後遺症

昨日のダイアリーで、一ヶ月前のケガのことを書きましたが、「結局一ヶ月たって、いまはどうなの?」ということが肝心ではないかと思います。

はい、目の上の傷はきれいになってきましたが、まだちょっと生々しい傷跡が残っているので、会社へ行くときは絆創膏を貼っています。もう少し傷跡の色が薄くなれば絆創膏も要らなくなると思いますが。ただ、目の周り、指で押すとちょっとまだ痛むところがあります。骨に以上はないと思うのですが、手で支えることもなく全体重をかけて倒れたわけですから、相当な打撲なのは承知しています。そう簡単には痛みはとれないのでしょうね。

その他では、左肘がやはり痛みます。自宅で寝っ転がって肘をつこうとすると、つきかた次第で痛みます。部屋で寝っ転がるときは無意識に、あまり気も遣わずにやってしまうので、激痛ではありませんが、鈍痛が走ることはまだあります。これも少しずつ痛みは柔らないでいるので、時間が解決してくれるでしょう。

実はいま、一番気になっているのは歯です。顔面(左側)を強く打っているので、目の上の傷も左目ですし、擦り傷も左側にしか出来ていません。同様に、歯も左側が痛むのです。歯がグラグラするということはありませんが、歯茎というか歯の芯というのでしょうか、とにかく痛みます。虫歯の痛みとは違います。やはり口元を強く打ちつけてしまっていたのでしょう。もし神経をやられていたら厄介なことになりそうです。痛み自体はだんだん軽くなっているので、たぶん大したことにはならないと思いますが、近いうちに歯科医へ行ってこようと思います。

一月

タイトルは「いちがつ」ではなく「ひとつき」と読んでください。

何がひとつきなのかと言えば、気を失って通勤途上の路上で倒れの上瞼を数針縫うようなことが起きてからちょうど一ヶ月なんです。2月と3月はカレンダーの曜日の並びが同じなので思い出しやすいのですが、あれから一ヶ月です。いま考えても、あの日、自分の体に何が起きたのか、実はくわかっていません。

その前の週末、ちょっと調子が悪くて、それでもその日の晩は五団体新年会という大事な行事もあり、それに会社に行けないほどひどい症状でもなかったので、愉しく新年会を乗り切れば、土日の休みでゆっくりして週明けには回復していると思い込んでいました。現に土日こそ少し熱が出ましたけど、日曜の晩には熱も下がり、月曜の朝はいつものように起き、家を出るときも、体の不調は感じていませんでした。ですから、中央線の中でもいつもどおり本を読んでいたわけです。

それが途中で気分が悪くなり、視界が狭まるとともにチカチカする感じで暗くなり、なんとかお茶の水に着いたはよいのですが、階段を上るときによろけ、手をついたりして、たぶん端から見たら酔っ払いがふらふらしていたように見えたでしょう。で、改札を出るまでの記憶はあるのですが、その次に覚えているのは改札から数メートル先の歩道に倒れている自分です。もちろん、倒れた瞬間に痛さで気づいたようで、自分で立ち上がって会社へ向かいましたから。。

それでも、いま思うと、ホームから電車が入ってくる線路に落ちたり、車が走ってくる車道に倒れ込まなくて、不幸中の幸いだったと思います。もしそんなことになっていたら、あたしはいまこの時、こうしてこの世に存在していかったのでしょうね。そう考えると本当に怖いです。それに、今後は二度と今回のようなことが起きないとも限らないわけですし……

ホラー三昧?

こんなホラー映画を2本。

 

ポゼッション」と「悪魔のシスター」です。

まずは「ポゼッション」ですが、これは「エクソシスト」って感じの悪魔払いものです。

両親が少し前に離婚して、やや不安感を覚える姉妹。ふだんは母親と暮らしていますが、週末などに父親と過ごしているようです。その父親の新居を訪れ、三人で家具などをガレージセールで選んでいるときに、妹が古い箱を見つけ、それを購入します。が、それを売りに出したと思われる家の老婆が「それを買ってはいけない」と警告を発するのでした。

既にオープニングでこの箱には曰くがあり、持ち主であった老婆がその呪いを浴びて大けがをしてしまうというシーンがありましたので、見ている側とすれば「ああ、こんどはこの子がやられちゃうんだ」という気にさせられます。しかし、箱の怖ろしさに気づいて壊そうとした老婆が重症を負いながらも、結局はあのように生きているところを見ると、呪いの力が中途半端なものではないのか、という疑問も感じます。まあ、老婆の場合、運良く息子が訪ねてきて九死に一生を得たのかも知れませんが。

さて、箱を持ち帰った女の子。徐々におかしくなっていきます。このあたりはまるっきりエクソシストですね。おかしな動きをしたり、白目をむいて表情がガラッと変わったりするところなんか、どっかで見たシーンだな、という気にさせられます。別れた妻も最初は元夫のいうことなど信じず、両親が離婚したせいで精神が不安定になっていると思っていたのですが、徐々に娘の異変に気づきます。元夫は箱の来歴を調べているうちにユダヤ教で悪魔を封印した箱であることにたどりつき、ニューヨークのユダヤ人街を訪れ、そこのラビに助けを求めますが断わられます。が、ラビの息子が協力を申し出てくれて、二人は娘の元へ取って返し、ユダヤ教による悪魔払いの始まりです。

ユダヤ教を出してきたところが、これまでの悪魔払いものホラーとは異なる新味でしょうかね? ただ、やることは同じですし、実はあまり力のない悪魔払い師、娘を助けたい一心の父親、最後は子を想う親の愛が悪魔に打ち克つというパターンは既視感ありありです。特に、娘の体に取り憑いた悪魔を父親が自分の体に乗り移らせるところなど、「確かエクソシストのラストもこうだったよね?」と思ってしまいます。それでも、最後は悪魔払い師の呪文が効いたのか、悪魔は父親の体からも出てきて、再び箱に閉じ込められてしまいます。

とりあえず、離婚は帳消し、再び(たぶん)再婚したと思われる夫婦と娘二人の一家には平和が訪れ、例の箱は悪魔払いを行なったラビの息子が持ち帰るというところで映画は終わります。が、最後の最後、箱を載せたラビの息子が運転する車が大型トラックと衝突し、たぶん彼は即死、あの箱は事故現場からどこかへ持ち去られ、次の持ち主(=悪魔が取り憑く先)を求めて彷徨っていることでしょう。

うーん、デーモンの力、畏るべし、という幕切れです。いろいろな映画の寄せ集め的な感はありますが、もう少しひねりを加えてもよいのではないかな、悪魔払い師がそれほど活躍するわけではなく、家族の絆を描いた作品と見ればよいのかも知れません。かつてユダヤ教のラビによって封印された悪魔の箱が原因という描かれ方ですが、単純に両親が離婚して情緒不安な娘の妄想、問題行動と見なすこともできそうな作品です。

次に「悪魔のシスター」は1973年の作品。監督は「キャリー」や「アンタッチャブル」のブライアン・デ・パルマです。

あるモデル兼女優の女性が恋人の黒人男性を殺してしまい、それを見ていた向かいのマンションの女性記者が真相を暴こうとするストーリーです。黒人男性を殺してしまったあたりまでは主人公のモデルの女性と、もう一人、双子の妹がいるように演出されていますが、姿が見えず、このあたりはヒッチコックの「サイコ」っぽいです。ですので、「ああ、これは多重人格ものだな」と察しはつくのですが、実は彼女は元はシャム双生児で、分離された妹は既に亡くなっていて、彼女に妹の心が時々宿ってしまうという設定のようです。いや、姉と妹は逆だったかな? まあ、どっちでもいいです。

で、記者の女性の方は警察に噛みついてばかりいる、以前から問題児な女性だったらしく、初めは警察も「またお前か」という感じでまともに取り合ってくれません。そこで彼女は独自に調査を進めるのですが、モデルが連れて行かれた精神病院に潜り込んだところで捕まってしまい、催眠術をかけられ殺人などなかったと思い込まされます。

結局、この精神病院でモデルはまたも錯乱状態に陥り、とうとう院長を殺してしまい、警察も駆けつけ逮捕。警察もようやく記者の言い分を信じ、最初の黒人殺しの再捜査を始めようとするのですが、記者の方は催眠が解けておらず、殺人はなかったの一点張り。黒人男性の死体を隠したソファが田舎の駅前に置かれているところで映画は終わります。

73年の映画ですから、画面も粗く、ストーリーも「これで終わり?」という感じはします。特に、黒人男性の死体を片づけるところなど、あんなに簡単に絨毯や壁の血がきれいになるのかと不思議です。いまならどんなにきれいにしても鑑識が来れば一発でバレるでしょうね。女性記者にしても、あの性格や騒ぎ方では自身が精神病患者だと疑われても仕方がないくらいですし、いまでいうクレーマーといったところでしょうか?

この映画は果たして傑作なのか、駄作なのか? 評価が割れるでしょうね。

食料の自給に向けて

このコンテンツはパスワードで保護されています。閲覧するには以下にパスワードを入力してください。

変態?

このコミックと一緒に

この新書を購入したら、レジで書店員さんに変な顔されるでしょうか?

この変態!って

なにを一緒に並べるか?

『クリミア戦争()』が配本になりました。

 

クリミア戦争って、名前くらいは聞いたことがあるけれど、どことどこが闘った戦争だか知っていますか? 日本が加わっていませんから、この質問への日本人の正答率はかなり低いでしょうね。ただ、いまとてもホットな地域、クリミア半島のあたりで闘われた戦争なんだ、ということはわかると思います。手早く知りたい方はウィキペディアでもご覧ください。

さて、いま問題となっているクリミア半島情勢もここまで遡らないと理解できないわけなんです。そういう意味では、本書は歴史の本でもありますが、現代の海外事情の本という捉え方もできると思います。少なくとも、書店で「クリミア情勢を知る」なんてフェアをやるとしたら、本書は当然セレクトされるべき一冊、いや二冊でしょう。

さて、このクリミア戦争、時代的としてドイツでビスマルクが活躍していた時代です。ですから、まずはこんな本も並べてよいのではないでしょうか?

中公新書の『ビスマルク』です。新書ですからお手軽です。もう少し本格的なものを、というのであれば、こちらになります。

『ビスマルク()』です。力のこもった評伝です。

また参戦国の一つフランスではこの時代、ナポレオン三世がいましたので、文庫クセジュ『ナポレオン三世』や講談社学術文庫『怪帝ナポレオン三世』などはどうでしょう?

 

またロシア側はあまり文献がないのですが、戦争より少し前の人ですが、帝政ロシアに君臨した『エカチェリーナ大帝()』などはどうでしょう?

もう少し手頃なものは、というのであれば池田理代子のコミックもあります。

そして、案外忘れられそうですが、主役の一人、オスマン帝国も無視はできません。『オスマン帝国』や『オスマン帝国六〇〇年史』、『オスマンVS.ヨーロッパ』などがあります。

  

さらにオスマン帝国やアラブ世界について知りたい方には『アラブ500年史()』がお薦めです。

 

こうしてみると、クリミア戦争が「最初の世界大戦」「第零次世界大戦」と呼ばれるのも納得です。

幅が広いからこそのリアル書店

少し前に「リアル書店の可能性」として、イスラム関連書籍のフェアについて書きました。その時のダイアリーで紹介していた「アラブ世界、イスラーム社会を知る」というチラシで案内していたミニフェアの注文がここへ来て非常に伸びています。やはり書店の方、この話題には食いつきがいいですね。

で、このBOXこそ使っていないものの、ブックファースト青葉台店の人文コーナーで「イスラムを考える」というコーナーが作られていました。弊社の本も何冊か並んでいます。

よく見ると文庫も新書も単行本も並んでいますし、人文コーナーに置かれていそうな本でも硬めのものから柔らかめのものまであります。普段なら人文コーナーではないところに並んでいると思われる本もあります。こんな多様な物を同じ場所に並べる、これがまさしくリアル書店のアドバンテージなのではないでしょうか?

もちろん文庫や新書などの買いやすい本だけを集め、文庫・新書コーナーの一角でコーナーを作るのがやりやすい、売れやすい方法でしょう。それも書店の広さなどを考えたときにはアリだと思います。が、こういう風にもう少し幅を広げるとイスラーム社会にしても「イスラム国」にしても、あるいはキリスト教とイスラム教の歴史についても複眼的な思考が可能になるのではないでしょうか? 大型書店なら、こういうコーナーを作るスペースももっと広いでしょうから、更に多様な書籍を並べられると思います。ここへ来て緊急出版されたものだけでなく、もう何年も地味ながら売れ続けている、定評あるものも並ぶことでしょう。

そういう知を提供すること、これはネット書店では真似できない芸当だと思います。

和菓子、食べたい!

このコンテンツはパスワードで保護されています。閲覧するには以下にパスワードを入力してください。