是非ご一緒に

幻冬舎から出た『東京裁判』が、このところ書店で目立ちます。

何かと議論の絶えない「パール判決書」の翻訳ですね。

 

類書はいくらでもあるでしょうし、様々な立場からの書籍がたくさん刊行されていますが、是非とも『パール判事』もお忘れなく。「新書版」もありますので!

装いも新たに!

アラスカを追いかけて』という本を覚えていらっしゃいますでしょうか?

さよならを待つふたりのために』のジョン・グリーンの作品で、同作が映画「きっと、星のせいじゃない。」として公開されたころ、あたしの勤務先に『アラスカを追いかけて』の問い合わせの電話が増えました。映画の公開に合わせてちょっとしたフェアをやろうという書店さんの注文であったり、『さよならを待つ~』を読んで『アラスカを~』も読みたくなった方からの注文であったり、というところが主でしたが、確かに注文や問い合わせが突然目立つようになったのを覚えています。

しかし、その時点で、既にあたしの勤務先ではこの作品は品切れ、重版の予定もないという状況で、問い合わせにはすべてお断わりするしかありませんでした。

 

それがこのたび、こんどは金原瑞人訳でタイトルは同じく『アラスカを追いかけて』のまま、岩波書店から刊行されました。

訳者を変えて再び本が読者の手に取れるようになる。

本来なら、あたしの勤務先が品切れになどせず、出版し続けられればよかったのでしょうが、いろいろ事情がありまして……(汗)。お察しください。

ただ、文庫などでも出版社を渡り歩いて刊行されているものも数多くあります。読者としては、出版社がどこであれ本が手に入る状態になっているということは嬉しいことだと思います。

両刀遣い?

本日配本の新刊『ニーチェをドイツ語で読む』です。

どうでしょう、この装丁? ちょっと語学書には見えないのではないでしょうか? もちろん、あえて、です。「ニーチェでドイツ語を学ぶ」という趣旨の本であれば、もっと語学書っぽい見た目にするのでしょうが、本書はそういう本ではありません。ニーチェ哲学のエッセンスを、その原文を味わいながら学ぼう、というものです。

なので、語学書コーナーだけでなく、人文書コーナーに置かれても恥ずかしくない装丁にしたわけです。

普通なら「本書の使い方」とか、「この一冊で○○ができる!」といった惹句が載っていそうな裏表紙もご覧のように、人文書の目次のような味わいです。

さあ、こういう装丁で狙った効果を上げることができるでしょうか? まずは、どのくらいの書店で「人文書にも置いてみよう」と思ってもらえるか、そこですね。

週末は中華三昧!

この土日はどちらも新宿でイベントでした。土曜日は既に書きましたが、映画「ブラインド・マッサージ」の上映と、その後の飯塚容さん、豊崎由美さんのトークイベントでした。そして昨日の日曜日、こんどは新宿駅の反対側、西口にあるブックファースト新宿店で、甘耀明さんと東山彰良さんのトークイベントでした。

  

甘耀明さんと言えば、日本では『神秘列車』が既に刊行され、先日には長篇の『鬼殺し(上)』『鬼殺し(下)』が刊行されたばかり、その『鬼殺し』のオビに推薦文を寄せてくださったのが東山彰良さんです。そんなお二人のトークですから、『鬼殺し』を読んだ方も、これから読まれる方も、そして東山さんのファンの方、特に台湾に関心をお持ちの方であれば、間違いなく楽しめるトークになったはずです。

というわけで、あたしも三冊、サインをいただきました。

そしてもちろん東山さんにも、『』と『ありきたりの痛み』にサインをしていただきました。

 

さらに打ち上げでは、訳者の白水紀子さんとも、いろいろ面白くて興味深い台湾の話をいたしました。実に愉しかったですし、早く『鬼殺し』を読み終わらないと、と思った次第です。

東山さんの話の中、台湾の作品にもマジックリアリズム的なものがあり『鬼殺し』もその一つではないかとの指摘、あたしは頭の中では昨年来日した閻連科さんの神実主義を思い出していました。閻連科さんは講演の中で注目している作家として台湾では甘耀明さんを挙げていました。閻連科さんの作品と甘耀明さんの作品、どちらも荒唐無稽な面がありつつも、鋭く社会をえぐっているところが共通するのではないか、そんなことを考えていました。

西の方でやってます!

梅田の蔦屋書店でこんなフェアが……

彩流社の『実験する小説たち』を中心としたフェアです。写真を見ていただくとおわかりのように、あたしの勤務先の本もたくさん並べていただいております。

ちなみに同書の著者、木原善彦さんもあたしの勤務先ではお世話になっている方。写真にも出ている『10:04』の翻訳は2月に刊行予定です。お楽しみに。

原作小説と映画の違い

新宿のケイズシネマで「ブラインド・マッサージ」を見てきました。そして上映後の、訳者・飯塚容さんと、書評家・豊崎由美さんのトークイベントも。

トークイベントの模様を、手元のメモを元に少々紹介しますと……

まず飯塚さんはもともと畢飛宇の作品が好きだったそうで、いろいろ読んでいたものの、『ブラインド・マッサージ』を読んだとき、「これは、これまでの作品とは違う」と感じたそうです。特別な作品だという感想を持ちながら、大学院の演習で教材として学生と読み進めていたそうです。

また、ロウ・イエ監督のファンでもあり、「ふたりの人魚」が一番好きだったのが、本作を見てからはどちらも甲乙つけがたい作品だと思うようになったそうです。

ロウ・イエ監督の作品はバッドエンドのものが多いが、「ブラインド・マッサージ」はちょっと違っていて、ある種の清々しさを感じる作品だという感想だそうです。そんな映画と原作小説との違いですが、豊崎さんに言わせると、映画は盲人が生きていくことの大変さを主題にしている、どちらかというとそういう側面に比重が置かれている感じがするけれど、小説では恋とか性とか、もっと人間の普遍性を描いているとのこと。豊崎さんは小説を、科学者が書いたのではないかと思ったそうです。

また映画は登場人物の一人、小馬がほぼ主人公といってよいストーリー展開ですが、小説は群像劇で、個々の登場人物の過去や悩みとか、もっと奥深く描き出されているという違いがあります。

ならば、やはり小説の方がよいのかと言われると、映画は映画で小説のエッセンスをうまく取りだしていると思いますし、なにより小説では描かれていない結末が、あたし的にはグッと来ました。

限界は超えられる!

消えゆく「限界大学」』が好調で増刷が決まったということは既に書いたと思います。

 

大学全入時代、そして少子化の波。大学経営が難しくなってきているのは素人にもわかります。大学のレジャーランド化などと言われ、入ったはいいが勉強もしないで遊んでばかりという大学生が問題になっていたのはいつの時代だったでしょう?

かつては大学生の質が問われていたものですが、最近では『Fランク化する大学』何ていう本がヒットしたように、大学の質が問われているようです。生き残りをかけて、大学経営も真剣に考えないといけないのでしょう。だからなのでしょう、こういったテーマの本が陸続と出版されているようです。

  

『限界大学』と併売されていたのは、『平安女学院大学の奇跡』『日本の大学、崩壊か大再編か』『ローカル大学と共に』などでした。大学関係者が主に買っているのでしょうか? ただ、一口に大学関係者と言っても、教員もいれば職員もいますし、私立ですと理事なんて人たちもいますよね。教員にも専任と非常勤がいて、たぶん職人にも正規と非正規がいるのではないでしょうか? そして子供大学に通わせている親だって、「息子・娘の通っている大学は潰れないだろうか」とハラハラしているのかも知れません。

が、そういう人たちが買って読んでくれているのだと思いますが、なによりも、東京など都会の大学と地方の大学の差というのも無視できないでしょう。そもそも「限界大学」という命名も「限界集落」からのものですし、過疎が進む地方では、村落も立ちゆかなくなっているわけですから、ちょっとした地方都市では大学も成り立たないのかもしれません。

地方へ出張へ行くと、書店もそうですが、大学も数が少ないです。翻ってみると、博物館や美術館などの文化施設や映画館などの娯楽施設も、やはり東京がダントツの数を誇っています。なんでも一極集中でいいのかなあ、と感じますが、その東京も、少し前に「いずれ豊島区は消滅する」なんていうショッキングなデータが出ましたっけ……

そんな話の前に、「限界大学」ならぬ「限界出版社」も数知れず、だと思います(爆)。

しかし、これらの本、ダメな大学や暗い将来ばかりを描いているわけではなく、成功事例もきちんと載っています。そんなところに光明を見出し、ヒントを見つけるのが正しい読み方なのでしょう。

フェアとかチラシとか……

下の写真は、紀伊國屋書店新宿本店、人文書コーナーのエンド台。ちょうどロシア革命100周年記念フェアが始まったところです。

なんとなく、あたしの勤務先の本が多いような気がしますが、気のせいでしょう。とはいえ、意外とあたしの勤務先、ロシアものを出していたんですね(汗)。

そして上の写真は書店に置いてあったチラシです。

一番右は、同じく紀伊國屋書店新宿本店の「心理学書販売研究会フェア」のチラシです。「心理学書、この1冊」として、2016年に話題になったり、書評で取り上げられた書籍のフェアです。あたしの勤務先は関係ありませんが、心理学って、やはりちょっと気になります。

真ん中は水声社のセルバンテス全集のチラシ。なんと全7巻。昨年が没後400年だったそうですが、それにしてもこの時代、力の入った企画です。力が入ったといえば、水声社の「人類学の転回」も渋いけれど、興味深いシリーズです。

そして一番左は、KADOKAWA・講談社・新潮社・中央公論新社・文藝春秋という大手合同の「藤沢周平没後20年文庫フェア」のチラシです。広げると簡単な年譜にあさのあつこ、上橋菜穂子、中江有里による「おんなが愛する藤沢周平」という文章、それに北大路欣也のインタビューが載っています。

文庫のフェアなので言っても仕方ありませんが、個人的には『藤沢周平伝』も並べてもらいたいところです。

最後に、これはチラシも何もありませんが、講談社のメチエから『天皇と和歌』という本が出ました。

 

同社のサイトの内容紹介には

被災地やかつての戦地を訪れ、その思いを歌に詠む現代の天皇。和歌と天皇は、万葉の時代から、多彩かつ強固に結びついてきた。ライバルを次々と倒して即位した雄略天皇は〈愛〉の歌を詠み、二十一もの勅撰和歌集が五百年以上をかけて編まれ、歌道の秘伝「古今伝受」は、「御所伝受」として江戸時代に存続し、明治天皇は、生涯に十万首におよぶ歌を詠んだ。和歌を通して見えてくる、「日本社会にとっての天皇」とは。

とあります。ちょっと視点は異なりますが、『うたう天皇』を一緒に並べてもらえるとありがたいのですが……

なぜ和歌を詠むことが天皇の重要な仕事なのか。その目的が恋や自然賛美だけではない、平和を手中に収めるための国づくりの「日本知」であることを、万葉の碩学が鮮やかに読み解く。

同書の内容紹介は上の通りです。