2014年のアーカイブ
今月のおすすめ本[12月]
親日家・習近平?
『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』読了。
本書の刊行を前にして前著『チャイナ・ナイン』が『[完全版]』として文庫になったので、まずはそれを読み、引き続いて本書を読みました。
さて、本書を読むと、特にその前半を読んでいると、習近平は実は日本とものすごーく仲良くしたがっているのではないか、と思えます。「まさか?」という人がほとんどではないかと思いますが、共産主義よりも領土拡張よりも、何よりも、今の中国にとって大事なのは「安定」です。その安定を勝ち取るためには外交でゴタゴタなど抱えていたくはないはずです。特に、反日でひとまず国がまとまっているうちはいいですが、この過激さがいつ何時、共産党政権に向けられないとも限りません。ですから必要以上に国民を刺激して過激な方向に向かわせたくはないはずです。だから、日本とは、できるなら穏便に、ベタベタな友好関係にはならなくとも、ほどほどに仲良くやっていきたい、というのが偽らざる本音だと思います。
西欧的な価値観を頑なに拒否している中国ですが、たぶん中国としては安定が最優先の国是がありますから、それと引き替えにするつもりはないでしょう。中国だって、本音のところでは欧米の言い分、西欧的価値観とか民主主義とか、そういったものに対する理解はあるのだと思います。でも、安定が損なわれてまで、それらを取り入れようとはしないだけなんだと思います。
ですから、民主化しても安定が損なわれることはない、西欧的な価値観を取り入れても安定が脅かされない、と確信が持てるならば中国政府だってそちらに舵を切るだろうと思います。その時の問題は共産党の指導的地位でしょう。
これも、実は中国政府にとって模範となるのは日本ではないか、と思います。日本は多党制の民主主義の国です。にもかからわず、いくら選挙をしても自民党がほぼ勝ち続ける、政権交代の起こらない国です。たぶん、西欧的な多党制を認めても、日本のように実際には政権交代が行なわれない、つまり共産党以外の政党を認めても共産党の優位、指導的立場が脅かされないと確信が持てるのであれば、中国は多党制を導入するのではないでしょうか?
ですから、中国にとって最高のモデル、理想の国のかたちは日本なのではないかと、そう思えてきます。
どうせ絶滅するなら悪あがきをしよう! 第2回世界文学ワールドカップ?
「海外文学が絶滅する」とネット話題になっていると書店で聞いた件を少し前に書きました。書店員さんによって、どれだけデジタルなものを利用、活用しているかに差があるので、この話題を知っている人もいれば、まるで知らない方もいるようです。そういう温度差が極端に出るところがまたネット時代らしいなあと思います。
さて、もし本当に海外文学が絶滅、この場合は書店の棚からなくなるという意味ですが、棚からなくなってしまうのであれば、なくなる前にいっそのこと、これまでやりたくてもできなかったことをやってしまえばよいのではないでしょうか? ふと、そんなことを思いました。売れるかどうかわからないけど、自分の好きな本だけをとにかく並べるとか、いろいろ出来るのではないかなあと思います。
と考えていて、思い出しました。
そう言えば、何年か前に「世界文学ワールドカップ」みたいなフェアを紀伊國屋書店がやっていたなあ、ということです。たぶん、これですよね? このページでは「ワールド文学カップ」とあります。2010年の4月から5月にかけて行なわれたフェアのようです。
あれ? ワールドカップなら4年に一度やらないと! 今年の春先にやってましたっけ? うーん、思い出せません。たぶん、やっていませんよね? だったら、今からでも遅くないです。また「海外文学ワールドカップ」をやってみるのはどうでしょう? この4年、かなり面白い海外文学が出版されています。「2010年6月以降刊行の海外文学」に絞ったとしても、かなりの質と量になると思います。
2010年の4月と言うと、白水社の<エクス・リブリス>が刊行スタートしてまだ一年。そこそこ評判にはなってきていましたが、まだ点数としては淋しい限りだったはずです。ボラーニョの『野生の探偵たち』がちょうど2010年の4月刊でした。
『通話』(<エクス・リブリス>版は絶版、現在は<ボラーニョ・コレクション>で刊行)は出ていましたが、『2666
』は未完でした。
そうです。この4年で、かなり興味深い海外文学が刊行されているのです。再び「ワールドカップ」を開催するに十分なメンツが揃っていると思います。
いやー、多すぎて選べないよ、というのであれば、まずは「南米予選」「東欧予選」のように地域を区切って予選を開催してみてはどうでしょうか? 例えば、紀伊國屋書店の新宿本店で「英米予選」、ジュンク堂書店池袋本店で「南米予選」、丸善丸の内本店で「アジア予選」といった具合に複数の書店で共催してもよいのかも知れません。紀伊國屋書店新宿南店では、これらの予選に出場している原書を並べるという参加の仕方が可能だと思います。
ちょうど4年が過ぎたのだし、やれないかなあ、と思います。
青春と言えば?
今年もカレンダーです!
モスキートマン
「FOXムービー プレミアム」で放送された「モスキートマン」を視聴。
見る前はホラー映画だろうと思っていたのですが、全然ホラーではなかったです。あえて言えば「ザ・フライ」のような、意図せずハエ人間になってしまった男の悲劇です。かつ「ザ・フライ」では、原因はみずからの過失でしたが、本作の場合、知らぬ間に実験台にされてハエ人間になってしまったわけですから、恨みと悲しみはさらに強くなっています。
おっと、こちらはハエではなく蚊でした、モスキートですから。
簡単にあらすじを書いておきますと、主人公のジムは原子力研究所で働く冴えない男性で、妻からも相手にされず、とうとう研究所をクビになります。仕事も失い、妻は同僚と浮気していることがわかり、すべてを失ったジムはフラフラと歩いているところを車に撥ねられそうになり、間一髪で助かったところを車の運転手デイブに励まされ一緒に酒を飲みに行きます。そこで酔いつぶれたジムはデイブによって、とある施設に運ばれます。そこはデイブの私設研究所で、昆虫学者のデイブは蚊を媒介とした伝染性ウイルスの予防薬の開発を行なっていて、ジムをその実験台にするのです。
まだ動物実験すらしていない新薬をジムに試したところ、ジムは発作を起こして死んでしまい、デイブはジムを街のゴミ箱に捨ててしまいます。が、ジムは死んでなく、蚊人間として生き返るのです。そして自分をこんなめに遭わせた研究所の所長や浮気相手の同僚、そして妻、デイブを血祭りに上げていきます。そして最後は、予想どおりの展開となります。途中、唯一やさしくしてくれた研究所の同僚エブリンと事に及んで、エンディングでは臨月に近いお腹を抱えたエブリンの姿で終わるなど、既視感ありありの展開です。
愛する女性を守りつつ復讐を遂げるモスキートマン。なかなか哀愁が漂う展開ですが、どこかで見たストーリーというのはB級映画ならではでしょうか? こんな映画をついつい見てしまったのは『モンスターズ 現代アメリカ傑作短篇集』の中の「モスマン」の影響でしょうか?
こちらも哀愁漂う佳作でしたが。
ちなみに、この映画の原題は「SUCKER」、「吸う人」という意味だそうですね。
ラグーン
新刊の『潟湖』読了。
くどいようですが、「潟湖」と書いて「ラグーン」と読ませています。書店店頭にある検索機では「ラグーン」でヒットするのでしょうか? 少々不安です。ちなみに、白水社の本だから「ラグーン」と聞くと「フランス語?」と思ってしまいそうになりますが、歴とした英語です。LAGOONです。いや、フランス語由来の単語なのかどうか、そこまでは調べていませんが……
「ラグーン」を画像でググってみると、かなりきれいな写真がヒットします。これが「ラグーン」のイメージなのでしょうか? でも本書の「ラグーン」はこんなきれいな記憶とともに呼び起こされるものではないようです。ちなみに「潟」でググってみると、「潟」という日本語がキーワードだからでしょうか、写真も日本のばかりがヒットしますが、むしろ本書に登場するラグーンはこちらの写真の方がイメージに近いのではないでしょうか?
さて本書を読むまで、不勉強にしてジャネット・フレイムという作家を知りませんでした。ニュージーランドの作家なんですね。2004年に亡くなっています。本書は、著者の自伝的な短篇集とあるように、自身の幼少期から青年期くらいの想い出を淡々と綴った一冊です。
ふつう、こういった作品ですと「瑞々しい筆致で、美しい記憶を描いた」などと形容されるものが多いように思いますが、本書はそんなことはありません。精神病院に入っていたという著者の経歴からもわかるとおり、そして、そんな精神病院での様子を描いた篇が紛れ込んでいるように、この短篇集に描かれる記憶、想い出は決して美しいものではありません。ちょっと変わった子ども、なんかずれている子ども、決して快活でもなければ根暗でもない、素直とは言えないけどひねくれているというのともちょっと違う、そんな子どものイメージが立ち上がってきます。
また、子どものころの想い出を小説に仕立てると、美しい光景、楽しかった記憶ばかりになってしまったり、あるいは逆に苦しく辛い出来事ばかりになりがちですが、本書の場合、なんでもないようなひとこま、でも自分の記憶には鮮明に残っている日常の些細な情景が描かれているのが特色です。それでいて読む者にも非常に深い印象を残します。たぶん、そこに描かれた情景が、誰でも幼少のころに似たような体験をしたことがあるものだからではないでしょうか? 少なくともあたしにはそうでした。
さて、24の物語の中では「ドシー」と「宝」が個人的にとても印象深かったです。
これほど行かなくなるとは!
SPEC~結~
WOWOWで放送された映画「SPEC~結~」を鑑賞。「漸」と「爻」の両篇に分かれていましたので、両方を録画しておいて一気に見ました。
たぶんテレビシリーズをずっと見てきた人でないと作品世界に入っていけなかったのではないでしょうか? まあ、この映画自体が映画単体として人を引きつけようなどとは少しも思っていない作品でしょうから、あとはテレビシリーズ以来のファンがどれだけ付いてくるかの問題ですね。
で、結論から言いますと、たぶん評価は真っ二つではないかと思います。「テレビシリーズ以来の世界観が引き継がれていて、なおかつ、これまでのスペックホルダーも登場していて面白い」という人と、「まるっきりの駄作。ダラダラ長いだけで、テレビシリーズの面白さが台無し」という人とに。
と言いながら、あたしはその中間的な感想です。テレビの時の小ネタを散りばめた笑わせるシーンもあって、それはそれで面白く見られましたが、やはり前後編に分けるほどの内容だったのか、と聞かれれば「?」です。それに、スペックだから仕方ないのですが、最後は超能力戦争みたいになってしまっていて、「それなら最初から超能力でちゃちゃっと出来るんじゃない?」という気がします。少なくともテレビシリーズの初期のころは、超能力というか特殊能力を持ったスペックホルダーが登場していましたが、決して超能力だけの話ではなく、きちんと人間が描かれていたように思いますが。この映画では……
なまじ話題作りのために向井理と大島優子を謎めいたキャラクターとして登場させたのがまずかったのかも知れませんし、あえて言うなら、ここまでシリーズを引っ張ってしまったのがそもそもの間違いだったのかも知れません。
が、それでもテレビ版「SPEC」を見てきた人なら、見て損はないと思います。それなりには楽しめます。今だから書けますが、映画館へ見に行くほどではないですが(爆)。
それにしても、いまや全国レベルの人気女優になってしまった有村架純ちゃん。あたしはテレビシリーズが始まったときから既に注目していました。「あまちゃん」でブレイクするはるか前の話です。