洋書と一緒に

紀伊國屋書店の新宿本店の7階は洋書売り場です。新宿南店ほどではありませんが、充実した洋書の品揃えです。

あっ、7階は洋書の他に芸術書売り場でもありますので、念のため。

で、その7階で、ただいま日本翻訳大賞の受賞作のフェアが行なわれています。

「翻訳大賞の受賞作なら、2階の文芸売り場じゃないの?」という疑問もあるかと思います。確かに2階にも受賞作が並んでいますが、7階は洋書売り場です。受賞作である邦訳と一緒に洋書、つまり原書も並べているのです。

洋書を扱っている書店ならではのフェアですね。

横文字はほとんどわからないあたしですが、装丁を見比べるだけでも面白いです。原書のイラストや写真をそのまま使っているもの、ちょっとアレンジを加えたもの、原書とはまるっきり違う装丁の邦訳、それぞれです。

  

惜しいかな。『愉楽』の原書は、中国で発売されたものではなく、英訳が並んでいるんです。中国語版が見たかった! というのは無理な願いでしょうか?

やはり日本人はオオカミが好き?

こんな本が刊行されたようです。

雄山閣の『日本人とオオカミ』です。2004年にも同名の書籍が出ていますので、新装復刊なのでしょうか?

それはさておき、サブタイトルが「世界でも特異なその関係と歴史」とあるように、書店でも「動物」の棚ではなく、「日本史」や「民俗学」といった人文の棚に置かれているようです。やはり日本人とオオカミの関係は特殊なのでしょうかね? なにしろ名前からして「大いなる神」ですから。少なくともヨーロッパのような悪いイメージはほとんどなかったと思われます。

さて、実はあたしの勤務先もいろいろオオカミ本を刊行しているのですが、全体としては生態系の中でのオオカミの存在という、いわゆる「オオカミ復活」論的な著作が多いのですが、そんな中に混じってこんな一冊があります。

オオカミ 迫害から復権へ』です。この本はヨーロッパにおけるオオカミ受容史と言ったらよいのでしょうか、オオカミが度のようなイメージを持たれてきたのかについて考察した本です。海外の著作の翻訳のため、この本では日本人とオオカミについてはほとんど触れられていません。あたしも読んだときに、「これに日本人に関する部分が加わったらもっと面白くなって、もっと売れるようになるんじゃないか」と思ったものです。

で、雄山閣の本です。この両者を併せて読めば、非常に面白い東西文化比較になるのではないでしょうか?

重版、そして著者来日

〈エクス・リブリス〉の最新刊『歩道橋の魔術師』が重版になりました。正直に告白してしまえば、「アジアものは売れるかな?」という不安もあったのですが、そんな懸念をふっしゃくする火のような売れ行きです。書店でも順調に消化され、追加注文も届いております。

なんでアジアものは売れないと不安に思っていたか、それはこのダイアリーでも何回か書いていますので贅言しませんが、それでなくとも売れないと言われる海外文学の中でもアジアものはさらに売れない、というのはあたしの勤務先の刊行物に限らず、他社の書籍を見ていても同様のようです。

とはいえ、本書に関して言えば、舞台こそ30年ほど前の台北ですが(いまだに「中華商場」の「ちゅうかしょうば」というルビに馴染めない……汗)、読み始めるとそこが海外だということを忘れてしまうような懐かしさを覚えます。「三丁目の夕日」的な味わいと言っても構わないと思いますし、昭和の香りと呼んでも差し支えないでしょう。

そんな『歩道橋の魔術師』ですが、ほぼ一ヶ月後の6月下旬、著者の呉明益さんが来日されます。いくつかイベントも予定されています。海外文学の場合、訳者によるトークイベントというのはしばしば行なわれますが、著者自身が登壇するトークイベントはなかなか実現しないものです。

日本で開かれるシンポジウムなどに海外の作家が来日することもありますが、タイミングよくその作家の新刊邦訳が出版されていなかったりして、実は出版社や書店の販売促進という面から言えば「惜しい」ことが多いのです。しかし今回は刊行から間もないタイミングでの来日です。新聞などの文化欄でも取り上げられるでしょう。「へえー、そんな作品が出ていたんだ。買ってみようかな、読んでみようかな」という読者が一人でも増えることを期待したいところです。

妄想、空想、創造

近々刊行予定の『アメリカ大陸のナチ文学』は〈ボラーニョ・コレクション〉の最新刊で、ファン待望の一冊だと思います。タイトルから「いったいどんな本なの?」という興味が生まれると思いますが、決して評論ではありません。

簡単に言ってしまうと、アメリカ大陸(主にラテン)で、戦時中にナチとつながりがあった文学者30名ほどの略歴や人となり、作品解説などをまとめた文学者事典、あるいは文学者列伝です。とはいっても、そんな文学者が実際に存在したわけではなく、すべてボラーニョの創作、彼が頭の中で作りだした文学者であり、作品であり、そして彼らの活動なのです。

えーっ、30名もの架空の人をでっち上げたわけ?

はい、その通りです。ボラーニョ作品と言えば、これでもかというくらい人物を登場させる大パノラマが一つの特徴ですが、本書もその例に漏れず、それだけの文学者をボラーニョが作りだしたのです。巻末には、主な人物の索引的なリスト、彼らの活動の舞台となった主要な文芸誌(もちろん、それも架空)、そして文学者たちの作品リストが数ページにわたって掲載されています。ここまで来ると、もうご立派としか言いようがありませんね。

しかし、こういった作品、過去にもなかったわけではありません。近いところで探すなら、あたしの勤務先の刊行物にもこんなのがございます。

 

まずは『ユニヴァーサル野球協会』です。これも諸説です。野球小説と言えば当たらずといえども遠からず。ただし、実際に行なわれている野球ではありません。主人公の頭の中で毎晩繰り広げられる想像上の野球リーグの話です。日本にも野球盤といったおもちゃがありますが、ああいう盤ではなくサイコロを使って行なうものではありますが、どんな球種を投げるかだけではなく、各選手の特徴、その日の体調なども考慮し、なおかつ球団経営陣まで登場してしまうほどの規模です。なにせ数チームが存在し、リーグ戦を戦っているわけですから、すごいものです。いや、スゴいのは主人公の拘りというか集中力です。

そしてもう一点、『みんなの空想地図』、これもタイトルどおり、実際にはない架空の都市の都市地図です。子供の落書き程度の地図を想像したとしたら大間違いです。本書を手に取ってぜひその地図をご覧ください、これが架空なのかと思わせるほどの出来栄えです。著者曰く、街の規模から人口を決め、その人口規模であればどのくらいの商業施設が必要か、小学校や中学校はどのくらいあればよいのか、すべてきちんと計画して地図を作り上げているのです。

どうでしょう? これだけの妄想、いや空想。ここまで来ると、立派な創作です。偏執狂などと言ってはいけません。ここまでこだわり抜く、その精神力に脱帽です。

大観園

青山ブックセンターでのイベント。磯崎新さんと福嶋亮太さんとの、中国のテーマパークに関するトークでした。

福嶋さんが用意されていたレジュメによれば、あえてテーマパークということで歴史を遡れば、それは始皇帝陵の地下宮殿になるのではないかとの指摘はなかなか面白いものでした。観客は誰一人いないテーマパーク、それはこの世界をそのまま地下に再現したものであるわけですが、そういった皇帝の権力の強さ(あの世をも支配しているぞ!)を見せつけるためであれば、あえて地下に作らなくてもよいのでは? むしろ地上に作って、誰にでも見える形にしてもよかったのではないか、という気もします。

が、あの世は地下深くにある、というのが当時の通念だったでしょうから、生きている人たちが簡単に視られるような状態では「あの世を支配している」とは思われなくなってしまう恐れもあったでしょう。しかし、不老長生を願った始皇帝が死後の世界を支配するために(それは多分に死に対する恐怖の裏返しだと思いますが)あれだけの地下宮殿、地下のテーマパークを作ってしまうというのはなんとも皮肉なものです。

翻って、現代の天安門広場。そこには毛沢東が衆人環視の中で眠っています。これはレーニンに倣ったものだと思いますが、死後に墓を暴かれることを恐れる中国の伝統の中ではきわめて珍しい例だと思います。ただ、逆にこのようにオープンにすることによって却って荒らされるのを防ぐという予防的な面があるのかもしれません。

さて、本題の「紅楼夢」の大観園。

磯崎さんのお話では中国の南京郊外に「紅楼夢」のテーマパーク「大観園」を建設中なのだとか。作者・曹雪芹の故郷が南京ですから、地元の有名人にあやかって観光施設を作るのはどこの国でも王道でしょう。「紅楼夢」の物語の舞台となる大邸宅・大観園。日本で言えば「源氏物語」の舞台「六条院」と言ったところでしょうか。この大観園を舞台に貴公子・賈宝玉と女性たちの生活が営まれるわけですが、あたしの知る限り、大観園は中国には既にあります。行ったことはないのですが北京と上海にあったはずです(今もあるかは不明)。北京は市街からちょっと外れたところ、上海はかなり郊外にあったと記憶していますが、どちらも20年近く前、初めて中国を訪れたころの知識なので、両都市とも市街地が広がった現在では、案外都心に近いところにあると言えるのかも知れません。

それはともかく、北京と上海の大観園は、どちらかは忘れましたが、中国のテレビドラマ「紅楼夢」の撮影セットをそのまま観光施設にしたところだと聞きました。ちなみに最近も「紅楼夢」はドラマ化されているようで、スカパー!でも放送されています。この紅楼夢は2010年制作とありますので、北京や上海の大観園で撮影を行なったという「紅楼夢」とは異なるのだと思いますが、これも撮影ではそこを使っているのではないでしょうか?

で、南京の大観園。いつごろ出来上がるのでしょう? 電子書籍版の「紅楼夢」は完成したという話でしたが、やはりテーマパーク的なものは時間も経費もかかりますから、そう簡単ではないのでしょうか?

再び福嶋さんのレジュメに戻りますと、その中に谷崎潤一郎の神戸岡本の邸宅「鎖瀾閣」が中国風の楼閣、和洋中の折衷的な建物であったとあります。谷崎は訪中もしていますから、中国理解はそれなりのものがあったと思いますが、この「鎖瀾閣」には当時まだ焼失していなかったはずの「二楽荘」の影響はないのだろうか、そんなことも思いながら、トークを聞いておりました。