2014年のアーカイブ
今日の配本(14/01/21)
キスばかり?
買い忘れていたコミック『きょうは会社休みます。(5)』を購入、そして読了。やはり文字の本に比べると、コミックは簡単に読み終わります(汗)。
さて、このコミックも第5巻まで来ました。二人の中が劇的に進展しているような感じはありませんし、恋のライバルとか試練が次々に襲ってくる感じでもありません。なんとなくゆるーく、少しずつ愛を育んでいると言えばよいのか、モタモタしていると言えばよいのか……
でも、この主人公・花笑さんの気持ちもわからなくはないですし、本当に心の底から素直で、よい子なんでしょうね。ちょっと腰が軽そうなところはありますが、誰とでもうまくやっていきたいという気持ちの表われなのでしょうか?
ただ、そんなことよりもこの第5巻、二人のキスシーンがやたらと多いような気がします。そりゃ付き合っている恋人同士なんだからキスしたっていいでしょうけど、第4巻まではこんなにキスしていなかったような……
何かが吹っ切れたのでしょうか? お互いに。
キス、か……。あたしには縁のない単語だわ。
I hope the Russians love their children too
風も強くて寒い一日でした。そんな中、午前中はちょっと買い物があって出かけましたが、昼前には帰宅して、午後は、昨日スカパー!で放送されていた「第3回 AKB48紅白対抗歌合戦」を録画しておいたので見ました(^_^;)。
このイベント自体は昨年12月半ばに行なわれたもので、内容などは既にテレビの芸能ニュースで一部伝わっていますし、なにより、ネット上に当日このイベントを見た(全国の映画館でもライブ上映があったようです)ファンの人たちが書き込んでいますので、新鮮なネタではありません。ただ、スカパー!のような有料放送とはいえ、テレビできちんと放映されるのは初めてなわけですから、スカパー!に加入していて当日見に行けなかったファンにとっては待望の放送だったのではないでしょうか?(←あたしのことか?)
紅白対抗ですから勝敗がつくわけで、個々の対戦の勝敗は出ませんが、最終的には白組が勝利したということも、既に昨年のイベント翌日の芸能ニュースで伝わっていましたから、結果のわかっているスポーツの試合を見るようなものです。とはいえ、果たしてその勝敗の結果が納得できるものなのか、それを検証する意味はあると思います。
あたしの場合、紅組と白組それぞれのメンバーを見れば、白組を応援したくなるわけで、白組が買ったことは素直に嬉しいですし、内容的にはかなり互角の戦いだったかなと感じました。そして全体として白組優勢ではありましたが、あえて全対戦の中からMVPを選ぶとしたら、白組ではなく紅組の渡辺麻友ではないでしょうか? とにかく彼女が歌った「君の名は希望」がよかったです。
※上にリンクを貼ったYouTubeはスカパー!の録画をアップロードしたものでしょうから、そのうち削除されてしまうと思います。もちろん、あたしがアップしたものではありません。
ピアノ伴奏だけの歌唱でしたが、ピアノを弾いたのが本家・乃木坂46の生田絵梨花です。彼女は乃木坂のステージでもこの曲の伴奏を担当することがありますが、まさかAKBのイベントで乃木坂の楽曲が歌われ、なおかつその伴奏に乃木坂のメンバーが来るなんて、これはスポットライトが生田絵梨花を映し出したときに会場のお客さんが一番驚いたのではないでしょうか?
ちなみに、あたしが一番驚いたのは、歌唱の後、二人並んだときに生田絵梨花が渡辺麻友に比べかなり背が高く、足も長かったという事実です。「えっ、まゆゆってこんなに小さい子だった?」というのはかなり新鮮な驚きでした。
話は戻って、まゆゆが歌った曲ですが、これは乃木坂46というグループの曲であるということにかかわらず、素直によい曲だと思います。詞もメロディーもかなり高いレベルなんではないかと思います。秋元康も時々よい詞を書く、それなりの才能は持っているんだなあと感じさせられます。
ということで、上にはオリジナル、乃木坂のPVのリンクを貼っておきます。ぜひご試聴、ご鑑賞ください。
で、このダイアリーのタイトルは何(?)という疑問を抱えている方も多いと思いますが、この曲の歌詞の一節です。
スティングの曲の中でもかなり政治性の強い曲ではないでしょうか?
冷戦時代の曲ですね。フルシチョフとレーガンといった名前が歌詞に出てきますし、「How can I save my little boy from Oppenheimer’s deadly toy」という歌詞もあります。「Oppenheimer’s deadly toy」って原爆のことですよね? 午前中に出かけたとき、たまたまiPodで聴いていたのです、この曲を。
いよいよパンダ
今日の配本(14/01/17)
午前と午後
このダイアリーにも、そしてFacebookにも、あたしが朝早くから起きていることは何度も書いていると思います。平日は、だいたい4時に起きますが、3時すぎくらいから目が覚めていることもしばしばで、4時を待たずに起き出すこともあります。休みの日も、前の晩がかなり遅かったりしない限りは、6時頃には起きています。
よく、休みの日は午前中は寝ているとか、夕方に起きる、なんて言うことを言う人がいますが、あたしには信じられませんし、そういう人は精神がたるんでいる、基本的にだらしのない人間だという風に思ってしまいます。そもそも休みの日に朝寝坊をすると、夜はまた眠れない、そうすると仕事が始まる朝がまたつらくなる、という悪循環。なので、あたしは昔から休みの日もできるだけ平日と変わらない時間に起きるようにしています。とはいえ、最近の平日が4時起きなので、休みの日の6時起き、6時半起きというのは、あたしからすると「相当な朝寝坊」なのですが……(汗)
朝、3時や4時から起きていると、必然的に夜は早々と眠くなります。9時くらいには寝ないと体が持ちませんから、実は飲み会というのは頭の中は寝た状態で参加していたりします。9時に寝ても、朝4時に起きたら睡眠時間は7時間です。それほど長い時間寝ているわけではありません。(睡眠時間が数時間ということを誇らしげに言う人もままいますが、あたしに言わせれば、時間の使い方が間違っているというだけです。)
で、最近なんとなく意識しているのが9時に寝て3時に起きるとか、8時に寝て4時に起きるということです。「それが何?」と言われそうですが、つまり真夜中の12時を挟んで、昨日と今日と同じ時間だけ寝ていると言うことです。
実はあたしは昔からこんなことを考えていました。「多くの人は、どうして午前中よりも午後の方を長く起きているのだろう」ということです。
平均的な日本人が起きる時間って何時でしょう? 6時頃でしょうか? あるいは7時でしょうか? 仮に6時とした場合、6時ですから既にその日は6時間経過しているわけです。午前中で考えたらもう半分終わっています。
逆に日本人は夜は何時に寝ているのでしょうか? 10時でしょうか? 11時でしょうか? これも、仮に10時とすると午後はあと2時間しか残っていません。12時間の午後のうち10時間も起きていたことになります。
午前中は12時間中6時間、午後は12時間中10時間。これが平均的な日本人だとすると、なんて午後ばかりで生活しているのだろう、という疑問が、昔からあたしの頭の中にありました。かなり小さい頃からこんなことを考えていました。起きている方がメインだと思いますから、なんか午後ばかり依怙贔屓して、午前がかわいそう、そんな風に午前と午後を擬人化して、あたしは思っていたものです。
そんなことを考えていた子供が大きくなったら、とうとう、午前と午後の起きている時間がほぼ同じような生活のリズムに達しました。これは修行によって達する極限の境地ではありませんが、ある意味、それに匹敵する自己鍛錬のたまものかもしれません。
最近はそんなことを考えて日々生活しております。
残り一か月を切ったので……
この一節を!
Uブックスの近刊『ユニヴァーサル野球協会』を読んでいます。現実と妄想との境界がだんだん曖昧になるところが面白いですが、途中、こんな一節が非常に興味深かったのでご紹介します。
戦争はどの世代の人間にとっても不可欠なものらしい。民族魂を強化する一大野外劇なのだ。コラムニストが宇宙での無血戦争を強く提唱している。それには同感だが、絶対に実現できはしまい。単なる机上の論理にすぎないからだ。人々が必要としているのは戦傷者名簿であり、略奪したりされたりする占領地の広さ、戦略および報復機能を持つ仕切られた舞台セット、断ち切られたり修復されたりする物資供給および情報伝達ルート、軍艦の総トン数、そして次々に得点を重ねるみたいに貯えた死者、墜落した飛行機、捕虜だ。戦争には誰でも参加できるのに、宇宙戦争は少数の者だけに限られる。だから、戦争はいわば、月への欲情から大衆を解放するための売春宿みたいなものだ。(P.197)
別の本書は戦争小説ではありませんので、念のため。
成人式
ハッピーマンデー法案のせいで1月15日が成人の日でなくなってから何年になるのでしょう? あたしのように二度目の成人式もとっくに過ぎている世代には「成人の日は15日」という先入観と言いますか、抜けがたい習慣が骨の髄までしみこんでいます。さらに言えば、昨今は成人の祝いを学年ごとでやっているようですが、あたしが学生の頃は1月15日までに二十歳になっている人が成人式を行ない、1月16日以降に誕生日が来る人は翌年の成人式に回される、となっていました。同学年でも何人かは一緒に成人式を迎えられない、そんな時代でした。
とはいえ、そういうことを言っているあたしの成人式はどうだったかと言えば、大学生でした。セレモニーは、たぶん当時住んでいた杉並区の公会堂で行なわれたのではないかと思いますが行ってません。最初から行く気なんて無かったです。少し前に区役所から式典の案内はがきは届いていましたので、当日夕方だったか翌日だったか数日後だったか覚えていませんが、近所の出張所に記念品だけもらいに行った記憶があります。
大学のクラスメートは田舎へ帰っての成人式に出ると言っている人もいたようです。もちろん正月の済ませてきた、夏休みにやったという地域もあったようですが、田舎の人ほど成人式に熱心な気がしました。ニュースなどでもどちらかというと田舎の成人式の映像が流れ、都会は「荒れているところ」とか、「ディズニーランド」のような絵になるところが取り上げられ、何の面白味もない(←行ってないのであくまで想像?)杉並区の成人式には取材などあるわけはありません。もちろんテレビ局が来ないから成人式に行かなかった、というわけではありません。
そもそも、あんな不特定多数が来る式典に行っても楽しいものでしょうか? 誰かと待ち合わせをして一緒に行くというのならわかりますが、ただ一人で参加しても楽しみようがないと思うのです。ですから、大学の入学式も行ってませんし、卒業式も行ってません(大学の卒業式は、大学院進学が決まっていたので、卒業しないのに卒業式に出るのも変だなあと思っていました)。
「そんなことないでしょ? 高校時代のクラスメートと一緒に式典に行って、その後同窓会じゃないの?」というのもありがちだと思いますが、あたしにそんな友達やクラスメートがいると思いますか。こちらから連絡を取りたいと思うクラスメートもいなければ、もちろん成人式前に連絡をくれたクラスメートもいません。当然のことながら、同窓会があったのかどうかもわかりません。
ちなみに、あたしは卒業以来、同窓会というものに誘われたことが一度もありません(←小中高大すべて!)。別に自慢しているのではなく、単に事実をそのまま記述したまでです。TwitterやFacebook、ミクシィなどで昔の友達と再会(←逢ってなくても再会と言えるのか?)という話もよく聞きますが、それも皆無ですね。たぶん、あたしくらいの世代だと、そういうSNSをやっている人の割合があまり高くないのかもしれませんが、あたし自身が縁が切れたら、はいおしまい、というタイプなので、あたしを覚えている人というのがいないのでしょう。