八紘一宇と人文会ニュース

このところにわかに蘇った言葉、八紘一宇。

もちろん、というわけではありませんが、あたしは昔から知っている言葉ですし、だいたいの意味も理解しているつもりです。一個人が使うぶんには、歴史の墓場から這い出てきたゾンビのような言葉として笑い飛ばすことも出来ますし、本来の意味としては至ってシンプルであり、ごくごく常識的な内容の言葉だったと思います。

それが政治家が使うとなると、特に昨今の自民党政権、安倍内閣の方向性を見ると、ちょっと嫌な感覚を覚えるのも事実です。

ただ、そういうことは抜きに、なんであたしが注目したかと言いますと、いまここで突然脚光を浴びることになった八紘一宇という言葉、ものすごく近い過去に聞き覚え、見覚えがあったので驚いてしまったからです。

現在は丸善丸の内本店や丸善&ジュンク堂書店梅田店、ジュンク堂書店福岡店で開催されている「五野井郁夫フェア」、ここ以外にもジュンク堂池袋本店や紀伊國屋書店新宿本店、リブロ池袋本店、八重洲ブックセンター本店、ジュンク堂書店京都店、三省堂書店神保町本店、同名古屋高島屋店などでも2月から3月にかけて開催いただきました。

この「五野井郁夫フェア」は「人文会ニュース」119号に掲載された五野井郁夫さんの論考「現代民主主義の危機と『言葉のお守り的使用法』」をベースにしたフェアなのですが、この論考の中で五野井さんが八紘一宇という言葉を挙げていらしたからです。

今回の国会での、「八紘一宇」突然の登場を見るにつけ、「五野井郁夫フェア」が実にタイムリーな企画であったこと、そしてフェア会場に置かれていた「人文会ニュース」の抜刷の消化が速かったことを考えると、多くの方が漠然とした不安とかモヤモヤしたものを抱えているんだなあということが感じられました。

自然と遠距離恋愛

アンソロジーもの第三弾、こんどは『本屋さんのアンソロジー』を読んでいます。

この中の「彼女のいたカフェ」は設定としては池袋のジュンク堂書店を舞台としている感じで、そこの喫茶コーナーでアルバイトとして働いていた女の子が書籍売り場に異動願いを出し、数年後には正社員になり、大阪店、福岡店、新潟店と転勤を繰り返し、三十過ぎくらいでまた池袋に戻ってくるというストーリーです。この支店のある場所がまさしくジュンク堂という感じです(笑)。

が、あたしが注目したのはそんなところではありません。同書195ページあたりからのくだりです。主人公が新潟店勤務になっているときの描写です。大阪、福岡と数年ずつ渡り歩いてきたので、池袋店を離れてだいぶたつ主人公ですが、この新潟で池袋時代に顔なじみだった出版社の営業マンと再会するのです。営業マンはもちろん新潟地区担当。

その再会をきっかけに、彼が新潟にきたときは二人で食事にいくようにもなった。(P.195)

うーん、食事くらいなら、まあ、時にあるかな(?)とは思います。しかし、さらに

彼とは、ごく自然と付き合うようになった。(P.196)

という展開には「ちょっと、ちょっと」と言いたくなります。

定期的に出張でくる営業マンと恋仲になるなんて、そう簡単なもの、自然なものなのでしょうか? そんなんだったら、あたしだってこんなに苦労しないわよ! それともこの作品の中の営業マンは毎月のように来ていたのでしょうか?

しかし、来るたびに食事に誘うって、書店員さんだって遅番の日もあれば、忙しいときもあるでしょうから、そんなにしょっちゅう誘っては迷惑になるのではないでしょうか? あたしなんか、そう考えちゃいますね。だからいけないのでしょうか?

相手に好意を持っていれば、忙しくたって断わらないし、なんとか時間を作ってくれる、そんなものなのでしょうか? だとしたら、あたしなんか絶対無理だわ。忙しくなくても、理由をつけて断わられそうだもの。

高質って?

小田急線随一のターミナルと言ってよいと思いますが、町田。

町田を神奈川県だと思っている東京都民も多いと思いますが、あそこは東京都です。ものすごーく神奈川臭がしますが、紛れもなく東京都です。

その町田は小田急線だけでなくJRも走っていまして、JRの町田駅にはルミネがあります。ちなみに小田急の町田には小田急百貨店です。で、そのルミネには有隣堂がありますので、時折営業に行きますが、そのルミネの一部テナントが工事中でした。なんのテナントが新しく出来るのかと思っていたら、ザ・ガーデン自由が丘、とありました。初めて聞くお店です。成城石井とかと同じような食品スーパーなのでしょうか?

調べてみると、わが家の最寄り駅の一つ、武蔵小金井にも会ったようですが、先ごろ閉店してしまったようです。どこにあったのかも覚えていません。どうやら駅南口のイトーヨーカ堂の中にあったようですが、あまり記憶がありません(汗)。

さて、そのザ・ガーデン自由が丘ですが、工事中のフェンスには「高質食品」って書いてあります。

あたし、不勉強で知らなかったのですが、「高質」って日本語、あるんですか? 高品質ならわかりますし、知っています。あるいは上質でしょうか? でも、生まれてこの方、高質という言葉には今まで出会ったことがなかったもので……

まあ、成城石井とかクイーンズ伊勢丹のような高品質、高級食材の店、という理解でよいのですよね? しかし、それをなぜあえて高質と呼ぶのか? 謎は深まるばかりです。

停車駅

北陸新幹線の開業と、トワイライトエクスプレス、北斗星の終了。鉄道ファンには大きなニュースであると共に、なんとなく時代が変わったなあと感じるニュースでもあります。

「狭い日本、そんなに急ぎでどこへ行く」という標語が流行ったのはいつのころだったでしょう? 確かに富山、金沢に関して言えば「行きやすくなった」と言えますが、これまでの上越新幹線越後湯沢乗り換え特急はくたかがそれほど不便だったかと言われると、数回利用したことありますが、「別にそれほどでも」という気がします。それでも「乗り換えなしで一時間以上の短縮」は大きいと思いますが。

でも、その金沢ですら北陸新幹線って一日何往復なんでしょう? 秋田新幹線や上越新幹線も実は意外と本数が少なくて驚きましたし、東北新幹線も仙台以北はやはり本数がグッと少なくなります。ふだん東海道新幹線ばかり乗っていると、それ以外の新幹線がどれだけ本数が少ないのか知る機会が少ないですが、結局その程度の本数で十分なんですよね、需要から計算すると。

ですから、新潟県が文句を言っている上越妙高や糸魚川を通過するのも致し方ないと思います。もちろん、母方の故郷が上越市であるあたしにとって、上越妙高を素通りというのは残念な気持ちでもありますが、止まる新幹線もあるわけだし、と納得するしかないでしょう。

で、思うのは既存の新幹線の駅です。喩えは、日本人のどれだけの人が東京から新大阪までの東海道新幹線の駅名をきちんと順番通り、一つも漏らすことなく言えるでしょうか? たぶん、一割、二割程度の人しかいないのではないでしょうか? いや、それだけいればかなりの好成績だと思います。となると、東海道新幹線以外の新幹線となると正答率はもっと下がりますよね。

その程度しか知られていない新幹線の駅って、どれだけの人が利用するのでしょう? そう考えると、そもそも駅を作る必要があったのかという根本的な問題が出てきてしまうのは仕方ないと思います。そうそう、東京では埼京線が出来たとき、大宮・赤羽の方から来た埼京線は池袋の次は新宿まで止まりません。途中の高田馬場駅周辺の商店会か何かが、埼京線を高田馬場にも止めるような運動をしていたのを思い出します。結局、今にも至るも実現せず、いまもそんな運動が存続しているのか知りませんが、あの短い距離で高田馬場にも止める必要は誰が考えてもありませんよね?

新幹線って主要都市を早く結ぶことが目的であるわけですから、そもそもは駅が少なければ少ないほどよいわけですよね。でも、それで沿線自治体の協力が得られないので、言われるがままに(特に政治家の圧力に屈して?)駅を作っていってしまったという大人の事情があったと思います。一度これをやってしまった以上、もう北陸新幹線だろうとこれからの新幹線だろうと、無闇に駅を作ってしまう悪弊は直らないでしょうね。

その際たるものがリニアではないでしょうか? あれこそ猛スピードで東京と名古屋・大阪を結ぶための特急なのに、どうして長野や山梨の田舎に駅を作って停車させる必要があるのか、あたしには理解できません。安全上、何キロおきに駅のような施設が必要というのであれば、それは作った方がよいでしょうけど、停車するか否かは別問題だと思います。

個人的に将来的な希望としては、九州の東海岸には新幹線を通して欲しくないということです。湯布院などは時間をかけて行くからよいところだと思うので、あっという間に着けるような交通手段は作って欲しくない、というのが本音です。「行きづらさ」を売りにするところがもっと増えてもよいのに、と思います。

哀れ?歌姫!

珍しく地上波の映画を鑑賞。ラテ欄で懐かしい名前を見つけたので、平日の昼間という、いかにもB級臭がプンプンするアメリカ映画です。

その作品とは「メガ・パイソンVSギガント・ゲイター」です。主演はティファニーとデビー・ギブソン。

とは言っても、80年代、90年代の洋楽世代でないと、この名前にピンと来ませんよね?

映画の予告編はこちら(↑)です。二人も映っていますが、「えっ、どれ?」という感じではないでしょうか? 二人を知らなければ、B級アメリカ映画でお馴染みの、ちょっぴりカワイイ若手女優も出てこないし、なんか変なおばさんが喚いているだけ、という印象しか残らないと思います。

はい、この喚いているおばさん二人がデビー・ギブソンとティファニーなんです。まずはティファニー。

日本でヒットしたのは、あたしはこの曲(↑)くらいしか印象がないのですが、いかにもアメリカの元気な女の子という感じで、当時は結構人気だったと思います。日本的なアイドル路線という印象もあって、アメリカでは珍しいなあとも思ったものです。このティファニーが、あんなおばさんになっているとは、歳月、時の流れは残酷です。

デビー・ギブソンの方は、その後、デボラ・ギブソンという表記にもなりましたが、この映画の中でもまだ当時の面影を残している気がします。そのデビー・ギブソンは当時いくつか売れた曲がありまして、一番売れたのは「Shake your Love」でしょうか?

それとも「Electric Youth」でしょうか?

でも、あたしとしては

とか

などのバラードが好きでした。デビー・ギブソンの方が才能はあったし歌もうまかったと思うのですが、当時の日本男子の人気としてはティファニーに軍配が上がっていたような気がします。確かに当時のビジュアルではティファニーの方がカワイイと思えますので。

それが月日がたつと、二人ともこんな風になっちゃうんですね。哀しいです。これだから同窓会なんかには行くもんじゃない、と思います。まあ、あたしの場合、同窓会の招待状が来たことなんて一回もないんですけど!

嘘のような本当の話

人を笑わせるために少し誇張して話をする、なんてことは程度の差こそあれ、誰にでも思い当たるところがあるのではないでしょうか? 特にテレビに投稿するようなネタの場合、実のところ、そんなこと本当にあるわけないでしょ、という感じがするものも数多いものです。

そんな前ふりをした上で本題です。

いつも見本出しに行っている担当が出張中なので、本日はあたしが取次へ新刊の見本出しに行きました。以前はあたしが担当でしたから、別に難しいことでも面倒なことでもありません。たまには取次に顔を出しに行くのもよいものです。

そんな見本出し周りの途上、ある取次の建物の中。見本出しが終わって、あたしは降りるためのエレベーターを待っていました。やってきたエレベーターからはおじさんが一人降りてきただけで中は空っぽ。そして、あたしともう一人男性が乗り込み、下へ向かいました。

が、乗った瞬間というか、一呼吸おいて感じてしまいました。

臭い! 臭い! なんか臭う!

これ、どう考えても、今し方降りていったオッサンが、降りる間際に一発プーと屁をこいていったに違いありません。下へ下りるまで誰も乗ってきませんので、途中でドアが開くこともなく、換気もされません。もう一人の男性も途中で降りる気配がありません。

その男性がこの匂いに気づいているのか否か、態度からは察せられません。あたしはと言えば、うーん、と息を詰めながら下へ着くのを待っていました。それにしても、こんなことってあるんですね。

降りる間際、誰もいないからとおならをしていく人って!

梅田の路上にて

京都のバスについて書きましたが、東京以外の土地へ行くと、東京との違いに驚くことも多いです。大阪は車の運転が荒い、などと聞きますが、確かに赤信号に変わろうとしてから何台くらいの車が強引に行くかを比べてみると、やはり大阪の方が多い、強引、乱暴な感じを受けます。

が、そんなことよりも、大阪でこのところ感じるのは路上喫煙です。

いまや、東京に限らず、主要都市の駅周辺はほぼ路上禁煙であるのが普通でしょう。どのくらい看板や表示が設置されているかは別として、基本的に駅周辺の路上でタバコが吸えるような都市はないのではないかと思います。で、どの都市にもそういうルールを守らない不届き者はいます。必ずいるものです。そういう人たちを見ると、わかってて吸っていますよね。たぶん誰かが注意しようものなら烈火のごとく怒り出すような愚か者、というのが共通するパターンです。あれが格好いいと思っているのでしょうか? そうだとしたらタバコを吸う人はますますバカだと思います。いや、そうではなく、きちんとルールを守って喫煙している人に対して申し訳ないと思わないのでしょうか? そちらの方が気になるところです。

さて、とはいえ東京は路上喫煙している人、歩きながら吸っている人、この数年でめっきり減ったと思います。あたしだって東京のありとあらゆるところにいったことがあるわけではないので、自分がふだん行くようなターミナルばかりですが、それでもこの路上喫煙禁止のルールができてから本当に減ったと思います。

そういう東京の感覚で関西へ行くと、京都や神戸はそれほど感じないのですが、大阪は非常に路上喫煙者が目立ちます。特に朝の梅田周辺は、路上喫煙禁止というルールがまだ施行されていないのではないか、と思えるほど多くの人が吸っていますし、水ながら歩いています。別にきちんと統計を取ったわけではありませんが、見る限りほぼ間違いなく「そうだ」と言えるほどの違いを感じます。

これは東京の人の方が素直で、体制に順応的で、法令遵守の気持ちがあるのに対して、大阪の人は意固地で、反体制的で、ルールなんて糞喰らえと思っている人が多いということなのでしょうか? よくわかりませんが、とにかく梅田の方が喫煙者は多いです。

もちろん、東京だろうと梅田だろうと、喫煙者は少数です。歩きタバコをしている人も全体からすれば絶対的に少ないです。そのことは、きちんと申し上げたいと思います。決して、大阪の人がみんなルールを守っていない、なんて謂いたいのではありませんので、念のため。

ところで、あたしはここまで大阪と言ったり、梅田と言ったりしてきましたが、今回の関西ツアーでふと思ったのです。京都へ来ている外国の人は京都駅という存在をどう思っているのだろうか、ということを。

彼らは「日本の京都」に来ていると思っているはずですから、清水寺も京都、金閣寺も京都、祇園だって京都、どこもかしこも「ここは京都」だと思っているのではないでしょうか? だからバス停や地下鉄に河原町とか三条とかがあっても、それは「京都の中の河原町」「京都の中の三条」という場所である、という認識だと思うのです。そういう流れで行くと、京都駅というのはちょっと変で、なんであそこだけ京都駅と呼ぶのだろう、と感じないでしょうか?

少なくともあたしは今回そんなことを感じてしまいました。つまり京都というのはあの都市全体を指す名称なのであって、塩麹から八条あたりの烏丸通り周辺地区だけを指すわけではないはずです。そういう目で見ると、ロンドンにロンドンという駅はあるのでしょうか? パリにパリという駅はあるのでしょうか? ニューヨークにニューヨークという駅はあるのでしょうか? そういう疑問というか違和感です。

大阪や、もちろん東京も同じです。だからなのか大阪はJR以外はすべて梅田という名称を使っています。うん、あのあたりは梅田と呼ぶのが正しいのでしょうね。あるいは芝田か茶屋町か堂島とか曾根崎でしょうか? とにかく大阪というもっと広い概念を示す名称をあそこに使うことの違和感を非常に感じた関西ツアーでした。あえて言うなら、大阪駅は「大阪中央駅」という感じに呼ぶべきなのではないか、東京駅も「東京中央駅」と呼べば、まだ違和感は減ると思います。もちろんどこが中央なのかは人によって違うかも知れませんが……

京都のバスって……

先週は一週間の関西ツアーで、梅田をベースに京都や三宮にも足を延ばしました。

少し前に、交通系ICカードの相互利用ができるようになり、あたしも東京で使っているSuicaが関西でも使えるのはとても便利になったわけですが、あたしの場合、それ以前から関西ではPiTaPaを使っていたので、新幹線の中で定期入れのSuicaを出し、PiTaPaのカードに差し替えるという作業をしておりました。もちろん復路の新幹線ではその逆です。

ですから、相互利用といっても、それほど大きな恩恵を受けられるようになったわけではないのです。むしろ、今回のツアーから便利になったと感じたのは京都のバスです。

これまでの関西ツアー、JRや私鉄はもちろん、地下鉄もすべてSuicaなり、PiTaPa一枚ですべて乗れました。京都だろうと大阪だろうと神戸だろうと関係なくです。バスの場合、大阪と神戸は問題なかったのですが、京都だけはICカード読み取りの機械が設置されていませんでした。京都のバスは、一日乗車券とか「スルッと関西」だったかの磁気カード(東京にもかつてあったバス共通カードのようなもの)を通すようなスタイルでした。それともなければ、あとは現金。

これがツアー中の身には結構面倒臭いです。できるだけお釣りを出さなくていいように小銭を財布にしのばせておかないとなりませんから。そもそもお釣りは出ないので、事前の両替が必要なのですが、観光地が多い京都ではバス車内も混雑していることが多く、気軽に運転席のところまで移動して両替をするのもままならないことがあります。とにかく、これまでの関西ツアーでは「京都のバスだけどうにかしてよ!」と心の中で何度叫んだかわかりません。

それが今回から、京都のバスもICカード対応になったのです! ようやくです。苦節何年でしょう?

で、今回の出張では、あたしはいそいそとICカードで乗り降りしていたのですが、ほぼ1日半滞在した京都において、7回か8回バスを利用しましたが、あたし以外に交通系ICカードを使っている乗客を一人も見ませんでした。せっかくバスのハード面が対応したというのに、お客の方が周回遅れなのです。

いや、京都の人は既に定期とか、そういったものを使っているのでしょうね。外国人観光客はICカードなんて持っていませんし、多くの人は一日乗車券的なものを使っているようでした。一番持っていそうな中高の修学旅行生も現金の生徒ばかりで、そんなわけで、一回も一人も見かけなかったというわけです。

うーん、次回のツアーの時にはもう少し普及しているでしょうか?