そして人身事故

昼過ぎまで大阪市内を営業し。その後京都へ。晩に書店さんとの懇親会があったので、それに飛び入り参加です。

愉しく歓談、痛飲したのは四条通りの大丸の裏手、錦に面した居酒屋でした。さて、梅田に宿のあるあたしは烏丸から阪急電車で西へ。

しかし、なんということでしょう! 夕方に人身事故があってダイヤが乱れているというじゃないですか。幸い、ラッシュ時間でもなく、運転本数も少ない時間帯でしたので、若干の遅れで無事梅田に戻ってきました。

さすがに普段、東京で中央線のダイヤの乱れに慣れているので、これくらいでは慌てません。

ナンタス

古典新訳文庫『オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家』を読んでいます。

ゾラというと『ナナ』や『居酒屋』のような長編がイメージされるのですが、こういう短編もあったのですね。知りませんでした。

  

その中の一編「ナンタス」に非常に気になる一節がありました。

つまり、人生で裏切らないもの、常に確実で、常にそばにあるものは、死だけだということだ。彼は死よりほかに強固なものを知らなかった。確固としたものを探し続けたが、無駄だった。あるゆるものが次々と足元で崩れ落ちていった。ただ死のみが、確かなものとして残ったのだ。

これは真理ですね!

そうそう、あたしの勤務先の『パリ()』もゾラですし、長編でしたね。

メッシの時間、ナンシーの時間

かつてヒットした書籍に『ゾウの時間 ネズミの時間』があります。これは大きなゾウと小さなネズミの時間感覚が異なるということを解いていた本だったと思います。読んでいないのでゴメンナサイ。

で、今回のタイトルはそれをパクったわけですが、実は本日はあたしの誕生日であり、なおかつサッカー界のスーパースター、メッシの誕生日でもあるのです。ちなみに、AKB48、否、こんど新潟にできるNGT48のキャプテンに就任した北原里英の誕生日でもあります。まあ、〈きたりえ〉はどうでもいいですかね?

さて少し前、あたしの勤務先であたしとメッシと誕生日が一緒だという話題になり、「誕生日が同じなのに、この収入の違いはなんだ」という流れになりました。たぶん、メッシの一試合、いや、一蹴りで、あたしの年収の数年分、ひと試合まるまるなら、それこそあたしの生涯獲得賃金何人分になるのか、という話になりました。

そこで出てきたセリフが「メッシの時間、ナンシーの時間」です。

そういえば、かつて矢沢のえーちゃんが「お前の年収、矢沢の二秒」と言ったとか言わないとか、そんな話がありましたが、まさにそれです。

「ナンシーの年収、メッシの一蹴り」でもあるわけですね。

陸続と台湾?

あたしの勤務先の海外文学シリーズ〈エクス・リブリス〉が続けて台湾文学を刊行します。『歩道橋の魔術師』と『神秘列車』です。

 

別に「台湾文学が来てる!」とか「台湾文学が熱い!」といった確かな自信があるわけではありません。でも、面白い作品が日本で紹介されるようになった、とは言えると思います。アジアの文学というと「苦難の歴史を乗り越えて」的なちょっと暗いイメージがこれまでは強かったかも知れません。でも、最近はそういう暗さを離れた作品が増えているようです。

そんななか、河出書房新社からこんな本が出ました。

セデック・バレ』です。これは「苦難の歴史」系の作品ですが、こういう作品も、否、こういう時代・歴史も知らないといけない、知っていてもらいたい、そう思わせます。こういう作品や時代があってこその「いま」なわけですから。

ウリポ

水声社の新刊『ぼくは思い出す』が店頭で目に入ります。

なんか、どっかで見たことあるタイトルです。

あたしの勤務先の『ぼくは覚えている』ですね。いや、思い出すもなにも、『思い出す』のオビには「ジョー・ブレイナード『ぼくは覚えている』に想を得て」とありますから、似ているもなにもドンピシャなんですよね。

とういうことは、ジョルジュ・ペレックもウリポのメンバーということですよね。ウリポと聞いて反応できるの人は、かなりの海外文学通なのでしょうか? かくいうあたしも『覚えている』が刊行されたころ、海外文学に詳しい書店員さんに教えてもらった程度なんですけど……

国が異なるので、この両書を並べている書店は少ないかも知れませんし、そもそもオビの惹句に書店員さんが気づいてくれているのかもわかりません。でも、ウリポのメンバーなんだし、タイトルもこれだけ似ているわけですから、隣に並べてみてもいいのではないかと、そう思うのです。

泣きそう……

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台と丘と山

最近業界で評判のKaBoS宮前平店へ行ってきました。

業界の人でないと「それ、何?」って感じでしょうか? 本屋さんです。KaBoS(カボス)というのがチェーンの名前で、その宮前平にあるお店が宮前平店です。KaBoSは福井に本部のある勝木書店が展開している郊外型大型店舗の名称です。宮前平店は、少し前にカフェや文具コーナーを新たに設け、その結果書籍売り場の面積が減ってしまったのに売り上げは落ちていないということで評判らしいのです。

と、あたしはここで別に宮前平店のことを縷々書きたいわけではありません。書きたいのはその立地です。店舗の名前からどこにあるのかすぐにわかる人は、首都圏の方でも少数ではないかと思います。宮前平は田園都市線の駅の名前です。行政区画的にいえば神奈川県川崎市宮前区となります。宮前平の駅を降り、宮前区役所に向かって割と急な坂道を10分ほど登り、登り切ったらこんどはその半分くらい降りてちょっと行ったところにあります。駅から徒歩10分から15分といったところでしょうか? ものすごく遠いわけではありませんが、いま書いたような坂道、かなり急峻なので、暑い夏の日や雨の降る日には積極的に行きたいとは思わない立地です。ただし、区役所が目の前だからでしょうか、お店の隣にはちょっとしたショッピングセンターがあって、駅からはちょっと距離があるものの、この付近の商業的な中心地域ではあるようです。

さて駅から上ってくる坂道のほぼてっぺんに小学校がありました。川崎市立富士見台小学校と書いてありました。駅からの坂も富士見坂とありましたので、この学校からも富士山がきれいに見えるのでしょうね。しかし、ここで一つ疑問が。

あたしが小学生のころ住んでいた杉並区の高井戸。京王線の下高井戸ではなく、井の頭線の高井戸ですが、その隣には富士見ヶ丘という駅があり、駅からは遠いですが富士見ヶ丘小学校というのもありました。あのあたりのどの辺を富士見ヶ丘と呼んだのか知りませんが、たぶん富士山が見える高台があったのでしょうね。

で、丘と台です。どっちの方が高いのでしょう? 丘というと山の小さいもの、低いものをイメージしてしまいますが、台というともう少し面積の広いところがイメージされるのですが、正確な違いってわかりません。

そんなことを懐かしみながら、駅からの坂を歩いていました。そして宮前平、宮前区という名前、あたしの中学は杉並区立宮前中学でしたので、「宮前」という響きにはちょっとした郷愁を覚えます。あっ、念のために書いておきますと、小学校は富士見ヶ丘小学校ではなく、区立高井戸小学校でした。なんと今年で創立140周年。あたしが在校時に100周年の式典があったのですが、もうそんな月日が流れたのですね。

上の写真は、そんな高井戸小学校の百周年記念の時に全校生徒がもらった文鎮です。平成の今だったら「なんで文鎮なの?」って声が聞こえてきそうですが、当時としてもなぜ文鎮だったのか、一生徒であったあたしにはわかりません(爆)。PTAって書いてありますから、お父さん、お母さんたちの考えだったのでしょうか? でも、いまだにあたしのデスクで、こうしてペーパーウェイトとして活躍していますから、実は先見の明があったのかもしれません。当時の文部大臣は永井道雄だったのですね。