カテゴリーアーカイブ: 営業部だより
紙面が違う!
金子兜太さんが亡くなりました。大往生と言ってよいでしょう。朝日新聞では、ドナルド・キーンさんや黒田杏子さんの名前も挙がっていました。
あたしの勤務先では、以下のようにお三方とも関わりがあります。
キーンさんの『ドナルド・キーン わたしの日本語修行』と黒田さんの『金子兜太 養生訓』です。残念ながら黒田さんの『金子兜太 養生訓』は品切れです。
さて、新聞は同じだからといって日本全国同じ紙面だとは限りません。最初に挙げた写真は、あたしの勤務先に届く版ですが、二つ目はあたしの住む多摩地区の版です。かなり構成が異なります。そして多摩版には兜太さんの『荒凡夫一茶』の書影が載っています。実はこれも品切れなんです(涙)。
ちょっと見えにくいと思いましたので、拡大したのが上の写真です。
今日の配本(18/02/22)
今日の配本(18/02/20)
本がある場所、ふたたび
先日も触れた話題をさらに……
今回取り上げるのは黒田龍之助さんの『ことばはフラフラ変わる』です。この本の場合はわかりやすいと思います。語学書の棚ではなく、人文書の言語学の棚に置かれていることがほとんどなのです。幸いにも初動もよく、先日重版となりましたが、本来は語学書の棚に並ぶものと、こちらは予想していたのです。
しかし、蓋を開けてみると上述のようにほぼすべての書店と言ってよいでしょう、言語学の棚に行ってしまっていました。結果オーライではありますが、複雑な気持ちもあります。書店の方の話を聞きますと、そもそも諸外国語の棚には実用語学のような本しか置いていないので、読み物的なもの、ここで言う「読み物」とは文学作品の対訳式学習書ではなく、語学エッセイ的なものを指しますが、そういった本は諸外国語の棚では置く場所がないということです。そうなると、必然的に人文の言語学へと回されてしまう、ということです。
確かにことばに関する本ですから言語学と言えば言語学ではあります、しかし、本書のような読み物は、言語学と行った堅苦しいものではありません。もっと柔らかく、「外国語を学ぶことって面白いよね」といったことを黒田さん流に伝えようとした一冊です。黒田さんご自身、こういった本を何冊か書かれていますし、黒田さん以外でもこのような趣旨の本はあります。つまり外国語に関するあれこれ、すなわち語学エッセイですから、言語学よりは諸外国語との棚こそふさわしいと思っていたのです。
その一方、とある人文担当者の方曰く、言語学の棚はどうしてもコムズカシイ本ばかりになってしまうから、こういった本を加えることによって棚がソフトになり、取っ付きやすくなるので、語学エッセイを言語学の棚に並べても悪くはない、とのこと。結果的に売れたわけですから、この人文担当の方の見立てが、それなりに支持されたということなのだと思います。
あと、あたしが実際に書店を回っていて感じたのは、そこまで一冊一冊の本を吟味して並べているというよりも、タイトルに「ことば」「言葉」と付けば人文の言語学、「外国語」とあれば語学書、機械的に判断してしまっているのではないか、ということです。その証拠と言うつもりはないですが、『新西班牙語事始め スペイン語と出会った日本人』は、ページを開いてみれば全くスペイン語の学習参考書ではありません。日本におけるスペイン語学習・研究史のような本です。内容からすると、これこそ人文の棚に置かれてしかるべきだと思うのですが、タイトルに「スペイン語」とあるからなのか、ほとんどの書店で外国語の棚、スペイン語のコーナーに並んでいます。
もちろん、あたしとしては、こういう語学、外国語に関わる本は人文よりも諸外国語の棚に置かれる方がふさわしいし、その棚の読者層ともあると思うのですが、さまざまな外国語の研究書を置くスペースが諸外国語の棚にあるのでしょうか? できれば作って欲しいものです。そして、この場合、「スペイン語」とはっきり言語名を謳っているから諸外国語の棚に置きやすいのでしょうね。『ことばはフラフラ変わる』のように、具体的にどの言語のことを書いているのか決められない本は、やはり行くあてのない本たち、ということになってしまうのかも知れません。
ということで、今回も乃木坂46の楽曲のタイトルが通奏低音のように流れております。
今日の配本(18/02/19)
本がある場所
タイトルは、乃木坂46の「僕がいる場所」をもじりました。
何が言いたいかと言いますと、こちらの意図したところに本を置いてもらうのは難しいなあ、ということです。「意図したところ」と書きましたが、別にお店の入り口付近の一番目立つ場所という意味ではありません。あくまで本来置かれるべき棚、コーナーという意味です。
例えば、好評の新刊『読むパンダ』です。「パンダの本」ということで、理工の動物の棚に置かれていることがあります。しかし、いわゆる自然科学の動物の棚はいかにも自然科学な本が多く、本書のような文芸書のような本は浮いてしまうならまだマシで、むしろ沈んでしまいがちです。
で、次に置かれていることが多いのは、文芸エッセイのコーナーです。特に、著者ではなく選者なのですが、黒柳徹子さんの名前を冠しているので、「日本人作家か行」の棚に置かれていることがしばしばあります。確かにパンダといえば黒柳さんではありますが、パンダの本を買おうと思っている人がエッセイの棚を探しに来るでしょうか?
現在のところ、一番結果が出ているのは、写真や絵本なども一緒に並べている「パンダ」コーナーを作っている書店に置いてもらっている場合です。ただし、パンダコーナーも写真集のコーナーに作られていると、パンダの写真集ばかりが並んでいるだけで、本書のような文字中心の本は置かれていないことが多いです。写真集ではないからあえて置かないのか、本書が知られていないのか……
こういう本を、売れる場所に誘導するのも出版社営業の大事な仕事なのですが、一件一件の書店を回るのは不可能です。やはり本作りの段階からタイトルや装丁に工夫を凝らすとか、否、それ以上にもっともっと本書を知らしめるような宣伝力が大事なのかも知れません。
今日の配本(18/02/16)
ドレスコードはクリア?
今週末というのか、来週初めというのか、つまりこんどの日曜日に京都でバー「サンボア」の百周年パーティーがあります。そこで、書籍の出張販売です。
来週の金曜日には大阪でもパーティーがあり、その翌週には東京でも開かれます。さすが百周年ともなるとすごいものです。錚々たる顔ぶれが参集するのでしょうか?
『バー「サンボア」の百年』は既に持っている人、読んでしまった人も多いでしょうが、このパーティーの場で初めて知ったという人もそれなりにいるのでは、ということを期待しての売り子です。
本当に文字が大きいなぁ
近刊の『はじめての声に出すフランス語』は、緩やかなシリーズとして2冊の既刊があります。
が、今回、ページを開いてみて本文の文字の大きさに驚きました。既刊の2冊はそこまでの文字の大きさではありません。
あたしの勤務先の語学書で、ここまで本文の文字を大きくしたものって、かつてあったでしょうか? いや、あったのかもしれませんが、あたしとしてはこの大きさはかなりの驚きでした。もちろん、全部がそんな大きさではページ数がいくらあっても足りませんので、説明などではこれまで通りの文字の大きさの部分もあります。それでも、ページを開いたときのインパクトは絶大だと個人的には思うのです。
語学学習は大学生や社会人がメインだと思われがちですが、読者カードなどを見ていると熱心な学習者には年配の方も多く、しばしば「文字をもう少し大きくして欲しい」という要望が寄せられがちです。その点、本書なら間違いなく年配の方の希望に応えられると思います。
間もなく店頭に並びますので、実際にご覧になってみてください。




