ご先祖様、いらっしゃい!

昨日はお盆の入り、いわゆる迎え火です。わが家は昔から新暦でやるので昨日でした。

あたしは仕事で遅くなったので、母が一人でご先祖様を迎えてくれましたが、普段の仏壇は扉を閉じ、左の写真のようなお盆用の祭壇(?)が登場しております。これでご先祖様が喜んでくれているのか、それはよくわかりませんが……

ただ、狭いわが家なので、こういったものを出してくると、ますます部屋が狭くなってしまうと言うのが玉に瑕です。

卓の上に二つ、卓の左に一つ、灯りがありますが、もちろん蝋燭を灯すのが本来の姿なのでしょうが、現代の商品でそんな危ない真似はできません。どちらも電気で灯りをつけるタイプです。つけた状態が下の写真です。

もう少し周囲が暗いと雰囲気が出るのでしょうが、如何でしょう? 灯りは一日中つけっぱなし、というわけではありません。朝晩に線香をつける時だけ点灯させています。

半分の記憶

このところ、気がつくと、けやき坂46のアルバム収録曲「半分の記憶」が頭の中に流れています。けやき坂46の二期生曲なんですけど、メロディーラインがとても格好いいのです。

この曲は、フロントに小坂菜緒、渡邉美穂、河田陽菜の三人が並んだフォーメーションですが、二期生ではこの三人が中心メンバーということでしばらくは回していくのでしょう。

ちなみに一期生は、このところ中心にいることが増えた佐々木美玲と齊藤京子、加藤史帆の三人が何かと取り上げられることが多く、現在のスリートップという感じです。雑誌グラビアなどの表紙でもこのメンバーが出ることが増えていますが、あえて言えば、河田陽菜を除いた5名で出ているのを数回見かけていますので、二期生三人の中では小坂、渡邉が河田よりもちょっと抜け出ているのかも知れませんね。

それはともかく、先日、このけやき坂46がアルバムを発売したわけです。もともとは欅坂46のアンダーのような扱いで募集され、結成されたけやき坂46ですが、欅坂のシングルに参加することはなく、カップリング曲を歌う程度という扱いでした。欅坂の選抜は固定のままとなると、けやき坂は今後どうなっていくのか、という危惧もありました。

が、アルバム発売を機に、徐々にけやき坂と欅坂は別のグループとして活動していくような流れです。現在開催中の合同オーディションも、乃木坂、欅坂と並んでけやき坂と表記されていますので、これを見る限りは3グループが完全に並列の扱いです。ファンが期待するのは、単独シングルの発売なのでしょう。

ところで、日本だと、アイドルだけなのかも知れませんが、シングルを何枚か出して、それに曲をプラスしてアルバムを発売、というのが一般的だと思いますが、海外ではアルバムを出し、そこからシングルカットというのがよくあります。ですから、けやき坂もアルバムからのシングルカットというかたちでシングルを出してみたらどうだろう、と思っています。

とはいえ、次の欅坂のシングルでも、相変わらず、けやき坂がカップリング曲を歌っているようですが……

役に立つとはどういうことか

朝日新聞の声欄です。

微分積分ですか……

この気持ち、わからなくはありません。あたしも学生時代にそう思うことはありました。

ただ、勉強というか、知識というのは、100を知っておかなければならない場合、100だけ勉強すれば身につくものではありません。人によっては差はあるかと思いますが、恐らく、200や300くらいを学んでようやく100が身につくものなんだと思います。

つまり、微分積分も、そういう方面に進学する人を除けば直接的には必要のない知識かも知れませんが、本当に必要な数学の知識を定着させるために学ぶものなのだと思うのです。

ちなみに、あたしは、大学時代につまらない授業(←こういう言い方も先生に対して非常に失礼なのですが)を受けているとき、適当な方程式を作って、それがY軸に沿って回転して出来る立体の体積を求めよ、といった微分積分の問題を自分で作っては解いて、時間潰しをしていました。

今では全くできませんけど……(汗)

残念だと思っていても……

今朝の朝日新聞「折々のことば」は『幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!』から。

もちろん同書は読みました。閉店の日は出張だったので伺うことはできませんでしたが、最後まであたしの勤務先の本も大事に並べてくれていました。みすず書房や岩波書店などもお客様が付いているのでしょうね、しっかり並んでいる本屋さんでした。

まだまだ余力を残しての閉店というのが残念でもあり、清々しくもあり。同書の末尾には、自宅のある池袋でブックカフェ的な店をオープンするということが書かれていましたので、それを楽しみに待ちたいと思います。

ジャズって知っていますか?

今週末配本予定の『ジャズのことばかり考えてきた』はこんな本ですが、ジャズと言えばほとんどの人は音楽のジャンルとしてのジャズを思い出されるのでしょうか?

と言うよりも、「そもそも音楽のジャズ以外に他に何かある?」というのが大方の意見ではないでしょうか?

ですが、あたしの場合、もちろん真っ先に思い出すのは音楽ジャンルのジャズですが、それと同じくらいの比率で思い出してしまうのが、データ保存メディアとしてのジャズなんです。

えっ、それなに?

という方がばかりでしょうね。でも、例えばウィキペディアなどで「ジャズ」を検索しますとリムーバブルディスクとしてのジャズも出てくるんですよ。ちなみに綴りは「jaz」です。「z」が一つなのがミソです。

ウィキペディアのジャズの項目を見ていただければ写真も載っていますから、「ああ、これね、覚えているよ」という方もいらっしゃるでしょうが、あたしもそんな一人です。

フロッピーでは容量が足りなくなってきた時代、MOやzipなどいくつか規格やメディアが乱立していた時期がありまして、そんなメディアの一つがjazでした。あたしは使っていませんでしたが、ヨドバシカメラなどの店頭でディスクや、それを読み書きするハードを見た記憶があります。

MOもそうなんですが、zipやjazに残してあるデータって、今の時代、どうやって読み出したらよいのでしょうね?

夜中、わが家に泥棒が入りまして……

夜中、寝ていると窓を叩く音が。

窓の外に置いてある何かが風に揺れて窓ガラスにあたっているのかな、と思い気にも留めていなかったのですが、すると窓ガラスが横に滑りました。

「窓」と書きましたが、床からあるもので、いわゆる掃き出しの窓とでも言うのでしょうか、そんな窓です。

その窓が音も立てずにスーッと開いたのです。そして、誰かが入って来ます。

その時点であたしは夢を見ているのだと思っていたのですが、人影は二人、部屋に入ってきて、あたしが寝ているのに気づいているのかいないのか、抜き足差し足で部屋の中を歩き回り始めました。

えっ、もしかして泥棒?

と思ったあたしは「泥棒ー!」と声を挙げようとしたのですが、寝起きだからなのかわかりませんが、とにかく声がうまく出せません。「ど、ど、ど……」という音が漏れるばかりです。

辛うじて「泥棒」と叫んだ声も、とても叫んだとは言えない声量で、囁いたよりはちょっと大きい程度、声もかすれ、とにかく家族、といってもわが家には母しかいませんが、その母に泥棒がいることを伝えなければと必死でした。

しかし、必死になればなるほど声は出ず、とにかく母だけでなく、近所の家にも声が届いてくれないかと、あたしは精一杯の大声で「泥棒」と叫ぼうと奮闘しました。

次の瞬間、あたしの目が覚めたのと、「お前、どうしたの?」と母から声をかけられたのがほぼ同時でした。

今朝になって母に聞いたところ、あたしがとにかく大きな声を出していたとのこと。近所中に聞こえるくらいの声だったとそうです。母は、寝言ではなく、あたしが突然夜中に具合が悪くなって唸っている、苦しんでいるのではないかと思ったようです。

夢の中では声が出なかったのですが、実際にはとんでもなく大きな声が出ていたようです(汗)。

物語の枠を超えて……?

ある小説の続編が発売されるというのはよくあることです。続編はおろか遠大なシリーズになっているものすら珍しくはありません。あるいは、ある登場人物がその作家の別の作品にも登場するということもしばしばあることです。

しかし、別な作家の作品に同じ登場人物が出現することってあるのでしょうか? もちろん誰もが知っている歴史上の人物ならそういうこともあるでしょう。しかし、そうではなく、ある作家が作品の中で造型した人物が別の作家の作品の中に出てくるというパターンです。

もちろん、小説の数など数え切れないほどありますから、似たような登場人物なんていくらでも出てくるでしょうし、小説家だって人の子ですから、他の作家の作品に影響を受けることだって十二分にありえます。ですから、これは全くあたしが感じただけにすぎない感想なのですが……

さて、お陰様で新刊『十三の物語』が好調なミルハウザー。そのミルハウザーの『バーナム博物館』の中の一編「幻影師アイゼンハイム」が映画化されていたのを覚えていらっしゃるでしょうか? 書籍の方は残念ながら現在ほぼ品切れで、どうしてもお読みになりたい方は店頭で見かけた時に買っておかれることをオススメします。まだ在庫している書店は探せばあると思います。

 

それはさておき「幻影師アイゼンハイム」はその名の通り、手品師と言いますか、昨今ならマジシャンとかイリュージョニストなどと呼ばれる男の話で、舞台は19世紀末のウイーンです。

映画と小説とでは、ストーリーが多少異なっているようですが、なかなかミステリアスな作品で、果たしてアイゼンハイムは種も仕掛けもある手品を見せていただけなのか、それとも悪魔と契約し本当の超能力を操っていたのか。そこのところが作品の魅力の一つだと思います。

そして、アイゼンハイムは忽然と舞台から姿を消してしまいます。彼はどこへ行ってしまったのか。映画では牧歌的な結末になっているようですが、あたしは消えてしまったアイゼンハイムを、数十年後の台北で見かけました。

そうです、『歩道橋の魔術師』という作品の中にです。この作品の中では建物を繋ぐ歩道橋(日本で日常的に目にする歩道橋ではなく、やや貧弱なペデストリアンデッキをイメージしていただけるとよいかと思います)で道行く人に手品を見せている男が登場します。普段はごくごくありきたりな手品を見せているのですが、ありえないようなマジックを子どもたちに見せることが時々あります。

それが幼心ゆえの幻想なのか、本当に超能力を使ったものなのか、本作でも実ははっきりしません。そのあたりの加減が「幻影師アイゼンハイム」とよく似ているのです。台北の魔術師は正体がわからないままです。主人公が大人になってから当時の思い出を集めるというスタイルの作品ですが、その時点で幼いころに見た魔術師がどうなったのか、どうしているのか、知っている者は誰もいませんし、当時においてすら、そんな魔術師がいたことを記憶している人は多くはないようでした。

19世紀末のアイゼンハイムだとしたら、当然、生身の人間が生き続けられる時間の隔たりではありえません。だからこそ、幻影師、魔術師と呼ばれる所以なのだと思いますが……

ニトリとかアイリスオーヤマなら売っているのでしょうか?

この写真、何だかわかりますでしょうか?

いわゆる「汗ふきシート」と呼ばれているものです。左側がちょうど使い終わったもので、右側がその代わりに新たに買ったものです。

この手のシートは取り出し口が太いシールのようになっているのですが、使っているうちに吸着力が弱くなってきます。そうなると、中のシートが乾いてきてしまって、汗ふき効果がなくなってしまいます。

どうしたらよいかと思っていたら、百均で写真左に写っているようなキャップと言いますか、取り出し口カバーと言いますか、そういうものが売っていたので買いました。使い方は商品に付いている取り出し口のシールを剥がしてしまい、その部分に両面テープでこのカバーを装着するという具合です。最初に付いていた両面テープはシートを使い切った時にカバーを剥がしたらそれで終わりですので、両面シートを別途用意しておかないとなりませんが、とりあえずは使えています。

しかし、やはり問題が……

この汗ふきシートをカバンの中に入れておくと、だんだんとグチャグチャ、グシャグシャになってしまうのです。ポケットティッシュにケースがあるように、この汗ふきシートにも専用のケースってないものでしょうか? 出来れば布製やビニール製のようなつぶれてしまうものではなく、カバンの中でもつぶれないような材質のものがよいのですが、そういうものって売っていないのでしょうか?

地下鉄サリン事件と中国語辞典

昨日は西日本を中心とした大雨とオウム事件の被告たちへの死刑執行とで、ほぼ一日中テレビはそればっかりになっていたようです。仕事から帰宅したら母が言っていました。

考えてみますと、地下鉄サリン事件を中心としたオウム事件を報じているテレビの若いアナウンサーなどは、そもそもこの事件をどのくらい覚えているのでしょう? まだ物心のついていないころの事件ですよね。そう考えると月日の経つのは早いものです。

サリン事件の時、あたしは既に社会人でした。当時は編集部に所属して『中国語辞典』の編集を担当していました。

サリン事件は平成7年、つまり1995年の3月でしたが、その年は年明け早々に阪神・淡路大震災が起きた年でもありました。震災の時は、辞典の編者の方々がほぼ全員関西在住でしたので、その安否がかなり不安だった記憶があります。そしてその一週間後に大阪へ出張へ行ったのも、今にして思うと「よく行ったな」という思いがあります。

その頃は、ほぼ毎月大阪へ出張へ行っていたので、その後も2月にも行き、3月にも大阪へ行きました。その3月の大阪出張の当日がサリン事件でした。

新幹線車内の電光掲示板ニュースでは、東京の地下鉄で異臭騒ぎという程度の内容であたしもそれほど気にせず、深刻にもならず、いつものような呑気な大阪出張でした。

が、訪問先である、中国語辞典の主編者・伊地智善継先生のお宅へ到着すると、開口一番、伊地智先生の奥様が「東京は大丈夫? よく来られたわね」とおっしゃるではないですか。あたしは何のことかわからず、「えっ、何かあったのですか?」と問うと、「東京が大変なことになってるのよ」とのこと。先生のお宅へ着いたのはお昼頃でしたから、先生もあたしがこの騒ぎに巻き込まれているのではないかと心配してくださったようです。

そして先生ご夫妻と共に、とにかくお宅でテレビにかじりつきました。あたしは中央線で通勤していて地下鉄は使っていませんでしたので、ほぼ同じような時間帯に電車には乗っていましたが幸いにも何の被害も受けませんでした。それどころか、あたしと同じ時間帯の中央線に乗っていた人はしばらくはこの事件のことなど知らずにいたのではないでしょうか? あたしのように一人新幹線に乗り込んでしまったらなおさらです。

というわけで、オウムの地下鉄サリン事件と聞くと、あたしは中国語辞典と伊地智先生を思い出してしまうのです。

中国語辞典と言えば、昨日の勤務先でたまたまあたしが取った電話、中国語辞典を愛用してくださっている読者の方からの電話でした。久しぶりに手元に辞典を用意して電話に答えた後、なんとなく辞典の「まえがき」を読み直したら、不覚にも泣きそうになってしまいました。この「まえがき」を執筆してくださった中川正之先生から最初にこの原稿を受け取った時も涙が止まらなかったのですが、十数年も経ってまだ涙がこぼれるとは、あたしも年をとって涙もろくなったものですね。

相も変わらず弾圧しているのですね

今朝の朝日新聞です。

中国の人権派弁護士に対する抑圧、弾圧が依然として続いているようです。こういう問題はもっと西側諸国がもっと厳しく対応しないといけないと思うのですが、下手なことをしたり言ったりすると、中国市場から閉め出されたり、嫌がらせをされたりするので二の足を踏むのですよね。情けない限りです。

で、政府がものを言えないのであれば、出版物で意見表明するしかありませんね。

 

ちなみに、あたしの勤務先ですと『不屈 盲目の人権活動家 陳光誠の闘い』『中国 消し去られた記録 北京特派員が見た大国の闇』といったものがございます。