出版社が異なると……

店頭でこんな新刊を見かけました。

日本人になりたいヨーロッパ人 ヨーロッパ27カ国から見た日本人』です。海外滞在経験豊富な著者によるこの手の本、これに限らず時々見かけます。日本を貶しすぎたり、逆に褒めすぎたり、そういったものはちょっと困りますが、海外に行ってみて改めて日本について考え直すというのは誰にでもあることだと思います。

ところで著者の一人、片野優さん、見覚えのある名前だと思ったら、あたしの勤務先の著者でした。

 

ヨーロッパ環境対策最前線』『ここが違う、ヨーロッパの交通政策』という、やや硬めの欧州レポートを刊行しています。とはいえ、ガチガチの学術書、専門書というわけではなく、誰にでも読める内容、文章です。

それでも、宝島社の新刊と比べると、装丁もタイトルもかなり異なります。同じ著者の本とは思えないくらいです。もちろん中味も全然異なるわけですから、ある程度は出版社側の意向、希望もあったのでしょう。それが出版社の個性、カラーというものですし、どちらがよいというものでもありません。むしろ、そういった出版社の希望に合わせて如何様にでも書ける著者の方がスゴいのでしょう。

今日の配本(17/08/31)

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シャツではなくブラウス

数日前の営業回りのこと。

書店が入っているファッションビル。書店は上層階にあり、営業回りを終えてエスカレーターで下まで下りてきました。どの階だったかは忘れましたが、エスカレーターを下りた正面にシャツ屋のテナントがありました。

河谷シャツと書いてあります。

「河谷シャツって有名ブランドなのかしら?」と、ファッションには滅法疎いあたしは特に反応も示さなかったのですが、そのテナントの前で呼び込みをやっている若い女性が訴えるには、「あなただけの個性的なシャツは如何ですか?」といったような趣旨のもの。言われてみれば、そこに並んでいるシャツは個性的と言えば個性的、リメイク商品なんでしょうか? ちょっと気になります。

が、エスカレーターを下りてきたあたしと目があったその女性。あたしを見た刹那、目をそらしてしまいました。

あたしなんかに個性的なシャツを進めても無意味だと判断したのでしょう。

それは別に構いませんが、どういう点が無意味なのか、そこのところだけはちょっと根掘り葉掘り聞いてみたくなりました。でも、仕事の途中でしたので、足早にそこを離れました。

帰宅後に河谷シャツでググってみると見つかりましたが、意外といい値段しますね。デザインは個性的と言いますか、あたしにはパジャマのように見えます。

本、書店、そして中国

昨夕は、ジュンク堂書店池袋本店にてのイベント「本、書店、そして中国」へ行って来ました。講師は、東方書店の元店長の田村さん。あたしが学生時代に東方書店でアルバイトをしていたころ、神保町すずらん通りのお店の店長でした。いや、あの頃は神崎さんが店長だったかしら? とにかく、昔から縁のある方です。

話は東方書店の沿革と田村さんが従事されていた仕事内容についてが主でした。あたしも東方書店でアルバイトをしていたので多少は知っている話もありましたが、知らないことも多く、楽しいひとときでした。

で、このダイアリーを読んでくださっている方の中には「東方書店って何?」という方もいらっしゃるかと思いますので、昨夕のイベントのメモに基づきながら、軽くご紹介します。

もともとは極東書店という、言ってみれば左寄りの書店があったわけです。それが1966年に中国で文革(プロレタリア文化大革命)が始まるに及んで、ソ連寄りと中国寄りとで分裂し、中国派が分かれて立ち上げたのが東方書店です。ですから、東方書店はその設立当初から日中友好というのがDNAとして埋め込まれている書店なのです。

ただし、できた当初は文革真っ只中。はじめはプロパガンダ商品を主に扱っていたようです。毛沢東語録とか文革礼讃ポスターなどを輸入販売していたのでしょうか? あたしも知りませんが、あのころは文革を指示する日本の知識人もそれなりにいたので、ある程度の需要はあったのでしょうね。

あとは、中国から輸入した物産を扱っていて、デパートなどで行なわれる物産展に出展することもあったそうです。今からはとても考えられない総合商社ぶりです(笑)。まあ、食材や文房四宝などは当時でも売れたのではないでしょうか?

その後、文革も終わると徐々に書籍も入ってきたようですが、売り上げの柱になっていたのは書道用品だったそうです。当時はお店の一角で書道用品を扱っていて、固定客も着いていたそうです。そして墨や硯などの骨董的な高級品も飛ぶように売れていたのだとか。確か、あたしが学生のころは、お店で書道用品を扱っていたのをうっすらと覚えています。

中国ブームが到来しつつあるものの、肝心な語学書は光生館や東方書店が、中国で作られた外国人向けの中国語学習書を翻訳して発行している程度で、現在とは比較にならないほどアイテムが乏しかったようです。その後は、企業の中国進出向けの本、中国人とのトラブル解決法や付き合い方の本などが売れるように推移してきたそうです。

現在の東方書店は、中国で作られた学術雑誌のデータベースなどの販売にも乗りだしつつも、店舗での中国関連書籍の販売を続けています。あたしが学生のころ、神保町周辺には中国からの輸入書籍が扱う書店が東方書店の他にもいくつかあり、授業の後や土曜日にそういった書店巡りをするのが楽しみでもありました。現在ではすずらん通りで斜めに向かい合う東方書店と内山書店くらいしか残っていないのが残念です。

中国からの輸入書籍を扱うお店がそんなに揃っていて共倒れにならないの、という疑問もあるかと思います。もちろん現在はなくなっているお店があるわけですから共倒れしたと言えなくもないですし、そもそも中国関係に限らず書店全般、出版界全般が右肩下がりですから致し方ないです。ただ、それでも内山と東方があると言うことは、中国好きにとっては「神保町まで行ってみるか」というきっかけを与えてくれることになると思います。これがどちらか一店舗だけしかなかったら、わざわざ出向くのも面倒と思ってしまうでしょうけど、二つあれば行こうという気持ちも起こるのではないでしょうか? それに中国からの輸入書ではありませんが、漢籍などの古書を扱うお店も神保町には何店舗かあります。周恩来ゆかりの中国料理屋もありますし、冷し中華発祥のお店も神保町にあります。あとは中華街にあるような気の利いた中国雑貨屋が二つ三つあればよいのに、と個人的には思います。

閑話休題。

来客からの質問にもありましたが、内山書店と東方書店。すぐ近くに向かい合って存在する似たような書店ではあり、お互いどうなのかという点ですが、使う側からすると、思想、歴史に強いのが東方書店、文学、特に現代文学に強いのが内山書店、という色があります。あたしが学生のころには芸術系が充実していた中華書店、思わぬ掘り出し物が時に見つかる亜当書店、医学系が強かった燎原書店という棲み分けというか、特色が各店にあったものです。

さて、今回のイベント。ジュンク堂書店の担当の方の弁では、ジュンクのような大型店に対して、街の書店、セレクト型書店などが書店の形態として生まれてきているけれど、あるジャンルに特化した東方書店のような書店はとはどんなものなのかに興味を持たれたからやることになったそうです。

考えてみますと、中国に特化した東方書店(や内山書店)というのは、ずいぶん前からやっているセレクト型書店と言えなくもありません。田村さんも述べていましたが、中国語の学習書にしろ、中国史関係の書籍にしろ、恐らく東方書店の店頭よりジュンク堂の店頭の方が品揃えは勝っているでしょう。それでも東方書店が便利であり優れているのは、広くないからこそ中国関係のものはそこへ行けばほぼほぼ揃ってしまう簡便さです。

中国関係の書籍といえば、あたしなどは雑食なので中国の小説も読みますし、歴史関係の研究書とまではないかなくても、やや堅めの本も読みます。中国旅行記のようなエッセイも読めば中国語の語学書にも食指は動きます。中国ビジネスこそあまり読んだり買ったりはしませんが、ジュンク堂書店ですと、これらの書籍は広い店内に散在しています。しかし東方書店や内山書店ですと、数十歩も歩けば見て回れる範囲に揃っています。なおかつ、ジュンク堂や紀伊国屋ではほぼ扱っていない、中国や台湾、香港からの輸入書も一緒に置いてあるわけですから、中国好きにとっても面白くないわけがありません。

一番顕著なのは、中国関係の書籍がよく刊行される文庫・新書ではないでしょうか? いまや数え切れないほどのレーベルがあり、そこから毎月何かしら中国関係の新刊が出ています。ジュンク堂だと各文庫・新書の棚を巡ってその中から中国関係の本を捜していかなければなりませんが、東方書店ならそれらだけをまとめて置いてくれていますので、文庫や新書のレーベルを回遊する手間が省けます。

こればかりはネット書店の検索機能でもうまいことできませんね。そもそも「中国」と入れると「岡山・広島」といった「中国地方」の書籍もヒットしてしまいますので(汗)。そんなところが、リアル書店のよさであり、東方書店の存在意義なんだと思います。

2017年8月30日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

Black & White

アメリカの白人至上主義の動き。自由の国アメリカって、一皮むくと根強い人種差別が残っている国でもあるんですよね。もちろん、それを間違っていることだと指弾する強い力が働く健全性も併せ持っている国だとも思いますが。

そんなアメリカの白人主義に関する記事が29日の朝日新聞に載っていました。

再びうごめく白人至上主義 米国、デモ衝突で犠牲者
人種や民族による差別を撤廃する1964年の公民権法制定から半世紀。米国で白人の優位を訴える団体が再びうごめいている。石炭業が衰退したアパラチア地方など、昨年の大統領選でトランプ氏を熱心に支持した地域で、貧困におびえる白人層を狙って勧誘を活発化している。そんな中、白人至上主義団体と対抗デモが衝突し、女性が犠牲になる悲劇が起きた。

あいにく、あたしの勤務先では白人至上主義を正面から扱った本は出していませんが、こんな本を出しています。

懸け橋(上) オバマとブラック・ポリティクス』『懸け橋(下) オバマとブラック・ポリティクス』です。ちなみに正題の「懸け橋」は「ブリッジ」と読ませています(汗)。

他には、カバーの写真があまりにも印象的な『コーネル・ウェストが語るブラック・アメリカ』などです。

「白人至上主義」をテーマにフェアをやろうと考えている書店員の皆さま、これらの書籍もお忘れなく。

中東史の基本図書

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今日の配本(17/08/29)

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呪縛は解けていない?

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2017年8月28日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

起きようとしない男のために?

本としての『起きようとしない男』は、表題作を含む短篇集です。表題作「起きようとしない男」はその最初に掲げられた作品です。

ストーリーはタイトルどおり、朝、ベッドから起き出すのがイヤでイヤでたまらない男が主人公で、彼には奥さんも子供もいますが、そんな家庭の大黒柱としての立場はうっちゃって、とにかくベッドからでようとせず、ついにはベッドに居続けることを決意した男の話です。そんなことをしたらどうなるかは実際に本作を読んでいただくとして、本作にインスピレーションを受けた、ベッドともイスとも言えない作品が実際にあるそうで、その写真と作者による文章が本作には収録されています。

そのベッドともイスともつかない家具(?)の写真ですが、本作では縦向きに置かれた写真が載っています。果たしてこんな状態で使うのか、いや、これは横向きで使うはずだろうと自分なりに考えていたのですが、ネットをググってみたら簡単に解決しました。

その作品を紹介したページがあったのです。上の画像はそのページに載っていたものです。やはり横に寝かせて使うようですね。穴から顔をのぞかせて、下に置いた本を読んだり、書き物をしたりという使い方をするようです。

果たしてこのベッドなのかイスなのかわからない家具に寝たら寝やすいのか、起きたくない人にうってつけなのか、それはわかりませんが、まあフィクションから生まれた実際のものということで興味深いです。

で、話は小説に戻りますが、寒い日に布団から出たくないというのは誰でも同じだと思います。あたしなど冬でも4時前に起きているので、その寒さたるやかなりのものです。それでも結局は起きなければならない、仕事に行かなければならない、そんなわけですから「イヤなことはサッサと済ませよう」という考えが勝り、あたしは冬だろうとサッと起きられます。いや、起きてしまう、と言った方が正確かもしれません。

朝の番組を担当しているカワイイ女子アナたちだって、4時からの本番に備えてもっと早い時間からスタンバイしているわけですから、あたしが4時前に起きるくらいどうということはありません。

あたしの場合、「起きようとしない」のはむしろ晩です。

朝は3時半すぎくらいから起きているので、必然的に夜は早くなります。だいたい夜のイベントなどがなければ、8時半くらいには布団に入ってしまいます。しばらくは本を読んでいるので、すぐに寝てしまうわけではありませんが、時には8時すぎに寝床に入り、本を読み始めるものの睡魔が襲ってきて、8時半ころには寝入ってしまっていることもしばしばです。

そうなると、もう夜中にトイレに起きるとか、そんなことでもない限り起きようとは思いません。電話が鳴っても出ません。PCも寝床へ入る前にシャットダウンしているので、メールも明日の朝までノーチェックです。

そんなわが家ですが、数日前のこと、朝刊を取りに郵便受けを開けると、宅配便の不在通知が入っていました。見てみると前の晩の8時半ころに配達があったようです。

そういえば、本を読んでいたときにドアチャイムが鳴ったような気がしましたが、隣の家かどこかだと思って出なかったのを思い出しました。あれって、わが家へ来た荷物だったのですね。その日は、母も既に寝床に入っていたので、起きることはせず、8時半の時点でわが家は寝静まっていたというわけです。

ロッジ入門に最適?

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