店頭でフェアをやっていて、そこに置いてあったのでいただきました。
亜紀書房の創業50周年フェアです。こういう書き方をすると、上から目線と言われそうですが、亜紀書房っていい本出していますよね。最近ではノンフィクションが軒並み話題になりヒットしている感じがします。よい本を出すと、よい企画も回ってくるのでしょうね。
そんな創業50周年のフェアで配布されていた記念誌。開いたページが目次で、内容(ラインナップ)は上掲の通りです。錚々たる面々が寄稿していますね。さすが、亜紀書房です。
店頭でフェアをやっていて、そこに置いてあったのでいただきました。
亜紀書房の創業50周年フェアです。こういう書き方をすると、上から目線と言われそうですが、亜紀書房っていい本出していますよね。最近ではノンフィクションが軒並み話題になりヒットしている感じがします。よい本を出すと、よい企画も回ってくるのでしょうね。
そんな創業50周年のフェアで配布されていた記念誌。開いたページが目次で、内容(ラインナップ)は上掲の通りです。錚々たる面々が寄稿していますね。さすが、亜紀書房です。
みすず書房の『三月十五日 カエサルの最期』という新刊。
同書は小説のようですが、あたしの勤務先の『カエサル』と一緒に並べたらよいのではないかと……
平昌オリンピックがいよいよです。《オリンピック関連書フェア》なんていうのもありですね。
で、最近店頭でよく見る早川書房の『オリンピック秘史』の近くに『ベルリン・オリンピック1936』などは如何でしょう?
となると、あたしの勤務先から出ている『トロツキー(上・下)』なども気になるはずです。
以上、紹介の書籍たち、書店の店頭で、隣とは言わないけれど、近くには置いてもらえているのでしょうか? そもそも在庫していないのでしょうか?
タイトルだけ見ると、なにやらエッチなことを書くのではないかと思われそうですが、そう思われても仕方ないほど、日本では、と言いますか、日本語では「アダルト」や「成人」に猥褻な意味が必要以上に含まれてしまっている気がします。それを如実に感じたのは、あたしがヤングアダルト出版会に参加していたころで、各地の公共図書館や学校図書館の方と研修会を開こうと思って連絡を取ると「アダルト」という言葉に過剰反応され、「そういういかがわしいことはできません」と断わられることがしばしばありました。
もちろん図書館の現場では「ヤングアダルト」コーナーはそれなりの存在感を持っていて、「ヤングアダルト」ですぐに話が通じ、トントン拍子に話がまとまることも多々ありましたが、時に上述のように妙な目で見られることがあったのも事実です。
図書館の方ならまだよいのです。実際に図書館の会議室で研修をやるとして、図書館の入り口などに「ヤングアダルト出版会合同研修会」的な看板が出ていたりすると、それを見た来館者が「なんかエッチな催しがあるみたい……」と勘違いされたことも多々あったのではないかと思います。
そんな経験から、この数年、ヤングアダルト出版会は頭文字である「YA」を前面に押し出すようになりました。少しでも見た目の印象が和らげば、という配慮からですが、裏を返せば、これだけ盛んに活動しても、世間一般に「ヤングアダルト」という言葉を定着させられなかった非力さも痛感します。ちなみに、書店では図書館とは異なり、ほぼ「ヤングアダルト」コーナーなどはないですし、専門の棚もありません。
正直なところ、この世代はラノベや学参を除けば、ほとんど本など買わないので、そんな顧客のために限られた棚やスペースを割くのは儲けにならない、という判断なのでしょう。それは重々承知していますが、欧米の書店や日本でも洋書店に行くと「Young Adult」コーナーはしっかりあるもので、この彼我の差は何に由来するのか、個人的にも気になります。
ただ、洋書の場合、たいていは「Young Adult Novels」とあって、ほぼ小説に限られるのですが、ヤングアダルト出版会など日本の現場では、図鑑のようなものをはじめとしたノンフィクションも混じっていて、書店サイドからすると雑然とした棚になってしまうという問題もあるようです。
それにしても、ヤングアダルト、つまりはティーンエージャーですが、彼らが本を読んでくれないと大人になっても本を読むという習慣ができないので、将来的な読書が育たないという由々しき問題があるのですけどね……。朝の読書が小学校や中学校では盛んですが、中学校以降になると部活と塾通いで本を読む時間や習慣がなくなってしまうらしいです。いまの子どもは忙しすぎるのでしょうか?
という長い長い前振りはこのくらいにして、今朝の朝日新聞の一面で初めて知ったのですが、「AYA世代」という言葉があるのですね。「Adolescent and Young Adult」という言葉の頭文字だそうで、その意味は「思春期と若年成人」ということらしいです。年齢で言うと「15歳から29歳」だそうです。
いわゆるYAとは重なりつつもちょっと上の世代になりますね。でも、YA向けに出した青春小説のようなもの、読者、購買層は意外にも中高生より大学生や社会人が多かったりします。特に泣ける巻同型のストーリーですと女子大生やOLがメインの読者だったりするものです。少し大人になって若かったころの自分や青春時代を懐かしく振り返るのでしょうか?
となると、ヤングアダルト出版会(=YA出版会)も「AYA出版会」と名乗るくらいの発想の転換が必要なのかも知れないなあと感じます。書店店頭でも「AYA」であればコーナーを作れるのではないか、とも思います。どうでしょう?
そういえば、何年か前に、こんな映画がありましたね。30代の男女が高校時代を懐かしんで、的なストーリーだったでしょうか? やはり少し上の世代を巻き込むのがYAのポイントなのかも知れませんね。
写真は自宅でVRを体験中のあたしです。
いつものように、背後に中華書局の『二十四史』と『資治通鑑』などが並んでいる書架があります。上の方には毛沢東のマグネットも! ヘッドセットのせいで髪がボサボサになっているのはどうか勘弁してください(笑)。
で、何を見ていたんでしたっけね? たぶん、試供品的なものか、グーグルが提供している「Daydream」のデフォルトのソフトだったと思います。
まだまだリモコンの操作方法に不慣れなので、巧いこと操作できていませんが、そのうち慣れるでしょう。いや、慣れるほどやるかどうか……
故宮博物院の中を歩くとか、万里の長城を上るとか、兵馬俑の間を歩き回るとか、そんなVRのソフトがあれば楽しいのですが、既にあるのでしょうか?
勤務先のメールサーバーの調子がおかしいのか、今週後半、送受信がうまくいきませんでした。以前から、エラー表示が出て受信のできないことは時々ありましたが、今回はその頻度が上がり、4回に3回はダメ、というほどでした。
あたしだけでなく、社内の他の人も同様の症状に悩まされていて、パソコンやメールソフトの問題ではなく、メールサーバーのせいではないか、と考えられますが、はっきりとした原因はわかっていません。調査中です。
そのため、なかなかメールが受信できないということもさることながら、送れたはずのメールが届いていないということも起きているようで、あたしも実験的に会社のアカウントから自分のプライベートのアカウントに送ったメールが何通か届きませんでした。
届かない場合、その場でエラー表示が出たり、しばらく経ってからリターンメールが戻ってくるのであれば、「あっ、届かなかったんだな」とわかりますが、見かけ上はきちんと送られているようなので質が悪いです。
今のところ、あたしに関しては実害は出ていないと思われますが、週明けも同じような状況が続くようであれば、あっちこっちに迷惑がかかってしまうかも、否、迷惑をかけてしまうかも知れません。それでも、あたしなどはメールのやりとりの数が少ない方だと思うのでよいですが、勤務先の代表メールアドレスや問い合わせメールの受付などを担当している人にとっては由々しき問題でしょうね。
こんな貼り紙がありました。
代々木上原にある幸福書房の店頭です。2月いっぱいで閉店だそうです。林真理子さんでお馴染みの書店でしたよね。小さな書店ではありましたが、岩波書店やみすず書房といった出版社の本も並んでいて、あたしの勤務先の本もちょこっとは置いていただいていました。閉店はとても残念です。
で、幸福書房のご主人が本を出されるそうです。「〆切本」で知られる左右社からだそうです。
刊行はもうすぐだそうで、チラシをいただきました。
タイトルは『幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!』、昨今、セレクト型の本屋が雑誌などで取り上げられたり業界の話題になったりもしますが、個人的には幸福書房のような、ごくごく普通の街の本屋の話がもっと聞きたいところです。
それにしても残念なことです。
勤務先へ通うのに毎日JRの御茶の水駅を利用するからでしょう。この時季になると気になってしまいます。だから、昨年もこのダイアリーに書いているのです。
何を書いたかって?
それは合格祈願のことです。
御茶ノ水の駅には湯島天神への行き方が示されています。ニュースでもこの時季になると取り上げられる学問の神様、天神様ですね。
行き方が示されているということは、迷う人がそれなりにいるということなのでしょう? 考えてみれば、お茶の水駅からちょっと歩きますから。
で、お茶の水駅の目の前にあるのが湯島聖堂です。こちらは、学問の神様は同じでも、中国の神様、孔子を祀っている場所です。
さてさて菅原道真と孔子とでは、学問の神様としてどちらが格上なのでしょう? といったことを聞くのはあまりにも野暮かも知れません。が、やはり気になってしまいますし、たぶんお茶の水駅に降り立った受験生の中には、間違ったのか、わざとなのか、湯島天神ではなく湯島聖堂に行く人もいるのではないでしょうか?
昨今、孔子と言えば、孔子学院など、中国の文化侵略の手先のように言われることもありますが、湯島聖堂にそんな政治的要素はまるでありません。だから安心して合格を祈願して欲しいものです。
で、どうしても合格したいからといってm天神と聖堂、両方へ行ったら効果は倍増するのでしょうか?