家庭菜園?

暑いです。明け方、3時すぎと朝の7時頃にパラッと雨が降りましたが、とても降ったとは言えないような量、時間でした。ところによってはそれなりの降水量になったところもあるようですが、実感としては東京は梅雨が明けたと言いたいです。

雨が降らないとお百姓さんも困るだろうと思いますが、わが家の庭で母が作っている野菜もかなり疲れている感じです。

まずはキュウリ。お店ではとても見かけないほど曲がっています。作っている人の根性が曲がっているからでしょうか? 奥にももう一つなっていますが、それも同じように曲がっています。

こちらはトマト。まだ青いですね。もう少しすると赤くなって食卓に上ると思います。

最後は、まだ花が咲き終わったばかりで何もなっていませんが、わかりますか?

うちの母は農家出身なので、この手のものを見ると何の野菜かすぐにわかるのですが、あたしのような都会育ちにはなかなかわかるものではありません。ただ、そんなあたしでもこれはナスだとわかります。花のところにナスがなるわけですね。

まだちょっと先ですが、味噌汁にするのが美味しいでしょうか?

金沢、行きたいなあ~

昨日の午後、テレビ東京系で「初夏の那須&金沢を満喫!人気観光地でナゾ解き旅」という番組が放送されていて、そこに乃木坂46山崎怜奈(通称、れなち)が出ていたのですが、見ていて「金沢、行きたいなあ」と思ってしまいました。

金沢は行ったことないわけではなく、既に5回か6回は行っています。ただ、すべて仕事なので、金沢を観光するという経験はなく、せいぜいのところ仕事の合間のちょっとした空き時間に、駆け足で兼六園を見学したといったくらい。ですから、一度くらいはゆっくりと観光で行った見たいと、番組を見ていて改めて思った次第です。

番組はクイズ形式だったのですが、金沢21世紀美術館プール、あれってれなちにとっては先輩に当たる深川麻衣の「写真集」のカバー写真を撮った場所ですよね。れなちがそれを知らなかったとは思えないのですが、版g身を見る限り、あれはガチで知らなかった感じがします。まいまいの写真集を見ていなかったのでしょうか?

それはともかく、金沢城や兼六園、和菓子も美味しそうだし、やはり金沢は観光で行ってみたいと思います。ただ、その時に富山や福井をどうするか、という問題もあります。金沢だけならとりあえず一泊二日もあれば、主要なところは楽しめるでしょう。でも、せっかく行くなら富山や福井も寄ってみたいと考えると二泊三日、それとも三泊四日でしょうか?

とりあえず県庁所在地からあまり離れるような場所、たとえば能登半島の方とか、福井だったら東尋坊とか、そういうところまでは行かないつもりですが、それでも氷見くらいは行きたいなあ、とも思います。いや、しかし、金沢はしないにも見どころはありますが、富山とか福井だと何があるのでしょう? パッと思い浮かばないのですが……

読書では実現不可能?

TBS系の音楽の日が本日。

日本テレビ系のTHE MUSIC DAYが先日。

テレビ東京系のテレ東音楽祭は先月。

フジテレビ系のFNSうたの夏まつりは来月。

テレビ朝日系のMUSIC STATION ウルトラFESが9月。

夏になると、と言うか、年に二回くらいはこういった大型音楽番組が放送されます。それぞれ趣向を凝らしていますが、たいていの人にとっては自分の好きなアーチストが出ているか否かだけが肝心なのではないでしょうか? そして、出ているとなるとどれくらい歌うのか(フルコーラスか、数曲か、などなど)も気になるところです。

ダラダラとくだらないしゃべりや、回すのが下手な司会者もいたりしますし、せっかくゲストが来ているのにVTRが多いときもあったりして、毀誉褒貶ありまして、音楽番組というよりもバラエティと割り切った方がよいのかも知れませんが……

そんな音楽番組、個人の娯楽としては同じだと思うのですが、読書でこういった番組を作るのはムリなんでしょうね。やはり音楽は、好き嫌いはあるにせよ、みんなで一緒に聞いて盛り上がれるという要素がありますが、それに対して読書は極めて個人的な行為だからでしょうか?

でも、最近はビブリオバトルのような聴衆を巻き込んだイベントも盛んですから、読書をテーマにした大型番組、夏とは言いませんので、読書週間のある秋にでも、どこかの曲でやってくれないでしょうか? 個人的には有名人(タレントとは限らない)が出てきて、自分の好きな作品を紹介し、その一節を読む(朗読する)だけの番組でもよいのですが……

でも、そんなの2時間も放送したら、視聴者は飽きちゃいますかね? せいぜいネット番組がいいところでしょうか? とにかく本に関する番組は、100分de名著をはじめ、現在も過去にもいろいろありました。王様のブランチのように、番組発のヒット作も多数出ています。でも、ゴールデンタイムで放送されているものはまだないですよね。一回くらい出来ないものかと思うのです。

ガンバレ中学生!

今朝の朝日新聞の「声」欄です。

三国志にはまっている中学生の投書です。世の中、漢文の授業など要らない、という風潮が強くなっているというのに、この中学生は白文を読みたいと書いています。嬉しいじゃないですか! まだ12歳ですよ!

それにしても、こういう熱い気持ち、せめて大学へ入るまでは持続してほしいものです。ただ、あまり熱くなりすぎると周囲から浮いてしまうかも知れません。浮いてしまうと情熱も冷めてしまいがちです。ですから、静かに、熱いというよりは温かく、ずっと心に持っていてもらいたいと思います。

もし本当にその道を志すのであれば、一時の熱さよりも、何十年と根気よく向かい合える気持ちの方が大事になってくるはずです。あたしが学生の頃にも、NHKの「シルクロード」や人形劇「三国志」などの影響で、必要以上に熱いテンションで入ってきた同級生がたくさんいました。が、そのほとんどはテンションが一学期と持たず脱落していきました。

たぶん、テレビやゲームの影響で入学すると、ひたすら白文を読むような地味な授業についていけなかったのでしょう。でも、この投書の中学生は白文が読みたいと書いているくらいですから、たぶん大丈夫。大学受験の頃、この投書を読み直してどんなことを思うのでしょうか?

2017年7月14日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

日本は戦争をするのかな、って心の片隅でちょこっとだけ考えておいた方がよい時代なのかも

ブックファースト新宿店の人文書コーナーで、加藤陽子さんの選書によるフェア、やっていました。

上の写真は、そのフェアで配布されている小冊子なのですが、これ、ちゃんと印刷屋さんで刷ってもらったものみたいな紙質です。ただ、どこが作ったものが書いていないので、版元作なのか、ブックファースト作なのか不明です。特に加藤さんの新刊『歴史を学び、今を考える 戦争そして戦後』をフィーチャーしているようなフェアにも見えませんでしたが……

で、上の写真は小冊子の表紙だけですが、頁をめくって選ばれている20点の書籍に対する加藤さんのコメントが熱いです。本当に現在の日本を憂いているんだなと感じます。書目だけ挙げておきますと如下:

小松左京セレクション1 日本(河出文庫)
ヒトラーとナチ・ドイツ(講談社現代新書)
戦争は女の顔をしていない(岩波文庫)
ボタン穴から見た戦争(岩波文庫)
決定の本質(日経BPクラシックス)
日本陸軍と中国(ちくま学芸文庫)
憲法9条の思想水脈(朝日新聞出版)
失われた兵士たち(文春学藝ライブラリー)
日本人はなぜ戦争へと向かったのか(新潮文庫)
海の志願兵(偕成社)
言論統制(中公新書)
対談 戦争と文学と(文春学藝ライブラリー)
日本浪漫派批判序説(講談社文芸文庫)
平和憲法の深層(ちくま新書)
世界史の中の日本国憲法(左右社)
大本営発表(幻冬舎新書)
幕僚たちの真珠湾(吉川弘文館)
戦争中の暮しの記録(暮しの手帖社)
大政翼賛会への道(講談社学術文庫)
インテリジェンス(ちくま学芸文庫)
クーデターの技術(中公選書)

文庫の手軽さは理解できますが……

朝日新聞の岩波文庫記事の最終回。

文庫は手軽であるということのようです。確かにその通り。気が向いたら手に取って、なんなら買って読んでみる、それが文庫本の醍醐味だと思います。

だからこそ、そういう文庫まで図書館で借りて読んでいる人が増えている昨今の状況、つまり不景気ってことですが、そんな状況なんとかならないものか、と思ってしまいます。

文庫(や新書)くらい、借りずに買ってよ、というのが本音ではありますが、本を買う金はないけれど、それでも本を読みたいんだ、という気持ちもわかりますし、そういう気持ちは大事にしたいところです。でも、やっぱり、ちょっと高い単行本ならいざ知らず、文庫なんだから……。いや、最近は文庫もかなり高額になりましたね(汗)。

それとは別に、古典などが文庫になるのも悪いことではないものの、書店における棚作りとして見たときにはどうなのかな、という気もします。

本屋の場合、基本的にはジャンルごと日本が並んでいるわけですが、文庫や新書はジャンルではなく、「○○文庫」「△△新書」という括りで並んでいます。その方が店員も管理しやすい、というメリットはわかります。

でも、そうなると岩波文庫の西洋哲学の古典が人文書の棚にはなくて、岩波文庫のコーナーで探さないとならなくなります。書店によっては文庫もその内容に従ってジャンルごとの棚に置いている店舗も散見されますが、単行本の中に文庫本を混ぜて置くと埋もれてしまったり、棚の高さが無駄になったり、なにかと不都合も出てきます。

いま「不都合」と書きましたが、あくまで書店の棚管理上の不都合であって、そのジャンルの本を捜しているお客さんからすれば、単行本も文庫も新書も関係なくて、そのジャンルの本は同じところに置いて欲しいと思うものではないでしょうか?

本屋に慣れていない人が、例えば夏目漱石の『坊っちゃん』を買おうと思って本屋に来たとします。夏目漱石なんだから「文芸」とか「文学」のコーナーに置いてあるだろうと予想をつけて行ってみたけれど、いくら探しても見つからない、「夏目漱石の…」といった周縁の本は「評論」という棚に置いてあるけれど、いくら探しても『坊っちゃん』は見つからない。そんな状況がいまの本屋です。

もちろん店員に聞いたり、店内の検索機を使えば、適当な文庫に収録されている『坊っちゃん』がヒットするでしょう。仮に存在するとしても、最低でも1000円以上はする単行本よりも文庫本があるなら、このお客さんにとってはその方がありがたかったと思います。でも、やはり「文芸」の棚で見つからないということに関しては忸怩たるものがあるのではないでしょうか?

落としまくり?

昨日の午後、書店回りの途次、物をよく落としました。幸いにも無くし物にはならなかったのですが……

まずはちょっとおやつ代わりにコンビニで買ったバームクーヘン。ショッピングモールのベンチに座って食べていたら、半分くらい食べたところで手からポロッと……。見事に床に転がってしまいました。

ああ、まだ半分しか食べていなかったのに(涙)。

その後、日差しも強く、ベトついた体を拭こうと鞄から出した汗ふきシート。一枚取り出して首筋をサッと拭いたと思ったら、これまた手から離れてヒラヒラと地面に落下。

ああ、まだ拭きたいところがあったのに(涙)。

汗ふきシートはまだ持っていましたが、こんな日はきっとまた落とすに決まっていると思い、諦めて帰宅までさっぱりするのは我慢しました。

本当に物を落とす日でした。

若者を振り向かせる?

今日も朝日新聞に岩波文庫の記事が載っていました。

今回のテーマは、若者をどう取り込むか、ということでしょうか? ただ、記事を読む限り、岩波文庫はそんなことを意識して何かをしたわけではないようですね。むしろ愚直に、最初の方針のまま刊行を続けていた、という感じです。

結果的に、それが長く愛された理由、廃れない寂れない秘訣なのかもしれません。そういえば、これは以前に書いたかもしれませんが、ずいぶん前のことですが、中央線にいかにもイマドキの若者という風体の青年が乗ってきたことがありました。刺青はしていなかったと思いますが、耳にピアスくらいはしていたのではなかったかと記憶しています。服装も大人の目から見ると「だらしない」と言われそうな格好でした。

そんな若者が乗ってきて、電車が走り始めたと思ったらカバンだったかポケットだったか覚えていませんが、とにかくおもむろに本を取り出して読み始めたのです。その本というのが岩波文庫でした。青か白だったはずです。

あたしはその光景を見て格好いいと感じると共に、見かけで判断した自分の不明を恥じました。岩波文庫というと、あたしはこの体験を思い出します。