自転車、Bicycle、チャリ

藤井光さんの『ターミナルから荒れ地へ』の98ページに自転車を称揚するところがあります。

自動車社会のアメリカであえて自転車を持ち上げるという意味は同書に譲るとして、日本でも確かに3.11以降、省エネという面からも自転車が見直され、書店でもクルマやバイクよりも自転車の雑誌がの方が多いという話も聞きます。

そういった自転車の意味付けも理解できますが、最近の日本では、自転車による交通事故が多発し、自転車用の保険も契約が伸びているとも聞きます。

こうなると、「自転車って何だ?」という感じもしてきますね。

一期一会の我流解釈

今日は多くの学校で入学式だそうですね。

春は別れと出会いの季節、いや、出会いと別れの季節でしたっけ、とにかくそんな風に言われ、しばしば聞かれるのが「一期一会」という成語です。自分の好きな言葉や座右の銘でこの言葉を挙げる人も多いです。

この一期一会、辞書的な意味を述べれば

この機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるから、大切に、誠意をもって相手に向かい合わなければならない

といったところでしょうか?

でも、あたしってひねくれものなのか、そうは思えないんですよね。

この人との出会いはこれっきりだから、別にどうでもいいや、と思ってしまうのです。たぶん二度と会うことがない人だと予想がつくと、相手のことを覚えていようなどという気はさらさら起きず、恐らく一時間後にはすっかり忘れている可能性が大です。

そういうときに、あたしはこの「一期一会」という言葉を思い出します。「それっきりだから、適当に流してしまおう」という感じです。

毎年のことながら……

新入社員は既に金曜日から出社しているのですよね? 明日からという会社もあるのでしょうか?

テレビ番組などの切替が明日からということもあって、明日が初出勤日という会社もあるのでしょう。

それはともかく、既に金曜日、朝の中央線には新人らしき顔ぶれがちらほら。

いや、初々しくてよいのはわかりますし、最初は慣れない早起きで大変なのもわかりますが、やはり朝の通勤電車の秩序が乱されます。これまでは存在しなかった連中が増えるわけですから、微妙に車内の空気が乱れます。

もちろんこの春から見かけなくなった人というのもいるのでしょうが、いなくなった人は、よほど目立っていた人でない限り気づきませんね。あたしの場合、取り立てて注目している人もいませんし。

で、話は戻って新人たちです。

彼ら、彼女らは、いつくらいになったらこの車内の空気に馴染むのでしょうか? いや馴染む前にだんだん出勤時間が遅くなっていくのでしょうね。最初だけは頑張って早起きして、会社にも早く着くのでしょうが、だんだんと慣れてくると遅刻ギリギリになるのではないでしょうか?

まあ、それがフツーでしょう。あたしみたいに、年々、出社時間が早くなる人は珍しいのかも。

あと、読みもしない、読んでも理解できない日本経済新聞を持つのもやめて欲しいところです。

正露丸が効かないよ!

ちょっと汚い話で申し訳ありません。

この三日ほど、お腹を壊していまして、正露丸を飲んでも、下痢が止まらないのです。朝と昼はほとんど食べず、せいぜいがヨーグルトとかプリンを1カップなのですが、とにかく固形物を摂るとお腹が急降下。

いや、もうほとんど固形物はでなくて……(以下、自粛)

単純に「お腹を壊した」だけなら、小さいころの常備薬、正露丸を飲めば治りますが、今回は既に三日目。一向に治る気配がありません。

お腹が痛いわけではありません。だから、余計に厄介でもあります。

外へ出るのが怖いです。

でも営業には行かないといけませんし……

だから、何も食べない、食べないから出すもの(出るもの)もない、それでひとまず安心、という感じです。

家に帰ると、自宅なので安心できるので、そしてさすがに一日食べていないから、もう治ったかなと昨晩もちょっと食べてみたのですが、やはり今朝になると、否、夜中から、お腹がの調子がおかしくなりました。

今日も帰宅して、もういいかなと思って、軽く食べてみました。今のところ、久々の食事にお腹がゴロゴロ鳴っていますが、急降下な感じは出ていません。ただ、夕食から時間がそれほどたっていないので油断は禁物ですが。

これって、風邪の菌がお腹に入ってしまったのでしょうか? だとしたら、正露丸などの下痢止め、止瀉薬ではなく、内科医に診てもらわないとダメなのでしょうか?

三つほど疑問

東京の東中野で、二年前から行方不明だった埼玉県の女子中学生が保護されたというニュース。他の地域ではどうか知りませんが、関東ローカルではかなり時間を割いて報道されている感じがします。そんなニュースを見ていての疑問が三つほど。どれもテレビで解説者が指摘しているのかもしれませんが……

まず一つめは、女子中学生が保護された段階で、誘拐犯の身柄を拘束できていないのに報道されていた件。

これ、マスコミがリークしちゃったのでしょうか? なんとか犯人というか容疑者の身柄を取り押さえたからよいようなもの、自殺されていた可能性がかなり高かったですよね。本当に、犯人が死んでいたら警察は大失態ということになったのではないでしょうか? 女の子が保護されたことを隠しておけば、容疑者は何も知らずに東中野の自宅に帰ってきて、そこでお縄になったはず。

疑問の二つめ。

その女子中学生が中の警察から埼玉へ向かう場面です。かなりのマスコミが集まっていて生中継されました。もちろん警察の車は女の子が乗っている後部座席の前にカーテンを引いて中が見えないようにしていましたけど、もし、カーテンがなかったら女の子の顔がもろに映っていたはずです。二年前の公開捜査はいざ知らず、現時点では女の子の名前は伏せられています。それがマスコミ的な配慮なのでしょうが、もしあのクルマにカーテンがなかったら、生中継でぼかしを入れることは可能だったのでしょうか?

疑問の三つめ。

これを言うのは酷かもしれませんが、この女子中学生。二年間学校へ行ってないわけですが、それでも卒業できるのでしょうか? もちろん高校などと異なり義務教育の中学ですから問題ないのでしょうが、これがもし高校生だった場合、確かに誘拐されて自由を奪われるという同情すべき事情はあるにせよ、果たして卒業を認められるのでしょうか。あるいは補習か何かを受けた上で卒業となるのでしょうか?

ラテンではなく、あえてスペイン!

海外文学フェアが開催中であると書いた青山ブックセンター六本木店では、彩流社の主催でこんなフェアもやっていました。下の写真がフェアの場に置いてあった小冊子です。

「スペイン文学フェア」です。あえて「ラテン文学フェア」にせず、「スペイン」に絞ったのは、そこにあるように「セルバンテス没後400年」という節目の年だからでしょうか?

そうか、セルバンテス、没後400年なのか、と改めて思います。ドン・キホーテですよね? 安売りショップの影響で、日本人は「ドンキ・ホーテ」と覚えていそうですが、あの店だって看板は「ドン・キホーテ」になっていたはず。「ドン・ファン」「ドン・ジョヴァンニ」などの「ドン」ですよね。

 

それはさておき、あたし『ドン・キホーテ』って読んだことないです。どんな話だったのかも知りません。これはいけませんね。この機会に彩流社から新訳(編)が出版になるようです。たぶん、あたしみたいな人間って多いのだと思います。この機会に読みやすくなった新訳で『ドン・キホーテ』にチャレンジしようという人も出てくるのではないでしょうか?

いや、『ドン・キホーテ』どころか、ラテン文学はそれなりに読まれていても、スペイン文学(イスパニア文学)って、どれくらいの人が知っている、読んでいるのでしょうか? 下の写真は、小冊子の裏側。フェアに当たってのご挨拶文ですが、やはりそんなことに触れていますね。

この小冊子ではセルバンテスの他にも、彩流社が翻訳を手がけているベッケルミゲル・デリーベス、アントニオ・ガラなども挙げられています。あえてラテンではなくスペインを打ち出している当フェア。なかなか面白いです。

 

ちなみに、あたしの勤務先ですと、スペインと言うよりは『ムシェ 小さな英雄の物語』『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』といったバスクの作品を出しています。

卒業式の記憶がない!

気づくと卒業シーズン。

例年、勤務先の回りや営業回りの途次、袴姿の女子学生を見かけることで「ああ、もうそんなころか」と思うのですが、今年はその袴姿をあまり見かけません。いまの女子大生には不人気なのでしょうか?

とはいえ、この時季になると歌番組でも「卒業ソング・ベストテン」的な特集が組まれたりして、否応なく、そんな気にさせられるものです。

しかし、社会人になると、卒業というものがなくなってしまうので、なんとなく気分が乗らないのも事実です。特に毎年新人が入る大企業でもないので、この時季のワクワク感みたいものを感じられることもほとんどありませんし。

それにしても、卒業って寂しいものでしょうか? 懐かしく思い出されるものでしょうか?

あたしの場合、「ああ、やっとこのクラスともおさらばできる」という嬉しい気持ちの方が大きかったです。なにせ、小中高ずーっと嫌われ者、友達なんていない状況で過ごしてきたので、特に別れが辛いと感じるクラスメイトなど一人もいませんでした。惜しむような別れのエピソードもありません。小学校、中学校の卒業式の記憶、想い出はまるでありません。たぶん体育館で行なわれ、その後、各教室に分かれ、最後のホームルーム的なものがあって「さようなら」だったと思いますが、違うでしょうか?

高校は、確か当時体育館の建て替え工事があって、杉並公会堂で行なわれたはずです。ちょうど前の日が雪だったので自宅から荻窪までちんたらと歩いて行ったら式典は既に始まって半ばを過ぎていました。もともと高校のクラスが大嫌いだったので、「別に式典には出ないでもいいや、後から学校へ行って卒業証書をもらえば」くらいの気持ちだったので、わざと遅刻するために、ちんたら歩いた記憶があります。

その後、学校に戻ってホームルームだったはずです。ただ、別に学校はバスなど仕立ててくれなかったはずなので、またちんたらと歩いてか、あるいは路線バスで学校へ戻ったと思うのですが、まるで記憶がありません。そして、教室での出来事もまるで記憶に残っていません。たぶん、証書を担任から渡されたはずなのですが、その記憶もなく、クラスメートと話した記憶もなく、最後の「起立、気をつけ、礼」のあいさつと共に、級友との別れを惜しむことなく、さっさと教室を後にして学校を出た記憶だけは残っています。直前まで履いていた上履きを持って帰るのが面倒臭いなあ、と思いながら道を歩いた記憶はあります。

あれから30年。その後、クラスメートとは誰とも逢っていません。いや、半年後くらいの文化祭に行ったときに、何人か逢いましたが、それもその時限りで、その後は本当に誰とも逢っていませんし、誰からも連絡は来ません。もちろん、あたしから連絡を取ろうという気はさらさらありません。

かれこれ20年弱、こうしてウェブサイトをやっています。最初から本名でやっていますので、検索すればすぐにヒットするはずですが、それでも過去のクラスメートから連絡が来たことはありません。大学時代のクラスメートから来たのが3件ほどですが、それも十数年前のこと。

この数年、mixiやfacebookなどが普及し、「そこから昔の友達とまた連絡を取るようになった」なんていう話も聞きますが、あたしの場合、それもないです。facebookは卒業した学校も登録してあるわけですから、検索すれば、こちらも簡単にヒットするはずですが、だからといってあたしにクラスメートから連絡が来たことはありません。

断わっておきますが、あたしは小学校も中学校も高校も転校はしていません。だから、在籍が短すぎて記憶に残らないということはないはずですが、たぶんずっといても記憶に残らない人間だった、あるいは嫌な記憶しか残していない人間なのでしょうね。

上掲の事実が、それを証明しているでしょう。

マイナーチェンジ

先日、わが家のクルマを買い換え、昨日、納車になりました。納車と言っても別に運ばれてくるわけではなく、近所の自動車販売会社まで、これまでのクルマを乗って行き、こんどは新車に乗って帰ってくるというだけのことです。

こんどのクルマはこちら、下の写真です。

車に詳しい方ならすぐにわかるでしょう、日産のエルグランドです。ちなみに、これまで乗っていたのが下の写真。

えっ、同じじゃない? と思われる方も多いと思いますが、これまで乗っていたのもエルグランド。若干のモデルチェンジはしています。フロントの形がちょっと違いますよね。色も、これまでは濃い紫色だったのが、こんどは茶色になりました。マイナーチェンジで同じ色のモデルがなくなったので、茶色をチョイスしたのですが、上の二枚の写真ではあまり違いがわかりませんね(汗)。

ちなみに、さらにそれ以前に乗っていたのが下の写真。

これもエルグランドです。これはずいぶんとフォルムが違いますよね。このモデルの方がやや背が高いです。2-3-3の8人乗りでした。そして二列目の窓は開きませんでした。

二枚目の写真のエルグランドは外観をがらりと変え、かなりスポーティにしてきました。この手のタイプの車はどっしりと乗るものだと思うので、スポーティにする意味がわかりませんが、二列目の窓が開くのがよかった点です。ただし、こんどは三列目のシートが前後にスライドしなくなったので、リアの荷物置きスペースがやや狭くなってしまったのが難点でした。二代目エルグランドは2-2-3の7人乗りでした。

そして今回の三代目。大きさは二代目と同じです。2-2-3の7人乗りであることも同じです。上に書いたように、顔がちょっと変わったくらいの変更ですが、なんと三列目シートが前後に動くようになりました。これで足回りをゆったり取りつつも、リアの荷物置きもそれなりのスペースを確保できるようになりました。あと、オプションでドライブレコーダーを付けてみました。