと言っても泉岳寺ではありません

今朝は6時ちょっと前まで寝ていました。普段であれば既に出勤のために自宅を出ている時間です。

すは、朝寝坊!

と思った方もいるかと思いますが違います。今日はお休みを取っております。これから墓参りに行きます。なので、いつもより少しのんびりと寝ていた次第。

じゃあ、いつもは何時に起きるのかと聞かれれば、だいたい4時には起きています。3時半くらいになると目が覚めてしまって、もう少し布団の中にいることもあれば、そのまま起きてしまうこともありますが、だいたい4時前には布団から出ます。そんな生活なので、夜は8時をすぎると眠くなり、9時前に寝てしまうこともしばしば(汗)。

閑話休題。

今日、休みを取ったのは、このところイベントなどで土日の出勤も多かったので少し息抜きをしようという意味もありますが、毎年恒例、この時季にわが家の菩提寺に墓参りに行くためでもあります。あいにくの雨ですが、なんとか東京は雨も上がったようなので、長い傘は持たずに済みそうです。

さて、この墓参り、この数年は恒例行事化していますが、数年前にとんでもない体験をしました。それはこちらのダイアリーをご覧ください。お寺が引っ越すわけもなければ、わが家も引っ越しなどしていないので、往復の経路も毎年同じです。なので、墓参りというと、必ず数年前の出来事を思い出します。

もちろん、そんな体験は前にも後にもそれっきり。そんな体験二度としたいとは思いません。今年は、否、今年も何も起こらないとよいのですが……

採算よりも浪漫を重視したい!

昨日の朝日新聞の夕刊一面。

日露首脳会談を前にして最近はテレビでも北方領土を取り上げることが多いようですが、こういう話題も首脳会談で取り上げられるのでしょうか?

このニュース自体は少し前から出ていましたね。稚内は沸いているようですが、どのくらい実現の見込みがあるのでしょうか?

それにしても、このニュースを見たり聞いたりしたら、ほとんどの人は「シベ超」を反射的に思い出すのではないでしょうか? あっ、シベ超ってわかりませんか? シベリア超特急のことです。一部の好事家には絶大な人気を誇る日本映画です(笑)。このニュース、水野晴郎に聞かせてあげたいものです。

それはともかく、本当に実現可能性はないのでしょうか?

昔であれば、列車なんかが通じたら、ロシアが軍隊を送り込んできて北海道はあっという間に占領されてしまう、といった懸念もあったでしょう。クリミア半島のことを考えると、ロシアという国は何をしでかすかわかったものではありません。しかし、このご時世、クリミアとは違い世界に冠たる先進国・日本に対してそんな暴挙ができるものでしょうか?

列車の軌道が云々と記事にもありますが、あたし自身は線路(レール)をつなげる必要はないと思っています。あくまでシベリア鉄道の終着駅は稚内でよく、札幌や、ましてや本州にまでそのまま乗り入れる必要はないと考えています。

「シベリア鉄道に乗りたかったら稚内まで行け」というスタンスです。レールをつながなければ、軌道の幅の問題は解決です。北海道的にも、稚内や札幌を素通りされるより、稚内の経済活性化のためには稚内を国際ターミナルに育てる方がよいのではないでしょうか?

最大のネックは、記事にもあるように稚内までの工事ではないでしょうか? 稚内を出発するとすぐに海です。まさか橋を架けるわけにはいかないですから海底トンネルですよね。青函トンネルよりも長いトンネル、技術的には可能でも、総工費はどれくらいになるのでしょう。その後も樺太を縦断してロシア本土へ向かうわけですが、凍てつく大地ですから、日常的なメンテも大変なのではないかと思います。

というわけで、実際問題として考えると、とても採算が合わない路線です。赤字を抱えるJR北海道にはとても負担できないでしょう。ロシアは日本のお金をあてにしているようですが、そこまで出すとは思えません。なにせ貨物輸送の需要もほとんどないようですから……

でも、この計画って採算ではなくて浪漫なんじゃないかと思うのです。稚内駅に豪華な特急列車が停まっている、行き先を見ると「モスクワ」とか、「ベルリン」、「イスタンブール」なんて書いてある……

それだけでも鉄道好きならワクワクするのではないでしょうか? もちろん撮り鉄が全国から稚内に集まるでしょうから、稚内の経済も多少は潤うと思います。日本国内の豪華列車の旅が話題になっていますが、「稚内発ベルリン行き」なんて、そんなのとは比較にならないくらいに浪漫をかき立てられませんでしょうか?

もちろん時にはパリやロンドンまでの臨時特急が走ったって構わないでしょう。いったい何日かかるのか、旅行代金はいくらなのか、そんなことはどうでもよくて、たぶん本当に豪華な客車であれば金を出す富豪はたくさんいると思います。

学費よりもその後が心配、不安

ノーベル賞を受賞した大隅教授が、ノーベル賞の賞金、約1億円を利用して基金を作るというニュース

この数年、ノーベル賞を受賞した日本人研究者が口々に今後が心配、研究環境が劣化しているということを述べていることは気になっていました。こういう基金を作るという動きも大隅教授以外でもあるようです。基金を作って、お金がない学生の研究支援を図るということのようで、これで少しでも研究者の環境がよくなれば、と思います。

が、果たしてそれで済むのだろうか、という思いもあります。

あたしなど研究者を自称してはならないわけですが、一応は大学院を出ています。修士だけですが、世間的には「院卒」です。ドクターへ進んで研究者の道を目指さなかったのか、と問われれば、まるっきり考えなかったということはないですが、ある時点で諦めざる得ませんでした。

あたしは大学から、そのまま大学院へ進んだわけですが、その時点であたしの母校の大学院は修士までしかありませんでした。現在はドクターもありますが、その当時は修士までで、自分が修士在学中に博士課程ができる可能性は低かったです。

ですから、研究者を目指すのであれば、修士を出た後、他大学の大学院に入り直す必要があったわけです。それなら最初から博士課程のある大学院へ進めばよかったのでしょうが、その選択をしなかった時点で、あたしの道は半分くらい決まってしまったと言えるかもしれません。

自分の話が長くなりましたが、研究者支援ということに話を戻すとここからが本題です。大学院の学費は、育英会の奨学金も取れ、また学内の制度で一年目は学費免除の資格を取れたので、なんとかなりました。ニュースを見る限り、この時点の経済的支援がメインであるように聞こえます。

確かに、お金の心配をせずに研究に打ち込めれば安心です。でも、これって、結局はかかるお金を支弁してくれるというだけですよね? あたしの場合、そして多くの人の場合、より問題なのは家族を養わなければならない、生活していかなければならない、ということだと思います。

あたしは大学院一年の時に父が病気を発症し働けなくなりました。有給を消化して早期退職という形になりましたので、あたしが修士二年の時には、すぐにでもあたしが就職して両親を養わなければならない可能性が大いにありました。実際のところ二年生に進級するか中退するかという判断も迫られました。

が、あと一年ということで修士だけは修了しましたが、そこから先、さらに進学するなんて許されない状況でした。特にその数年前に、まだ父が病気を発症する前だったので、ローンを組んで自宅を購入したので、毎月のローンの支払いがありまして、父の年金はほぼそれに消えてしまいました。

そんなわけなので、あたしが働かないとわが家の生活は立ちゆかない状況でした。両親を養う必要がなく、自分だけが暮らしていければ、後は好きなだけ研究に打ち込めるような環境にいる人が果たしてどれだけいるのでしょう?

大学、大学院まで進むと「両親の援助はあてにできない」という話をよく聞きますが、当てにせず自分だけ生活できればよいというのは、あたしに言わせればかなり恵まれた環境です。「親の金を当てにする」のではなく、「親を養う」必要がある立場の人も多いと思うので、そこまでいくと、こういう基金がどこまで助けてくれるのか……

それに、そもそも研究者って、どれくらい研究すれば食べていけるようになるのでしょう? 文系など「大学院は出たけれど……」という人がそこらじゅうにいそうですけど。