ハンではなくニャン、否、ワン!

紀伊國屋書店新宿南店のお隣、高島屋の中にある東急ハンズ。そこが現在、東急ハンズではなく、東急ニャンズになっています。開業20周年イベントってことのようです。

フェリシモ猫部とのコラボで、ニャンニャンニャンの2月22日から始まったようですので、もうじき一か月です。4月10日までのようですから、まだしばらくはやっていますね。

それにしても、世間は本当に猫ブームですね。猫は金になるのでしょうか? まあ、昔から招き猫なんてありますから、やはり財運を持っている動物なのでしょうか?

しかし、あたしとしてはニャンズよりはワンズです。

ワンズと言っても、WANDSではありません。えっ、WANDSを知らない? うーん、ゼネレーションギャップを感じます。

リンクを貼った動画をご覧ください。当時はかなりの人気バンドだったんですよ!

おっと、閑話休題。

ワンズです。はい、猫ではなく犬です。あたしはイヌ派なので、東急ハンズさん、ニャンズが終わったら、ワンズをやってくださいませ! 後生ですから……

ゆうべ(昨夜)のものがたり

昨晩は、特に視たいテレビもないので、8時すぎに床に就きました。寝ようと言うよりは、本を一時間ほど読むか、というつもりでした。

が、読み始めてしばらくすると睡魔が襲ってきて、もうダメ、耐えられない、という感じで、読書をやめて寝てしまいました。それが8時半前のことです。

一気に深い眠りに落ちたのか、あるいは眠りが浅かったのか、それはわかりませんが、比較的すっきりとした気分で目が覚めたので枕元の目覚ましを見ました。

きっと11時くらいだろうな、それとももう翌日になっているかな、くらいの気持ちだったのですが、目覚まし時計の液晶が示している時刻は「09:58」です。

なんと、まだ10時前。

あたしって、いったいどんな生活をしているんだか……

ホントに、体のどこか悪いのではないか、そんな気もします。

もちろん、その後また眠りに入っていきましたけど。

春節に憶ふ

Facebookって、時々「一年前は?」とか、「こんな写真、覚えていますか?」といった感じのエントリーが表示されます。個人的には、やや懐かしく見たりしているのですが、今回はなんともグロテスクな写真が表示されていて、ギョッとしてしまいました。

どんな写真家と言いますと、ほぼ一年前のあたしの目の写真。

「なんでそんな写真をアップしたの?」と問われれば、こちらのダイアリーを読んでください、と答えるしかないですね。ほぼ一年前、体調不良から、あたしは出勤途中、御茶ノ水の駅前で意識を失って倒れてしまったのです。まさしく昏倒です。

幸い、倒れた拍子に顔面を地面に強打し、その痛みで意識を回復したのですが、目の上がパックリと割れていて血がダラダラ。頬や肘、膝などあちこちも痛打していたようですが、とにもかくにも顔面の半分が血だらけに近い状態でとにかく会社へ向かいました。

それが昨年の2月1日、月曜日の朝の話。

出版健保が始まる時間になって傷口を診てもらいに行きましたが、健保では埒が明かず、そのまま医科歯科大学病院へ、そして縫合。そして抜糸をしたので傷口の写真を撮って、Facebookにアップしたのです。いま思うと、われながら悪趣味、露悪的なふるまいでしたね。

でも、その時は、意外と傷跡はきれいに塞がっていて、それほど見にくくもないと安心していたのも事実です。そんな安堵感から写真を撮ってアップしたのでした。

あれから一年か。

その後、意識を失うようなこともなく、今に至ります。そもそも意識を失うなんて、後にも先にもあれっきり。特に後遺症のようなものはありません。しかし、あれ以来、体調の悪いとき、電車に乗っていて気分が悪くなると、少し悪夢が蘇るようになりました。

やはり、年かな、と感じます。

未年は……

あたしが未年であることは、このダイアリーを読んでくださっている方ならご存じだと思いますが、最近読み終わった『真夜中の北京』にこんな一節がありました。

ちなみに、同書の主人公とも言うべき、北京で惨殺されたパメラ・ワーナーも未年だったそうです。

ペメラ自身は、干支のうちでもっとも女性らしい羊の年に生まれた。この年に生まれた人は感情や懐疑的思考、憂鬱に流されやすいといわれている。どうしようもなくロマンチックで騙されやすく、誰かが注意してやる必要がある。羊はやや自己中心的ではあるものの、優しい心を持っている。殺戮者にしてみれば、パメラ・ワーナーは子羊のようなものだっただろう。(P.200)

あたしもちょっとは当たっているのではないか、という気がしますが如何?

これはまだ捨てない!

昨日のダイアリーで書いた中国の本。

その中で取り上げた『通志堂経解』も儒教の重要な注釈書の叢書ですが、一般には清代に編まれた『皇清経解』の方が有名ですし、しばしば引用されます。正編と続編がありまして、やはりあたしの学生時代に影印版が刊行されたので、当然のことながら買っております。下の写真がそれです。

さて、あたしの家、別に中国の本だらけというわけではありません。日本の本だって持っています。単行本もありますが、数量(冊数)として圧倒的に多いのは文庫や新書です。まずは講談社の現代新書。

上の写真のように、たぶん小さな本屋の現代新書コーナーよりもたくさんありそうですが、お気づきのように、昔の装丁のものが多いです。いま、この装丁(カバー)を見ても、すぐに現代新書とわかってもらえるでしょうか? このカバーの方が好きだったという人も多いですよね。たぶん、このカバーはカラーなのでお金がかかるからやめたのだと思います。

お次は、現代新書と並ぶレーベル、中公新書です。

こちらも、ずいぶんな量ですね。あらためて眺めてみて、そう感じました(汗)。昔の中公新書はビニールカバーが掛かっていたんですよね。知っていますか?

さて、現代新書、中公新書ときたら岩波新書でしょうが、岩波新書は何か所かに分かれて並べているので、割愛。その代わり岩波文庫です。これも数か所に置いていますが、下の写真は主に中国古典を並べている書架です。

どんどん増えていく本に書架が足りなくなり、廊下にも薄型本棚を置き、そこに文庫や新書を並べているのですが、下の写真のように、それもそろそろいっぱいです。一応は、各社のレーベルごとに並べているのですが、買う頻度が異なるので、ゴチャゴチャになっている棚もあります。

レーベルで並べるべきか、内容で分類するべきか、実はしょっちゅう悩んでいるのですが、やはりレベールごとの方が並べたときにきれいかな、それに各社微妙にサイズが異なるので……

上の写真も薄型の本棚。これはベッド脇に置いてあるものです。これがあっという間にいっぱいになってしまったので、一つ上の書架を買って廊下にまで所蔵するようになったという次第。

これらの本、多いのはやはり中国関係のものです。やはり中国からは離れられません(笑)。あとは、最近よく読むようになった海外文学も多いです。日本人の小説もちょっとはあります(汗)。これらの本を売るつもりはありませんが、いくらくらいになるのでしょうね? たぶん「キログラムでいくら」なんでしょうね? それに、そもそも昨日書いた中国の本って売れるのでしょうか? いや、買ってくれるのでしょうか、ブックオフとかで? 楽天やヤフーのオークションに出すべきでしょうか?

ライト点灯要請

まだ7時前ですが、今朝は、ちょっと荷物を取りに会社へ行って来ました。

朝4時に起き、4時半に出発。まだ最寄り駅までのバスが走っていない時間なので自家用車です。

この時間帯は空いていますので、およそ1時間で到着、荷物を運び出し、すぐに会社を出発。6時半帰宅。

まだ外は真っ暗な時間帯。クルマも少なめでしたが、散歩やランニングをしている人はチラホラ見かけました。皆さん健康を考えているんだなあ、こんな暗いうちから、寒い中、偉いなあ、と思いながらハンドルを握っていました。

そういう方たちに対しては微笑ましく、温かい眼差しを向けられるのですが、頭にくるのは自転車です。

別に自転車そのものを憎むつもりはありません。あたしだって自転車は乗りますから。

困るのは、無灯の自転車です。帰路は徐々に東の空が白み始めたとはいえ、ほぼ全行程真っ暗な「ザ・夜」という状態。ライトに照らされなければ、歩行者だっているのかいないのかわからないような暗さです。

にもかかわらず、無灯で走っている自転車が意外と多いのにビックリしました。自分たちはクルマが見えているし歩行者もわかるから大丈夫、なんて思っているのでしょうか? ライトは前を照らす以上に、自分の存在を知らしめるという意味があるということを理解していないのでしょうか? 運転しながら、何かがライトに反射して、「あっ、自転車だ」と気づいたことがしばしばありました。

無灯火の自転車、郊外でも都心でも、どちらでも見かけました。が、あえて言えば都心の方が多かったでしょうか? わが家の近所、東京の郊外は、そもそも周囲からして暗いので、自分でも見にくいからライトを付けている自転車が多いのでしょう。それに対して都心は、夜中でも周囲がそれなりに明るいので、自分が自転車を運転する限りにおいてはライトを付けていなくても困らない、と思っているライダーが多いようです。

しかしながら、やはり暗いとき(もちろん明け方や夕方も)、ライトは付けてもらわないと困ります。クルマを運転しているこちらが怖いです。逆にバイクは、昼までも点灯という習慣がほぼすべてのライダーに浸透しているようですね。

こういう感覚、自分が免許を取り、クルマを運転するようになって初めて気づく、というところがあります。あたしも、自分が免許を持っていなくてクルマを運転していなかったら、恐らく無灯火で自転車を走らせるような人間になっていたかもしれません。自分がクルマを運転する立場だからこそ気になるものです。

やはり自転車も免許制にして講習を受けさせるべきなのではないでしょうか?

スパイになる? なった?

毎晩よく夢を見る新年です。こんどはスパイになったようです。

いまの勤務先のままなのか、あるいは別の仕事をしているのか、夢の中ではそこがよくわからないのですが、とにかく「オイシイ仕事があるからやってみない?」と誘われ、ほとんど何も考えずにサインをしてしまったのです。ロシア語のような文字が書いてある(夢なので詳しいこと不明)用紙を見たので、ロシア絡みの仕事なんだなと予想はできましたが、何をすればよいのかはわかりません。ただ、他にもサインをした人がいて、事情通らしき彼らの話を聞くと、過去にサインをした人は皆日本から消え、その後姿を見ていないとのこと。

これは怖くなって、そこからとんずらしたのですが、一見エリートサラリーマン風の紳士に追いかけられる羽目に、とにかく逃げなければと、サインをした雑居ビルの一室から飛び出し、地下鉄の駅へ向かって紳士をまこうとするも向こうもその道のプロ。あたしの行動なんてとっくにお見通しのように後を追ってきます。

どうしよう? どっちへ逃げればいい? と頭をかけているところで目が覚めました。これっていったい何の暗示なのでしょうか?

ちなみに昨晩はもう一つ夢を見ていまして、それは勤務先で同僚と口論寸前の意見対立が起きたのです。二人で話しているとただのケンカになってしまうので、きちんと会議の場で話し合おうということになったのですが、社内の雰囲気はどうもあたしには逆風。会議の前に自分なりにもう一度論点を整理して臨もうと思って、夢の中で一生懸命理論武装するあたし。

でも、途中で「どうぜみんな、あたしの意見には反対なんだろうなあ」と思うと、みるみるやる気が失せ、何もかもイヤになって、会議をほったらかして、どこかへ逃走しようという気分に。会議をばっくれたら、それはそれで問題になって、会社をクビになるかな、という心配はありつつも、「それでもいいか」という、ちょっと投げやりな気分で、街をぶらぶらして会議の時間に会社にいないようにしているあたしでした。

結局会議に出たのか出なかったのか、夢の中ではよくわからずじまいでしたが、今回の夢、どちらも嫌なことから逃げる夢ですね。あたしって、困難に立ち向かうのではなく、さっさと諦めて逃げてしまうタイプの人間だったのかなと改めて思わされました。

高校生になる!

例によって9時前には床に入り、元日の今朝も6時には起きるというあたし。

でもって、2015年から2016年にかけての一夜、ヘンな夢を見ました。

あたし、高校生になってしまいました。

いえ、高校の頃に戻ったというのではありません。見たこともない校舎、高校の名前もわかりません。知っている人は誰も出てきません。とりあえず、始業式の日、教室へ向かうあたし。体育館では新入生の入学式が行なわれているはず。

出なくてもいいの? という突っ込みはありえますが、夢の中のあたしはどうやら二年生。遅刻してきて体育館の場所がわからず泣きそうになっている新入生男子に、「体育館はあっちだよ」とやさしく教える先輩でした。

でも、でも、ですね。

あたしもどうやら転校生みたいなんですよ。だから上に書いたように見たこともない校舎であったわけです。そして、そんなあたし。在校生は入学式には出席しないのか、とりあえず自分の教室に向かっています。そろそろホームルームが始まるころです。

教室に入ると、もうクラスメートはほとんどが揃っていて、教室のあちらこちらで談笑しています。あたしが知っている人は誰もいません。だから自分は転校生だと夢の中で判断したわけです。なのに、自分の席はわかっているみたいで、ごくごく自然に教室の中を歩いて行って、自分の席にカバンを置き、椅子に座るのです。

夢はそこで終わりです。何かをやり直す、という暗示でしょうか? 少なくとも新しいことを始める、新しいことが始まる、という夢のお告げではないですよね(爆)。

なんで高校生に戻ってしまったのか? 実は心の奥底で、いまだに乾さんに逢いたいと思っているのでしょうか……

さて、今年、どんな一年になるのでしょうか?

大丈夫か立飛! いや大きなお世話?

正月です。

先日からわが家に来ている妹家族を連れて、ららぽーと立川立飛へ行って来ました。

午前中の方が空いているかな、と思いつつ、正午少し前に現地に着きました。全部で7人なのでわが家の自家用車で行きましたが、途中の渋滞もなくスムーズにららぽーとへ着きました。店舗前の駐車場もまだガラガラで、こちらは周辺の市道から渋滞が始まっているのではと覚悟していたのですが、それもなく拍子抜けでした。

かつて、こういったショッピングモールがオープンすると周囲の道路が大渋滞を起こし、近隣住民に迷惑をかけると言われたものですが、そんな事態には陥っていないようでした。やはりモノレール駅直結という交通の便が幸いなのでしょうか? となると、ららぽーとの中は大混雑?

続きを読む

平成丙申、恭賀新禧

大過なく新年を迎えているはず。なにせ、このダイアリーは大晦日に書いていて、年が明けたと同時に投稿されるように予約設定をしているからです。

「なんで予約投稿なんて、そんなこと面倒なことするの? 初詣か何かでその時間出かけているとか?」なんて野暮な質問をする方は、このダイアリーの愛読者の中にはいないでしょう。

はい、理由は至極簡単。あたしが寝ているからです。

この数年どころか十数年、否、数十年、あたしは大晦日もふだんと変わらない就寝時間です。まあ、多少は遅いかもしれませんけど、それでも9時半とか10時ころには床に入ってしまいます。もちろん紅白も最後まで見ません。適当に切り上げてしまいます。

あっ、紅白で思い出しましたが、あたし、紅白って最後まで見たこと、生まれてこの方、一回くらいしかないと思います、それも小学生か中学生のころの記憶です。「紅白見ないで裏番組?」というわけでもなく、とにかく寝ちゃうのです。眠いから寝る、ただそれだけのことです。

そして元旦もほぼいつもの休日どおり、だいたい朝の6時ころには起きます。そしてトーストで朝食というのもこの十数年変わらないスタイルです。[いや、一昨年は違ったんでした!]

出来るだけふだんと変わらない日常を心がける、それがあたしのポリシーと言うほどたいそうなものではありませんが、なんかこだわりになって十数年、いや数十年になります。でも、これが続けられるのも、あたしが結婚もせず、のんきな実家暮らしを続けていればこそなのでしょうね。そういうところから考えると、あたしが結婚できないのにも、あまりにもわかりきった理由が厳然として存在しているわけですね。

くどいようですが、念のため書いておきますと、あたしは世間の人のように「自分は結婚できないのではない、しないだけ。その気になればいつだって結婚なんてできるのだ」とは言いません。「自分は結婚しないのではなくて出来ないのです。その気になったって出来ないものは出来ないのです」とあえて言います。「その気」がどの程度「本気」なのかは自分でも図りかねているところですが、結婚する気がなかったなんてことは人生で一秒たりともありません。

あっ、ぐだぐだと愚痴ってしまいましたので、ここらでウェブ年賀状。

続きを読む