あれから一回り

来年はイノシシ年です。

十二支ですから、その前のイノシシ年というのは2007年ですね。その2007年に、母と妹と三人で中国へ行っております。あたしにとって、現時点では最後の訪中です。日程は2月8日から14日までの7日間です。

上記リンクを見ていただければおわかりのように、西安と北京を回った旅行でした。西安では陝西省の博物館へ行ったり、映画のセットではありますが阿房宮を見に行ったり、兵馬俑や華清池を見学したりといったお決まりの観光地を巡りつつ、夕食に行った徳発長の餃子コースが美味しかった想い出があります。

西安から北京へ向かい、春節も近いということで、待ちには新年の用品がいろいろ売られ、飾られていたのですが、至るところに豚のオブジェがありました。イノシシ年というのは日本であって中国ではどうやらブタ年が一般的なようでした(笑)。

で、一枚目の写真は、泊まっていた新僑飯店のすぐ南、北京に行ったら、ジュースだ、お菓子だ、日用品だと必ずに買い物に出かける新世界商場の前にあったオブジェです。かなり仰々しくと言いますか、金ピカなブタでした。

二枚目は、北京動物園にあった、干し草で作られたオブジェです。

これは、ブタなのかイノシシなのか評価が分かれそうですが、やはりブタでしょうね。イノシシなら牙を付けないと雰囲気が出ませんから。

これら二枚の写真だけではわかりにくいかも知れませんが、この歳のイノシシ年は60年に一度の縁起のよいイノシシ年(金のブタ年?)だということで、かなり派手に飾られていた印象があります。中国もまだまだ成長期、翌年のオリンピック、その後の上海万博を前に、国中が上昇ムードに満ちていた時代でした。

最後の写真は、そんな北京にあったイトーヨーカドー売られていた豚のぬいぐるみです。お腹にある文字が異なる二タイプを記念に買いました。帰国後は長らくマイカーの中でマスコットとして飾られていましたが、来年のイノシシ年を前に、自宅へ持って帰ってきたところです。

二鍋頭のこと

東方書店のTwitterでこんな本を知りました。

あたしも編集部時代にはたいへんお世話になった榎本先生のエッセイです。タイトルは『躑躅の思い出 中国語六十年』ですが、このタイトルを見た時に思い出したのが、岩波新書からかつて出ていた倉石武四郎著『中国語五十年』です。

というわけで、出版元である伴想社のサイトを表示しながら岩波新書を並べてみたのが右の写真です。

別に五十年と六十年でどちらが長いのか比べてみても意味がないでしょう、時代が異なりますから。それぞれの来し方を知るのが楽しさだと思います。そんなことを思っていると、「岩波新書、復刊されないのかなあ」なんて考えてしまいます。岩波新書が無理なら、ちくま文庫あたりで復刊してくれないものでしょうか?

さて、同じく東方のTwitterで知ったのが、同社の新刊『魯迅と紹興酒』です。こちらは営業回りの途次、店頭で実物も目睹しています。ページを開いて目次を眺めていましたら、「2 北京の二鍋頭」という文字が飛び込んできました!

おお、二鍋頭酒! 懐かしいです。

冬の北京と言えば、羊のしゃぶしゃぶ(涮羊肉)と二鍋頭酒が定番。あたしもよくいただきました。まだ学生だった頃、北京に資料調査へ赴き、北京大学の先生と大学構内の食堂でいただいたのが思い出されます。

夕食ではなく昼食だったのですが、いくら飲んでも次から次へと二鍋頭酒が出て来て、最後はもうへべれけ状態でした(汗)。当時の二鍋頭酒は、あたしが北京のスーパーなど見た限り、55度と65度の二種類が売られていました。飲んでいたのは65度の方だったはずです。二鍋頭酒を飲んでいると、ビールがまるでチェイサーのように感じられたものです。

上述の北京大学での会食は、その後、北京大学から都心部のホテルまでタクシーで戻ったのですが、交通渋滞と路面の悪さもあって、あたしは完全に酔っ払ってしまいました。ホテルに着いたらバタンキュー、何もする気が起きない状態でベッドに横たわっていました。

が、さすがは蒸留酒です。その晩、8時か9時を回った頃に、スーッと酔いが醒めてしまったのです。自分でも驚くほどすっきりとした気分で、こんどはお腹が空いてくる始末。それ以来、北京に行くと二鍋頭酒をスーパーで買っては、ホテルで晩に飲んでいました。しかし、だんだんと度数が低くなっていったのは老北京の健康を慮ってのことでしょうか?

ありえない?

今日になり、まだ痛みは残っているのですが、歩くのも辛かった昨日よりはかなりマシになりましたので、何があったのかをご報告。

日曜日の晩のこと、夕食も終え、居間に座ってテレビを見ておりました。椅子とかソファーではなく、カーペットの敷いてある床に正座だか胡座だか横座りだか、そんな風に座っていました。

ずっと座っていると足が痺れますし体勢も疲れてくるので、座ったまま足を組み替えようとした時に、変な風に足を動かしたのでしょうか、足首を捻挫してしまいました。

座ったまま足首を捻挫するなんて、ありえるのでしょうか?

と言われても、現にあたしは足首を痛めてしまったわけですから……

別に、それほど無茶な動きをしたわけではありません。横座りっぽい正座の足を少し動かした程度なのですが、足首をグキッとやってしまいました。

日曜の晩は、寝るには寝られましたが、足がジンジン痛んでたまらなかったです。ちょっと動かすと痛みましたし、足自身の重みが足首に負担をかけます。

昨日の月曜日、サロンパスを貼って、とりあえず数歩歩くのは問題ないのですが、それ以上歩くとやはりジワジワ痛みましたし、階段は辛かったです。

それでも午後からの外回りのころには、足首もだいぶよくなってきました。最初から腫れてはいなかったので、骨折をしたわけでもアキレス腱が切れたわけでもないので、とにかく安静が一番だったのだと思います。無理をせず、様子を見ながら歩いたのが幸いだったと思います。

で、今朝もまだ痛いことは痛いです。でも、昨日よりははるかに楽です。明日にはほぼ本復しているのではないかと勝手に期待しています。

1/2+1/2=2/4

TBSチャンネルで放送された「半神」を視聴。

萩尾望都原作なんですね。ということでコミック版と言いますか、原作の『半神』を読んでみましたが、これが非常に短い作品でした。これが約2時間の舞台になってしまうなんて……

舞台の出来などは、そういう方面はサッパリなので論評できませんが、とても引き込まれ、あっという間の2時間でした。

原作からしていろいろと考えさせる、一筋縄ではいかない作品でしたけど、舞台も同じように深く考えさせられます。ところどころ笑わせるポイントも含まれていましたが。

そして主役の二人、非常によかったです。あたしが乃木坂ファンということもありますが、桜井玲香が醜い役を見事に演じていましたし、前半の動きとセリフは圧巻でした。一方の藤間爽子の前半はセリフがなく、とにかくニコニコと誰からも愛される愛くるしさ全開で、こちらも非常に魅力的でした。この二人の鮮やかな対比が、後半の入れ替わりや運命の選択をより劇的にさせていたのではないかと思います。

ところで、そもそもの設定として、現在の医学なら二人を共に生かす方法というのは確立しているのでしょうか?

札幌と博多

昨日の朝日新聞別刷beで博多と札幌の人気投票を実施していました。

単純に「どっちが好き?」という質問だったのですが、結果は、73%を集めた札幌の圧勝でした。

この結果、あたしはちょっと意外に感じました。

あたし自身は、どっちが好きと言われたら「札幌」と答えると思うのですが、あたしの周囲の人に聞くと、「博多」という答えの方が断然多いからです。ちなみに、こういうアンケートに答える人なら「博多」と「福岡」が別の都市であるなんて勘違い、していないはずだと思いますけど。

確かに、東京のデパートで行なわれる物産展、一番人気は「北海道展」だと思います。その次が「沖縄展」ではないでしょうか? あるいは一位と二位は逆かも知れませんが、いずれにせよ北海道と沖縄という日本の南北が東京の物産展では人気で、あまり「福岡展」とか「博多展」っていうのを聞きません。強いて挙げるなら「大九州展」といった催しになります。

だから、札幌の方が人気があると思っていましたが、ここまで差がつくとは思いませんでした。

最近では福岡(博多)は住みやすい町ナンバーワンとも言われていますし、上述したあたしの周囲の人、つまりは出版社の人間ですが、営業担当地区でどこが一番いい、という話題になるとたいていの人が「福岡」と答えます。営業ということを考えますと、雪で身動きが取れなくなる札幌は分が悪いようです。

食べ物にしても、北海道が美味しいというイメージがありますが、福岡だって負けていないことはテレビの情報番組や雑誌の特集などでも明らかです。見どころという点でもいい勝負だと思います。

で、あたしは札幌の方が好きと書きましたが、札幌は営業担当を何年かやっていましたが、九州は担当したことがありません。もちろん博多は行ったことがありますが、研修旅行だったので自分の足で歩いたという感触はなく、バスで連れて行かれたので、どんな町だったのかというイメージに乏しいのが実際のところです。ですので、営業担当をするなら、という質問であれば「札幌は経験済みなので、未体験の博多を担当したい」というのが正直なところです。

しかしまあ、あたしも関西担当、十年以上になりますから、そろそろ交替した方がよいのではないかと思うのですけど、どうなのでしょうか?

大根と白菜は違います!

このところテレビで時々流れる、味の素Cook Do「豚バラ大根」のコマーシャル。

確かに美味しそうだなあ、お手軽に作れそうだなあ、ということで、母が「こんど、うちでも作ってみよう」と言って近所のスーパーへ買い物へ出かけました。

 

買い物から帰ってきて、買ってきたものを冷蔵庫などにしまっている刹那、「ああ、間違えた」という母の声。

なんと、「豚バラ大根」ではなく「豚バラ白菜」の方が買ってきてしまったのです。

まあ、この手の商品はスーパーの棚にひとかたまりで並んでいますから、確かにカゴに入れたはずが、つかんでいたのは隣の商品だったなんてことよくあります。

あたしとしては、大根でも白菜でもどちらでも構いませんが、どちらかと言えば、大根はみそ汁が好きなので、豚バラとあえるなら白菜の方がよいかなと思います。

古典をBLで解釈しなくても

朝日新聞読書欄です。

あたしはBLは全く読みませんが、そういう方面が好きな方が、こういうところから古典に興味を持ってくれるなら嬉しいことだと思います。

しかし「古典文学をBLで」と言う前に、そもそも古典の世界はBLの宝庫ではないでしょうか? いや、古典の世界ではなく、古典の時代と言った方がよいでしょうか?

あたしの恩師の一人である小松茂美先生が、平安時代の貴族の日記にそういう記述がたくさん出てくる、ということを機会あるごとに話してくれました。BLではなく男色です。何ら珍しいことではなく、日本史においてはごくごく普通の現象だったようでもあります。

《BL古典セレクション》というシリーズが始まるそうですが、それよりもはるか以前、あたしが学生の頃、既に私説三国志 天の華・地の風』という小説がありました。

全10巻で、かの有名な三国志の諸葛孔明を主人公とした物語です。

当時もそれなりに三国志は人気でしたから、この作品は中国古典を専攻していたあたしにはとても衝撃でした。第一巻しか読んでいないですが、復刊されて現在も手に入るみたいですね。

といった、古典世界のBLはおくとして、話を小松先生に戻しますと、実際に平安貴族や寺院における男色はお盛んだったようです。「男色」を書名に使っている本は何冊も出ていますけど、もっと簡便にまとめた、紹介したものが新書の形態であれば、是非買って読んでみたいと思います。

小松先生が存命なら……

未完成はいつ完成するのでしょうか?

落手しました。

欅坂46ファースト写真集 21人の未完成』です。

事前にわかっていたとおり、グループの写真集とはいえ、これは「個人写真集を一冊にまとめたもの」です。全員や何名かで写っている写真がないのが残念であると同時に、いかにも欅坂46らしいとも言えます。

これなら、とても個人の写真集を出せそうにないメンバーにもスポットが当たりますので、こういう写真集もありと言えばありでしょう。でもやはりグループとしては寂しさも感じます。

21人と書いてあるように、卒業する(した?)メンバー3人も載っていますので、オリジナルのこの21名が題するキナファンにとっては最初で最後のものになるわけです。このやり方の写真集であるなら、けやき坂46を混ぜなかったのは正解だったと思います。

まもなく二期生を迎える欅坂46。入ってくるのが年内なのか年明けなのか、それに何人加入するのかすら発表されていませんが、間違いなく、この写真集をもって欅坂46の第一章が終わったと言えるのではないでしょうか。

それにしても、重いです、この写真集。

とても気になる綴り方

日産のゴーンの逮捕劇で、改めて目にする、耳にするようになったのがフランスの自動車メーカー「ルノー」です。

聞いたところによると、ルノー、シトロエン、プジョーがフランスの三大自動車メーカーなんだとか。一応、三つとも社名は知っていましたが、ロゴマークとか、どんな車種があるのかといったことはまるで知りませんし、実際に車を見せられても、どれがプジョーでどれがシトロエンなのか区別はつけられないでしょう。

それはともかく、ルノーです。

フランス語では「Renault」と表記するようです。多くの日本人なら「レナルト」っていう感じで読んでしまいそうな綴りですね。フランス語を勉強している人であれば当たり前なのでしょうが、フランス語を学んだことがない、つまり大多数の日本人にとっては、英語読み、ローマ字読みがデフォルトですから、そんな読み方になってしまうのは致し方ないところでしょう。

このあたりの綴りと言いますか、発音と言いますか、いかにもフランス語といった点については『世界一簡単なフランス語の本』にもページを割いて書かれていましたが、なかなか簡単にはマスターできません。

そして、プジョーです。

ルノーもプジョーも語末は「オー」の発音だから同じ綴りなのかなと思っていると、こちらの綴りは「Peugeot」です。「エル」がありません。

うーん、ますます難しい、ややこしいです(笑)。第一、「プ」なのに「peu」というのからしてかなり高度です。

ちなみに、シトロエンは「Citroën」なので、比較的英語的と言いますか、ローマ字的な綴りですが、「e」の上に黒子がついていますね。こういうのも、ローマ字や英語しか知らない人には難しいところです。

スマホを持っていないだけなのに

映画「スマホを落としただけなのに」がヒットしているようです。

映画を見る予定も、原作を読む予定もありませんが、いかにも現代社会で起こりそうな内容のようですね。

しかし、ある意味、スマホを落とす方も落とす方ではないか、自己責任を強く主張するつもりはありませんが、ちょっぴりそういう気もします。

むしろ、まだまだスマホを持っていない人も一定数存在する現状、スマホを持っていないというだけで、クラスのLINEに入れてもらえず仲間外れにされてしまう方が問題だと思います。

妹家族のところも、子どもの小学校、連絡網には電話番号が載っていません。保護者同士の連絡はもっぱらLINEによっているみたいです。スマホを持っていない親だっているだろうに、どうしているのでしょう?