下の写真は本日の朝日新聞です。
注目して欲しいのは兵馬俑ではなく左側、「今右衛門×柿右衛門」展の方です。柿右衛門さんの展覧会が日本橋三越で行なわれるそうです。柿右衛門さんの展覧会は、気にしていると時々やっていますが、それでもこういうデパート展ですと会期が短めです。気づいたら終わっていた、なんてこともしばしばあるのではないでしょうか?
そんな柿右衛門さんファンの方のためにこちらは如何でしょうか?
『遺言』です。十四代目、酒井田柿右衛門さんの著作です。
今日は『続 神経内科医の文学診断』の見本出しでした。かつて刊行した『神経内科医の文学診断』の第二弾です。
ご覧のように、今回の続編の方がちょっと厚いです。正続でどんな作品が取り上げられているのか、タイトルだけご紹介します。
まずは正編の方から
『ナジャ』アンドレ・ブルトン
『鍵』谷崎潤一郎
『失われた時を求めて』マルセル・プルースト
『じっと見ている目』ウィリアム・アイリッシュ
『或る「小倉日記」伝』松本清張
『澀江抽齋』森鷗外
『七破風の屋敷』ナサニエル・ホーソーン
『ウィングス』アーサー・L・コピット
『朗読者』ベルンハルト・シュリンク
『鏡の国のアリス』ルイス・キャロル
『ドン・キホーテ』ミゲル・デ・セルバンテス
『マクベス』ウィリアム・シェイクスピア
『レクイエム』アントニオ・タブッキ
『歯車』芥川龍之介
『頭痛肩こり樋口一葉』井上ひさし
『嘔吐』ジャン=ポール・サルトル
『パリのレストラン』ローラン・ベネギ
『ゴリオ爺さん』オノレ・ド・バルザック
『黒の過程』マルグリット・ユルスナール
『シラノ・ド・ベルジュラック』エドモン・ロスタン
『呪われた王たち』モーリス・ドリュオン
『胡蝶の夢』司馬遼太郎
『癩院受胎』北条民雄
『しんとく丸』説経浄瑠璃
『海を飛ぶ夢』ラモン・サンペドロ
『門』夏目漱石
『楡家の人びと』北杜夫
『ブッデンブローク家の人びと』トーマス・マン
『チボー家の人々』ロジェ・マルタン・デュ・ガール
『マンゾーニ家の人々』ナタリア・ギンズブルグ
続いて続編は
『百年の孤独』ガブリエル・ガルシア・マルケス
『オスク博士の幻想』ジュール・ヴェルヌ
『三たびの海峡』帚木蓬生
『アルブキウス』パスカル・キニャール
『ボヴァリー夫人』ギュスターヴ・フロベール
『蒼ざめた馬』アガサ・クリスティー
『薔薇の名前』ウンベルト・エーコ
『ウォレン夫人の職業』バーナード・ショー
『ハリー・ポッターと賢者の石』J・K・ローリング
『モモ』ミヒャエル・エンデ
『めぐりあう時間たち』マイケル・カニンガム
『ダロウェイ夫人』ヴァージニア・ウルフ
『変身物語』オウィディウス
『わたしはティチューバ』マリーズ・コンデ
『マノン・レスコー』アベ・プレヴォ
『欲望という名の電車』テネシー・ウィリアムズ
『痛ましき事件』ジェイムズ・ジョイス
『居酒屋』エイール・ゾラ
『ビリー・バッド』ハーマン・メルヴィル
『神曲』ダンテ
『ナラ王物語』マハーバーラタ
『イリアス』ホメロス
『フェードル』ラシーヌ
『信號』フセーヴォロド・ガルシン
『オンディーヌ』ジャン・ジロドゥ
『ピクウィック・クラブ』チャールズ・ディケンズ
『神の汚れた手』曾野綾子
『恍惚の人』有吉佐和子
以上になります。
朝日新聞の夕刊、社会面にこんな記事が……
小沢昭一さんがライフワークにされていた放浪芸の記事です。芸事ですから、音と映像が何より肝心なのは理解しておりますが、文字にして残しておくことも大事な作業だと思います。
そんな小沢さんの放浪芸に関する著作、実はあたしの勤務先から出ているのです。
『日本の放浪芸』『放浪芸雑録』『ものがたり芸能と社会』の三作品です。どれもお値段はやや高めですが、唯一無二の著作です。値段だけの価値はある書だと思います。
写真は今朝の朝日新聞の読書面です。
台湾特集です。
とはいえ、台湾史、主に政治面に焦点を当てた記事になっています。挙がっているのは『族群 現代台湾のエスニック・イマジネーション』『図説 台湾の歴史 増補版』『台湾現代史』といったところです。
台湾の現代史がテーマですから順当な選書だと思いますが、このところ日本では台湾文学にもかなり関心が集まっています。政治はつまらない、小説が読みたいという方には『歩道橋の魔術師』『神秘列車』などはいかがでしょうか? あるいは『流』なども台湾文学への入り口になると思います。
そんな両者、政治と文学の間をつなぐのが『台湾海峡一九四九』だと、個人的には思います。
夜市で小籠包に舌鼓を打つのもよいですが、たまには書籍からも台湾を味わってみてください、ぜひぜひ。
あと数日で終了ですが、ブックファースト新宿店で「古典が新鮮!」というフェアをやっています。別にあたしの勤務先のフェアではありませ。日本の古典、「源氏物語」「古事記」「平家物語」などの現代語訳をいろいろ集め、中にはコミックなども取り混ぜて一堂に会したフェアです。
さすが日本の古典です。こうしてみると、結構たくさん出ていますね。手に取りやすさを考慮してか、主に文庫本やソフトカバーの本が多かったですが、単行本も加えだしたら、それこそこのスペースではとても収まりきらないフェアになってしまったことでしょう。
古典に光を当てると言えば、光文社の古典新訳文庫が先駆者かもしれませんが、別に新訳でなくてもいいんです。ずいぶん古いけど、今に至るもこれぞ名訳、決定版、これを超える翻訳はもう出ない、と言われるようなものもたくさんありますから。とはいえ、新訳も既訳も、とにかく集められるだけ集めて、読み比べなんて、正月休みに如何でしょうか?
そして、古典と言っても日本のものだけではなく、海外にも目を向けて欲しいところ。ちょうど雑誌「MONKEY」のVOL.7が「古典復活」と銘打った特集を組んでいて、「復刊して欲しい翻訳小説リスト100」など海外文学の古典を特集しています。こちらは「復刊して欲しい」ですから、諸般の事情で版元品切れ、古本屋を探すか図書館で借りるしかないものばかりが挙がっています。あたしの勤務先の刊行物もいくつかあるので、申し訳ないかぎりです。
古典と一口に言っても、古事記のような数百年の星霜を経たものもあれば、たぶんいまの若い人にとっては夏目漱石だった古典になっちゃうのでしょうね。かなり幅が広いです。ギリシア神話や論語など、千年を優に超えるものもあり、翻訳だけでも両手に余るほど出ていそうです。これぞ、ザ・古典という感じです。
古典というのは、翻訳が何種類かあって読み比べができるのも楽しみ方の一つだと思います。前の話ですが、ある書店で、カフカやシェイクスピアを集められるだけ集めたフェアをやっているのを見たことがあります。これなども古典なればこそ。
出版社が品切れのままにしているのであれば、新訳を出すのも方法ですが、そういう品切れのものだけを集めて、電子化してパッケージにして売れないものでしょうか?
来週には配本になる新刊『共和国か宗教か、それとも』の装丁はこんな感じです。
並製なので持った感じも軽やかで、学術書的な堅苦しさがなく、とても親しみやすいのではないでしょうか? それにこの装丁、格好いいと思いませんか?
オビなどには「シャルリ(・エブド)」などの文字が躍っていますが、先般のパリのテロ事件で、フランス社会を今一度見つめ直す必要が出てきたわけで、いみじくも非常にタイムリーな出版となりました。
しかし、本書だけで終わらないでください。実はこのところ一貫してこのテーマを追いかけているのです。
『社会統合と宗教的なもの』『トクヴィルの憂鬱』『トクヴィルが見たアメリカ』などです。あたしのような門外漢が知った風な顔をして言えば、現代社会を用意した、あるいは前提としての十九世紀社会の考察といったところでしょうか? 特にフランス社会に注目した一連の著作です。
となると、こんな本も関連してきますかね?
時代史という点から見れば『マルクス(上)』『マルクス(下)』なども外せないところだと思います。
さらに枠を広げれば『祝宴の時代』や『十九世紀フランス哲学』なども参考になるのではないでしょうか?
とにかく十九世紀のフランスと言えば、文学芸術分野では名の知られた人物・作品が綺羅星のごとくなのですが、思想の世界ではさっぱりというのがこれまでのイメージで、あまり注目もされてこなかったと思いますが、ようやくそんな先入観を払拭できるほど書物も揃ってきたと言えそうです。