今朝の朝日新聞です。「国際協力」という文字が躍っています。
となると、こんな本が参考図書になるのではないでしょうか?
『国際協力師になるために』『ユニセフの現場から』『ユニセフではたらこう』です。決して難しい内容の本ではありませんし、価格もそれほど高くはないものですから、高校生でも十二分に読めるはずです。
今朝の朝日新聞です。「国際協力」という文字が躍っています。
となると、こんな本が参考図書になるのではないでしょうか?
『国際協力師になるために』『ユニセフの現場から』『ユニセフではたらこう』です。決して難しい内容の本ではありませんし、価格もそれほど高くはないものですから、高校生でも十二分に読めるはずです。
サウジアラビア国王ご一行様の来日、その豪勢な様子がテレビの画面を賑わせていますね。家電量販店でもアラビア語の看板などを掲示して特需を期待しているのだとか……
ということで、テレビのニュース映像でアラビア文字を目にした方も多いのでは? アルファベットには慣れていても、アラビア文字はどこから読んでよいのかわからない、そもそもどこからどこまでで一文字なのか、という方がほとんどではないでしょうか。
そんな方には『アラビア語のかたち』がお薦めなのですが、残念ながら現在品切れ。古本屋で見かけることがあったら手に取ってみてください。
なので、次のお薦めは『ニューエクスプレス アラビア語』です。文字も会話も文法も、一通り学ぶことができます。
昨晩のトークイベント。
「大人の読書会」というのも話題の一つでした。
読んだ本について、好きな本について人と語り合うというのは自分にはない視点、着眼点が発見でき、とても愉しい場だと言います。果たして本当なのでしょうか?
あたしは昔から本が好きでしたけど、人と話しても意見が合いません。
いや、意見が合わないのは「自分にはない視点」として歓迎すべきことなのでしょうが、あたしの場合、ほぼ全員から「それはおかしい」とか、「そう思うのはおまえだけだ」と指摘され、愉しい思いを経験したことがありません。
所詮、他人に語っても理解してもらえない、だったら言うだけムダ、だと思います。
そんなことはない。おまえの伝え方はよくないのではないか、という考え方もあるでしょう。でも、一生懸命他人に伝えるための努力をする時間があるくらいなら、そんな手間をかけているのなら、一人で本を読んでいた方がよっぽどマシです。
そんな人、多いのではないでしょうか?
昨夜のように、人の話を聞いて面白く感じることはあります。でも、自分の考えを理解してもらえる自信もなければ、そんなことに時間をかけたいとも思いません。一方的に聞いているだけで、聴衆の一人で十分です。まさにネット世界のROMですね。
でも読書って、ある意味、著者の意見を一方的に聞くだけです。もちろんそこから自分でいろいろ考えることはあっても、それを著者にぶつける機会などほとんどありません。トークイベントや講演会を聞きに行くのも、行為としては同種なのではないか、そんな風に思います。
だから、あたしには読書会は無理です。
このところ華やかな衣裳をまとった女性を見かるようになりました。
はい、卒業式の着物です。振り袖の女性もいれば、袴姿の女性もいます。振り袖だと成人式っぽくもありますので、やはり袴姿が多いでしょうか?
で、そういう華やいだ女性に見とれるということもなくはないのですが、今年の場合、なぜか一緒にいる父母に目がいってしまいます。
少し前まで、大学を卒業するような子供を持つ人は明らかにあたしよりも年上でした。しかし、今年気づいたのは、そんな卒業生と一緒にいる父母がどうもあたしと同じような年齢になっているということです。
つまり、あたしが人並みの人生を送っていたとして、ごくごくフツーに恋愛をし、しかるべき伴侶を見つけていたとしたら、今ごろはあんな風に娘なり息子なりの卒業式、それも大学の卒業式に参加していたのかなあ、ということに改めて思い至ったというわけです。
もちろん晩婚化が進む昨今、どの親もあたしと同年輩とは言いません。やはりあたしより年上とおぼしき人の方が多いように感じられます。でも、明らかにあたしと同じくらい、いやもしかしたら若いかな、という人もチラホラ見受けられるのが今年の大きな特徴なのです。
これはちょっとショックです。どこであたしの人生狂ってしまったのでしょう?
ここまで来るにはいろいろあったかもしれないけれど、そんなことを乗り越えて、とりあえずは幸せそうな親子の図、というのを目にしてしまうと、少なくともあたしの人生にはそういう類の幸せはありえないんだなあとという現実を突きつけられている感じです。
そういう幸せが欲しかったのか、と問われると、あたしは昔から子供好きでしたので、子供は欲しいとずーっと思っていましたので、欲しかったという気持ちが少なからずあります。もちろん、ある程度大きく育った子供を可愛がれるのか、持ったことがないので自身はありませんが……
今朝の朝日新聞の「声」欄にこんな投稿が載っていました。
この質問(?)に対して、出版社や書店の人間はなんと答えるのでしょうか、否、なんと答えるべきなのでしょうか?
時に言われることですが、学校の読書感想文の宿題が読書嫌いを作っている、という意見。
あたしは子供のころから読むのも書くのも好きだったので、それほど読書感想文を苦にした記憶はありませんが、確かに書かなくてはならないのは面倒ではありました。しかし、だからといってそれで読書が嫌いになったりはしませんでした。
昨今の「朝の読書」運動が本嫌いを生みだしている、という意見があります。これも読書感想文と同じことで、やはり強制されると反発してしまうというのは子供のサガなのだと思います。
ただ、朝の読書について言うなら、それに熱心に取り組んでいる学校は模試などの成績が上がっている、確実に学力の向上に結びついているという調査結果もあるそうです。となると、ある程度強制でもやらせることには意義があるのかもしれません。
読書以外にも愉しみはあるし、学べる機会もあるという投稿者の意見は確かにその通りです。ただ、他にあるからこれはイヤ、という態度はどうなのでしょうか? 例えば受験勉強。何のためにやるのかと問われれば大学や高校に合格するためという答えが用意されていますが、ではその勉強内容はその後の人生で役に立つのかと問われると、確かに実生活では直接役に立っていないものが多々あります。
でも、強制的にでも一定量以上の知識を教え込まないと、社会で生きていく上での最低限度の知識が身につかないとも思います。人間誰しも習ったことをすべて覚えていることは不可能で、かなりの部分を忘れてしまうものです。生きていく上で100の知識が必要だとして、その100を身につけるためには300とか400の知識を学ぶ必要があると思います。そういう知識を得るのに、実は最も効率がよいのは読書だと思います。
そして受験勉強が最たるものですが、たとえ嫌なことでも我慢して、歯を食いしばって、自分をそれに追い込んで、一定の期間やり続ける体験というのは、その後生きていく上で必ず役に立つと思います。自分はあれだけ頑張れたのだから、という体験は貴重ではないでしょうか?
あたしはそんな風に思うのですが……
で、話は戻って読書ですが、読みたくなければ読まなくてもいいでしょう。そうやって本を読まないでも生きている人、むしろこの世の大多数の人がそうでしょうから。
本屋の店頭で似たような本が並んでいました。
紫紅社の『日本の女性風俗史』と光村推古書院の『日本服飾史(女性編)』です。
前者にはご覧のように内容紹介動画まで用意されていますが、これでおわかりになるかと思いますが、歴史上の様々な衣裳を着た女性の写真が、まさに色鮮やか、絢爛豪華に登場する一冊です。
それに対して後者ですが、内容としては前者と同じような本です。そしてウェブサイトには数ページ分の見本が載っています。その見本ページをご覧いただければわかるように、こちらの本では歴代の衣裳がイラストで紹介されています。
さあ、ここで両者を見比べてみるとなかなか面白いです。生身の人間が衣裳を着ている前者はリアルではあるものの、ちょっと印象が強すぎて、衣裳の記憶が残りません。後者の方があたしの好みではあったのですが、如何でしょう?
今回も、関西ツーのお愉しみ、スイーツです。
まずは「フリュテリー果坊 阪急うめだ本店」のスイーツ。メロンを使ったものです。
続いては、関西に来ているのに「銀座コージーコーナー」のスイーツ。ただ、あえて言い訳をさせてもらうなら、あたしん家の近所、最寄り駅にもコージーコーナーがなくて、たまに食べたくなるんですよね。特に、このミルクレープが。
こちらは再び関西のお店、「ケントハウス」です。デラックスなガトーフレーズです。なかなか食べ応えがありました(汗)。
そして最後は、何度も食している「モンシェール」ですが、堂島ロールではなく、今が旬のイチゴ、あまおうを使ったスイーツ。
今回のツアーは6泊しましたが、食べなかった晩もあるので、こんなところでした!