遠慮なさらず、思いきってどうぞ。あたしはいつでもウェルカムですよ!

テレビ朝日系の情報番組「グッド!モーニング」の星占い。今朝のかに座は

憧れの人からアプローチされて胸がドキドキ。ときめきのシチュエーションに大興奮。飾らない態度で恋愛成就。

というご託宣。いや~、憧れの人って誰でしょうね? とりあえず、待っていれば、その人からアプローチされてしまうんですよね? 今日一日、とても楽しみです。

しかし、「飾らない態度」というのが意外と難しいかも。あたしだって人の子ですから、多少のプライドと見栄はありますし、世間様に対して多少はいいところを見せたいという気持ちはあります。

それがあまり出てしまうとダメなのでしょうか? 少なくとも今日は特に気をつけないといけませんね。

それにしても、改めて考えてみても「憧れの人」っていうのが思い浮かばないんですよね。少なくとも社内に憧れるような対象は皆無ですし、仕事上で出会うといえば、他の出版社の人、書店員、取次や印刷所とか出入りの業者の人、などなどですけど、「憧れる」と言われてしまうと、さっぱり思い浮かびません。

「ちょっと気になる人」ならいるのかと問われると、実はそれもこのところさっぱりご無沙汰で、つまり、あたしの人生に「ときめき」がないってことです。ドキドキなんて感情、絶えて久しく味わっていませんね(涙)。

これって、やはり加齢のせいなのでしょうか?

そもそも、こちらがドキドキする以前に、あたしに対してドキドキするような人が既にこの世にはいないでしょうね。もう世間的にはあたしは恋愛対象としては見てもらえない存在になっている、そんな気がします。

いや、気がするのではなく、そういう風に覚悟を決めるというか、諦めというか、身の程をわきまえなければいけない年齢なんだ、ということでしょう。

金もなければ恋愛もできない、仕事だって可もなく不可もなく、こんなんで余生をダラダラと過ごすことになるのでしょうか? まあ、ドン底の不幸でないだけマシと思わないといけないのでしょうが。

まだまだライト?

乃木坂46のセカンド写真集『1時間遅れのI love you.』が発売になりました。

上の写真がそれですが、興味のない方には「オモテ表紙とウラ表紙?」と思われるかもしれませんね。これはどちらもオモテです。

「ということは、2種類発売されたの?」と問われそうですが、左が通常の写真集で、右はセブンネットショッピングでのみ販売されている(既に品切れになったか未確認ですので現在形で書いておきます)表紙です。

この二つ、オモテ表紙だけが異なり、ウラ表紙も中身も全く同じです。

こうやってヲタに散財させようという悪徳商法と呼ぶ人も大勢いるのは知っています。CDだってType-AからType-CやDまで数種類出ているのも同じようなことかもしれません。

しかし、CDの場合は数曲ずつ収録曲が異なりますので(とはいえ、7割方は同じ曲ですが)、全種類を買ったとしてもそれほど損をしたとか騙されたという気はしませんが、今回の写真集の場合はどうでしょうね?

でも上半期の写真集売り上げ第一位、同じく乃木坂46の人気メンバー、生田絵梨花のソロ写真集『転調』の場合は、ランダムに4種類(3種類だったかしら?)のポスターが封入されているというおまけ付きでしたので、4種類をコンプリートするために何冊も買ったヲタが大勢いたとか……

さて、年間を通じて『転調』が写真集売り上げ第一位を守り通せるか、あるいはこの『1時間遅れの…』が年間一位を奪うのか、楽しみです。たぶん下半期の一位は取れるでしょうから。

ちなみに、詐欺なのかと書きながら、結局に種類買っているあたし(汗)。

まあ、一冊ずつしか買わないので、ヲタといってもかなりライトなヲタですよね。『転調』だって1冊しか買っていませんし……(汗)。

正夢になるといいなぁ~

とびっきりの美女と仲良くなる夢を見ました。美しいだけでなく、カワイイという要素も併せ持った、もうあたしのストライクゾーンど真ん中! が、夢なので既に顔は覚えていないのが残念。知っている人に似ていたのか、アイドルの誰かだったのか……

どんな夢だったかと言いますと、あたしが電車に乗ってうたた寝をしていました。たぶん午後の営業回りの途次のことだと思います。その夢の中で、あたしはその美女とバッタリ出くわすのです。お互い既に顔見知りだったので、簡単な時候の挨拶を交わしただけで目が覚めました。

で、あたしは電車から降りて、駅構内を歩いていたら、その夢の中で逢った女の子にバッタリと出くわしたのです。で、まだ夢を見ているの? という感じで若干ドギマギしながら挨拶を交したのですが、そこであたしは勝手に「これは運命だ」と思い込んでしまったというわけです。

では何か次の一手、行動を起こしたかといえば、そんなことはなく、というよりもそこで夢は終わり、こんどこそ本当に夢から覚めてしまいました。

こんなカワイイ子、本当にお近づきになりたいものです。

賑わう書店はいいですね

毎年この時季はそうなのでしょうが、先週あたりから書店に営業回りに行くと、明らかにお客さんの数が多いと感じます。

はい、夏休みに入って、子供連れのお客さんが増えているんですね。夏休みにやるドリルを買うのか、読書感想文用の本を買いに来たのか、自由研究のヒント集のような本を探しに来たのか、理由は様々でしょうけど、本屋が賑わっているというのは、やはり嬉しくなります。

もちろん、書店の方はそのぶん接客などが忙しくなって、そんなときにこちらがお邪魔するのは申し訳ないのですが、書店の方はどんな気持ちなのでしょうか? ただ、もう少しすると、パタリと客足が止まるとも聞きます。必要なものをかったら、もう用はない、あるいは帰省したり旅行に行ったり、東京からいなくなってしまうのでしょう。

本を手に持って新幹線に乗る、飛行機に乗る図、なんか想像するだけで愉しい気持ちになりますが、それは職業病なのでしょうか。

書店がこうして賑わうのは、あとはクリスマス前だけでしょうかしら?

これがあの忍野八海?

今日は、先日の出張の、いや、先日と言っても6月下旬でしたから、もう一か月以上も前になりますが、その出張は土日も仕事でしたので、その代休を取らないとならなかったので、代休消化のお休みでした。既に一日は7月中に消化していたので、これで先の出張の休日出勤分は消化し終わりました。

で、今日は、妹とその子供(姪、甥、姪)を迎えに沼津まで、朝からひとっ走りしてきました。往路は中央自動車道から圏央道、そして東名というコース。復路は山梨のほうとうでも食べようかということで、山中湖回りでした。

ネットで調べたら、ちょうど順路に大豊というお店があったのでよさそうだと思い向かいましたが、ちょっと早すぎたので、そこから最寄りの忍野八海へ行ってみました。駐車場があっちこっちにたくさんあって、そんなに人が押し寄せる観光スポットだったでしょうか、というのが正直な印象。かつて二度か三度来たことがありますが、そんなに大勢の人で賑わっているという記憶はなかったのですが……

で、車で立ち寄ったので駐車場が多いのはよいのですが、大型バス用の駐車場がこんなにあるとは! それもそのはず、忍野八海の池の周りは、人、人、また人。とにかく人間だらけです。それも飛び交う言葉はほぼ8割方が中国語。

ここは中国の観光地なのか、と思えるほどの中国人率!

いえ、別にあたしは中国は嫌いではないので中国人が大勢来ていることは別になんとも思いません。そうではなく、忍野八海のようなところに、こんなに大勢の人が押しかけていることがショックというか、なんというか……

心なしか、あたしが記憶している忍野八海に比べ、今日の忍野八海の池は透明度が落ちているような、昔はもっと透き通っていたはず、という気がしました。

それでも姪っ子、甥っ子らと池の周囲を一回りして、道の駅・富士吉田へ向かいました。正午を回り、さすがにお腹が空いてきましたから(汗)。忍野八海から道の駅へ向かう道すがら、大きな中華料理屋(レストラン)があって、大型駐車場も完備されていて、たくさんの中国人観光客が下りていました。これだけ中国人が押し寄せていれば、それを目当てに中華料理のお店を出せば繁盛するでしょうね。ちなみに、忍野八海のお土産屋も中国をできる人が多い、というよりも、中国人を雇っているところが多いようでした。だから売り買いの言葉も中国語が飛び交い、本当に中国にいるみたいでした。

さて、話は戻って道の駅。ほうとうは食べられませんでしたが、ここでは吉田うどんが食べられました。腰の強さが特長ですが、確かにその通りでした。うん、美味しかったです。

その後は、道の駅のお土産コーナーをのぞいてから、中央道で帰宅いたしましたが、府中・小平あたりは結構強い雨になっていましたね。本当に局地的な雨だったようです。

いみじくも本屋と本をめぐる状況について二つほど

今朝の朝日新聞「天声人語」は本屋の話。

過疎の地域で本に触れる機会を残そうと奮闘する人のこと。

道内では書店ゼロの街が増える一方、大都市では図書館、書店、学校図書室とも充実している。

これはたぶん「天声人語」筆者の声だと思いますが、果たして都会は恵まれているのか? たとえば、人口当たりの本屋の数ということで言えば、東京だって「街の書店」がどんどん消えています。本屋のない地区、地域が意外と広がっているのは、都会に住んでいれば実感できます。

それでも電車で一駅行けば本屋があるでしょ、と言われれば、確かにその通り。でも上に書いたように、人口当たりで考えると、都会もかなり深刻な状況なのではないかと思います。

図書館もどんな図書を置いているか、貸出率や住民の中の利用登録カードの登録率はどれくらいなのかを測ってみると、都会が必ずしも好成績とは限らないと思います。

蔦屋が、田舎としか言いようのない土地で図書館を開く、選書に批判はあるものの、地域コミュニティーの核として機能し始めているという現実もあるわけで、何が正解なのか、よくわかりません。

上の写真は、今日の東京新聞夕刊の紙面。こちらも、いろいろ工夫を凝らして生き残りを図っている、街の書店の記事。

たまたま今宵の、とある懇親の集いで、ドコモがやっているdマガジンの話になり、雑誌で稼いでいる街の本屋にとってdマガジンの影響はかなり深刻だとのこと。あたしの勤務先は、雑誌は「ふらんす」しかないので、雑誌依存率は高くなく、なおかつ「ふらんす」はdマガジンに入っていないので直接の影響はありませんが、街の書店が消えていくというのは、ボディーブローのように、どの出版社にも厳しい状況なんだろうと思います。

しかし、完全に失敗したことが明らかなアベノミクスのお陰で給料はまるで上がらず、この出版不況もいまだ出口は見えず。本屋とか図書館とか、紙とか電子とか、そういう垣根をいったん取っ払って、根本的に考え方を改めないとダメなのでしょうか?

とはいえ、あたしだって根本的にどう改めるのか、まるでわかっていないのですが……

選挙ポスターを見ていて新刊の配本について考えました

東京は都知事選の真っ最中です。こんどの日曜日が投票です。東京以外の地区ではニュースでどのように扱われているのかわかりませんが、東京ではニュースはもっぱら主要三候補しか取り上げていないといっても過言ではありません。テレビの番組では三候補の同性を扱った後に、申し訳程度に「この他にご覧の方々が立候補しております」と名前と小さな顔写真が一覧となって画面に表示されるだけです。

うーん、この扱い、公平・公正な選挙という点で問題ないのでしょうかね? ちょっと疑問です。

で、上の写真は、あたしの自宅の近所の掲示板です。これだけ枠があるのに、ポスターが貼ってあるのは8名だけです。これでも告示日から少したっているので増えた方です。

そして、上の写真は、あたしの勤務先の近所の掲示板です。13名のポスターが貼ってあります。まだ余白が残っているとはいえ、わが家の近所の掲示板と比べるとずいぶん多いです。

実際に投票するときに、こんなポスター一枚で投票先を決めるわけではありませんが、それでも待ちのところどころに貼ってあるポスターは視覚効果の上でもそれなりの影響があると思います。しかし、あたしのように都内をいろいろ移動している者はこうして違いを知ることもできますが、わが家の近所に住むお年寄りで、滅多に遠出もしないような人だと、上の写真の8名以外の立候補者を知ることもなく終わってしまう可能性もあります。

うーん、これでよいのか?

しかし、考えてみますと、この掲示板、都内だけでどれくらいあるのでしょう? 仮に1万か所あったとします。そうすると、ポスターは1万枚用意しないとならないわけですし、その1万枚のポスターを1万か所に貼りに行かないとならないわけですよね。これはお金も人手もかかります。資金力のない候補ではそんなことできません。

となると、まるっきりポスターを作らないか、5000枚とか、3000枚とか、1000枚とか、用意できるお金と人手に応じて準備するわけで、限られたポスターをどこに貼るかといえば、できるだけ人目につく場所、都心や郊外なら駅前などになると思います。逆に言えば、住民しか通らないような郊外の住宅街には貼られない、貼りに来ない、ということになります。

と考えたら、新刊書籍の配本のことを思い出しました。

例えば、文庫や新書。毎月、レーベルによって異なりますが、新聞などの広告を見ていると大手の文庫は月に8点くらいは出ています。しかし、全国の書店にくまなく届けられるほどの部数を作っているわけではありません。出版社にだって予算ってものがありますから、過去のデータと突き合わせ、このくらいの部数は売れるだろうと予想を立て、それに応じて作るわけです。

となると、限りある新刊の文庫はどういう書店に届くのか?

選挙ポスターと同じです。人口が多い都会の、なおかつお客さんが多い都心の大型店を中心に配本されるわけです。人口の少ない地方の、あまりお客も来ないような小さな書店には、待てど暮らせど届くことはないのです。都心と郊外の、選挙ポスターの枚数の差を目にするたびに、そんなことを考えます。

都知事選のように、都内のどこへ行っても同じポスターが貼られる選挙なので。こういうことに気づきましたが、区や市によって選挙区が異なり、立候補している候補者も異なるような選挙ですと、わが家の近所の掲示板と都心の掲示板との差には気づかなかったでしょう。

クセジュGO、それともUブックスGO、あるいはエクス・リブリスGO?

いまや世界中の話題になっているポケモンGO。

あたしはポケモンには全く興味がないですし、ほぼまるっきり見たことがないので、わざわざこのゲームをやろうという気は起きません。ですから世間で人々が夢中になっているのも、単にスマホに夢中になっているというくらいにしか感じられません。

が、ここまでブームになり、社会問題化するとすごいものですね。

で、考えました。

このポケモンGOは街中に現われるポケモンを捕まえるゲームですよね。それと同じように、街中に現われる文庫クセジュをゲットしたら、その電子書籍が手に入る、なんてゲームを作ったらどうだろうか、と。

いや、クセジュが地味でしょうか? だったらUブックスでもいいですし、ガイブン好きにはエクス・リブリスでもいいと思いますが、そういうゲームって流行るでしょうか?

しかしなあ、そうなるとタダで電子書籍を配布してしまうことになりますね。どうにかして課金するシステムを作らないと。とは言っても、電子書籍をゲットするたびに課金されるのでは、誰もゲームをプレイしてくれないか……

うーん、悩ましいところ。いいアイデアだと思ったんですけどね。

効き目よりも気になっていること

ここしばらく、右肩が痛いということを書いています。いわゆる四十肩・五十肩というものなのか、医者に診断してもらったわけではないのでわかりませんが、たぶんそんなところなのだろうなあと勝手に素人判断しております。

とりあえず、アンメルツの塗ってみたり、温湿布を貼ってみたりしてみましたが、特に目立った効果は感じられません。そこでこんな薬を買ってみました。シジラックという内服薬です。

変な名前、そんなんで効くの? という疑問ももっともですが、それはそれ、なんといっても小林製薬ですから!

この薬も「四十肩、五十肩が楽になる」というところの頭文字を取った命名ですよね。とにかくネットで「小林製薬 ネーミング」で検索すれば、結構な数がヒットしますので、もう筋金入りのネーミングなのでしょう。

さて、痛みがあれば最初に書いたように湿布とか塗り薬が一般的ではないかと思いますが、この薬は内服です。確かに肩や腰などの内服薬って他にもありますね。どのくらい効くのか半信半疑ではありますが、それほどバカ高いものでもなかったので試してみる気になったわけです。

が、その前に気になったのが用法・用量です。

同社のサイトには、デカデカと「四十肩、五十肩に」と書いてあります。完全にそれ向けの薬のようです。にもかかわらず、薬のパッケージに書いてある用法・用量は5歳以上から服用できるような書きぶり……

30代半ばで四十肩になる人はいるかも知れませんが、この薬、30歳以下で必要とする人がどれくらいいるのでしょうか? 野球とかやって肩を痛めてしまった人とかを想定しているのでしょうか。なので、この用法・用量の部分はちょっと気になりました。もちろん、これは薬事法か何か、法律で書き方が決まっていて、それに沿ったものなのでしょうけど……

で、肝心のあたしの方ですが、昨日から服用し、なんと一日三回飲むわけですが、特に方の痛みが楽になったという気はしません(涙)。もう数日飲まないとダメなのでしょうか?

相変わらず……

右肩が痛いです。

よくなってもいなければ、悪くなってもいない感じです。

無理に引っ張ったり、押さえたり、余計な圧を加えたら却って悪くなってしまうのでしょうか?

湿布を貼るべきか、それとも肩、二の腕用のサポーターを買ってみるべきか。

悩みます。

どうしたものでしょうか?

とりあえず、こうしてキーも打てるし、ペンを持って字を書くことにも不自由はしていませんが、ある日突然腕が痺れてペンが持てなくなる、キーボードが打てなくなる、マウスを滑らすことができなくなる、なんてことにはならないでしょうね?