台と丘と山

最近業界で評判のKaBoS宮前平店へ行ってきました。

業界の人でないと「それ、何?」って感じでしょうか? 本屋さんです。KaBoS(カボス)というのがチェーンの名前で、その宮前平にあるお店が宮前平店です。KaBoSは福井に本部のある勝木書店が展開している郊外型大型店舗の名称です。宮前平店は、少し前にカフェや文具コーナーを新たに設け、その結果書籍売り場の面積が減ってしまったのに売り上げは落ちていないということで評判らしいのです。

と、あたしはここで別に宮前平店のことを縷々書きたいわけではありません。書きたいのはその立地です。店舗の名前からどこにあるのかすぐにわかる人は、首都圏の方でも少数ではないかと思います。宮前平は田園都市線の駅の名前です。行政区画的にいえば神奈川県川崎市宮前区となります。宮前平の駅を降り、宮前区役所に向かって割と急な坂道を10分ほど登り、登り切ったらこんどはその半分くらい降りてちょっと行ったところにあります。駅から徒歩10分から15分といったところでしょうか? ものすごく遠いわけではありませんが、いま書いたような坂道、かなり急峻なので、暑い夏の日や雨の降る日には積極的に行きたいとは思わない立地です。ただし、区役所が目の前だからでしょうか、お店の隣にはちょっとしたショッピングセンターがあって、駅からはちょっと距離があるものの、この付近の商業的な中心地域ではあるようです。

さて駅から上ってくる坂道のほぼてっぺんに小学校がありました。川崎市立富士見台小学校と書いてありました。駅からの坂も富士見坂とありましたので、この学校からも富士山がきれいに見えるのでしょうね。しかし、ここで一つ疑問が。

あたしが小学生のころ住んでいた杉並区の高井戸。京王線の下高井戸ではなく、井の頭線の高井戸ですが、その隣には富士見ヶ丘という駅があり、駅からは遠いですが富士見ヶ丘小学校というのもありました。あのあたりのどの辺を富士見ヶ丘と呼んだのか知りませんが、たぶん富士山が見える高台があったのでしょうね。

で、丘と台です。どっちの方が高いのでしょう? 丘というと山の小さいもの、低いものをイメージしてしまいますが、台というともう少し面積の広いところがイメージされるのですが、正確な違いってわかりません。

そんなことを懐かしみながら、駅からの坂を歩いていました。そして宮前平、宮前区という名前、あたしの中学は杉並区立宮前中学でしたので、「宮前」という響きにはちょっとした郷愁を覚えます。あっ、念のために書いておきますと、小学校は富士見ヶ丘小学校ではなく、区立高井戸小学校でした。なんと今年で創立140周年。あたしが在校時に100周年の式典があったのですが、もうそんな月日が流れたのですね。

上の写真は、そんな高井戸小学校の百周年記念の時に全校生徒がもらった文鎮です。平成の今だったら「なんで文鎮なの?」って声が聞こえてきそうですが、当時としてもなぜ文鎮だったのか、一生徒であったあたしにはわかりません(爆)。PTAって書いてありますから、お父さん、お母さんたちの考えだったのでしょうか? でも、いまだにあたしのデスクで、こうしてペーパーウェイトとして活躍していますから、実は先見の明があったのかもしれません。当時の文部大臣は永井道雄だったのですね。

類は友を呼ぶ?

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7月4日に生まれて?

既にテレビの芸能ニュースでもやっていますが、乃木坂46とセブンイレブンがコラボするようです。で、近所のセブンイレブンへ買い物に行ったらレジのところにこんなチラシが置いてありました。表紙は十福神の高山、若月、桜井、秋元、深川、橋本、生田、生駒、西野、白石(左上から時計回りに)がポーズをとっています。

チラシを開いてみると、12枚目シングルの案内。セブンイレブンのみの予約特典があるようです。限定ライブの参加券のようですね。あたしはライブにまで行こうとは思いませんので、あえてセブンイレブン限定盤を買おうという気は起きませんが、超特大ポスターは欲しいかも。でも、まなったんや若月のポスターではないみたいなので、これもビミョー(汗)。いや、みんな好きですけどね。

さらには真夏の全国ツアーの応援グッズ付きチケットも販売されるようです。上にも書いたようにライブに行こうと考えているわけではないのですが、グッズはちょっと欲しいかなと思います。予習DVDってどんな内容なんでしょう? 過去のライブ映像? あるいはこれまでのビデオクリップのダイジェスト? セブンイレブンのサイトの情報では

誰もが聴いた事がある乃木坂46の代表曲から、カップリング曲までを、いまだ映像化されていない“真夏の全国ツアー2014”ライブ映像まじえてのガイド。また、昨年の全国ツアー舞台裏や、“真夏の全国ツアー2015”で訪れる各地のメンバーのお勧めスポットのインタビュー収録など、盛りだくさんの60分。

とあります。これはちょっと欲しいかも。しかし、2万円超では……

でもって、結局のところ、こういうコラボ商品を買うのが関の山なんでしょうね、あたしなんかは。かっぱえびせんとポテトチップスのパッケージに乃木坂が登場! しかし、やはり上掲のポスターと同じでフロントの五人のパッケージしかないのか……(涙) それでも買い揃えたくなってしまいます。いや、中身は食べますよ、もちろん。食べ終わった空き袋を取っておくか否か、悩みどころですね(爆)。

それならこっちがよいでしょうか? クリアファイルやブロマイドがもらえるみたいです。こっちにはまなったんも若様もあります、否、います! クリアファイルやブロマイドは選べるのでしょうか? それとも中身がわからない状態でランダムに配布されるのでしょうか?

このクリアファイルは十福神以外のメンバーも登場していますから、ファンへの訴求力は高いのではないでしょうか? まずは乃木坂原理主義者には嬉しいだろう「生生星」3人のファイル、「白石・橋本・松村」の元祖御三家などなど。

そんな中、一番注目したのは「西野・若月・桜井」の「無口なライオン」トリオのクリアファイル! これはあのMVを知っている人にはなかなか興味深い三人ではないでしょうか?

ちょっとした短編映画を見ているようなこのMV。なかなかの秀作です。このMVを見た上でこのクリアファイルを眺める。オタの妄想が膨らみそうです(爆)。

ちなみに、これらのグッズの販売は7月4日からだそうで、「7月4日に生まれて」という作品を見てもいないのに思い出しました(汗)。

トム・クルーズが出ていたのでしたよね。

ヘビがいる!

日本でも感染者が発生するのか、なんとも雲行きの怪しい、お隣・韓国のMERS蔓延。

これについては韓国や日本の厚労省、そして医療機関などに頑張ってもらうとして、うがい・手洗いなど個人で予防できる手段があれば教えて欲しいところです。

それはともかく、WHOの会見で気になったのが、バックに見えていたWHOのマークです。国連っぽい世界地図をあしらった上に杖とヘビです。ヘビとピアスではありません。ヘビと杖です。

なんで、ヘビと杖?

と思って調べてみたら、医神アスクレピオスから来ているそうですね。アスクレピオスがどうしてヘビと杖に繋がるのか、まだ調査中なのですが、その前に「あれ? アスクレピオスって、どこかで聞いたことあるな」と思ったのです。

あたしは根っからの文系で、医学を志したことなどありません。ギリシア神話も特に熱心に読んだこともないので、薄っぺらい知識しか持ち合わせていません。それなのに、どこでアスクレピオスという名前を知ったのでしょうか?

と考えていて気づきました。あたしの勤務先の本です。

そのものズバリ、『医神アスクレピオス』なんて本が出ていたじゃありませんか! カバーの装丁にヘビと杖は出てきませんが、たぶん本を読めばそのいわれもわかることでしょう。

こういうのを、灯台もと暗し、と言うのでしょうか?

ライフスタイル提案型って、つまり何?

少し前に、このところの書店のスタイルについて書きました。

最近全国的に増えている蔦屋とか、有隣堂が新宿の小田急百貨店に作ったストーリーストーリーとか、そのはしりは京都の恵文社なんじゃないかと思いますが、とにかくこの手の書店が増えています。

時間を潰すための場所としては愉しいし、「へえー、こんな本が出ていたんだ」という発見もありますが、こういう書店を一括りに言ってしまうと「提案型」の書店と言うようです。何を提案するのかと言えば、各店にコンセプトなどはあるのでしょうが、これも平たく言ってしまえば「生活スタイル」「ライフスタイル」です。

「こんな雑貨や家具、観葉植物に囲まれて、そこでくつろぐあ・た・し。そんなとき、手にするのはこんな本がオススメ」という感じなのでしょうか?

それ自体を否定するつもりはないのですが、なにか居心地の悪さを感じるのも事実です。それについて時々考えています。

たぶん、日常的に本を読む人、本を読む習慣のある人、本屋によく行く人は、こんな風に提案されなくても自分の欲しい本、読みたい本がわかっているわけで、そういう人には探している本が見つけやすい書店が「よい本屋」なのであって、別にお店や、ましてやコンシェルジュに提案なんてしてもらう必要なんてありません。だから、こういう提案型の書店、セレクトショップ的な書店にはあまり足を向けないのかも知れません。

でも、世の中、本を読むと言える人の方が極端に少ないのが、たぶん現実。そもそも何を探しているかもわかっていない人には、のけぞりそうなほど高い高い書架が図書館のように聳え、整然と本が数え切れないほど並んでいる(ジュンク堂のような)書店は、足を踏み入れただけでめまいを起こしてしまうのかも知れません。

そうではなく、カワイイ雑貨を見ながら、ふとそのそばに置いてあった、可愛らしい装丁の本を手に取って、パラパラとめくってみる。文字も少ないし(←これ、重要)、薄いし(←これも重要)、すぐ読めそうだから買ってみようかな、そんな購書スタイルが一般的になっているのかもしれません。だから、そういう人には提案型の書店が受けるのだと思います。

薄っぺらいと言われるかも知れませんが、そこまでは理解しているのですが、それでもまだ居心地の悪さ、なんとなくしっくりこない気分を感じるのは何故でしょう? やっぱり提案されること、それ自体なのかな、と思うのです。

だって、音楽を聴く、テレビを視る、という行為に比べ、娯楽としての読書にはこれらとは比較にならないくらい、能動的なかかわりが必要になるじゃないですか? 音楽は「聴きながら」別のことができます。テレビも「視ながら」他のことができますし、多くの人はしていると思います。でも、読書はどうでしょう? ながら読書って出来るものなのでしょうか?

読書は「提案された」なんていう受け身で始めても身につかない、いや、そもそも読み始められないものだと思います。それなりの覚悟と体調、これは肉体的にも精神的にもですが、そういったものが必要になります。なおかつ多少の知識も必要ですが、これは読書体験が増えれば自然と積み重なってくるものです。

そんな風に、能動的に取り組まなければいけない読書と、提案されるという受動的な空間が、あたしには居心地の悪さの元凶なのではないか、そんな風に現時点では考えています。

日本仏像史講義

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サメ・フェス、後半戦

引き続きムービープラスの「サメ・フェス」です。本日は「ゴースト・シャーク」と「テンタクルズ」です。

 

まずは「ゴースト・シャーク」です。

バカな親子に殺されたサメが怨霊が宿るという洞窟で復活を遂げ、ゴーストとなって人を襲うという、「ジョーズ」の亜流とも呼べない作品です。ゴーストなので神出鬼没なのですが、サメだけあって、水野ないところには出現できないというところがミソです。

怨霊となったサメの仕業だと気づいた若者たちがサメを退治しようと、洞窟の謎を知っていそうな変人灯台守と最初は反発しながらも最後は協力してサメに立ち向かうのですが、街の観光に響くからと真実を公表したがらない市長やそれに振り回される保安官といった群像劇はまるっきり「ジョーズ」です。

本作で一番のひねりというか工夫は上にも書いた洞窟です。かつてこの町に住んでいた人が忽然と姿を消したことがあったようで、更にその前には先住民を虐殺した歴史もあったこの土地。その虐殺された人たちの死体を洞窟に隠したらしく、それ以来、この洞窟には怨念がたまっているとか、そんな因縁、歴史譚を主人公たち若者が追っていき、サメの怨念を封じるというストーリーです。

作品自体は思いっきりB級です。ただ上述の歴史譚をもう少しうまく使えばもっと面白い作品にできたのではないか、という気がします。予算がかかっていないからゴーストのサメのCGがひどいのは許すとして、せっかく過去の怨念というサブストーリーを持ち出したのだから、それをもっと活用すべきでしょう。変人と言われた灯台守も実は亡くなった奥さん思いのいいひとなわけで、幻覚なのでしょうけど奥さんの幽霊まで登場したのだから、サメ退治に奥さんの力を借りるのかと思いきや、そんなことはまるでなく、おくさんはそれっきり。うーん、こういうところがB級なんでしょうか?

続いては「テンタクルズ」です。1977年の作品だそうで、どうりで作品の最初から終わりまで、誰かしらタバコを吸っているシーンがある、現在では考えられないような内容です。ストーリーもこの手の作品にありがちで、違法な海洋工事の影響で凶暴化した巨大タコが人を襲うという内容です。

途中まで、あまりタコの姿を映さずに進めていくのは「ジョーズ」のパクリのようですが、最後までほとんどタコの姿は、全体としては映りませんでしたね(笑)。あれっ、という感じです。他の作品なら生き残りそうな人が結構死んでしまうのも驚きです。そして途中までは主人公とおぼしき役割の新聞記者が後半はまるで出てこない! これまた、あれっ、という感じです。

さて、この凶暴なタコをどうやって退治するのか? 結局、後半の主人公、水族館のシャチ調教師がシャチを使ってタコと戦わせるという、「うーん、人間は何やってるの?」というオチ。いや、海中でタコに襲われた主人公のピンチにシャチが駆けつけてタコに襲いかかりついには倒すというくだりは、なんか忠犬ハチ公的な主人と飼い犬、じゃなくて飼いシャチの愛情物語っぽく、さらにはタコと相打ちになったか、あるいは大海原へ帰ってしまったと思いながらもシャチの行方が気になってクルーザーを走らせる主人公の元へシャチが戻ってくるところなど、ちょっとお涙頂戴的なストーリーです。

しかし、それにしては、シャチとタコの死闘がよくわからない。美味しそうにゲソを食っているだけにしか見えないのは、あたしの目が悪いせいでしょうか?

そうそう、ムービープラスは7月もホラー特集があるそうなので愉しみです!

まゆゆ、頑張ったね!

視聴率的には大爆死と言われ、当初の全10話か11話が、第9話で打ち切りになってしまったという、フジテレビ系「戦う!書店ガール」の最終回。

多くの人が指摘するように、やはり脚本が悪かったのかな、という印象です。特に本来ならあと3回(2回?)あるはずだった放送を一回に詰め込んでしまったため「無理矢理感」はどうしても否めません。最後の最後の企画を実施して、退職&再就職問題にもけりがつき、なおかつまゆゆの結婚式まででは視聴者もついていけないと思います。なんであんなことしちゃったのでしょうか? 少なくともまゆゆの結婚シーンは不要でしょ? それとも一部のファンに(いるのか、いないのか?)まゆゆのウエディングドレス姿を披露したかっただけなのでしょうか?(←オタクはたぶん見たくなかったのでは?)

でも、出演者たちは非常によく演じていたのではないかな、と思います。あたしは、あまり「演技が下手」とか、そういうことはわかりません。監督の演出がどうのとか、シナリオが悪いというのもよくわからないです。今回「脚本が悪い」と書いたのは、あくまでストーリー展開に無理を感じるからであって、もしそういう展開をプロデューサーやディレクターが求めていたのだとすれば、脚本家が悪いわけでもないと思います。いやプロであれば、それでもそれなりのシナリオに仕上げるべきなのでしょうか?

何度も書いているように、原作ではこの書店のモデルは立川にあるオリオン書房です。長いこと地元に愛されたその書店が閉店になり、最後の一ヶ月、悔いが残らないように、それまで何かとぶつかっていた理子と亜紀が奮闘し、それなりの満足感、達成感を味わってエンディング、でした。数年前のジュンク堂書店新宿店閉店時の盛り上がりのようだ、と言ったらなんとなく伝わるでしょうか? 原作者の碧野さんがこれこっきりの作品と考えていたのか、それとも最初からパート2を考えていたのかわかりませんが、原作小説では理子と亜紀は吉祥寺のジュンク堂書店とおぼしき書店に転職し、こんどはここで頑張るというのがストーリーです。小説のパート3も舞台は吉祥寺です。最新刊のパート4こそ主人公が代替わりしていますが、やはり舞台はジュンク堂書店吉祥寺店です。

   

という原作の流れを考えると、もしこのドラマの視聴率がよければパート2も考えられたのではないでしょうか? その場合、田辺誠一演じる田代が勤めるユニコーン堂で理子と亜紀が再び奮闘する、というストーリーが予想されます。しかし、ドラマでは仲間たちがユニコーン堂へ転職したのに対し、主人公である理子は自分だけの小さな書店を開いています。そして亜紀もそこへやってくるのです。どう見ても、これは「続編は無いぞ」と言っている感じですね。

さてさて、書店業界、否、出版業界が長い不況にあえいでいることは誰もが知っていることだと思いますし、そのため街の本屋が毎年閉店していることも、池袋のリブロのように大型店でもなければ、もはやニュースにすらならない状況です。ですから、ドラマとはいえペガサス書房の売り上げが悪いから閉店というのはリアルな話です。

ただ、門外漢がわかったようなこと言うな、と怒られそうですが、人口も少ない地方の街ならともかく、大都会・東京の吉祥寺にある一番店が売り上げ不振で閉店なんて、ちょっと設定上無理を感じます。もちろん東京のターミナルにある書店だって、現実問題としては昨年並みか、(消費税アップもあったので)若干のマイナスというところだと思いますが、ドラマで言われていたほどの売り上げダウンで閉店なんて、ちょっと考えられないところです。

むしろ、理子や亜紀たちの頑張りを引き立てるためでしょうが、前店長・野島エリアマネージャーのような人が上に立っていたからこそ売り上げがダウンしたのではないかと思います。あの野島マネージャーを始めとしたペガサス書房上層部の旧態依然とした時代遅れ感、女性蔑視の態度、あれこそがペガサス書房吉祥寺店を閉店に至らせた元凶だと思います。あんなトップの元では、ペガサス書房は次々にお店を閉めていかざるを得なくなる、そう思います。

さきほど、もしこのドラマのパート2があるなら、と書きましたが、もしそれを見越していたのなら、ペガサス書房吉祥寺店をユニコーン堂が居抜きで引き継ぐ、もちろん従業員も希望するならそのまま、というストーリー展開が最初の構想だったのではないでしょうか?