カテゴリーアーカイブ: 営業部だより
歴史書の吉川弘文館はこちらです
東京国際ブックフェア、第二日目。今日もブース当番です。
昨日の第一日目を受け、本日は少しばかり補充の書籍が運ばなければならなかったので、いつもどおり、朝の7時に勤務先へ出勤し、社用車で会場へと向かいました。毎年この時だけ乗るルートです。
で、その始まる前の自社ブースの写真、と言いたいところなのですが、上の写真は昨日、初日の開場前のスナップです。右の写真、ちょっと平積みを高々と積み上げすぎでしょうか?
ちょっと斜め上からも撮ってみました。
で、右側の写真は本日行なわれたイベントを告知するポスター。
黒田龍之助さんトークショー@東京国際ブックフェア、大盛況です!人文・社会科学イベントスペースで開催中。終了後にはサイン会も。 pic.twitter.com/B8B8Ca9aYv
— 白水社 (@hakusuisha) 2016年9月24日
イベントは大盛況のうちに無事終了。本もよく売れました。ありがとうございました。
あいかわらず初日の写真が続きますが、こんどはブースの中側へ入って、そこから撮ってみました。
そして、斜めに、平台のボリュームというか、壮観さをお伝えしたくて撮ってみました。
そして、そして、お待たせしました。上の写真がお昼前後だったと思いますが、かなり混雑している本日、二日目の様子です。これが書物復権10社の会のコーナーですが、他の通路に比べ、ここが異様に混雑しているとのこと。確かに、本好きには立ち寄りたくなる出版社が並んでいると言えるかもしれません、手前味噌ですが……
ピーク時はもっと混雑していました。それこそ立錐の余地ないと言いますか、なかなか前へ進めないほどの大渋滞、大混雑の時間帯もかなりの頻度でありました。これが売り上げに繋がっているのか否か、まだわかりませんが。
で、今申し上げました「書物復権10社の会」ですが、看板にはご覧のように10社の名称が書かれていますが、今回出展しているのは岩波書店と未來社を除く8社になります。
さてさて明日の最終日はどんな感じなりますことやら……
あたしは、ようやく解放され、自宅でゆっくりお休みです。
ところで、タイトルですが、これはあたしの勤務先ブースの隣が吉川弘文館で、この呼び込みの声が耳朶に貼り付いて離れないのです。ただ、そんなことより、「歴史書の」と、会社のカラーをビシッと表現できる冠があるっていいですね。あたしの勤務先だったら何と言えばよいのでしょう?
人はなぜあれほどまで死因に興味を示すのだろう?
東京国際ブックフェアが始まりました。
開場は8時。でも7時半すぎに到着してしまいました。案の定、ドアは施錠されたまま。多くの人が待っていました。どう見ても出版業界関係者ではないな、という雰囲気の、つまりは華やいだ雰囲気の女性の集団もチラホラ。
ビッグサイトでは当時に多くのイベントをやっているので、ここに集まって開場を待っている人すべてが出版関係者だとは思いませんが、それでもそこそこの割合で出版業界の人もいていいはず。
でもですね、あたしが待っていた20分ほどの時間に周囲を見回して、本を読んでいる人は、あたし以外にはいませんでした。みんなスマホを見てました。これはちょっと驚異! あとは数名のグループなので話し込んでいる人も多かったです。しかし、これだけの人が集まっていて、開場までの時間を潰すのに読書している人がいないなんて! ある意味、ショックでした。
さて、昨日の設営を済ませた自社ブース。ポップも立てて、準備万端。あとは来場者を待つばかりです。
書物復権10社の会のコーナーはこんな感じに出来上がっています。
改めて自社のブースを斜めから。ちょっと平台のボリュームがすごいことになっています!
ブース全体を眺め渡すとこんな感じです。
向かって一番左にUブックスとクセジュ、続いて文芸、人文社会、一番右側に語学書という並びです。
で、今回のブックフェアの初日、一番目に付いたのは、老若男女、通る人のほとんどが手にし、その中のかなりの高確率で購入してていた一冊『図説死因百科』、いやー、たぶん本日、単品では一番の売り上げ冊数ではないでしょうか?
年に一度の……
明日から東京国際ブックフェア。
うーん、イベント的には祝日である今日からスタートすべきではないのか、と思ったりもしますが、あいにくの雨でした。それに出展する方からすれば、会期が4日というのは、やはり披露もたまるし……
ということで、明日からの3日間。
昨年までの木金が業者・関係者のみ、土日が一般日という区分けをなくし、3日間すべてが開放日となるわけですが、どういう人の流れになるのか、まるで予想できません。
例年、初日は来場者も多く、土日はやはり一番売り上げも上がる、という感じだったのですが、今年の場合、初日から一般客も来場するわけで、ただし平日、でも世間的には飛び石連休でお休みという人も意外と多いのかもしれないし……
まったくわかりません。
ともかく、本日午後から、あたしの勤務先は会場設営を行ないました。何とか無事に終了。先程帰宅。
さて、明日からが本番。あたしは明日と土曜日と、二日間会場に詰める予定です。
乃木坂ちゃんには逢えそうにないですね……(涙)
『人文会ニュース』から
下の写真は講談社現代新書の新刊『憲法という希望』と『人文会ニュース』です。
『人文会ニュース』って何? という方も多いと思いますので、ちょっとご説明させていただきますと、人文会という団体の機関誌です。年に三回、4月、8月、12月に発行しています。主に書店の人文担当者、図書館の選書担当者向けに、人文分野に関する記事を載せています。
その中に、「15分で読む……」という記事がありまして、毎号さまざまなジャンルの専門家の方にテーマを決めて執筆してもらっているのですが、写真に載っている123号では木村草太さんに憲法について書いていただきました。そして、最近出た木村さんの新刊がこの現代新書です。
ページをめくっていただきますと、目次の後に下の写真のような記述がございます。
はい、今回の現代新書、『人文会ニュース』に執筆いただいた記事がベースになっているのです。現代新書ともども、『人文会ニュース』もぜひ記憶に留めていただければと思います。
ちなみに『人文会ニュース』は上述のように書店や図書館に配布している非売品です。一般には入手できません(頒価もつけていませんので)。ただ、問い合わせなどもしばしばございますので、人文会のウェブサイトからPDF版が閲覧できるようになっています。ご興味を持たれた方はPDF版のご利用をお願いいたします。
今日の配本(16/09/21)
上下本が多すぎる?
あたしの勤務先の「新刊情報」のページ。だいたい1か月から2か月くらい先の刊行予定書籍が紹介されています。
まだ装丁が出来ていないものが多々あり、情報も少なめですし、時には拠ん所ない事情で刊行が延期になってしまうこともありますが、お好きな方には「へえー、こんどこんな本が出るんだ、楽しみぃー」と思っていただけているようです。
その新刊情報のページ、現在のところ2ページにわたって10点ずつ、合計20点の近刊が載っていますが、そのうちの6冊が上下本。これってあまりにも多すぎないか、とちょっと心配になります。それもすべて歴史ジャンルですから、書店に入荷しても置かれる場所はだいたい同じ。大型店以外では「置く場所がない」という状態になってしまいます。
いや、新刊は毎日毎日多くの出版社から刊行されているのですから、大型店でもとても並べきれるものではありません。
本が書店に並ばない。
世間でしばしば言われているのとは別の理由で並ばなくなりそうです。うーん、これは由々しき問題。
かといって、この期に及んで刊行を延期するわけにも行きませんし、やるならもっと前から、数ヶ月の刊行スケジュールを眺め、そのジャンルごとのバランスを考えて刊行の順番を考えるべきなのでしょう。今さら言っても詮無いことですが。
しかし、実はどれも面白そうな本ばかりです。書店の方も、「スペースさえあれば、ちゃんと並べたいよ」と言っていただける本だと自負しております。
鑑から鏡へ~日本という壁~
昨日は午前中にちょっと会社へ行っていくつか仕事をこなし、午後からは東京大学で行なわれた国際シンポジウム「日本という壁」を聞きに行ってきました。午前中から始まっていたシンポジウムでしたが、午後の「パネル3」、『生まれるためのガイドブック』『ぼくは覚えている』の訳者である小林久美子さんが進行役で、柴田元幸さん、辛島デイヴィッドさん、鴻巣友季子さんがパネリストとして登壇した「翻訳と『壁』 英語と日本語の狭間から」のパートから参加しました。どの話も興味深く聞き入ってしまいましたが、手元のメモを参考に少し紹介いたします。
柴田さんが明治以来の日本の翻訳について「仰ぎ見る翻訳」から「対等な翻訳」へと変わっていったと指摘されました。それでも、毎日メジャーリーグで活躍する日本人大リーガーについては新聞も大きく報じているけれど、もしこれがメジャーではなく韓国や台湾のリーグであったら、ここまで報じられることはないだろうし、そんなところにもまだまだ「正解は欧米にある」という「仰ぎ見る」感が完全には払拭されていないと述べていらっしゃいました。また、ご自身が関わる雑誌「MONKEY」でも、表紙に英文をあしらうとなんとなくおしゃれに見えるという感覚が日本人にはある、とも。本文はほとんど日本語なのだから英語をあしらう必要性はまるでないのに、英語をデザインとして使う本や雑誌が多く、それなら別にアラビア語でもハングルでも、タイ語でも構わないはずなのに、圧倒的に英語や欧米の言語が使われるという現実。
改めて指摘されると確かにその通りだと感じました。柴田さんはまた、古代から近代までは中国を、近代以降は欧米を目標、モデル、正解として仰ぎ見ていた日本は、外に正解を求める国、上下関係の国だとも指摘されていました。そこで挙げた例として、アメリカのお店では店員も客も入店したときの声かけはどちらも「ハイ」だけれど、日本では店員は「いらっしゃいませ」と言い、客は基本的に無言であるのが普通であり、こういうところにも対等な関係の欧米、上下関係の日本という姿が見て取れるとのことです。
こんな話を聞いていて、あたしは新刊『翻訳のダイナミズム』を思い出しました。同書は、後半に日本における明治以降の翻訳について紙幅をかなり割いていますので、今回のシンポジウムに集まった方ならきっと興味を持っていただけると思います。
その後は村上春樹、否、ハルキ・ムラカミについて語った辛島さん、和文翻訳と文芸翻訳の違いから深読みと浅読みのバランスを指摘した鴻巣さんと、あっという間の90分でした。
続いては閻連科さん。来場も俄然多くなったような気がしましたが、気のせいでしょうか?
閻連科さんというと「発禁作家」というイメージが強いかもしれませんし、出版社もそういうキャッチで翻訳を刊行していることが多いですが、閻連科さんご自身は、発禁処分を受けるとそれに対抗しようとする気持ちが生まれ、イマジネーション溢れる作家にとって検閲など存在しない、と力強く述べていらっしゃいました。その上で、ペンなど書くものを取り上げられない限りは、どんなことがあっても書きつづけるとおっしゃり、もし自分の作品が読まれないことがあるとすれば、それは作品そのものの出来が悪いからであって、決して検閲によるものではないと、とのこと。あの、中国国内で文章を発表し続ける作家の力強さを十二分に感じさせるお話でした。
そして最後は多和田葉子さん。
壁と言えばベルリンの壁、そんな外的な壁ではなく、特に日本を見ていると東日本大震災とそれに続く原発問題の後、みずから書かなくなった作家が多かったような気がすると指摘。そして「命」と「いのち」については、英語やドイツ語では「いのち」を表わす「LIFE」には「生活」といった含意もあるが、日本語の「いのち」にはそういうものはなく、生命限定であり、漢字の「命」だと上の者の言葉といった含意がある、とのこと、そして「国」と「命」の問題に話は及び、北条民雄『いのちの初夜』などを取り上げながら、命と国を結びつけるとろくなことはない、というようなことを盛んに指摘されていました。
と、以上三つの講演を聴講いたしましたが、始まる前は「長いなあ」とプログラムのタイムテーブルを見ながら思っていたのですが、どれもあっという間、本当に短く感じられました。そして、翻訳について改めて考えさせられました。
日本の翻訳文化は世界的に見ても大したものだと思います。誰にどこで聞いたか忘れましたが、日本は高等教育を自国語で行なえるが、それはすばらしいことであると。東南アジアなどは高等教育になればなるほど英語でしか講義されず、必然的に高等教育を受けるためには英語ができなければならなくなる、しかし日本ではそんな必要はない、と。
もちろん、そのために「日本人の英語力は…」といった議論が起こるわけですが、高等教育が英語でしかなされず、一部の少数エイリーとだけが高等教育を受けられるような社会と、意味がきちんとわかっているのかはともかく、多くの人がさほど苦労せずに高等教育を受けられる社会と、どちらがよいのでしょう? そんなことも考えた一日でした。
経済書も出しているんです!
ウェブ上で勝手にフェアのアイテムを追加してみる
下の写真はブックファースト新宿店。
今尾恵介さんの地図関係の本を集めたミニ・フェアを展開中です。あたしの勤務先の刊行物は『地図で読む世界と日本』がチラリとのぞいているのですが、おわかりいただけますでしょうか? 他にも今尾さんの著作は刊行しているのですが、今回のフェアではスペースと、たぶんテーマの都合もあるのでしょう、この一点のみです。
ということで、その他の刊行物をご紹介します。まずは『地図で読む戦争の時代』と『地図で読む昭和の日本』です。
それから、このシリーズ3点。『地図と鉄道省文書で読む私鉄の歩み(関東1)』『地図と鉄道省文書で読む私鉄の歩み(関東2)』『地図と鉄道省文書で読む私鉄の歩み(関東3)』です。
フェアをご覧になった方で興味が沸いた方なら、以上のような書籍も是非お薦めです。
そしてたぶんこれ、『世界の地図を旅しよう』が、あたしの勤務先が一番最初に刊行した今尾さんの本ではないかと思います。間違っていたらゴメンナサイ。
















