「堂に升りて室に入らず」的な海外文学フェア?

このところ「はじめての海外文学フェア」というフェアが各地の書店で行なわれています。

フェアの場所には上掲のような冊子が置いてあります。ビギナー篇とちょっと背伸び篇ですね。確かに、間口・裾野を広げる、広く愛好者を増やす、という意味では「はじめての」という謳い文句はよいと思います。

で、ふと思うのですが、これを何回くらい続ければ、「はじめて」から「その次の」になるのでしょうか?

いや、もちろんいつまでも「はじめて」を続ける意義はありますし、続けるべきだと思います。が、その次も提案してこそ、だと思うのです。語学書で入門・初級があって、その次に中級、そして上級があるようなものです。

もちろん、海外文学の場合、上級なんて要らないかもしれません。「後は各自お好きなようにお読みください」で構わないのだと思います。そこまで親切丁寧に、手取り足取りしてやる必要はないよ、そのレベルの人なら自分で見つけるさ、という意見ももっともです。

でも、上に挙げたように、語学書でも中級向けのフェアというのは成り立ちますし、それなりの需要もあります。むしろ初級が終わってその次の一歩をうまく踏み出せるかどうかで上級へ進めるか否かが決まると言っても過言ではありません。だから中級は大事なのです。疎かにはできません。

海外文学フェアだって、中級を考えてみよう、そんなことも思いながら、今回のフェアを眺めていました。たぶん、そういう需要もあって「ちょっと背伸び篇」が作られたのでしょうね。

失敗の本質? 敗因分析? 商談会とは?

先日のBOOK EXPO 2016は盛況だったようです。確かに午前中から多くの方が来場されていたと感じました。東京の大商談会と比べてどうかと問われると、俯瞰的に見えていないのでなんとも言えませんが、少なくとも自社ブースの前を通る人は多かったと感じました、まあ、それも会場内のどこにブースを出しているかという要素も大きいと思いますが……

とりあえず、少し時間がたってしまいましたが振り返ってみたいと思います。

まず肝心の成果ですが、あたしの勤務先についていえば渋かった、厳しかったと言わざるを得ません。愚痴っぽくなりますが、そもそも商談会に来ている書店の方、お目当てはコミックや児童書、それに実用書といったところで、来場者名簿を見ても、知っている書店の名前はあっても、参加予定の書店員は知らない方だったりします。つまり、あたしが逢っている人文や文芸などの担当者ではなく、恐らく雑誌やコミック、児童書などの担当者が参加していたのでしょう。

どうしてそう言えるのか?

会場内の動きを見ていればわかります。そういう出版社のブースにばかり人が集まっているからです。ある書店の方に聞きましたが、これからクリスマスなどの商戦に向け、ふだんなかなか逢えない出版社のブースでクリスマス商戦向けの商品を注文するのが主目的だそうです。はっきり言って、絵本が目当てなんでしょうね。

ですから、専門書の出版社はほとんど出ていないか、出ていても閑古鳥が鳴くような有り様と言ったら言いすぎでしょうか? でも決して誇大な表現ではないと思います。紛れもない実感です。あたしのブースの前を通る書店の方、ブースに貼ってある出版社名を見て「あっ、ここは関係ない」という表情で通りすぎていきます。ほとんどがそんなところです。東京でも大阪でも、この数年参加していますが、これが実情です。

それがわかっていて、なんで参加しているの? 出展料だって払っているんでしょ?

というのはきわめて当たり前の疑問だと思います。それに答えるとすればこうなります。

町の書店でも、あたしの勤務先のような出版社の本を置きたいと思っている書店はきっとあるはずだ。でも、何もしなければ新刊も入ってこないし、何かフェアとかやりたいと思っても、コネも何も築けていない。この商談会で顔つなぎをして、少し置かしてもらえないか相談してみよう。

そんな風に考える書店の方が来てくれるのではないか、そう思って出展しているわけです。結果はどうかと言えば、まるっきりないわけではありません。過去に数件、そういう風に声をかけていただいて新刊案内を送るようになった書店もあります。配本するようになって売り上げが上がってきたお店もあります。

とはいえ、丸一日ブースを出しての成果としてはあまりにも低い、低すぎます。もう少しこちらも工夫をしないと、何の成果もないというに等しい状況がこれから先も続いてしまいそうです。ではどうしたらよいのか? すぐには答えは出ませんが、絶えず考えていきたいと思います。

話は少し横道にそれますが、数年前、東京の商談会に初めて参加したのは、似たような専門書数社で揃って出展したのがきっかけです。たぶん10社くらいで参加したのではなかったかと記憶しています。ブースを連ねて出展しましたが、われわれの一郭は見事に来場した書店の方に避けて通られました。その一方、東京国際ブックフェアでは、やはり10社くらいの人文系出版社でブースを連ねて出展していますが、会場内でも毎年一、二を争う盛況なブロックになっています。

同じような出版社のブースでありながら、書店はあまり寄ってこないのに、読者は群がってくるという好対照。もちろん東京国際ブックフェアは、2割引きでクレジットカードも使えるという、本好きにはお得な場であり、商談会と同列に論じることはできません。単純比較はできない両者ではありますが、出版社が商品をアピールするという点では同じです。この違いは何なのか?

そんな話を書店で専門書担当の方と話していたら、その方は「読者が求めているものと書店が求めているものがズレているのではないか、読者のニーズを書店がつかみ損ねているのではないか」という分析をされました、否、分析というよりも感想と言うべきでしょうか? しかし、この指摘は非常に示唆するものがあります。考えるきっかけをくれたような気がします。

人としての尊厳~閻連科トークイベントのこと~

土曜日、日曜日と二日間、新宿の紀伊國屋書店と渋谷の丸善&ジュンク堂書店で行なわれた閻連科さんのトークイベント。メモを元に少し振り返ってみます。

まず土曜日の紀伊國屋書店、対談相手は飯塚容さん。ご存じのように閻連科さんのエッセイ『父を想う』の訳者である飯塚さんが、『年月日』だけでなく、過去に遡って閻連科作品全般、そして閻連科さんの人となりや中国現代文学の中での立ち位置などをわかりやすく紹介してくれるような対談になりました。

 

まず、日本、中国ともに相手の文学を研究する優れた学者は大勢いるのに、お互いの翻訳作品が少ないのはなぜか、という問いかけに始まり、中国でも日本の作品を紹介しようという勢いが近ごろ弱くなってきているとのこと。これは翻訳者がもっと考えるべき問題であるとの指摘は、翻訳作品を柱の一つしている出版社にも耳の痛いところでした。

飯塚さんから、それでも80年代は中国文学の紹介が日本では盛んであったが、その後は低調になり、日本人の見方も好意的ではなくなっていたと説明があり、そんな状況でも中国文学の紹介はされてきてはいたけれど、閻連科さんの作品は紹介されてこなかったとのこと。

その当時の閻連科さんの作品は大きく分けて軍隊での生活を舞台としたものと農村での生活を舞台としたものに分けられ、『年月日』はもちろん後者に相当する作品との解説。

そんなご自身の作品について閻連科さんは、ずっと軍人をテーマに書いてきた自分にとって『年月日』は奇妙な作品であるとのこと。軍を舞台とした小説が発禁となり、さらに腰痛を患い、退役して農民になろうと考えていた病床生活で、もう軍隊をテーマとしたものは書かないと一度は心に決めたそうです。

そんな中、ある漢方医と知り合い、その人の治療によって腰痛を完治し健康を回復する中で、人間の生命について考えるようになり、1本のトウモロコシと一人の老人の関係性について書きたいと思うようになったそうです。出来上がった原稿を上海の雑誌社に送ったところ発表でき、多くの評論家の好評を得たそうです。

そんな人間の尊厳を描くようになった閻連科さん。2000年代になって生まれた作品は、軍隊が舞台の『人民に奉仕する』、エイズ村の売血について書いた『丁庄の夢』が相次いで発禁となったが、これら2作品とは異なる寓話的な『愉楽』もあり、この作品の執筆をもって軍隊生活にピリオドを打ったとのこと。

閻連科さんによると、創作は変化してきているとのこと。『愉楽』は中国でシンポジウムが開催され、高く評価する評論家もいたそうです。しかし、もし現在は右派闘争が再び起こったら処分されただろうとも。またテレビで『愉楽』関連番組が放送され、ついに上司から軍を辞めるよう勧められたそうです。

軍を辞めて自由になり、『人民に奉仕する』を書いたそうです。これが大きな変化となったようですが、軍隊生活が深刻な現実とを教えてくれたとも。なので、軍隊生活を後悔してはいないし、自分の創作にとっては宝物であるそうです。発禁すら、運命に対する贈り物だと思えるとのことです。

『年月日』『日光流年』は発禁になっていないし、フランスでは高校生の教科書にも載っている。アメリカでは高校生の必読書の一つに選ばれてもいるとのこと。ただ『年月日』のような作品をずっと書いていても、それはそれで問題であり、書きたいとも思わない。

最近の『四書』(邦訳は岩波書店から刊行予定)は1960年前後が舞台の作品。その時代の知識人の運命を描いたもので、最近の最も重要な作品だと想っているそうです。『風雅頌』は大いに論争を巻き起こしたが、自分なりに検閲して、もっとよい作品を書かなければいけない、自分の創作を反省しないといけないと思っているそうです。

『四書』では、新たな物語を表現する方法を見つけたと感じるそうです。そして『炸裂志』は中国国内版と台湾版では内容が一部異なるそうです。閻連科さん曰く、中国の現実そのものを描いた、金儲けに成功している人はいかがわしいことをしたに違いない、ということを書いた作品であるそうです。『日熄』は夢遊病者の話で、台湾で出版され、紅楼夢文学賞を受賞した作品。

神実主義を発見したことで『炸裂志』や『日熄』が書けた。夢遊病者は夢で現実にはありえないものを見ているが、太陽が昇ったら夢から覚めてしまう。しかし『日熄』では太陽が消えてしまったので、永遠の夢遊病状態にいる人々を描いた。

『父を想う』は重要な作品である。自分の優しい一面を描いたつもりである。家族のこと、人と人との温かい関係性を表現していて、フランスやイタリア、韓国でも翻訳されている。もう一つの閻連科であり、中国人の温かさを表現している作品である。

以上、紀伊國屋書店新宿本店でのトークの、あたしなりの梗概。聞き間違い、書き間違い、理解の至らないところ、誤解しているところ、多々あると思いますが、すべてあたしの責任です。

そんな前日を受けて翌日の渋谷のトーク。上の写真のように、この日の対談相手は豊崎由美さん。

『愉楽』を絶賛されていた豊崎さん、閻連科さんに聞きたいこと話したいことが山ほどあったようで、メモを見ながら話を進めてくださいました。

そして、Twitter文学賞、トロフィーの授賞式。

かわいい編みぐるみが贈呈され、閻連科さんは2歳になるお孫さんが喜ぶだろうとのことでした。

二日間を通して、飯塚さんは「~ですよね?」という語り口、豊崎さんは「~ですか?」という風に、お二人の立場を活かした好対照なイベントになったと思います。

今日の配本(16/11/14)

このコンテンツはパスワードで保護されています。閲覧するには以下にパスワードを入力してください。

戦利品?

閻連科さんのトークイベント。昨日の紀伊國屋書店新宿本店、本日のMARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店と二日間。

いやー、実に有意義でした。個人的に愉しんだといった方がよいくらいです。

 

まとめ的なこととか感想は改めて書きますが、とりあえずいただいたサインをご披露。

 

父を想う』『年月日』にサインをしていただきました。

いやー、嬉しい。大作家にもかかわらず、とても気さくな方でした。

セット売り!

新宿の紀伊國屋書店で閻連科さんのイベントでした。

これで閻連科さんの話を聞くのは、9月の東大本郷、先日の東大駒場についで3回目。やはり、聞くべきトークだなあと感じます。閻連科さん、パッと見には高名な作家という感じはなく、おとなしそうな感じ。あれだけの作品を書いた方という感じは微塵も受けないのですが、話し始めるとどこからあんなエネルギーがわき出してくるのだろうと感じます。

と、まあ、講演のまとめは明日の渋谷ジュンク堂のイベントも合わせて改めて書くとして、今回感じたのは『年月日』と『父を想う』はセットで読むべき二冊だということ。

 

別に本日の対談相手が『父を想う』の飯塚さんだったから言うのではありません。読んだ上での素直な感想です。『年月日』の訳者あとがきで谷川さんも書いていますが、この二つの作品、書かれた時代はかなり隔たっていますが、相通じるものがあることは読めば誰もがわかるはずです。それが同じ年に日本で前後して出版されたことに不思議な縁を感じます。本日のイベント、飯塚さんにお引き受けいただき、実は最初はそこまで意識していたわけではないのですが、両書を読んでわれながら絶妙のキャスティングではなかったかと思う次第。

なんとか天候にも恵まれ……

今日で関西ツアーも終わりです。晩は自宅で床に就くことになります。早かったなあと感じます。途中、火曜日にBOOK EXPOというイベントが挟まったからでしょうか?

今回のツアー、天候には恵まれました。唯一の雨天はそのイベントにあたり、終日屋内にいたので外の雨は関係あらず、でした。ただ、その雨のあとの後半は気温が下がり、やはり夕方になると寒いなあと感じました。コートもベストもカーディガンも持ってきていないので、ちょっと辛いです。

でもって、出張の成果は……

不景気ですね。それともあたしの営業努力が足りないのでしょうか?

来年の話をすると鬼が笑うと言いますが、再来年の話だと鬼はどうするのでしょう? という冗談はさておき、来年から再来年はちょっと左傾化したフェアがオススメかも?

来年がロシア革命百周年だということは既にご存じだと思います。なので、ロシア史のフェアは如何でしょう?

もちろんロシア史といってもそれなりに長いですので、やみくもにフェアをやっても焦点がぼやけてしまいかねません。そこで、たとえばロマノフ王朝・帝政ロシア、ロシア革命、スターリンの時代、ゴルバチョフのペレストロイカ以後、といった具合にテーマを分けてフェア展開するのがよいのではないかと思います。これらをどれか一つやるもよし、数ヶ月おきに断続的にやるもよし、だと思います。

まあ、ロシア革命百年ですから革命に絞るのが王道でしょうけど、実は来年は『資本論』の初版刊行から150年でもあります。昨今の格差社会、ピケティの大ヒット、マルクスの再評価などを合わせ考えますと、共産主義の光と影、失敗の本質というのを裏のテーマにフェアを企画するのもよいのではないかと思います。

というよりも、その方がフェアをやる現在的な意義があると思います。

なぜロシアや東欧の共産主義は失敗したのか、そしてそれはマルクの構想したものとどこが同じでどこが異なるのか、そういったことを考える、考えさせるようなフェアができればと思います。ちなみに、中国の共産主義も、ほぼほぼ失敗してますよね。

その中国、来年は党大会です。向こう五年の体制が決まるだけでなく、ポスト習近平の姿が見えてくる大会になるはずです。習近平体制は変わらないでしょうが、より一極集中が進むのか、それとも別な路が開けるのか。これはこれで面白いフェアになりそうですが、玉石混淆の本が山ほど出版されそうです。

閑話休題。

ロシア・フェア。上述のような感じでフェアをやったとして、つまり格差社会とか、共産主義の挫折とした視点を取り入れますと、そのまま2018年に繋がります。2018年は本家本元、マルクスの生誕200年です。いまさら共産主義ではないと思いますが、いまさらマルクスは十分ありだと思います。

なおかつ、2018年は1968年から50年です。1968年といえば世界史では重要な年です。世界的にさまざまな運動が起きたのが1968年です。左派運動という捉え方をすれば、ロシア革命やマルクスとも因縁浅からぬところです。もちろん関連書籍も既にいろいろ出ていますが、再来年に向けてさらに出版されることでしょう。

なんといっても、1968年に関心を持つ世代や読者は、本を最も買ってくれる人たちでもあります。それなりに盛り上がることは必至だと思うのですが……

「神実主義の中国と文学」ということについて

先の日曜日、駒場の東京大学出行なわれた閻連科さんの講演。手元に残したメモを元に自分なりに振り返ってみます。

まずは王堯さんの講演から。

文革後の中国文学は80年代文学、90年代文学、新世紀の文学の三つに分けられる。現在活躍する多くの作家が80年代に注目を集め始めたのに対し、そのころの閻連科氏は助走期間であり、「後から来た作家」である。そんな文革後の文学は、文革をどう捉えるかが大きなテーマであった。

文革を否定するのが基本的な立場であり、その上に文学が発展してきたのが80年代。しかし90年代になるとその傾向(文革に対する態度)に分化も見られるようになり、政治と文学の関係は芸術と現実との関係と捉えられるようになってきた。

文革の終結により、文学は政治に奉仕するものではなく、人民に奉仕するものとなった。つまり文学はようやく現実と理性的な関係を持てるようになった。傷痕文学は芸術的な達成という点では大きくはないが、当時のタブーを打ち壊す役割を担った。そして80年代は社会の中心に文学があり、近代化建設に重要な役割を果たしていた。

閻連科の作品は、こういった文学を超えた作品であり、人と人との関係や人間性を描いており、社会主義にも暗い面があることを訴えている。その点では暗闇に敏感な作家であり、魯迅と並び称することができる。

一方、歴史を叙述する文学の変化も見られ、莫言などの作品はそれまでの作品と一線を画している。閻連科の作品は、特に現代史に関心を持ち、現実の描き方を変革していった作家であり、中国の現在、中国そのものを描き出し、その結果、もう一つの中国が創造され、時代精神も書き換えられている。

かつての文学は現実に奉仕していたが、現在は文学と現実がお互いに超越し、より開かれた関係となったが、また新たな問題も生まれている。

以上です。

うーん、読み返してみて、わかるようなわからないような……。あたしのメモが乱雑すぎてスミマセン。

続きまして閻連科氏の講演。

神実主義とは現実主義に対する反抗である。現実主義とはそこにある現実を描くものであり、現実対するわれわれの感覚を書くものである。それは見た真実、つかみうる真実であって、つまり表面的な真実にすぎない。それに対し神実主義とは、それがどうして起こるのか、発生の源を描くものである。内在的な真実、見えない真実を描き出すものであり、いわゆる真実に覆い隠された真実を描くものである。

中国に対する世界のイメージは、醜い存在というものである。中国は果たして文明的な国家であるのか、街中で話す声が大きいだとか、爆買いに見られるような行為が想起される。旧知のフランスの哲学者に言われたこととして、49年以前の中国は神秘、49年以降の中国は革命、そして現在の中国は低俗だと。この言葉にショックを受けたが、世界は中国を理解できていないし、中国も中国を理解できていない、そして政治家や歴史家も中国を理解できていないということである。

中国は資本主義国家でもなければ、民主主義国家でもない、かといって社会主義国家でもなければ、共産主義国家でもない、人類史上初めての存在である。このまま数十年続いたならば、歴史家や哲学者はどう名づけるのだろうか? 自分は暫定的に「異中国」と名づけたい。異とは異なっていると同時に疎外を意識させるものである。

そんな異中国の直面する異時代。疎外された中国が疎外された時代を迎えているという、世界中の誰もが理解できない状況。杭州でG20が行なわれている一方、生きていけずに自殺をする一家が存在する。こんなまったく異なる出来事が起きるのが理解できない。われわれは異中国における異時代を生きる異中国人である。多くの中国人は慣れてしまっているが、人心の欲望の肥大化が起こっている。

中国の変化は改革開放の成果ではあるが、作家としては欲望が極限まで肥大化し、罪悪が蔓延している社会であり、もし中国人が信仰心を持っていたならば、罪悪の前に何もできなくなってしまうだろう。中国人は信仰を持っていなくて幸いである。喩えて言えば、現在の中国は花束が投げ込まれたゴミ箱のようなもの、自分が知っていた中国とは異なる。

こんな中国を作家はどう表現するのか。

リアリズムでもモダニズムでも描けない。精神的困窮は人類が体験したことがないものであるが、この歩みを後退させることはできない。高層ビルをいくつも建てたことではなく、13億の民を小康状態に導いたこと、これを後戻りさせることは不可能である。和諧の強調は滑稽にも感じられるが、もし本当に混乱が起こったならどうなるだろうか。もし中国人が難民化したらと考えると、経済は発展させなければならないが、そうなると環境汚染は減らず、世界を苦境に陥れてしまう。これが中国の文学者目の当たりにしている現実である。

文学は新しい方法で現実を描写しないとならない。貧富の格差は人の想像を超えている。これらを文学がどれくらいカバーできるのか。一部しか描けていないし、すべてを描くのは不可能である。

魯迅の阿Qによって世界はそれを中国と見なした。しかし今の中国は当時の中国とは違う。阿Qは現在の中国の代表者とはなり得ない。新しい中国的人物が必要である。つまり今の中国を象徴する人物。

どの作家も本当の中国を描いていない。それは今の時代の阿Qを作り出せていない。それは限られた現実認識に基づいているからである。神実主義によって内在する真実をたぐり寄せることができるのではないか。

ところでアジア文学という枠組みは脆いものである。日中韓は欧米の文学をもてはやしすぎで自国の文学を軽んじている。自分たちの文学を信じるべきであり、世界の文学に抗することができるものであるから、その後に初めて世界文学を語るべきである。日本の読者も中国の文学をほとんど読んでいない。中日の文学の交流は文化の交流である。交流が進めば好みも欧米からアジアに移ってくるだろうし、アジアに意識が向いてくるようになる。文学の交流はそれに留まらないものである。

以上、こちらもまとまりのない、支離滅裂な感じですが、すべては筆記者の能力不足のせいです。閻連科さんの話が悪いわけではありません。