この一両日のメールの送受信

勤務先のメールサーバーの調子がおかしいのか、今週後半、送受信がうまくいきませんでした。以前から、エラー表示が出て受信のできないことは時々ありましたが、今回はその頻度が上がり、4回に3回はダメ、というほどでした。

あたしだけでなく、社内の他の人も同様の症状に悩まされていて、パソコンやメールソフトの問題ではなく、メールサーバーのせいではないか、と考えられますが、はっきりとした原因はわかっていません。調査中です。

そのため、なかなかメールが受信できないということもさることながら、送れたはずのメールが届いていないということも起きているようで、あたしも実験的に会社のアカウントから自分のプライベートのアカウントに送ったメールが何通か届きませんでした。

届かない場合、その場でエラー表示が出たり、しばらく経ってからリターンメールが戻ってくるのであれば、「あっ、届かなかったんだな」とわかりますが、見かけ上はきちんと送られているようなので質が悪いです。

今のところ、あたしに関しては実害は出ていないと思われますが、週明けも同じような状況が続くようであれば、あっちこっちに迷惑がかかってしまうかも、否、迷惑をかけてしまうかも知れません。それでも、あたしなどはメールのやりとりの数が少ない方だと思うのでよいですが、勤務先の代表メールアドレスや問い合わせメールの受付などを担当している人にとっては由々しき問題でしょうね。

また一軒、灯が消える

こんな貼り紙がありました。

代々木上原にある幸福書房の店頭です。2月いっぱいで閉店だそうです。林真理子さんでお馴染みの書店でしたよね。小さな書店ではありましたが、岩波書店やみすず書房といった出版社の本も並んでいて、あたしの勤務先の本もちょこっとは置いていただいていました。閉店はとても残念です。

で、幸福書房のご主人が本を出されるそうです。「〆切本」で知られる左右社からだそうです。

 

刊行はもうすぐだそうで、チラシをいただきました。

 

タイトルは『幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!』、昨今、セレクト型の本屋が雑誌などで取り上げられたり業界の話題になったりもしますが、個人的には幸福書房のような、ごくごく普通の街の本屋の話がもっと聞きたいところです。

それにしても残念なことです。

この季節になると毎年思ってしまうのです

勤務先へ通うのに毎日JRの御茶の水駅を利用するからでしょう。この時季になると気になってしまいます。だから、昨年もこのダイアリーに書いているのです。

何を書いたかって?

それは合格祈願のことです。

御茶ノ水の駅には湯島天神への行き方が示されています。ニュースでもこの時季になると取り上げられる学問の神様、天神様ですね。

行き方が示されているということは、迷う人がそれなりにいるということなのでしょう? 考えてみれば、お茶の水駅からちょっと歩きますから。

で、お茶の水駅の目の前にあるのが湯島聖堂です。こちらは、学問の神様は同じでも、中国の神様、孔子を祀っている場所です。

さてさて菅原道真と孔子とでは、学問の神様としてどちらが格上なのでしょう? といったことを聞くのはあまりにも野暮かも知れません。が、やはり気になってしまいますし、たぶんお茶の水駅に降り立った受験生の中には、間違ったのか、わざとなのか、湯島天神ではなく湯島聖堂に行く人もいるのではないでしょうか?

昨今、孔子と言えば、孔子学院など、中国の文化侵略の手先のように言われることもありますが、湯島聖堂にそんな政治的要素はまるでありません。だから安心して合格を祈願して欲しいものです。

で、どうしても合格したいからといってm天神と聖堂、両方へ行ったら効果は倍増するのでしょうか?

朝日賞と言えば……

瀬戸内寂聴さんが朝日賞を受賞されました。

このところ『おちゃめに100歳! 寂聴さん』が評判になっているようですが、あたしの勤務先からですと『寂聴伝 良夜玲瓏』と『続・寂聴伝 拈華微笑』という2冊の評伝が出ていますので、こちらも是非お忘れなきようお願いします。

 

さて、そんな朝日賞と言えば、あたしは恩師の小松茂美先生を思い出します。あたしが小松先生に出逢った頃には既に朝日賞を受賞されて何年も経っていましたが、その後も倦まず弛まず学問を続けられ、その積み重ねた重いというのを十二分に感じさせてもらいました。

小松先生のあのパワー、あたしなどはるかに若かったにもかかわらず、いまもってかないっこないという思いに駆られてしまいます。

岩波さん、何種類あるのでしょう?

最近買った岩波文庫『文選 詩篇(一)』です。

こんな栞が挟まっていました。《本の豆知識》とあります。岩波書店の本のサイズが並んでいます。文庫や新書って、文庫サイズ、新書サイズなんて言われますが、出版社によって微妙にサイズが異なるんですよね。

もう一つ、『世界イディッシュ短篇選』にも同じ栞が挟まっていました。岩波文庫はすべてこれなのでしょうか?

岩波新書の『マルクス 資本論の哲学』だと挟まっている栞が、同じく《本の豆知識》ではありますが、種類が違います。文庫はすべて本のサイズで、新書はすべて罫線の種類なのでしょうか? それとも今月はこれだったのでしょうか?

さてさて、この栞、全部でいったい何種類あるのでしょうか? そして本によって、あるいは刊行月によって種類が異なるのでしょうか? 全種類集めるにはどうしたらよいのでしょう、ね?

独特の雰囲気がたまらない!

岩波文庫の『世界イディッシュ短篇選』、とてもいいですね。独特の雰囲気と言いますか、世界観と言いますか、空気感が感じられます。

 

それが彼らの苦難の歴史、いわゆるディアスポラと呼ばれるものなのか、門外漢のあたしには判断できませんが、どの短篇にも寄る辺なさがつきまとっている感じがします。

イディッシュと言えば、以前に河出書房新社の『不浄の血』を読んだことがあります。この著者であるアイザック・バシェヴィス・シンガーの作品は岩波文庫にも収録されていて、さすがに抜群に面白いです。

そして、いまあたしが悩んでいるのは、イディッシュ語とヘブライ語の違いというか、関係というか、位置付けです。

ジョージアか、グルジアか?

大相撲、栃ノ心が優勝しましたね。

 

彼がジョージア出身だということはずいぶんと報道されていました。奥さんが出産のためジョージアに帰国中であることなども……

そのジョージア、少し前まではグルジアと呼ばれていたのは多くの方がご存じだと思います。ロシア語発音のグルジアを嫌ってジョージアに改名したんですよね。

さて、栃ノ心の優勝の時、彼がかなり達者な日本語を話しているのに驚いた方も多いのではないでしょうか? もう10年以上も日本にいるそうですから、あれくらい出来て当たり前と思う方もいらっしゃるでしょうが、そう簡単なものでもありません。影で相当努力したのだと思います。

その後、あたしの母がテレビの報道を聞きかじったところによると、女将さんが栃ノ心の日本語を上達させようとかなり努力したのだとか。女将さんもみずから、グルジア語の本は当時手に入らなかったので、ロシア語を勉強したそうです。

嗚呼、いまだったら『ニューエクスプレス グルジア語』があるんですが、2011年の刊行です。きっと、栃ノ心の来日後のことですね。その当時にこの本が出ていれば、女将さんもグルジア語を勉強したのでしょう、きっと本書を使って!

ちなみに、グルジアというとスターリンを思い出します。

少し眠い?

昨晩は、8時前に寝床に入り、しばし読書。

8時半を回って、もうすぐ9時というころ、睡魔に襲われ本を閉じて就寝。

ぐっすり寝て、目が覚めたので枕元の目覚まし時計を見ると1時半。

さあ、そこからこんどは眠れなくなってしまいました。

ちょうど前日に、晶文社の『走れ、オヤジ殿』を読んでいて、その中に「彼女には眠れない理由がある」という篇があったりしたのを思い出してしまい、作品に引きずられるように、こちらも眠れなくなってしまったようです。

いや、もう十分に寝たからなのかも知れませんが……(汗)

ただ、気づくと30分や1時間たっているので、まるっきり眠れなかったわけではなく、うつらうつらはしていたのだと思います。

そして、最後の最後に寝入ってしまい、ハッと目が覚めると4時少し前、あたしの起床時間です。危うく寝過ごすところでした。

こういう寝方、起き方をしたときというのは、とても眠くなるものです。今のところ目は覚めていますが、午後からの外回り、移動の電車の中でシエスタになりそうです(笑)。

まだまだ残雪?

わが家の院子、今朝の雪の現状。本日、日曜日の午前中の景色です。

手前の雪はなくなっていますが、向かいの建物が邪魔をして陽がよくあたらないので、奥の方はいまだ膝くらいまでの雪が残ったままです。陽があたらない以上、このままでは雪が解けるのにも時間がかかりそうですし、そうなるとウッドデッキが腐ってしまうかも知れません。仕方なく、午前中にウッドデッキの上だけ雪かきをしました。この写真は雪かき前に撮りました。

上の写真は、1枚目の写真の右側を見たところです。こちらもご覧のように雪が深く積もったままです。都心の方では雪もほとんど消えかかっているというのに、やはり田舎は大変です(笑)。

それでも、上の写真、雪が降った翌朝のわが家の院子の雪の量と比べると、徐々に雪が減っているのがわかります。

誰か止めて!

昨晩のことですが、あたし、鼻血が止まらなくなったんです。いくらティッシを鼻の穴に押し込んでも、すぐに真っ赤に染まり、そしてポタポタと血が垂れてくるほどの出血でした。

どうしてそんなことになったのかは省きますが、布団に入って上を向き、本を読みながら小一時間、鼻血が止まらなくなってから3時間から4時間くらいして、ようやく止まりました。

実は、こんな風に鼻血が止まらなくなるのは過去にも一度だけありました。その時は、徐々に意識がもうろうとして薄れていく感覚を味わいました。仕方なく救急車を呼んで病院に搬送された(搬送してもらった?)わけですが、救急車が来た頃には鼻血も止まりかけていました。

救急車で運ばれた大学病院では、鼻の穴の中の血管を焼いたかなんかして止血してもらったと記憶しています。今回もそんな感じでしたが、前回と異なるのは時間です。前回の時は昼間でした、ただし休日の。で、今回は夜です。

救急車でも呼ばない限り、病院へは行けません。近所の病院はもう終わっている時刻ですし、こういう場合、何かを受診すればよいのでしょう?

それにしても、もう一度、血管を焼いてもらった方がよいのでしょうか? 今朝はなんとなく気分がすぐれなかったのですが、やはり血が足りていなかったのでしょうか?