ようやく併売可能!

このたびの百周年記念復刊の銘柄に『音楽史を変えた五つの発明』という書籍があります。著者はハワード・グッドールといいます。

 

同書、あたしは未読なのですが、初版時には非常によく売れたことを覚えています。だからこそ、ちょっと悔しい思い出があるのです。

本書が2011年2月に刊行になり、よく売れていたのはその年のことですが、その後在庫も徐々に減り、増刷のタイミングを失したまま「在庫僅少」、そして「版元品切れ」という状態になってしまっていました。

そんな状況下の2014年の5月に河出書房新社から同じグッドールの『音楽の進化史』という書籍が刊行になりました。最初は著者の名前を気にも留めず、「そう言えば、ちょっと視点が違うけど、音楽史の本でよく売れたのが数年前にあったなあ」と思って、書店の店頭に同書が並んでいるのを眺めていたものです。そして、この著者どんな人だろうと思って同書を手に取り著者略歴を見てみると、そこに『音楽史を変えた五つの発明』が載っているではないですか!

営業として全く迂闊なことに、同じ著者の新刊だったのに気づかなかったのです。でも、ということは、河出書房が持ち前の営業力で同書をガンガン売りまくっているこのタイミングで、うちの前著も一緒に並べたら再び売れるのではないか、そう考えました。

が、『五つの発明』はその時点でほぼ在庫ゼロ、とても販促をかけるような数ではありませんでした。河出の新刊とのコラボ(?)は泣く泣く断念したのです。もちろん、そのタイミングで増刷をして一緒に売るという判断もできたでしょうが、諸般の事情でそれも断念、一年半ほど遅れましたが、このたびようやく再び日の目を見る機会が訪れたという次第。

逆に、これを機に河出の本が再び売れ出したりするのでしょうか?

百周年記念復刊@新宿

あたしの勤務先の、創立百周年記念復刊。ラインナップは『パタゴニアふたたび』『サミュエル・ベケット短編小説集』『紙の民』『火山の下』『黒の過程』『グールド魚類画帖』『音楽史を変えた五つの発明』『ポル・ポト ある悪夢の歴史』の8点です。

  

  

 

そして、基本的にこれらは復刊であり、つまりは重版・増刷なので、委託配本はしていません。書店やお客様の立場から見るとどういうことかと言いますと、「注文しないと入荷しない」ということです。一部の出版社を除くと、書籍というのは勝手に入荷するというのが普通です。もちろん海外文学や数千円もする歴史ノンフィクションなどは作る部数が初めから少ないので、都市の大型店を中心に配本されるので、街中の小規模店には入荷しないこともよくあるでしょう。ただ、今回の記念復刊は大型店でも注文をいただいていないところには出荷していないので、勢い「このお店ならきっと入荷しているだろう」という書店にお客様も集中しているようです。

そこで、いくつか既に本を並べていただいている書店を、新宿地区からご紹介します。まずはブックファースト新宿店です。

ちょうど「創立百周年」のフェアをやっていただいているのですが、そこに復刊も並べていただいています。文庫・新書・文芸ゾーンのレジ横、フェアコーナーです。

続きまして、紀伊國屋書店の新宿南店。4階の文芸フロア、海外文学コーナーのエンド台です。ちょっとわかりにくいですか? アップにすると下の写真です。記念小冊子も置いてありますので、是非どうぞ!

続きまして、同じく紀伊國屋書店の新宿本店。2階の文芸フロア中央の話題書、新刊コーナーの中心で展開中です。こちらも記念小冊子も横にこっそり置いてあります(笑)。

ちなみに、新宿本店の海外文学コーナーでは、各ジャンルのところにも復刊を置いていただいていますので、フェア台の本がもし売り切れていたら、各国別の売り場も探してみてください。下の写真、『紙の民』『グールド魚類画帖』が置いてあるのがわかるでしょうか?

ところで、上の新宿南店。記念復刊の隣に「サイン本」という文字がやたらと躍った一群の書籍が目につきます。

これらの書籍を見てわかる人はわかると思いますが、つい昨日、翻訳家の岸本佐知子さんが来店され、訳者サイン本を作ってくださったとのこと。

日本人には書けない?

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ミス・マッケイに異議あり?

新刊『ミス・ブロウディの青春』の95頁に、ブロウディ先生の上司であるマッケイ校長がブロウディ組の生徒をお茶に招いていろいろ聞き出そうとするくだりがあります。

そのシーンにこんなセリフがありました。

結婚したり職についたりした時、ラテン語やギリシア語が何の役に立つの? ドイツ語の方がもっと役に立ちますよ。

なかなか面白いセリフですね。あたしの勤務先的にはドイツ語ももちろん大事ですが、ギリシア語やラテン語だって捨てがたい言葉です。なので、マッケイ校長にはあえてこの本をお薦めしたいと思います。

ラテン語とギリシア語を同時に学ぶ』です。まだ新刊ですが、早々と増刷となりました。

スペイン版13金?

録画しておいた「恐怖ノ黒鉄扉」を視聴。

冒頭、とあるパーティーのシーン。いじめられっ子ぽい少年が騙されてパーティー会場の建物のボイラー室に閉じ込められます(会場は簡易ホテルのようなところ)。「出してくれよ」と叫ぶ少年を笑いながらいじめっ子たちは行ってしまうのですが、その後、少女たちがシャワーを使い始めボイラーが作動し、ボイラー室は温度が上がり、閉じ込められた少年はその中で生きたまま焼き殺されるという悲劇になります。

そして時は流れ15年後。男女8名くらいのグループが夜道を車で走っています。疲れもあり、仕方なくどこから泊まるところはないかと思っていたら、15年前にパーティーがあったホテルにたどりつきます。もちろん彼らは15年前の事故も知らなければ、そのホテルは現在は廃業しているので、彼らは不法侵入するわけですが、そのホテルで、彼らが何者かに一人、また一人と殺されていきます。

はい、ここまでのストーリーを考えると、ホラー映画にありがちな「酒と薬とセックスにしか興味ないような、おバカな若者のグループが何者かによって殺されまくる」というストーリー展開です。とにかく訪れた人を片っ端から殺していくという点では「悪魔のいけにえ」的な映画が予想されますが、本作の場合、冒頭にこのホテルで少年が事故死とはいえ、事実上はいじめっ子によって殺されているという冒頭のシーンがありますから、その少年の悪霊が襲ってくるのか、その少年の親族が復讐しているのか、ということになります。ただし、最初から前者的な悪霊譚の雰囲気皆無で、生身の人間が起こしている事件という感じがはっきりわかるので、「13日の金曜日」の亜流であると思われます。

 

そういう目で見ると、本家本元の「13金」の場合、最後まで犯人であるジェイソンの母親は出てこないわけですが、本作の場合、殺されるべき運命にある若者たち以外の登場人物は、ホテルへ向かう前に燃料と食料の補給に立ち寄ったガソリンスタンドのおばちゃん、それとそこに居合わせた警察官しか出てきません。順当に行けば、このおばちゃんが15年前の少年の母親なのでしょうが、登場シーンではほとんど異常さは出てきません。カメラワークにしろ演技にしろ、この人が犯人と思わせるようなものは感じられません。

で、ホテルに忍び込んだ若者たち。一人ずつ殺され、残った四人は他の仲間が殺されたことを知りホテルから逃げようとするのですが、殺人鬼に先回りされ(というか、廃業したホテルは殺人鬼にとっては自分の庭のような勝手知ったる場所)まずは二人が血祭りに上げられます。殺人鬼としてはここで四人とも殺して起きたかったような感じですが、そこは映画ですからヒロインである女の子と、彼女に恋する奥手の男の子はうまいこと生き延びます。そして街道まで逃げたところで地元民の車に助けられます。すべての他人が怪しい、こいつが殺人鬼なんじゃないかと疑う男の子に対し、ヒロインは肝っ玉が据わっているのか、その車に乗せてもらい街まで連れて行ってもらうことにします。

最初から見ていると、「もしかしてこのオヤジが犯人? 確かに事故死した少年の父親っていう線もあるよね」という可能性は残っています。確か「ラストサマー」は犯人は殺された少年の父親だったはずですから。ところが、途中で車がパンクします。これも犯人によってパンクさせられたわけで、オヤジがタイヤを交換しているときに、車に積まれていた仲間の荷物を発見したヒロインたちは「やはりこのオヤジが殺人鬼?」と思い込んでしまい、男の子は荷物の中に入っていた拳銃を持ち、オヤジと相対します。このあたり、真犯人が密かに荷物を車に置いたシーンがあるので、見ているわれわれは「ちょっと待て、そのオヤジは真犯人じゃない。君たちははめられているんだ」と言いたくなりますが、ここで一つ疑問。

殺人鬼は、ヒロインたち二人がホテルから脱出できると予想していたのかということです。だって、車に乗せてくれたオヤジは真犯人ではなく、どうやら全くの善意の第三者のようです。仮にホテルを脱出できる若者がいることを真犯人が予想していたとしても、運良く車が通るということまでは予想できないと思いますし、ましてやその車の進む先に釘か何かを仕掛けておいてパンクさせるなんてところまで考えが回るとは思えません。それに、真犯人、ジェイソン並みのフットワークです。

話は映画に戻ります。結局、男の子とオヤジは、オヤジもライフを持っていたので相撃ちなります。一人取り残されたヒロインはなんとか最初のガソリンスタンドにたどりつきます。そこであのおばさんに介抱してもらうのですが、徐々におばさんの様子がおかしくなり、自分の息子が殺されたいきさつを話し始めたところでヒロインもすべてを察します。その前段階として、ヒロインたちはホテルの中で15年前の事故と、その後もこのホテルで若者が殺されるという事件が続いているという新聞の切り抜きを発見しているので、家族による復讐だとはわかっていたとは思いますが……

最後にヒロインと犯人であるおばさんとの戦いになりますが、おばさんの武器であるネイルガンを奪ったヒロインがおばさんにそれを向けた刹那、駆けつけた警察官がヒロインを射殺して終わりです。はい、若者たちは誰一人助からなかったのです。そしてまた疑問。ホテルで殺人事件が続けば、当然のことながら近所のガソリンスタンドのおばさんにも嫌疑がかかると思います。あの殺し方を見ているといくらでも証拠は残っていそうなのですが、スペインの田舎ではそんな徹底的な操作は行なわれなかったのでしょうか? あるいは最後にヒロインを売った警察官はグルなのか? これは本編を見ているだけではわかりませんでした。

というわけで、母親による復讐譚、それも直接息子を殺した連中だけでなく、遊びまくっている若者すべてに憎しみを拡大しているところは狂っているとしか思えないし、まさしく「13金」。ただ、「13金」ほどの緊張感はなく、そもそも犯人が一人では不可能な描写が多すぎるような。「13金」の亜流なので、13日だけど金曜日ではなく日曜日に鑑賞するにはちょうどよかったのかも知れません。

 

ちなみに邦題では「恐怖ノ黒電話」「恐怖ノ黒洋館」とシリーズのような括りになっていますが、まるっきり別ものです。そして「黒電話」の方は見たことがあります

ぽんしゅ三昧?

「日本酒」と書けばよいのでしょうが、こういう場合、「本酒」「ぽん酒」「ポン酒」、どう表記したらそれっぽく見えるのでしょう? ちょっと悩んでしまいましたので、とりあえずタイトルは平仮名にしましたが……

まずはこの日本酒です。秋田の新政酒造の亜麻猫というお酒です。

まだいただいておりませんが、「新政」は先日の秋田旅行の折、宴会でいただき、とても美味しかったのを覚えております。で、別にあたしは猫好きではありませんが、面白いネーミングとラベルなので、このお酒をチョイスしてみた次第。

ところで、新政のお酒ってアマゾンでも帰るのですね。どういうルートで仕入れているのでしょうか?

続きましては、京都の招徳酒造の日本酒です。ここのお酒は既に何回も購入していますし、いくつも呑んでいますが、この季節ごとのボトルがかわいくて、このたび秋ボトルが発売になったので早速購入してみました。

こちらもまだいただいておりませんので、月の美しい夜に賞味したいと思っています。

そして、上の写真が四季のボトルです。左から冬、春、夏と来て、とうとう一番右の秋にたどりつきました(汗)。

招徳酒造は、この季節ボトルのお酒以外にもいろいろ出していますので、伏見の酒が好みの方は是非どうぞ。梅酒などもあります。

エディンバラ

新刊『ミス・ブロウディの青春』を読んでいます。同書は近々、河出書房新社から『ブロディ先生の青春』というタイトルで新訳も出るそうです。同時期に定評ある旧訳が復刊されたり、新訳が出版されたり、やはり名作なのでしょう。

 

そして名作だからこそ、過去に映画化もされたのだと思います。

この予告編を見ると、いま読んでいる小説の世界がよく描かれているなあと感じます。是非ともWOWOWかスカパー!のどこかのチャンネルで再放送してほしいものです。

ところで、作品の舞台となっているエディンバラ、スコットランドの都市であることは知識として知っていますが、どんな感じのところかまるで知りません。ググってみれば、情報は写真も含めいろいろ出てきますし、英語は苦手ですが、観光ガイドのサイトもたくさんありますので、なんとなく街の雰囲気はつかめるかな、という気がします。

しかし、やはり地図を描けないと、せっかくの作品も魅力が十分に味わえないのではないでしょうか? そこで自分なりに地図を作ってみました。今後も読み進めながら、上掲の地図に情報を加えていきたいと思います。

それにしても『死を忘れるな』では70歳以上の人しか出てこない作品を書いたかと思ったら、こんどはうら若き乙女たちの物語。スパークという作家はすごいものですね。

もはや動物パニックではない!

録っておいた『メガ・シャークVSメカ・シャーク』を視聴。

干ばつ対策として氷山の塊をエジプトのアレクサンドリア港へ向けて曳航中の貨物船。港を前にした地中海で氷山が溶けてきたのか亀裂が走り、なかなか閉じ込められていた巨大なサメが出現し、人びとを襲い始めます。そのあまりの巨大さと破壊力は、尾びれで叩いた貨物船だったか建物の一部が飛んでいって、スフィンクスの頭を壊してしまうほど。いや、このシーンは単なるギャグでしょう?

その後巨大ザメは地中海を荒らし回った後大西洋へ。世界中で海洋が封鎖され、世界経済にも深刻な影響が出ます。巨大ザメのジャンプ力は半端なものではなく、上空を飛ぶ飛行機も襲われるほどの跳躍。海だけではなく、空も飛行制限がされる始末。一刻も早くサメを退治しないと世界経済どころか人類の生活もめちゃめちゃになりそうな感じです。

さて、米軍も必死の戦いを試みるものの、と書きたいところですが、あまりにもあっさりやられてばかりで、いったい何をやっているのか。で、対抗策はサメ型巨大潜水艦で戦いを挑もうという作戦。蘇った巨大ザメは太古の時代に産卵場だった、現在のシドニーへ向かっているとわかり、そこで交尾する相手が見つからなければ凶暴化するという古生物(?)学者の説を利用し、サメ型潜水艦と闘わせようというもの。

なんでずーっと氷山にと事故られていたのに蘇ることができたのか、なんで米軍はサメ型の潜水艦なんかを開発していたのか、サメ型潜水艦が他の米軍の艦船に比べてそれほど高性能なのか、突っ込んだらきりがない映画です。更にはサメ型潜水艦に搭載される人工知能ネロとか、その潜水艦を操作する夫婦の愛情、その夫婦にはかつて幼い娘を病気で亡くしたという暗い過去があり、なんてB級なストーリーを織り込み、巨大サメ退治に向かっていきます。

シドニーの街は中途半端なパニックになります。途中、母親とはぐれた女の子を助けるのですが、この女の子がとにかく意味もわからず言うことを聞かずに勝手な行動を取ります。こんな娘、助ける必要があるのかと思えるほどです。あのシーン、何のためにあったのでしょうか?

さて最終的にメカシャーク(サメ型潜水艦)がどうやってメガシャークを倒すのか。サメは短波などを感知すると怒りモードになって襲ってくるという特性を生かし、メカシャークに搭載されている魚雷のそばで音波を出します。そこをめがけてメガシャークが襲ってきて、大きな口でがぶりと噛みつくと、そのまま魚雷が爆発し、メガ、メカ共に木っ端微塵。メガシャークの動きが速く、米軍のミサイルもメカシャークの魚雷もすべてよけられてしまったので、魚雷を撃つのではなく魚雷に噛みつかせて爆破するとは、ある意味、よく考えた退治法ですが……

それにしても、アメリカってあれほどすばらしい映画を作っているのに、その一方でこんな映画も作っているとは。懐の深さを感じます。