2015年のアーカイブ
愛が足りない?~『書店ガール4』
史上最も有名な人?
新しいアジア文学?
今日の搬入(15/05/14)
自虐って何だろう?
今日の朝日新聞夕刊一面に、大阪の平和博物館のリニューアルに伴って戦時中の日本軍による加害行為に関する部分が撤去されたとありました。大阪版では既に報じられていたニュースでしょうか? 東京版では本日の夕刊でした。
加害の行為をどう伝えるか……
その一方、こんなニュースもありました。核拡散防止条約の会議で、日本が提案していた「世界の指導者らの広島、長崎の被爆地訪問」という文言が中国の反対で最終文書の草案から削除されたと。
この手の話題になったときの中国と日本って、なんか、子供のケンカみたいです。
大阪の平和博物館の展示が、戦争の悲惨さばかりを伝えるような展示になっているのは、中国にある抗日記念館の展示が日本軍の残虐行為ばかりを展示しているのと同じくらい歴史の改竄ではないかと思います。どちらも歴史に正しく向き合おうとしていないということでは同じではないでしょうか?
この話題が出るたびに一つ疑問に思うのは、加害行為の展示がなんで自虐になるのでしょう? 昨今の日本では「自虐」という言葉がずいぶんと広い意味で使われてしまっているような印象を受けます。戦争中に残虐な行為をしたことを認めるのが自虐になるのでしょうか? 慰安婦を強制連行したことを認めるのが自虐なのでしょうか? 南京をはじめとした中国大陸で虐殺を行なったことを認めたら自虐なのでしょうか?
あたしには、そうは思えません。戦争においては程度の差こそあれ、どれも起こりうべきことだと思いますし、むしろ起こって当然の行為だと思うからです。もちろん、あたしは起こることがよいことだ、などと主張したいのでは決してありません。あくまで戦争という状況下ではどの時代、どの国でも起こったことであって、日本軍だけが聖人君子の軍隊で、そんなことは微塵もなかったなどというはずはないと、ごくごく常識的に考えてそう思うのです。それを認めるのがなぜ自虐になってしまうのか?
そのあたりの心理がよく理解できません。
コミュニケーション能力が不足しがちなあたしは、「罰が当たる」の使い方からして間違っているようで……
このところ神社仏閣で油のようなものがまかれるという事件が続いていますが、早いところ犯人を捕まえて欲しいものです。日本全国あれだけ広範囲にわたっているので個人的には単独犯というよりは模倣犯がいるのではないかなと思っているのですが、警察の見立てはどうなのでしょう?
そんな中、東京の板橋区のお寺の仁王像に黒い液体(油?)がかけられたというニュースが入ってきて住職さんが「(犯人には)罰が当たる」とおっしゃっているそうな……
ところで、この「罰が当たる」という表現、いまの若い子は使わない言葉なのでしょうか? あるいは既に知らない言葉になっていたりして? 「罰当たり」なんて言い方もしますが、どうなのでしょう。
あたしなどは、よくではないですが、比較的使う方世代なのだと思います。いたずらをしたり、親に叱られるようなことをしたときには決まって「そんなことをしているといまに罰が当たるぞ」と言われたものです。なので、比較的馴染みのある言葉ではあります。
しかし、あたしの場合、他人に対して、心の中でよくつぶやいていました。
小中学生のころですから学生時代という言い方が正しいのかどうかわかりませんが、そんなころ、何度も書いているようにあたしはどちらかと言えばいじめられっ子、嫌われっ子でした。クラスメートとの間で嫌なことがあると、いつも「お前なんか罰が当たるぞ」と心の中でつぶやいていたものです。
そんなクラスメートが風邪を引いたとか、ケガをしたとか、重い病気になったと聞いても、あたしは「ざまあみろ、だから罰が当たったんだ」と心の中で思うことで溜飲を下げていたのです。もし仮に、クラスメートとの間にいざこざがあった日の放課後、帰宅途中にそのクラスメートが交通事故にでも遭って死んでしまったとしても、あたしの気持ちとしては「死んじゃうなら、もっと仲良くしておけばよかった」とか、「仲直りできなかった」といった後悔の念に駆られることはなく、やはりそういう時でも「ざまあみろ」というルサンチマンのかたまりのような心持ちでした。
もちろん、死んでしまったクラスメートなど当時いたわけではありませんので、あくまであたしの心の中、頭の中での話ですが。
つまり罰が当たるというのは、あたしにとっては、悪いこと、いけないことをした自分に下されるものではなく、あたしに対して嫌な態度を取った相手に下されるものというのが第一の意味なのです。こんな考え方だから他人とうまくコミュニケーションが取れないのか、コミュニケーションがうまく取れないからこんな考え方になってしまったのか……
ペガサス書房へ行って来ました!
フジテレビ系の話題のドラマ「戦う!書店ガール」の舞台・ペガサス書房、もとい、ジュンク堂書店吉祥寺店へ行ってきました。
いやー、久しぶりです。二年前までは営業担当でしたので毎週一回は顔を出していたのではないかと思いますが、担当が代わってからほとんど来ることもなく時が流れてしまいました。
実は、帰路、吉祥寺に立ち寄らなければならない用事がありまして、久々に吉祥寺で中央線から降り改札口を出たので、ちょっと寄ってみるか、と思い立ったわけです。もちろん、この季節も影響していたと思います。小田急線沿線を営業していて下北沢経由で帰宅する場合、この吉祥寺で井の頭線から中央線に乗り換えるわけですから、当然降りるし、改札も出るのですが、やはり冬の季節は夕方が早々と暗くなるので、なんとなく「帰心矢の如し」で寄り道もせずに家路を急いでしまいます。
でも、いまくらいの季節になると夕方もかなり明るいですから、なんとなく「まだ早いから」という気になるものです。幸い、今日は雨も降らずにいてくれたので、そんなところも後押しになったと思います。
というわけで、久しぶりにパルコブックセンターとジュンク堂に寄ってみたという次第。もちろん、ペガサス書房、否、ジュンク堂書店で『書店ガール 4』を購入するのも目的の一つです。
あえてドラマの舞台で購入するというのもこだわりではありますが、そのおまけとして「特製ブックカバー」がある(もらえる?)というのもアドバンテージです。
上の写真が、そのブックカバーです。あえて本にはかけてもらわず、そのままの状態で持ち帰ってきました。だからなんだ、と言われても、なんとも言えませんが、稲森いずみも渡辺麻友も映ってはいないのですね(汗)。さすがに、そういうカバーだと欲しがる人と、あえて欲しがらない人の差が出てしまうからでしょうか?
で、ブックカバーと言えば、こんなのもいただいてしまいました!
5月17日はお茶漬けの日、なんだそうです。わざわざ「ジュンク堂」って入っていますけど、コラボ・ブックカバーなんでしょうね? ユニクロのTシャツを思い出します。
さてさて、ドラマについては視聴率がよくないとか、全11回放送されずに途中で打ち切りになるのではないか、といったネットの口さがない噂も出ていますし、「あんな書店員はいない」とか、「事務室が広すぎる、きれいすぎる」とか、書店員の異議申し立ても多数あるようですが、所詮ドラマです。どの業界を描いても、それなりの演出とかデフォルメはあるものではないでしょうか?
そんなことよりも、ドラマを見て「本屋さんって面白そうだな」「本屋さんってあんなに頑張っているんだ」と思ってくれる人が一人でも増えれば、それで御の字ではないでしょうか? ちなみにペガサス書房、否、ジュンク堂書店吉祥寺店には、やはりドラマを見てわざわざ見に来るお客さんがそれなりに増えているそうです。ドラマの舞台ということで写真を撮っていく人もいるのだとか。
そういう人って、実際に吉祥寺のジュンク堂へ来たら「わぁー、ペガサス書房だ!」という感想なんでしょうけど、あたしはドラマを見ながら「あー、ジュンク堂吉祥寺店だ」という感想が出ちゃうんですよ(笑)。
中南海
今日のネクタイ[2015.5]~服装にはTPOっていうものがあって、あたしだってそれなりに理解しているので、今日という日にこういう装束を選んでみたわけなのよ~
今日は月曜日です。だから一般に博物館と美術館は休館日であることが多いです。そういう日を利用して内覧会とかレセプションなんかが行なわれたりするのですが、本日は東京国立博物館で行なわれている鳥獣戯画展の内覧会にご招待いただきましたので、いそいそと出かけて参りました。
鳥獣戯画、鳥獣戯画と、そればかりがフィーチャーされていますが、展覧会のタイトルは「京都高山寺の至宝」なんですね。まあ、その至宝というのがつまりは鳥獣戯画なわけですし、なんといって展示品の目玉がこの鳥獣戯画ですから、一般に「鳥獣戯画展」と呼ばれるのも致し方ないところでしょう。
で、平成館の前の池で、既に鳥獣たちがお出迎えしてくれています。気づかずに通り過ぎてしまう人も多そうなさりげなさ。なかなか凝ったディスプレイですね。
展覧ですが、個人的には明恵上人という仏僧でありながら、春日大社や住吉大社とも近しく、日本ならではの神仏習合なのかなと思いながら絵画などを見ていました。そのうちに華厳や密教なども入ってきて、明恵上人って非常に興味深い人だと感じました。
肝心の展示ですが、実は鳥獣戯画って教科書とかいろいろなところで見ますので、もちろん本物を見るのは初めてですが、それでもなんか「既視感」を覚える作品でした。言葉を悪く言ってしまえば新鮮な驚きが足りないという感じです。もちろん「へぇ、こんな場面があるのか」「こんな表情をしていたんだ」という新鮮な驚きだって数多かったのも事実です。見れば見るほど、こんな作品を作り出した当時の日本人の独創力に頭が下がります。
さて、そんな鳥獣戯画を見に行ったあたしのいでたちは上のようなものです。
わかりましたでしょうか? 鳥獣戯画のブラウス、鳥獣戯画のネクタイです!
そんなの売ってるの? と聞かれそうですが、売っているから買ったのであり、買ったから着ているのです。自分で手作りしたわけではなく、正真正銘の既製品です。
さすがに、こういう格好で見に来ている人はいなかったようです。やはりあたしって物事に関して形から入るタイプなんでしょうね(汗)。博物館のスタッフの人、何人かには気づかれてしまったようです。
もう少しアップにするとこんな感じです。そうそう、この絵を見てきたわけです!




