音信不通でした

昨日までの出張、否、ツアーですが、タブレットの電源ケーブルを持っていくのを忘れ、ホテルの部屋で充電ができませんでした。持ってくるのを忘れたことに気づいたのは初日にホテルに着いて、東京から送っておいた荷物を解いた時でしたので、朝から持ち歩いていたタブレットのバッテリーは半分ほどになってしまっていました。

これではとても五日間のツアー中に持って歩くことはできない、と腹を括って、今回のツアー中、タブレットはホテルの部屋に置きっ放しにしておきました。もちろん電源を落とした状態で、です。ですので、昼間、ツアーのステージでパフォーマンスを披露している時には、その合間にメールチェックなどをすることは一切できず、毎日、夜、ホテルの部屋に戻ってから、やはり持参していたノートパソコンでメールチェックをしておりました。

ですので、メールは一応チェックしており、晩や翌朝に返信をすればよい要件についてはできる限り返信するようにしていました。ただ、会社のPCの中に資料やデータがあるような問い合わせには答えることもできず、いまツアー中なので帰京後に返事します、というとりあえずの返信だけを書いたりしていました。

問題は会社からの「至急連絡してください」「電話をしてください」といったメールです。メールチェックをした時が既に夜の7時とか8時ですから、たいていの人は会社にはいませんよね。連絡のしようがありません。昼間は公衆電話から連絡をするにしても、関西の方へ連絡するならまだしも、東京へとなるとテレホンカードが何枚あっても足りません。

うちの会社は外回り営業だからといってケータイを支給してくれるわけではありませんので、こうなっては連絡の取りようがありません。なので、今回の出張中、「電話をしてください」という会社からのメールはすべて無視いたしました。仕方ないです。

でも、連絡が付かなくても、意外となんとかなるものではないでしょうか?

ドコモでもソフトバンクでもどこでもいいのですが、出張の一週間だけケータイをレンタルするという契約というか、使い方は可能なのでしょうか? そのくらいであれば、うちの会社もお金を出してくれるのではないかと思うのですが……

このご時世、ケータイがないと不便でしょうか?

あたしは不便を感じませんが、あたしに連絡を取りたいと思っている人が不便を感じるのでしょうね。でも、そんな人がどれくらいいるのか、あたしにはわかりませんし……

 

富士山はどこ?

日本のシンボル、富士山の世界遺産登録が間近です。書店でも富士山の写真集など、いろいろコーナーを作っているところもあるようです。

が、今こうして関西にいますと、東京とは温度差を感じます。

場所によって異なりますが、ほぼどこからでも富士山が見える東京と、日常的に肉眼で富士山を見ることのできない関西とでは、やはり富士山に対する思い入れも異なるのでしょう。見えないからこそ思いは募る、という人もいるかもしれませんが……

温度差と言えば、オリンピック招致もそうです。

東京はオリンピック招致を目指して(反対派もかなりいますが)、街中にポスターやステッカーが貼ってあります。ところがこちら関西ではそういったものを目にすることはほぼありません。東京がオリンピックの候補地として立候補していることも、あまり知られていないのではないか、というくらい話題に上りません。

これが現実か。国土の狭い日本でもここまで意識の差があるのですね。

雨ですね。

梅雨時なので仕方ないのですが、やはり雨に祟られている出張です。とはいえ、できるだけ屋根のあるところを移動して、傘を使わずに済ませたいと思いますが、そうも言っていられません。やはり傘の出番です。

台風が接近中ですが、それほど風もなく、傘が無駄になるような横風もなく、とはいえ雨の量がそれなりにあったので、服はずいぶんと濡れてしまいました。

それにしても、考えてみますと、このところ出張ではだいたい一日か二日は雨に祟られます。あたしは比較的晴れに恵まれるのですが、このところの出張はどうもそうではないことが多いです。

雨自体は決して嫌いではないあたしですが、仕事の時の雨は、やはり嫌ですね。濡れるのもそうですが、傘が邪魔になります。紙を扱う仕事ですから、雨はやはり避けたいところです。

とはいえ、今回も書店の方からいろいろとためになる話を聞かせてもらい楽しい出張でした。今回初めてお逢いした方もいらっしゃいましたし。あと一日、たぶん雨でしょうけど、ラストスパートです。

河出書房はカルヴィーノがお好き?

書店で面白そうな本を見つけました。

河出書房新社さんの『もうひとつの街』です。印象的なカバー画もいい感じですね。チェコの作品のようです。いわゆる海外文学の王道である英米やフランスではなく、東欧などの作品が紹介されるのはよいことだと思います。

で、この本を手にとってオビなどの文章を読んでいましたら、カルヴィーノとかボルヘスなどの名前が出てきて、そういう作品との関連、影響をうかがわせているのです。こういう名前がちりばめられると、ガイブン好きは食指が動きやすくなるのかもしれません。ただ、あたしの場合、「あれ、どっかで見たような……」という既視感が。

思い出しました。

『地図集』です。この本のオビにもカルヴィーノとボルヘスが出てくるんですよ。そして出版社も同じく河出書房新社さん。

うーん、河出って、カルヴィーノとかボルヘス好きな編集者がいらっしゃるのでしょうか?

ちなみに、ただいま編集者(正社員、契約社員)募集していますね。

伊勢丹の二の舞?

大阪に来ております。やはり話題はグランフロントです。

が、あまりいい話は聞きません。紀伊國屋書店さんがどうの、というのではありません。グランフロントが、というレベルです。

こんな記事が既にネットに出ていますが、この客単価、本当なのでしょうか? これではコンビニよりも安いのではないでしょうか? とても鳴り物入りでオープンした商業施設だとは思えません。

書店の方と話していると、高級に作りすぎたのではないかという意見が複数聞こえてきます。それってグランフロントの目の前にある三越伊勢丹と同じこと、二の舞ってやつではないでしょうか? 大阪の人がケチだとか、そういうことを言いたいのではありません。どうも大阪の人は作り込んだ高級感を嫌う傾向があるような気がします。

とはいえ、人の流れが変わりつつあるのも確かなようで、いつまでも大阪人が高級品は買わないというわけでもないでしょうから、そのうちじわじわと売り上げも上がってくるのではないかと期待したいところです。そうなると、三越伊勢丹もまた盛り返せるかもしれないですね。

切なくて残酷な……

雨降りの休日、録っておいた映画の鑑賞です。今回はこちらです。

WOWOWでやっていた「恐怖ノ黒電話」です。暴力をふるう夫との離婚調停中の女性があるアパートに引っ越してきます。そのアパートには黒電話が置いてあり、それが突然鳴り出します。出て見るとちょっとおかしな女性からの電話。最初は以前の住人にかけたつもりの間違い電話だと思っていた主人公ですが、何度もかかってくるうちにそれが過去からの電話だと気づかされます。

そして、その電話の女性が行なうことによって現在が変わってしまい、アパートの住人や主人公の恋人も抹殺されてしまいます。そしてついには子供のころの自分に魔の手が伸びていることを知った主人公は、電話に出た幼い頃の自分にその女性を殺すよう指示し難を免れます。

途中までは離婚調停中の暴力夫が仕掛けたいたずらではないかという可能性を持たせながら進みますが,それでは辻褄の合わないことが起こり、過去の行為によって未来が変わるという状況になります。ただ、過去が変わる過去から見た未来であると現在の世界が変わってしまうという設定自体が荒唐無稽なので、ところどころおかしなと言いますか、無理のある進行も感じられます。

結局は精神を病んでいる主人公の妄想というオチになるのかと思いましたが、そうではなく、あくまで過去が未来に影響を及ぼしているというラインは守ったままです。グロテスクなシーンもほとんどなく、心理劇的な面白さは楽しめるのではないでしょうか?

続いての鑑賞作品はこちらです。

「七つまでは神のうち」です。神隠しをモチーフにした作品ですが、途中までは時系列が入り組んでいるので、ちょっと理解しづらいところがあります。また神隠しってそんなものなのかもしれませんが、どうしてこの状況でいなくなる、さらわれるのか、理解できないところがあります。

最後の最後に神隠し事件の真相が種明かしされるわけですが、つまりは子供を亡くした両親の復讐劇。そもそもの事件も実に哀しく切ないもので、両親の気持ちも理解できます。ただ、そうなると一連の神隠し事件はこの両親が起こしたことになりますが、どうもおかしな展開もありますし、事件に巻き込まれる方にしても、怪しいことに遭遇した時の人間の行動として理解できないところが多々あります。ちなみに、この両親も死んでいて、どうやら幽霊が一連の犯罪を起こしているようなんですが……

とはいえ、最後まで見終わると、やはりこの作品は哀しくて切なくて、そして残酷です。文庫本ではもう少し結末が異なるようですが、映画のラストは救いがないですね。結局誰一人救われないまま終わります。子供を持つ親が見たら、かなり胸に突き刺さる作品になっていたかもしれませんね。

で、主演の日南響子は映画の中ではトラウマを抱えた女の子を好演していたと思いますが、ブログにアップされている写真などを見ると作品中の人と同一人物とは見えないですね。

名刺を印刷したい

会社にはパソコンもありますし、プリンタもあります。あたしの勤務先のプリンタはコピー機、ファクス、スキャナ兼用の、いわゆるデジタル複合機でかなり高性能です。もちろんフルカラーです。が、仕事の上ではちょっと使いづらいところがあります。

それは名刺サイズの印刷ができないのです。

なんだ、そんなこと? だったらA4判に名刺が10枚面付けされた用紙を使えばいいじゃん。

それはもっともなご意見ですが、意外とこれが面倒くさいというか、うまくいかないんです。つまりA4の用紙の名刺のスペースの部分にきれいに収まらないんです。どうしてもプリンタはローラーで紙を引き込み、送り出していますから多少ずれてしまうのは理解できますが、これまで何度かやったことがありますが、結構ずれてしまい、10枚のうち使い物になるのは半分くらい、という有り様でした。

なんで名刺にこだわるの、と聞かれれば、それはPOPを作りたいからです。書店の店頭で、本に注目を集めたい時に置いてもらうPOPです。勤務先のプリンタでもはがきサイズはプリントできますから基本ははがきサイズのPOPを作るのですが、大きなフェアでもなく、日常的な新刊、売れ行き良好書にはそれでは大きすぎることがままあります。はがきサイズに2面付けをして半分に切ることもありますが、数枚ならまだしも大量のはがきサイズPOPを裁断するのは大変です。

そんなとき、家電量販店のプリンタ用紙コーナーで見つけたのが名刺用紙です。上に書いたようにA4判に10枚の名刺がレイアウトされている商品もたくさんありますが、既に名刺サイズにカットされているものも多数売っていますし、和紙のようなデザインなど、かなり種類も豊富です。50枚とか100枚単位で売っているものすらあります。これを買って、そのままプリントすれば、ずれる心配はないのでは、と考えるのも道理というものでしょう。

ところが、ところがです、この名刺サイズをプリントできるプリンタがほとんどないのです。ちょっとネットを検索してみたのですが、こんな記事が見つかりました。gooの質問コーナーへの投稿です。細かな事情はわかりませんが、たぶんあたしと同じような気持ちを抱いているのではないかと思われます。既にアンサーが寄せられているので読んでみましたが、結局はA4判の名刺用紙を使いましょうというのが世間の趨勢のようですね。

また投稿者(質問者)が述べているように、売っている用紙は名刺サイズがそれなりにあるのに、プリンタの仕様では「カードサイズ対応」というのが主流というのも納得がいかないと言いますか、腑に落ちないところです。

長丁場

本日は午後からYA出版会の例会。その後、6時半から場所を新宿三丁目に移して、都内近郊の書店員さんをお招きしての勉強会、懇親会でした。ようやく帰宅しましたが、もうじき日付が変わりそうです。降りしきる雨の中、わざわざいらしていただいた書店員さんにはいくら感謝しても足りないくらいです。

それにしても、YA本を店頭でどうやって売っていくか。

難しいです。

最後は現場の担当者のやる気に還元してしまうのは簡単ですが、そうではなく、もっと工夫の余地はないものか、あるいは現場の人がやりたくなるようなきっかけを作る、提案することはできないか、そんな風に感じます。

とりあえず、フェアにしろ棚にしろ、注文をもらって置いてもらうのは、実は案外簡単なのかもしれません。一回くらいなら親しい書店員さんも協力してくれる可能性はあります。でも、それでは単に置きました、並べましたというだけで、その次の、そしてもっとも肝心な売れました、というところには繋がりません。

いや、売れましたの前に、書店員さんがよし売ろうという気になってくれる「売ります」の段階が抜けているのではないかと感じます。これまで書店でいろんなフェアをやってきて、やはり結果の出るフェアというのは、話の初めから書店員さんの乗りも違いますし、たぶん荷物が入荷した時の書店員さんの昂揚感も異なるのだと思います。だからこそ、フェアが始まった頃に訪問すると、いの一番に「始めたよ」「やってるよ」「もう売れたよ」といった言葉が返ってくるのだと思います。

そんなワクワクを書店員さんに与えることができているのか、感じてもらえているのか,YA出版会が問われているのはそこのところなのではないか、という思いを抱いた勉強会でした。

人文書とは?

本日は午後から人文会の研修会でした。今回の研修会はジュンク堂書店さんの人文書担当の方々との合同研修会、勉強会でした。人文書って何よ、というオーソドックスで初歩的なものから、いかにして人文書の棚を作るかなど話題は多岐にわたりました。

人文会ではこれまでにも書店さんとの研修会、勉強会を開いてきましたが、あたしが参加したことがあるのはくまざわ書店さん、紀伊國屋書店、そして今日のジュンク堂書店さんです。

基本的には人文書というのは専門書であり、学問的な裏付けというか、学問大系があって、それを書店の棚でどのように再現するか、ということになるのだと思います。もちろん大系の再現をする必要があるのか、という視点はありえますし、書店の棚は学問するところではなく、あくまでお客さんに本を売るところなのだという立脚点はあると思います。

それでも、棚を見に来る人、本を探しに来る人は、やはり人文科学の大系に沿って学んできた人が大多数でしょうから、学問の大系にある程度準拠する、それを踏まえるのは当然だとも思います。そういう意味では、わかりやすい言葉でいえばサブカルのような、従来の学問の枠組みから外れるような(←すでにサブカルは学問の大系の中にポジションを占めていると思いますが、あくまで例として……)ものを書店の棚でどう表現するのかが難しいところなんだなあと感じました。

また人文書の棚に来るお客さんは、書店員以上にその分野に詳しい人もいれば、ちょっと興味を持ったからという人まで、かなり幅広く存在し、前者には見捨てられない程度の棚を最低限作らなければならないでしょうし、後者をいかに取り込めるかも商売としては大事なことなんだろうなあと、話を聞いていて感じました。個人的には、一部を除いて、哲学思想の古典、原典が文庫でしか読めない状況、ちょっとした学問の入門的なものなら読みやすい新書という形で出ている出版の現状を踏まえ、そういった文庫・新書を人文書を、どうやって人文書の棚と融合するか、書店現場の実際の作業としてはそんなところに興味を感じました。

そんな研修会でしたが、第三部として行なわれた北村紗衣さんのシェイクスピアの刊本と女性の読書、蔵書に関する講演(←こういうまとめ方をすると講演内容をミスリードしてしまうかもしれませんが……)が非常に面白かったです。あたし自身はシェイクスピアはほとんど読んだことがありませんので学問的なことはわかりませんが、その作品(本来は上演台本だったのでは?)が刊本として人々に広まる過程は、三国志や水滸伝の講談種本が小説としてまとめられていく中国の元明の頃の状況と、あるいは女性の作品受容史としては、源氏物語が平安の宮廷女房たちの人気を博していたという状況などと、通じるとは言えませんが、あたし的には親和性を感じるものとして、とてもおもしろく拝聴しました。なにより、久しぶりに学術発表的なものに触れたことのワクワク感がなんとも言えなかったです。

 

地名の東西南北

全国的には東北本線と言った方がわかりやすいのかもしれませんが、関東ローカルの人間には京浜東北線と言った方が通じると思いますが、とにかくそのJRの路線に浦和駅という駅があります。この周囲に北浦和、南浦和、西浦和、東浦和と東西南北が揃い、さらに中浦和、武蔵浦和なんていう駅まであるからすごいものです。

こんな風に東西南北を冠する地名や駅はたくさんありますが、今日の帰宅途中、なんとなく思いました。大師様で有名な足立区の西新井は東新井という地名もあるのだろうか、そもそも足立区に新井という地名があるのだろうか、ということです。西新井があまりにも有名なので気づきませんでしたが、あの「西」って「新井」の西という意味ですよね? 違うのでしょうか?

もう一つ有名なのといえば、下北沢です。

これも世田谷区には下北沢という地名はないはずです。あくまで駅名だけ。地名であるのは北沢だったと思います。ちなみに駅名なら東北沢(小田急線)、上北沢(京王線)があります。

というよりも、そもそも北沢だって北が付いてますよね。南沢ってあるのかしら?