家の中から出てきたとしても、お宝ではないのね?

今朝の朝日新聞、わが家の地域に挟み込まれていた広告の一つ。

最近高齢者ドライバーの事故が増えているのと、逆に交通事故にある高齢者も多いので、啓発のための警視庁のチラシのようです。

当然のことながら、高安関や相撲協会に許可を得てのチラシでしょうが、このダジャレと言うか掛け詞と言うか、どうなんでしょう? 高安関って、顔を見ただけで多くの人がわかるのでしょうか? 「このお相撲さん、誰?」と思いながらチラシを見て、横の文字の赤くなっているところに目が行って初めて「ああ、高安関なのか」と気づいた人が多いのではないでしょうか?

ただ、あたしの場合、高安関の顔を知らないので、写真の関取が違う人に差し替わっていたとしてもわかりませんが……(汗)

そして、もう一枚。

高安関のチラシも大切なことが書いてありましたが、それなりにほのぼのとした雰囲気も合ったのに対し、こちらは絵柄からして物騒な感じです。

家の中を探したら拳銃が出てくる、なんて家庭がどれくらいあるのでしょう? あたしの住んでいる地域は、確かにこの十数年、マンションも増えましたが、まだまだ昔から住んでいる、元農家という大きな家も散見されます。となると、蔵や納屋の中を探したら、思いもしないものが出てくる可能性はあるのでしょう。

それにしても、旧軍用とありますから、おじいさんとかに戦争へ行った人がいる家庭になりますよね。ちなみに、わが家は父方も母方も先の戦争で死んだ人はいませんし、従軍した人もいませんから、拳銃がある可能性も皆無です。

何のために外国語を学ぶのか

外国語の翻訳機の記事がネットにありました。

翻訳機って、つまりは自分の代わりに外国の人と会話してくれる機械ってことですよね? 恐らく現時点では「まだまだ実用としてはちょっと……」というレベルなのかも知れませんが、数年後には十分実用に耐えるレベルにまで進歩すると思います。

さて、こういった翻訳機、見知らぬ外国へ旅したときに、「まあ、英語ならカタコトで喋ることもできるけど、その他の言葉は…」という人には重宝するのでしょう。もちろん英語すらできない人にとっても、ですが。

そうなると、大学などで外国語を学ぶ必要はなくなるのでしょうか? あるいは小学生のころから英語を勉強しようなどという動きも不要になってしまうのでしょうか? これは、語学を柱の一つとしているあたしの勤務先にとっては由々しき問題です。ただ、いくら翻訳機の進歩が速くても、少なくともあたしの定年までは大丈夫だろうと高を括っています(汗)。

で、話は戻って外国語を学ぶ必要性についてです。

本来、外国語って、それを使って外国の人と交流したり、外国の歴史や文化、風物を知ったりするためのものだと思います。文法学者や言語学者を除けば、外国語を学ぶことが目的という人は稀で、ほとんどの人にとっては外国語を学んで、それからどうする、というものだと思います。つまりは目的ではなく手段である、ということです。

翻訳機が使い物になるようになったら、とりあえず外国語を学ばなくても会話はできるようになるでしょう。ただ、会話ができるということが交流なのかというと、完全にイコールではないと思います。外国語を学ぶと日本語とは異なる語順といった文法的な面に関心が向きがちですが、表現の仕方に違いにも興味が生まれるものです。日本語なら細かく分けて表現するものに対して、ある国の言葉はそれらすべてをたった一つの言葉で表現してしまう、といったことなど、関心を持ち出すときりがないほど楽しい差異が見えてきます。

こういうことを知るのが、外国語を学ぶ醍醐味だと思います。そんなところまで翻訳機はカバーしてくれるのか、フォローしてくれるのか? それはちょっと技術の進歩とは別の話でしょうね。

新製品に弱い?

本日のランチ。

ローソンの新商品らしいです。

食べた感想は、と言いますと、ポテトなのかマーガリンなのか、どっちつかずな感じでした(汗)。

しかし、こういう風に新商品、新製品が出ると、つい手が伸びてしまう悪い癖ですね。

たぶん、ヲタ以外の人には違いがわからないと思います!

紳士服はるやまの新CMに乃木坂ちゃんが出るというニュース、ちょうどその前の日に、とある大学の生協へ営業に行ったとき、貼ってあったポスターが乃木坂ちゃんだったので、「あれ、これ去年のポスター?」と思っていたところでした。新CMだったのですね。

これはこれで、ファンにとってはよいと思うのですが、清楚できれいな乃木坂ちゃんに男装させる意味があるのか、という意見もあるでしょうね。

ただ、あたしの場合、このCMの映像を見て最初に思い出したのはこちらです。

欅坂46の「風に吹かれても」です。この曲で欅ちゃんたちはスーツ姿でカッコよく踊っているのですが、ヲタ以外から見たら両者は同じに見えませんかね? 見えますよね?

いや、ダンスだって違うし、バックに流れている曲が全然違うじゃない、と言おうと思えば言えますし、そもそも違うものなんですけど……

あたしとしては、「なんだよ、乃木坂も妹分の欅坂の真似しているのかよ」と言われてしまうことだけが心配です。

Good Newsなのか、Bad Newsなのか?

ここ数年、小田急線沿線の営業担当であるということは、このダイアリーで何度も書いていますが、その小田急線、この3月にダイヤ改正があります。

長いこと工事をしていた代々木上原から登戸までの複々線化工事が終了し、朝のラッシュ時の混雑緩和が劇的に(?)緩和され、それに伴うダイヤ改正なんだそうです。

急行が増発とか終電が遅くなるとか、そういったダイヤ改正ならそれほど混乱しませんが、今回の場合、今まで複線だったところが複々線になるわけで、ダイヤの柔軟性が大幅に上がりますから、かなり大がかりな改正になりそうです。

あたしのように日常的に使っていても、通勤では使っていない人間と、朝夕の通勤通学に使っている人とでは、このダイヤ改正に対する感想もずいぶんと異なるものになると思います。世間では狛江に準急が停まるということで狛江市のTwitterが盛り上がったというニュースも目にしましたが……

さて、あたしにとって一番嬉しいのは、登戸に快速急行が停まるようになることです。小田急線沿線の営業回りをして、帰路はだいたい登戸で南武線に乗り換えて、というのがパターンでした。相模大野とか町田方面からの場合、快速急行では新百合ヶ丘の次は下北沢になってしまうので、あえて急行を選ばないとなりませんでしたが、これからは快速急行で構わないわけですから、これは非常に嬉しいです。

ただ、これまで快速急行が停まらなかったのが不便だったのかと問われると、それほどでもありませんでした。快速急行の後にはたいてい急行が走っていて、一本やり過ごせばよいだけでしたから、快速急行が停まらなくて不便というほどでもありませんでした。もちろん停まってくれた方が楽といえば楽なのですが(汗)。

ただ、それはあたしにとってのことであって新百合ヶ丘以西に住んでいる人にとってはどうなのでしょう? もちろん、そういう人の中にはこれまでも登戸で南武線に乗り換えて通勤通学をしていた人もいたでしょうから、そういう人にとっては途中で急行に乗り換えなくて済むのはグッドニュースだと思います。

しかし、快速急行を使っている新百合ヶ丘以西の住人の大半は新宿まで行く人だと思います。そして、そういう人たちのために途中を通過する快速急行が走り始めたのだと思います。それなのに途中の登戸に停車するなんて……

実際、どの程度の需要があるのでしょうね?

もちろん、登戸に停まっても、そこから先(新宿方面)が複々線になったので、所要時間は却って短くなるはずだと思いますが、やはり駅に停車するかしないかというのは、心理面で大きいと思います。

あと一か月ほど先になりますが、蓋を開けたらどうなりますことやら。

これからは亜細亜の世紀

店頭でフェアをやっていて、そこに置いてあったのでいただきました。

亜紀書房の創業50周年フェアです。こういう書き方をすると、上から目線と言われそうですが、亜紀書房っていい本出していますよね。最近ではノンフィクションが軒並み話題になりヒットしている感じがします。よい本を出すと、よい企画も回ってくるのでしょうね。

そんな創業50周年のフェアで配布されていた記念誌。開いたページが目次で、内容(ラインナップ)は上掲の通りです。錚々たる面々が寄稿していますね。さすが、亜紀書房です。

苦しんでいるんだな

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アダルト、大人、成人

タイトルだけ見ると、なにやらエッチなことを書くのではないかと思われそうですが、そう思われても仕方ないほど、日本では、と言いますか、日本語では「アダルト」や「成人」に猥褻な意味が必要以上に含まれてしまっている気がします。それを如実に感じたのは、あたしがヤングアダルト出版会に参加していたころで、各地の公共図書館や学校図書館の方と研修会を開こうと思って連絡を取ると「アダルト」という言葉に過剰反応され、「そういういかがわしいことはできません」と断わられることがしばしばありました。

もちろん図書館の現場では「ヤングアダルト」コーナーはそれなりの存在感を持っていて、「ヤングアダルト」ですぐに話が通じ、トントン拍子に話がまとまることも多々ありましたが、時に上述のように妙な目で見られることがあったのも事実です。

図書館の方ならまだよいのです。実際に図書館の会議室で研修をやるとして、図書館の入り口などに「ヤングアダルト出版会合同研修会」的な看板が出ていたりすると、それを見た来館者が「なんかエッチな催しがあるみたい……」と勘違いされたことも多々あったのではないかと思います。

そんな経験から、この数年、ヤングアダルト出版会は頭文字である「YA」を前面に押し出すようになりました。少しでも見た目の印象が和らげば、という配慮からですが、裏を返せば、これだけ盛んに活動しても、世間一般に「ヤングアダルト」という言葉を定着させられなかった非力さも痛感します。ちなみに、書店では図書館とは異なり、ほぼ「ヤングアダルト」コーナーなどはないですし、専門の棚もありません。

正直なところ、この世代はラノベや学参を除けば、ほとんど本など買わないので、そんな顧客のために限られた棚やスペースを割くのは儲けにならない、という判断なのでしょう。それは重々承知していますが、欧米の書店や日本でも洋書店に行くと「Young Adult」コーナーはしっかりあるもので、この彼我の差は何に由来するのか、個人的にも気になります。

ただ、洋書の場合、たいていは「Young Adult Novels」とあって、ほぼ小説に限られるのですが、ヤングアダルト出版会など日本の現場では、図鑑のようなものをはじめとしたノンフィクションも混じっていて、書店サイドからすると雑然とした棚になってしまうという問題もあるようです。

それにしても、ヤングアダルト、つまりはティーンエージャーですが、彼らが本を読んでくれないと大人になっても本を読むという習慣ができないので、将来的な読書が育たないという由々しき問題があるのですけどね……。朝の読書が小学校や中学校では盛んですが、中学校以降になると部活と塾通いで本を読む時間や習慣がなくなってしまうらしいです。いまの子どもは忙しすぎるのでしょうか?

という長い長い前振りはこのくらいにして、今朝の朝日新聞の一面で初めて知ったのですが、「AYA世代」という言葉があるのですね。「Adolescent and Young Adult」という言葉の頭文字だそうで、その意味は「思春期と若年成人」ということらしいです。年齢で言うと「15歳から29歳」だそうです。

いわゆるYAとは重なりつつもちょっと上の世代になりますね。でも、YA向けに出した青春小説のようなもの、読者、購買層は意外にも中高生より大学生や社会人が多かったりします。特に泣ける巻同型のストーリーですと女子大生やOLがメインの読者だったりするものです。少し大人になって若かったころの自分や青春時代を懐かしく振り返るのでしょうか?

となると、ヤングアダルト出版会(=YA出版会)も「AYA出版会」と名乗るくらいの発想の転換が必要なのかも知れないなあと感じます。書店店頭でも「AYA」であればコーナーを作れるのではないか、とも思います。どうでしょう?

そういえば、何年か前に、こんな映画がありましたね。30代の男女が高校時代を懐かしんで、的なストーリーだったでしょうか? やはり少し上の世代を巻き込むのがYAのポイントなのかも知れませんね。

VRとは何ぞや?

写真は自宅でVRを体験中のあたしです。

いつものように、背後に中華書局の『二十四史』と『資治通鑑』などが並んでいる書架があります。上の方には毛沢東のマグネットも! ヘッドセットのせいで髪がボサボサになっているのはどうか勘弁してください(笑)。

で、何を見ていたんでしたっけね? たぶん、試供品的なものか、グーグルが提供している「Daydream」のデフォルトのソフトだったと思います。

まだまだリモコンの操作方法に不慣れなので、巧いこと操作できていませんが、そのうち慣れるでしょう。いや、慣れるほどやるかどうか……

故宮博物院の中を歩くとか、万里の長城を上るとか、兵馬俑の間を歩き回るとか、そんなVRのソフトがあれば楽しいのですが、既にあるのでしょうか?

やはり名曲

ハートの「alone」のアコースティック版。

もともとシングルカットされていたときは、こういうアレンジではなく、オリジナルのPVはこちら。

曲ももちろん素晴らしいですが、アン・ウィルソンのボーカルが際立っています。やはり名曲はアレンジを変えてもよいものだとつくづく感じます。

あたしがハートをよく聴いていたのは大学のころだったでしょうか?