四六判が恋しい?

前回、「いよいよ」と書きましたが、こんどは「ようやく」「待ちに待った」といったところでしょうか?

何がかって? 『ピカソⅡ キュビストの叛乱 1907-1916』の刊行が、です。

上の写真のように、ようやく『ピカソⅠ』と揃いました。Ⅰの刊行が2015年2月の刊行でしたから、ほぼ一年二か月ぶりとなりました。お待ちいただいていたお客様も多いことでしょう。

とはいえ、この『ピカソ』は全4巻。なんと原書の第4巻は未刊。原書既刊の第3巻邦訳はともかく、果たして第4巻はいつになるのでしょうか?

そして、この『ピカソ』も含め、このところ大型、高価格の本が続いております。ご覧ください。

よくもまあ、これだけ出すものです。わが勤務先ながら感心してしまいます。こうして並べますと、一番左側に置いてある『中国 消し去られた記録』は四六判、いわゆるふつうの単行本のサイズなのですが、非常に可愛らしく見えます。

が、これも実は540ページもある分厚い本なのです。500ページ超の本が小さく見えるって、ちょっとバランス感覚を失ってしまいそうです(汗)。

いよいよ!

とうとう出ます。

何がって?

ヒトラー(下)』のことです。本日が見本出しで、配本は来週。書店に並ぶのは来週の後半、いや、連休が入るので、店舗によってはGW明けになってしまうかもしれません。

並べると上の写真のような感じです。厚いです。相当厚いと店頭でも評判だった『上巻』よりさらに厚くなっています(汗)。

面陳すると上の写真のような感じです。なかなか威圧的ですね。そもそもが四六判ではなく、A5判という、一般的な単行本よりも大きなサイズの本ですから、なおさらデカく見えます。そして、中は二段組み!

そう言えば、上の写真の一番右、『洋菓子百科事典』は本日配本。これも大きな本ですね!

まもなく展覧会!

国立新美術館で「ルノワール展」が始まります。ルノワールと言っても喫茶店ではありません、というつまらない話は東京の人にしか通じないでしょうか? ちなみに、喫茶店はルノワールではなく、ルノアールです(汗)。って、ますますわからないですよね。

で、上の写真です。『印象派のミューズ』ですが、オビにご注目!

 

はい、展覧会仕様のオビになっています。このカバーに使われている絵、「ピアノの前のイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロル」というらしいですが、この絵が、この展覧会に出品されるのです。この絵、ルロル姉妹を描いたものですが、本のタイトルのミューズとはこの姉妹のことを指しています。サブタイトルも「ルロル姉妹と芸術家たちの光と影」と言います。

そして、もう一冊、『印象派はこうして世界を征服した』です。この本のオビに使われている右側の「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」という絵、これも出品される予定です。

ということで、フェアをやろうとお考え中の書店員さん、是非、この二冊もお忘れなきよう、よろしくお願いいたします。

こういうところでも紹介が!

まずは下の写真。

一般には目に触れることがあまりないと思いますが、UCカードの会員誌「てんとう虫」、その最新号の書籍紹介コーナーです。毎月、数冊の本が紹介されていまして、あたしの勤務先の書籍の登場率は比較的高いのではないか、などと勝手に思っているのですが、今号も青山南さんが『台湾生まれ 日本語育ち』を紹介してくださいました。3冊の読者プレゼントもあるようです。

  

次の写真は、本日の朝日新聞夕刊です。

注目して欲しいのは真ん中の記事。岩波書店から刊行され始めた「日中の120年 文芸・評論作品選」の記事です。既に2巻が刊行されていて、ご覧のように、あたしはちゃんと購入しております。

シリーズものが、こういうタイミングで紹介してもらえるのは、それも書評欄ではなく文化欄で紹介してもらえるのは、出版社としては非常にありがたいことだと思います。さすが、岩波書店の刊行物ですね!

我田引水的宣伝、あるいは牽強附会的、つまりは他人の褌?

書店の店頭でこんな本を見かけました。

 

キェルケゴールの日記 哲学と信仰のあいだ』です。このタイトルを見ると、あたしの勤務先の『誘惑者の日記』を思い出してしまいます。一緒に並べたら売れるでしょうか?

またこんな本も目睹。

 

戦争と芸術』という本です。このタイトルなら、すぐに『戦争と美術と人間』が思い出されます。アプローチこそまるで異なりますが、参照すると面白い2冊ではないでしょうか?

そして、下の写真は今朝の朝日新聞。

東京都美術館で開催の「ポンピドゥー・センター傑作展」の記事(広告?)です。サイトには「シャガール、ピカソ、マティス、デュシャンなど、ポンピドゥー・センターが誇る巨匠たちの傑作が上野に集結します」とありますが、あれ、この名前たち、あたしの勤務先の刊行物で見覚えがありますね!

 

 

はい、『シャガール』『ピカソ1』『マティス』『マルセル・デュシャン書簡集』などです。

もちろんあたしの勤務先が後援しているとか、主催者だなんてことはありません、念のため。

いろいろな声

熊本の地震。

多くの芸能人がブログやTwitterなどでメッセージを送っていますね。企業のウェブサイトでも、トップページになんらかのコメントが載っているところがあるようです。

で、その芸能人のSNSなどの書き込みで「不謹慎だ」という声が寄せられて炎上しているところもあるとか。

たとえば、熊本の人を馬鹿にするとか、嘲笑するような書き込みであれば「不謹慎」と非難されても仕方ないと思います。でも、楽しいことがあったりしたことを書いたりするのも自粛しないとならないのでしょうか?

少なくともあたしの場合、いや、自分が被災もしてない、東京でノホホンと暮らしているから言えるんだ、と言われてしまえば返す言葉もありませんが、それをちょっと棚上げさせてもらえるなら、自分の好きな芸能人が楽しく過ごしているっていうのは、落ち込んでいるときには一時の慰めが得られてよいのではないでしょうか? よく「あの歌を聴いて勇気をもらった」というのと一緒です。

ファンだったら、ふつうはそんな風に思うのではないでしょうか?

逆に、自分がファンでも何でもない芸能人が何をしていようが、わざわざブログなどを見に行ったりしませんから、わざわざ文句を言ったり非難したりすることもないです。それなのに、ネットのニュースか何かで見ただけで一緒になって非難するというのはどうなのだろう、と個人的には思います。

自分が少しでも楽しく過ごすことをファンの人の心を暖かく出来るのであれば、たぶん芸能人の方々のブログはそういう気持ちだと思うのですけどね。どうなんでしょう?

被災者の中にも、「楽しいブログを読んで元気が出た」と思う人もいれば、「こっちの大変さと無関係に遊んでるよ」としらける人もいるのでしょうね。元気をもらってますますファンになる人もいれば、そういう書き込みを読んでファンを辞めてしまう人もいるでしょうし。

まあ、芸能人なんて、好きな人もいれば嫌いな人もいるのですから、こういうことで一喜一憂してもしょうがないとは思いますが……

中央構造線

熊本の地震のニュースを見ていると、中央構造線という単語がしばしば出てきます。

懐かしいなあ、というのが正直な感想。

中学のころだったか、地理(社会?)の授業で習ったような記憶があります。新潟の糸魚川から静岡の浜松へ向けてフォッサマグナが南北に走っていて、それと垂直に交わるような中央構造線が九州のほぼ真ん中から四国の突き抜け紀伊半島を通っている、というのを覚えさせられたはず。

確かに地震のニュースになると、フォッサマグナにしろ中央構造線にしろ、出てくることもありますが、今回の地震は特に目立つ気がします。場所が場所だけに、関連が疑われるのでしょう。

それにしても、その中学だったかの時は意味もわからず言葉を覚えただけでしたが、大人になってこうしてニュースを見て、再び出会ってなんとなく腑に落ちる感じ。やはり学生時代に勉強はやっておくべきだと思います。

それにしても、今回の地震は、なかなか収まりませんね。火事のように鎮火してしまえば復旧、復興を始められるものと異なり、いつまで続くかわからない地震は、復興もままならないですから、被災者の方の苦労が偲ばれます。

自宅などの壊れ方、住んでいる地区の被害状況、それに個々人の心の持ち様、すべて異なるわけですから、出来るだけきめ細かなケアをしたいところでしょうが、そうも言ってはいられないのではないでしょうか? 行政としては、ある程度は画一的に進めていかないところもあるでしょうね。

しかし、この数年の日本、海外から眺めたら、日本に詳しくない人だったら、そこら中で地震が起きて、都市も家屋もめちゃめちゃになっている国という印象を持たれてしまうのではないでしょうか? 既に九州地区への観光客が減っているということですが、海外からの観光客も、たとえ九州へ寄る予定がなくとも、日本の国土の広さを理解していないと、来日取りやめは大いにありえるでしょう。これはこれで、日本経済には打撃です。

そういえば、何年か前に熊本へ行ったときにも大きな地震があったんだ

熊本の地震、まるで収まる気配が見えませんね。かじりつきでニュースを見ているわけではないのですが、阿蘇山も噴火したとか。やはり地震の影響なのでしょうか? というよりも、九州の地下で何かが起こっているのではないかと思います。

ところで、数年前、何年前だったか正確には思い出せないのですが、人文会の研修旅行で熊本へ行ったことがありました(その後の調べで、2011年の10月だったことが判明)。熊本から博多を回った二泊三日の研修旅行でしたが、初日の熊本の夜、寝静まってから大きな地震があったようです。

「ようです」と書いたのは、あたしは知らなかったからです(汗)。

研修旅行の夜ですから宴会です。料理も美味しく、しこたま飲んでしまい、科なり酔っ払ってしまったあたしは、二次会には参加せず、一次会でホテルへ戻りました。ややよろよろと、若干の吐き気も覚えつつ、とにかくホテルのベッドに戻りたい一心でホテルまでの数分の道のりを這うように歩いたのを覚えています。

ホテルに戻り、シャワーは明日の朝だと決めて、服を脱いでベッドに潜り込み、バタンキュー。たぶん、時刻は9時前後だったのではないかと思います。そしてあたしは朝までぐっすり。翌朝はすっきりと目が覚めたのですが、顔を合わせた同行の面々は口を揃えて昨夜の地震の話をしています。

「えっ、何の話?」というのが正直なあたしの反応。朝もテレビニュースを見ていなかったので、そんな大きな地震があったなんて知らずに二日目が始まっていたのです。後から聞いた話では、今回ほどではないにせよ、当時としてはかなり大きな地震だったようです。それでも起きなかったのですから、相当な酔いだったのでしょう。

なお、この時の研修旅行ですが、三日目、つまり最終日の昼、博多の酒蔵を改装したとかいう料理屋での食事でした。建物が県か市の重要文化財になっていたはずです。そんなところで食べたのですが、帰京後、その建物が火事になったというニュースが入ってきました。行く先々で何かが起こった研修旅行だったわけです。