第二弾はこの四つ!

先月から刊行が始まった《ニューエクスプレスプラス》第二弾の見本出しでした。

奥の五つが先月の第一弾、5言語で、手前が今回の第二弾、4言語です。

以前の《ニューエクスプレス》の装丁も嫌いではありませんでしたが、今回はよりすっきりと、スマートになったように感じるのはあたしだけでしょうか?

社内でも何度か話し合って、まるっきり変えてしまうのもよくないし、かといって代わり映えしないのもダメ出しと、何度も修正を加えてこれに落ち着きました。いかがでしょうか?

この後も毎月少しずつラインナップが増えていく予定ですのでお楽しみに!

本人の著作もよいですが、こういう本もお薦めです。

今朝の朝日新聞です。

どこかで見たことあるような顔が載っています。

そうです、丸山眞男です。そして思い出されるのは、新刊『丸山眞男と戦後日本の国体』の装丁です。

この写真をそのままイラスト化したようなカバー装画ですね。

イラストになると人文社会の本というよりは文芸エッセイのような趣が感じられますが、そんなことはありません。本書は、しっかり堅めの内容です。

朝日の記事にもありますが、キーワードは「国体」です。是非、手に取ってみてください。

この二作、直接の関係はありませんが……

新書と単行本、ノンフィクションとフィクションでは書店店頭でも、フェアでもない限り一緒に並べることはないと思いますが、この両者は近くにおいていただけるとよいかなあ~などと思ったりします。

  

一つは平凡社新書の新刊『日本軍ゲリラ 台湾高砂義勇隊』で、それと並べて欲しいのは台湾の作家・甘耀明の『鬼殺し(上)』『鬼殺し(下)』です。

前者は

植民地台湾の支配・差別構造の下、最底辺に位置づけられた台湾原住民(高砂族)は、太平洋戦争時、南洋戦場へと送り出される。はじめは軍属として、戦況が悪化するにつれますます兵士として動員された彼らは、やがて、陸軍中野学校出身者の指揮下で過酷なゲリラ戦を展開する。闇にまぎれての敵軍施設爆破、グライダーでの特攻など、生還困難な作戦に従事し、補給の絶えたジャングルを逃げ回るその闘いを、生存者の聞き取りを交えて綴る。

という内容。後者は

1941年12月、日本軍を乗せた汽車が客家の村にやってきた。祖父に育てられた怪力の少年・劉興帕は、日本軍中佐の養子となって入隊し、日本人になることを夢見て戦う。だが敗戦を迎えると、今度は国民党軍が乗り込んできた。祖父は帕の片腕を切断してともに台北に逃れ、帕が日本兵だった過去を消すために偽の死亡証明書を手に入れる。帕は台湾人として再生を果たすべく、故郷へ帰っていく。日本への抵抗心を持ち続ける「鬼」としてさまよう帕の大叔父・呉湯興は、「鬼王」と呼ばれる客家の抗日英雄だった。二・二八事件まで続く台湾の混乱を目撃した鬼王は、村で帕と再会し、ついに自分を殺してくれと帕に頼むが……。常にアイデンティティの揺らぎの中で格闘する帕。台湾には孤児のようなイメージがつきまとう。歴史に翻弄され変貌する村を舞台に、いくつもの物語を紡ぐことで、人間本来の姿の再生を描ききった大河巨篇。

といったストーリーです。確かに直接の関わりがある両者ではありませんが、それぞれを読むことでお互いの作品の理解が深まるのではないかと思うのですが……

彼女は来ない、みたいです

この秋、上野の森美術館で大規模なフェルメール展が開催されます。年明けには大阪市立美術館にも巡回されるようです。フェルメールの作品が8点も一堂に会するそうです。

 

しかしながら、一番知られている作品の一つとも言える「真珠の耳飾りの少女」は来日にはならないようですね。残念です。

あたしの勤務先では、小説『真珠の耳飾りの少女』という作品を出しているのですが……

それでも、書店店頭にフェルメール展関連フェアをやるのであれば本書は外せない一冊だと思います。

あとは『フェルメール デルフトの眺望』などもお薦めです。

牛が足りない! と言っても、美味しい牛肉が食べたいわけではありません。

本日のネクタイとブラウスです。

ネクタイは羊、ブラウスは豚です。

この組み合わせで「あと、牛があればなあ」と感じた方は中国史に詳しい方ではないでしょうか?

何故って?

牛・羊・豚という組み合わせは、いわゆる「大牢」だからです。

しかし、現代人にはそう言われてもピンと来ないでしょう。むしろ「大牢」って何よ、と言われてしまうかも知れませんね。

大牢とは古代中国の祭祀で使用する犠牲のことで、一番格の高い祭祀の時に、この三種の動物を捧げるのです。「三牲」とも言います。

というわけで、あたし的にはせっかく羊と豚が揃っているわけですから、あと牛さえ揃えばと考えてしまった訳なのです。

そんなこと思って、その日のネクタイやブラウスを選んでいる人って、やはりあたしくらいなのでしょうか?

声と姿勢が大事!

ロングセラー商品『発声と身体のレッスン』の拡販中です。

同書がこれだけ売れるのは、もちろん演劇関係者が買ってくださっているからではありますが、それだけではこれほどの売り上げに結びつくとは思えません。他にも何か理由があるはずなのです。

で、アンテナを張り巡らしてみますと、カラオケ好きな人たちが発声法、ボイストレーニングのために買っているという噂を聞きました。

さらには、これから面接に臨む就活生、営業回りのビジネスマンが、相手に好印象を持ってもらうために、声の出し方や話す姿勢について学ぶために本書を参考にしているという情報も入ってきました。

というわけで、上の写真は新宿の紀伊國屋書店です。本籍地である4階・演劇書コーナーではなく、3階・ビジネス書コーナーで展開中です。どこに置いてあるかわかりますか?

周囲を見回すと、確かに「声の出し方」とか「好印象を与える話し方」といった本が、よくもまあこんなにあるものだ、というくらい並んでいます。

そう考えると、プロ中のプロである鴻上尚史さんが書かれた本書は、まさにうってつけ、ここに置くしかない、という本なのかも知れません。

これまでも、本書の噂を聞いて演劇書コーナーへ買いに行っていた人も多かったと思いますが、こうしてビジネス書コーナーに置いてもらえば、本書の噂など聞いたことがない人の目にも触れますので、売れ行きに更に加速がつくのではないかと期待しているところです。

まずはこちらから

角川選書の新刊、『マルクス 資本論』です。

著者は佐々木隆治さん。

どこかで見覚えのある名前、と思ったら、前号の『人文会ニュース』128号でマルクスについて書いていただきました。

角川選書は少々ボリュームもありますので、まずは『人文会ニュース』から読んでみるのはいかがでしょうか?

翻訳の最前線?

昨日は四ッ谷にある韓国文化院翻訳フェスティバルでした。かなり大きなホールでしたが事前予約で満席という盛況ぶりでした。

第一部は「本が生まれる現場から」と題して、晶文社、新潮社、白水社、クオンの編集者が翻訳作品を作る、出版するにあたって考えなどを披瀝、第二部は「翻訳の仕事最前線」として5名の翻訳家の方が実際の翻訳作業について、翻訳という仕事について語りました。そして最後の第三部は「翻訳コンクール」の授賞式でした。どれも興味深く、楽しいひとときでした。

個人的には、やはり出版社の営業として、第一部の編集サイドの意見というのは面白く聞けるものの、営業としてはまた異なった立場、考え方もあるだろうなあと感じました。もし機会があるのであれば、同じ出版社の営業部の人に登壇してもらって、翻訳作品について語ってもらうのも面白いかも知れません。

さて会場は、場所や主催者の関係もあり、韓国語や韓国文学に興味のある方が多かったのでしょうか? 業界関係者も少なからずいたようですが、多くのは翻訳家の卵のような方が多かったのではないか、という印象を受けました。翻訳コンクールに応募したけど選には漏れてしまった方もいたのだと思います。

あたしのこの印象が正しかったとして、今回のイベントがそういう方々にとって「これからも翻訳を続けていこう」という励みになったのか否か。いきなり出版社に自身で翻訳したものを持ち込んでもほぼ採用されることはないということでショックを受けた方も多かったのではないでしょうか? ただし、出版社としてもいつまでも同じ翻訳家にだけ頼っていることはできません。こういっては失礼ですが、翻訳家の方だって年をとりますし、いずれはお亡くなりになります。死んでしまっては翻訳を頼むことはできませんから、新たな翻訳家の発掘は出版社としても死活問題です。

もちろん生前においても、若い作家の作品を年老いた翻訳家が翻訳するというのはどうなのか、登壇されていた金原瑞人さんも多少ニュアンスは異なりますが、そんなようなことを語っていました。感覚にしろ言葉遣いにしろ語彙の選択にしろ、若いからこそ出てくるものってあるはずですので、そういう意味でも出版社は多くの翻訳家の方を、キープという言い方は失礼かも知れませんが、知り合っておきたいと考えているはずです。

まあ、独りでコツコツと作業をしている人がどれだけいるのか知りませんが、たいていの方は翻訳家の方がやっている翻訳教室や翻訳講座のようなものに通っているはずですので、その翻訳家の方を通じて出版社の人間を紹介してもらうのが一番の近道ではないでしょうか。出版社としても、ふだん仕事をしている翻訳家からの紹介であれば無視もできないでしょうし。

個人的には、第二部の座談、五名の方はアメリカ、ドイツ、台湾、イタリア、韓国の翻訳を主に手がけている方々でしたが、アメリカを除けばやはり翻訳の世界では少数派です。このあたりの、同じ翻訳家と言っても立場の違い、市場の違いに対する意識のずれやギャップが面白かったですし、興味深かったです。必ずしも英米が恵まれているわけでもないんだなあと感じました。

「戦争を考える→戦争を読む」ガイブンの新刊2点

奥のほそ道』は未読なのですが『ぼくの兄の場合』は読了しました。一方を読んでいないのに語るなと言われそうですが……

 

実はこの二点、どちらも先の大戦をテーマにしている作品なのです。

ただ、そのアプローチはまるで異なります。

『ぼくの兄の場合』は戦争に行った兄と、その兄の残した日記を頼りに戦後、それを追体験する弟。戦争が身近でありつつも距離をおく弟の姿。カラッとしたものを感じます。

一方の『奥のほそ道』は泰緬鉄道の建設現場が舞台です。熱帯のジャングル、体にまとわりつくような湿度、捕虜の苛酷な状況。まさしく戦争という世界。

どちらも史実をベースにしつつもフィクションとして描かれています。「戦争を考えるフェア」と言うと人文書コーナーの専売特許のような雰囲気もありますが、こういう作品も混ぜてもよいかと思いますし、あるいはこういう作品を集め、文芸書コーナーで「戦争を読むフェア」をやってもよいのかも知れませんね。