こまちです

一泊二日の盛岡旅行も、いまや帰りの新幹線の中。こまち号のシートでこのダイアリーを書いています。

えっ、こまち号? と思われた方も多いかしら? ふつう東北新幹線といったらはやてですよね。あたしもそれはわかっています。現にこのこまち号もはやてとドッキングして走っているわけですから。

なんであえてこまちなの、と聞かれれば、こまちの方が空いているから、でしょうか? こまちは車体が小さくて狭いよね、という意見も聞きますが、それはあまり気になりません。むしろ新幹線特有の三人席がないので、他人に挟まれるということがなく快適です(こまちは二人ずつのシートです)。空いているとはいえ曜日と時間帯によっては混んでいるときもあり、そんなとき三人席の真ん中はできることなら避けたいものです。なので、こまちです。

あと、あたしが以前東北担当だったころ、秋田から盛岡へ何度もこまちで移動していたという経験が自然とこまちに対する愛着を生んでいるのかもしれません。それにしてもジャパン・レッドでしたっけ、こまちの新型車両にはまだ乗る機会がないですね(×_×)。

荒蕪地

仕事では何回も来ている盛岡。

とはいえ、さわや書店、東三堂、ジュンク堂書店くらいに来るのが関の山、市内外の観光地には全く来たことがありません。

ようやくに会社の旅行で、全くの観光としてやってきました。本日は若干天気には恵まれませんでしたが、小岩井農場を見学しました。あたしはもともと牧畜の盛んな土地柄だと思っていたのですが、明治期のここは全くの荒れ地、石灰土で湿地という土壌の悪さで、とても作物など作れるような土地ではなかったとのこと。荒蕪地なんて単語、書物では目にしていましたが、初めて耳にしました。

で、まずは冷害を防ぐための植林、そしていまも続けられている土壌改良。そんな血のにじむような努力の結果が今の小岩井農場なんだそうです。恥ずかしながら、小岩井が創業者三名の姓を取ったものだと初めて知りました。

そしてこの農場は、いわゆる農場の産品を販売して営利を追求すると言うよりは、日本全国の牧畜、酪農業の基礎を築き発展をリードし、様々な支援を行なうことを目的とした場所なんですね。明治期以来の建物も多く残っていて、現役で使われているものもあります。できる限り牧場の中の産品で事業を営もうとしていました。自給自足というのではなく、持続型というのでしょうか、そんな実験的なところでもあります。

でも、そんな理屈は置いておいて、やはり広大な緑の中でのんびり過ごすというのが一番ですね!

富士山はどこへ消えた?

先々週の日曜日に子供三人を連れて遊びに来ていた妹が帰りました。帰ったと言っても、あたしが送っていったわけですが…(汗)。

妹宅は静岡です。駿東郡と言ってもわかる人は少ないと思いますので、沼津や三島の近くと思っていただければ十分です。三嶋大社なんかも近くのようです。

幼子を三人も抱えているので、そこまで自家用車で送っていったわけです。わが家からですと、一般道をトコトコと東名川崎まで行き、そこから沼津まで高速を使うというルートになります。帰りはスムーズに2時間半ほどで到着しましたが、往路は川崎から大井松田あたりまでややクルマが多くて流れがスムーズではなく、時間がかかってしまいました。それでも3、4時間の道中ですから近いものです。

さて、妹の家はこれまで何度か行っていますが、目の前に聳える富士山を見たことが一回くらいしかありません。泊まることなく常に日帰りなので、どうしてもその日の天候に左右されますが、今日のように天気のよい日でも、なんとなく薄曇りというのか、すっきり晴れているわけではなく、やはり富士山の姿を拝むことはできませんでした。

現在住んでいる自宅は戸建てで、二階のベランダから富士山は見えません。小学生の時から大学生の時まで暮らした杉並の高井戸は団地の4階でしたので、そして富士山の方角に高い建物がなかったので、富士山を眺めて暮らしたものです。毎日とは言わなくとも、それなりに富士山は見られたわけですし、朝起きて窓を開け富士山を眺めるという生活習慣が身についていたと言っても過言ではありません。

そんな多感な時期を過ごしてきたあたしが、この二十数年、自宅から富士山を見られない生活によく耐えているなあ、と思う時もありますが、実を言えば慣れました(笑)。それでも、東海道新幹線に乗ったりした時には富士山が見えないか探してしまいますから、三つ子の魂百まで、なのでしょうか?

で、今日も見えなかったわけで、至極残念です。妹の家はマンションの3階。ベランダは南向きなので富士山とは逆方向で、玄関を出ると真正面が富士山のはずなのですが、今回も空振りでした。あんなに大きいのに、そしてこんなに近くにあるはずなのに……。不思議ですね。

 

暑いぞ、トキオ!

二白三日の北海道研修旅行から帰京しました。

東京、暑いですね。そりゃ、北海道でも昼間は汗は出ますが、こんなに暑くないし、湿度も違います。なにより、朝晩はしっかり気温が下がって、十分涼しさを感じられますから。

そんな北海道、何年ぶりだったのでしょう? 5年? 6年? ですかね?

噂どおり、駅から大通まで地下道が繋がっていました。これはやはり驚きです。とうとう出来たか、という感慨もあります。

その他では、二日目の昼飯を食べたうにのむらかみの場所が変わっていたことも驚きです。以前はグランドホテル前の雑居ビルの地下にあったと記憶していましたが、今回は上述の地下道と直結の新しいビルの地下グルメ街に移っていて、以前よりも小洒落た店になっていました。うにいくら丼を賞味しましたが、味は昔のままでした。美味しかったです。

昨晩の懇親会で行った味百仙はなかなか予約が取れないお店になってしまっていました。なんとミシュランで星を獲得したのだとか。かつて通っていた頃は、そんな雰囲気の店ではなかったのですけどね、でも、相変わらず日本酒はいろいろあって美味しかったです。

そして今回の掘り出し物はやはりしじみちゃんではないでしょうか? しじみちゃん、というのはお店の名前です。ここもいろいろと飲み物、食べ物が充実してて楽しいお店でした。やはり北海道は美味しいものが多いですね。

で、最後に、これを買い忘れてしまったのが残念至極なんですが、それはキュンちゃんです。北海道の観光PRのキャラクターだそうで、本とかグッズも発売されているのですが、千歳空港では見つけられず、やはり札幌駅で買っておくべきだったと後悔しきりです。

影響されやすい?

福島に来ています。研修旅行です。

普通に研修しているぶんには地震や放射能のことなどまるっきり忘れていますが、それがよいのか悪いのか……

ちなみに昨夜は津波に飲み込まれる夢を見ました。福島に来ているからでしょうか? なんてわかりやすい人間なんでしょう!

ただ、津波といっても海から来たのではなく空が裂けて流れ落ちてきた大量の水、それこそゲリラ豪雨の数千、数万倍のスケールの水量でした。まさしく天破れ地裂くる、大スペクタクルな夢でした。

もちろん、あたしは生き延びるのですけど!

南東北へ

本日より二白三日で、YA出版会の研修旅行です。

今年は福島県に行きます。初日に上野からいわきへ行き、更に郡山へ向かって、そこで一泊。二日目は郡山から福島へ移動して飯坂温泉で一泊。三日目は福島の書店さんを訪問して帰京、という旅程です。


より大きな地図で 2013YA研修旅行 を表示

いわきでは、少し時間に余裕があれば、海岸線が見えるところを通る予定です。復興もそれなりに進んでいるのでしょうけど、それでもまだ手つかずのところがあれば、それはそれでかなりの衝撃だと思います。何ができるというわけではありませんが、ただ事前の準備をしている時に、福島の図書館の方から、「研修旅行などで福島へ来てくれる、それだけで復興に向かうアピールになるので是非来て欲しい」と言われたのが印象的でした。こちらは、ややもすると復興途中で「研修を受け入れる準備などできません」と断わられるのではないかと心配していたので……

雨ですね。

梅雨時なので仕方ないのですが、やはり雨に祟られている出張です。とはいえ、できるだけ屋根のあるところを移動して、傘を使わずに済ませたいと思いますが、そうも言っていられません。やはり傘の出番です。

台風が接近中ですが、それほど風もなく、傘が無駄になるような横風もなく、とはいえ雨の量がそれなりにあったので、服はずいぶんと濡れてしまいました。

それにしても、考えてみますと、このところ出張ではだいたい一日か二日は雨に祟られます。あたしは比較的晴れに恵まれるのですが、このところの出張はどうもそうではないことが多いです。

雨自体は決して嫌いではないあたしですが、仕事の時の雨は、やはり嫌ですね。濡れるのもそうですが、傘が邪魔になります。紙を扱う仕事ですから、雨はやはり避けたいところです。

とはいえ、今回も書店の方からいろいろとためになる話を聞かせてもらい楽しい出張でした。今回初めてお逢いした方もいらっしゃいましたし。あと一日、たぶん雨でしょうけど、ラストスパートです。

「特別」と「新」

年に数回、関西へ行きます。もちろん仕事です。大阪をベースに京都や神戸にも足を延ばします。

そんなとき、阪急電車に乗ることが多いのですが、時にはJRも使います。JR京都線あるいは神戸線です。これが、どうも馴染めないというか、しっくりこないところがあります。

京都線でも神戸線でも、各駅停車の他に快速と新快速が走っています。この新快速がどうも意味不明な感じを覚えるのです。東京で、あたしが仕事にしろプライベートにしろよく乗っているのはJRの中央線です。中央線は各駅停車が実はなく、快速と特別快速の二種類が走っています。

中央線の各駅停車については、東京に住んでいない方、東京のJR事情に詳しくない方には、なかなか説明しても理解してもらいづらいので、ここでは割愛しますが、言いたいのは快速があって、それより速い(停車駅が少ない)のは特別快速だと言うことです。これが大阪へ来ると快速と新快速になるわけで、「なんだ、それだけのこと」と言われそうですが、だったらなんで東と西とで同じJRなのに言い方が異なるのだという疑問がわきます。

たぶん「東京都一緒はイヤだ」という大阪人根性が働いたのだろうということは想像がつきますが、真の理由が那辺にあるのかは知りません。ただ、名称が異なるぶんには、各社のアイデンティティということで理解もできるのですが、それが徹底されていないと逆に気になってしまうのです。

どういうことか。

東京で中央線に乗っている時に、駅や車内の電光掲示を見ると時々英語版の表示が現われます。その時「快速」に対しては「Rapid」あるいは「Rapid Service」と表示されています。これは東京も大阪も同じです。そして東京の「特別快速」に対しては「Special Rapid Service」というのもわかりやすい翻訳ですが、大阪の「新快速」に対しても「Special Rapid Service」と表記されているのです。

「おい、せっかく日本語表示名を東京とは変えたのに、なんで英語表記になると同じなのよ?」という疑問が浮かびます。そりゃ確かに「New」では何のことかわからない、外国の方にあらぬ誤解を与えてしまいかねないという配慮、つまりは日本語を直訳するのではなく、意味がきちんと伝わるように意訳するという方針なのでしょう。

だったら、日本語表記も東京と同じように「特別快速」にしたらいいじゃない、と思うのですが、そこは関西の沽券に関わるところなのでしょうか?

改めて鶴ヶ城

今週の水・木で福島へ行って来ました。もちろん仕事です。郡山と福島だけでなく、会津の書店にも行きましたが、アポの時間までちょっとあったので会津若松城、つまり鶴ヶ城を見学してみました。

会津若松は、晴れてはいましたけど、街のあちこちに雪が残っていました。ここ会津も、今年は例年になく雪が多かったそうです。見学時間もあと小一時間ほど、冬の平日ではあまり観光客もいない会津若松城です。

夕日に映えて美しいですね。実際には戦後に建て直された鉄筋コンクリート作りですが、なかなか立派な天守閣です。

これから桜の季節になると観光シーズン突入、今年は「八重の桜」人気もあって、例年以上の人出になるのでしょうか?

寒いわ、みちのく!

今日は仙台から福島、そして再びの郡山。さらに現在は、会津若松へ向かっているところです。待っててね、綾瀬はるかちゃん! ところで今日はよく晴れてはいますが、風が冷たくて寒いです。