Androidアプリ「三姑六婆」続報

先日ここでレポートしたAndroidアプリ「三姑六婆」について追加報告です。

と言っても、それほど大きなことではありません。ちょっとした追加情報です。

前回のレポートで、タブレット版は起動時に画面に「まず性別を選んでください。云々」というメッセージが出ていないと書きましたが、本日、Google Playでアップデートされまして、タブレット版でもそのメッセージが起動時に表示されるようになりました。

また、「子」と「女」のキーが、それぞれ「仔」と「囡」になっているという問題も、今回のアップデートで解消されました。これでスマホ版とタブレット版とで同じになったということでしょうか? 細かいところまでは検証できていないので、この程度の報告でご寛恕ください。

それにしても、Google Playで「三姑六婆」と検索すると、似たようなアプリとして「親戚来了」「親属称謂」という似たようなアプリが表示されます。「三姑六婆」が計算機タイプのインターフェースなのに対し、この二つはちょっと異なりますね。使い勝手はどうなのでしょうか? 機会があればこちらも検証してみたいと想います。

ところで、個人的にはこのアプリはとても便利だと想うのですが、中国語の量詞と名詞の組み合わせを示してくれるアプリってないものでしょうか? 例えば、ある名詞を入力すると、それに対応する量詞が表示される、量詞を入力すると、それで数える名詞が表示される、といったアプリです。昔、SQLでちょこっと作ってみたんですけどね……

2015年3月9日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

もう絆創膏は要らない?

既に何回書きましたが、ほぼ一月前の通勤途上、意識を失って倒れ、右の目の上を数針縫ったという事態。とうの昔に抜糸も済んで傷口はかなり治ってきているのですが、やはりちょっとグロテスクな感じもするので、仕事の時はずっと絆創膏を貼っていました。貼ってるから「どうしたの?」と聞かれるわけで、上のような説明をしていたのですが、そろそろ絆創膏はなくても大丈夫かな、と考えています。

昨日や今日のように休みの日は自宅にいるので絆創膏など貼っていません。近所のコンビニくらいだったらこのまま出かけて行きます。顔の角度によってはあまり目立たないのではないか、と自分では勝手に判断しているのですが、どうでしょう? 傷跡もそうですが、眼の周囲の擦り傷がシミのように残っていて、これも汚くていやです。いや、顔のシミは加齢のせいでもありますが……(汗)

ちなみに、眉尻のあたりを指で押すとまだちょっと痛いです。右目と比べると、左目の眉毛のあたりは若干腫れている感じがあります。こんな感じで、少しずつ、徐々に痛みが治まっていくのでしょうか?

とりあえず、明日からの仕事、絆創膏を貼るか、貼らないか、ちょっと悩んでいるところです(汗)。ファンデーションでも塗って傷を隠しましょうか?

「三姑六婆」レポート

日本では近かろうが遠かろうが、親戚の男性はだいたい「おじさん」、女性は「おばさん」で通ってしまいます。父方だろうと母方だろうとほとんど頓着しません。伯父と叔父のような兄弟の順序に拘ったり、あえて岳父などと言ったりすることもありますが、一般的にはそこまで神経を使わなくてもなんとかなります。

が、中国語ではこの親族呼称がかなり厄介です。父方か母方か、あるいは妻方か夫方か、自分よりも年上か年下か、そういった細かなことを区別して呼称も使い分けられています。もちろん、かつてのような大家族も減り、都会では日本と同じように核家族化が進み、更には一人っ子政策のために今後ますます家族、親族の構成員が減る傾向にある中国でも、親族呼称簡素化の流れが速くなることはあっても、遅くなることはないでしょう。とはいえ、現状ではやはり日本より複雑であることには変わりありません。

そんな中国語の親族呼称を簡単に調べられるスマホアプリがありました。知り合いの中国語の先生の紹介で知りました。「三姑六婆」というアプリで、Android版のみがあるようです。iPhoneユーザー向けに同様のアプリがあるのかはしりません。で、インストールして使ってみました。

起動すると上のような画面が現われます。「最初に性別を選んでください」とありますので、ディスプレイ左下の「女」あるいは「男」で自分の、あるいは調べたい呼称の中心となる人の性別を指定します。なお、しばらくするとこのメッセージは消えます。

ちなみに、上の画面はタブレットにインストールした時の起動画面です。こちらでは性別を選びなさいというメッセージは出ていません。またAndroidタブレットでは標準的だと想われる横向き(ワイド?)のレイアウトには対応していないようなので、ふだん横長でタブレットを使っている人は90度回転させ、縦長画面で使用することになります。なお、文字キーで「弟」「妹」の下の文字がちょっと違うのはタブレット版とスマホ版の仕様なのか、あるいはあたしの機種(のフォント環境)が原因なのかはわかりません。

ここから実際の親族呼称を調べていくわけですが、画面には最初から「我」と表示されていますので、「的」キーと「父」「母」などのキーを繰り返すことによって、家系図を辿るような手順で目的の人までキーを押します。最後に「=」キーを押せば、目的の親族呼称が表示されるというしくみです。ディスプレイの上部には小さい字で、そこまで入力したキーが表示されています。戻るときは「AC」の左側にある「円を描いている矢印」キーを押します。

ちなみに、自分を女性に指定したまま「妻」キーを押すと、上図のように見つけられないというメッセージが出ます。女性である自分から見た「妻」って何だ(?)というところでしょうか(笑)。同性婚が普及すれば、いずれここにも解答が表示されるのでしょうか?

また、同じことをスマホ版でやると、上図のように、もう少し丁寧なメッセージが表示されます。

お遊びはこれくらいにして、もう少し真面目に使ってみます。「我」という表示があるので「的」「母」「的」「妹」「的」「仔(スマホ版だと「子」)」「=」と入力してみた結果が上図です。年上か年下かを聞いてきます。やや遠い親戚の場合、最後にほぼ必ずこの質問が表示されます。中国語では自分より年上なのか年下なのかどれほど重視していかがわかります。

「年長」「年軽」を押せば、上図のように答えが表示されます。もちろん「年長」「年軽」を聞かれずに答えが出ることも多々ありますが。

さて、この親族呼称電卓、どこまででもキーを押し「的」で繋いで行くことができそうです。果たしてどのくらいまで行けるのか? いや、そもそもそんなところまで固有の単語が存在するのでしょうか? たぶんそこまでの単語はないでしょうね? 第一、そこまでの親戚づきあいは、いかに大家族の中国人でもしていないでしょうから。

と、以上、ごくごく簡単な「三姑六婆」の使用(試用?)レポートでした。

2015年3月8日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

クビーンの裏面

このコンテンツはパスワードで保護されています。閲覧するには以下にパスワードを入力してください。

落ち着いてはいけない!

シャルリ・エブド襲撃事件や「イスラム国」、このところイスラーム社会が注目を浴びています。それを反映するように新刊書籍もたくさん刊行されています。特に新書のような手軽なタイプの本がかなりたくさん発売されています。書店で話を聞くと、やはりあれだけの事件があった直後を中心によく売れたそうですが、最近になって少し落ち着いてきたようです。

多くの人が興味を持ち、そのような書籍を購入してくれたことは嬉しいことだと思いますが、ここへ来てちょっと落ち着いてきているというのが気になります。もちろん、あたしの勤務先から「シャルリ・エブド」関連の書籍が出るのがこれからなので、まだまだホットな話題でないと困る、という現金な理由もあります。

でも、個人的にはそれだけが理由なのではありません。フランスの風刺画の問題も、風刺画というフランスの伝統や言論の自由という側面もあれば、ヨーロッパにおけるイスラム教という問題、移民問題など、実にいろいろな問題を抱えています。「イスラム国」にしても、残虐なテロ集団という面だけでなく、どうしてあのような組織が生まれたのか、何が彼らをあのような行動に駆り立てるのか、といったもっと考えなければならない問題があります。

これまで日本は中東諸国とは友好関係を築いてきた、と言われてきましたが、実は中東諸国から友好的に思われていたのではなく、ほとんど意識されていなかったというのが実情だったのではないでしょうか。日本はキリスト教社会ではありませんから、日本と中東諸国が宗教的な対立を生むことはほとんどなかったので、その点では欧米諸国よりは好ましく思われていたかも知れませんが。

しかし、今回の件で、少なくとも安倍政権は、自分たちは欧米社会の側、キリスト教社会の側に立っていると宣言したような形になっていますので、これからは中東諸国としっかり向き合わないとならないのではないでしょうか? さらに、ここにイスラエルという国が絡んでくるから厄介です。なにはともあれ、真剣に中東について考える必要が生まれたということで、そうなると向き合うための知識を得るためには書籍が一番でしょう。このところ陸続と発売された書籍もよいですが、それらを読み終わったら、次は歴史とか文化などを深く広く知るための書籍が必要になるはずです。そうなれば、あたしの勤務先のような出版社の出番です。

書店店頭での売り上げが落ち着くのは仕方ありませんが、日本人としてこれからもこの問題について関心を抱き続けることが大事なのではないでしょうか? だとすると、書店でも大きなスペースを取っての展開、フェアは難しくても、息長くこの問題を店頭でも訴え続けていってくれたら、と切に願います。

併売とは?

岩波新書から『袁世凱』という本が出ました。もちろん、当然、あたしは買いました。書店店頭でも、新刊コーナーや岩波新書コーナーで積んであるのをよく見かけます。

 

袁世凱と聞くと、光緒帝の百日維新を裏切って西太后に与した裏切り者、清朝の大官僚でありながら革命派と取引して清朝の幕引きを図った裏切り者、善玉の孫文に迫って大総統の地位を掠め取った悪玉、といったような印象が一般的ではないでしょうか? 確かにそういう面はあるでしょうが、あの時代の清朝の官僚として、中国(という概念はなかったかも知れませんが)をなんとか維持させるにはどんな方法があったのかと考えると、袁世凱も複雑な人物なんだろうと思います。

そんな袁世凱ですから、単著も含め関連書籍はいろいろあります。岩波新書ですから、基本は新書コーナーに置かれているはずですが、その新書でも何冊かは一緒に並べるとよさそうな本があります。が、そんな中から一冊を選ぶとすると、同じ岩波新書の『李鴻章』だと思います。著者も同じです。

しかし、何店かの書店を回っていて、この2冊を併売しているところ、並べて置いている店舗を全く見かけません。フツーに、今月の新刊として『袁世凱』を含む岩波新書が数冊並んでいるところがほとんどです。文庫・新書の並べ方としてはこれが標準でしょうし、新聞などの広告も今月の新刊として掲載していることが多いので、買いに来たお客さんにとっても見つけやすい並べ方だと思います。

でも、文庫とか新書の新刊って、結構いろいろなジャンルのものが一時に出るもので、福数冊を買って行く人が多いとは思いません。『袁世凱』を買うような人なら、その周りに中国近代史の新書が並んでいればついでに買って行ってくれる可能性も高いのではないでしょうか? と思います。

もちろん数点ある新刊それぞれに関連書を並べていては、新刊コーナーがいくらあっても足りないでしょう。ですから関連書はせいぜい1冊か2冊でよいと思いますので、一緒に並べてもよいのではないでしょうか? が、岩波新書の『袁世凱』を買う人であるなら、既に『李鴻章』は買っている可能性が高いから、あえて並べていないのでしょうか? このあたりの事情はわかりません。単に『李鴻章』という関連書があることに気づいていないだけの可能性もあるでしょうし、気づいてはいるけれど、いろいろな事情からあえて併売していないだけもかも知れません。

あたしはもちろん『李鴻章』も買ってますし読んでいますから、『袁世凱』の横に置かれていたとしても手を伸ばすことはないのですが、意外と『李鴻章』をまだ買っていない人、知らなかった人、買いそびれていた人っているのではないでしょうか?

大切な日

今日は3月3日、世間的には桃の節句、女の子の日、ということになっています。でも、あたし的にはとても大切な日です。

今日3月3日は、高校時代の同級生、乾さんの誕生日です。乾さんは、あたしが高校時代に大好きだった女の子です。いや、高校卒業後もずーっと好きだった女の子です。いまも好きなのかな(?)と思うことだあってよくあります。なにせ、あたしが唯一、タバコを吸っても許せる女の子だからです。

あっ、実際に乾さんがタバコを吸う人なのかどうかは知りません。だって、18歳で高校を卒業してから一度も逢っていませんから。なので、あたしの中の乾さんは高校生のままなんです。

数年前までは、あたしのダイアリーでは、必ずこの日は乾さんのことを書いていたものです。でも、この数年は書かなくなりましたね。

ようやく忘れられたのでしょうか? あるいは乾さんよりも好きな人ができたの、現われたのでしょうか?

うーん、それはわからないです。

少なくとも、どんな人が現われても乾さんと比較してしまいがちです。

進歩のない人生、送ってますね、あたしって。