呪縛は解けていない?

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2017年8月28日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

起きようとしない男のために?

本としての『起きようとしない男』は、表題作を含む短篇集です。表題作「起きようとしない男」はその最初に掲げられた作品です。

ストーリーはタイトルどおり、朝、ベッドから起き出すのがイヤでイヤでたまらない男が主人公で、彼には奥さんも子供もいますが、そんな家庭の大黒柱としての立場はうっちゃって、とにかくベッドからでようとせず、ついにはベッドに居続けることを決意した男の話です。そんなことをしたらどうなるかは実際に本作を読んでいただくとして、本作にインスピレーションを受けた、ベッドともイスとも言えない作品が実際にあるそうで、その写真と作者による文章が本作には収録されています。

そのベッドともイスともつかない家具(?)の写真ですが、本作では縦向きに置かれた写真が載っています。果たしてこんな状態で使うのか、いや、これは横向きで使うはずだろうと自分なりに考えていたのですが、ネットをググってみたら簡単に解決しました。

その作品を紹介したページがあったのです。上の画像はそのページに載っていたものです。やはり横に寝かせて使うようですね。穴から顔をのぞかせて、下に置いた本を読んだり、書き物をしたりという使い方をするようです。

果たしてこのベッドなのかイスなのかわからない家具に寝たら寝やすいのか、起きたくない人にうってつけなのか、それはわかりませんが、まあフィクションから生まれた実際のものということで興味深いです。

で、話は小説に戻りますが、寒い日に布団から出たくないというのは誰でも同じだと思います。あたしなど冬でも4時前に起きているので、その寒さたるやかなりのものです。それでも結局は起きなければならない、仕事に行かなければならない、そんなわけですから「イヤなことはサッサと済ませよう」という考えが勝り、あたしは冬だろうとサッと起きられます。いや、起きてしまう、と言った方が正確かもしれません。

朝の番組を担当しているカワイイ女子アナたちだって、4時からの本番に備えてもっと早い時間からスタンバイしているわけですから、あたしが4時前に起きるくらいどうということはありません。

あたしの場合、「起きようとしない」のはむしろ晩です。

朝は3時半すぎくらいから起きているので、必然的に夜は早くなります。だいたい夜のイベントなどがなければ、8時半くらいには布団に入ってしまいます。しばらくは本を読んでいるので、すぐに寝てしまうわけではありませんが、時には8時すぎに寝床に入り、本を読み始めるものの睡魔が襲ってきて、8時半ころには寝入ってしまっていることもしばしばです。

そうなると、もう夜中にトイレに起きるとか、そんなことでもない限り起きようとは思いません。電話が鳴っても出ません。PCも寝床へ入る前にシャットダウンしているので、メールも明日の朝までノーチェックです。

そんなわが家ですが、数日前のこと、朝刊を取りに郵便受けを開けると、宅配便の不在通知が入っていました。見てみると前の晩の8時半ころに配達があったようです。

そういえば、本を読んでいたときにドアチャイムが鳴ったような気がしましたが、隣の家かどこかだと思って出なかったのを思い出しました。あれって、わが家へ来た荷物だったのですね。その日は、母も既に寝床に入っていたので、起きることはせず、8時半の時点でわが家は寝静まっていたというわけです。

ロッジ入門に最適?

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年に一度の

今日は高田馬場にある、あたしの勤務先の倉庫の棚卸しでした。営業部員総出で取りかかります。

棚卸しって、つまりは倉庫にうずたかく積まれている在庫本をすべて数える作業です。

「あれ、この本、品切れのはずだったけど、一冊残っていたんだ」といった掘り出し物も時にはあったりします。

出版社として、どのくらいの在庫を持っているのが適正なのか? 経理的に計算することはできるでしょうが、何かの弾みで突然売れ出すこともありますので、こればっかりはわかりませんね。もちろん大量の在庫があるのはよいことではないのですが、出した本が一年後や二年後にきれいさっぱり売り切れてしまっているというのも問題でしょう。

ただ、そんなことよりも、棚卸しで確認した在庫が来年まで狂わずにきちんと数量把握ができていることを願うばかりです。どうしてなのか、在庫って時と共に狂っていくんですよね。

シリーズ完結です。

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演劇の話ばかりではないようで……

新刊の『日本新劇全史 第一巻』が本日、見本出しです。

ご覧のように、本体価格3万円もする大冊、巨冊です。第一巻では明治~終戦までを扱います。戦後を扱う第二巻は来年刊行予定です。しばしお待ちを。

どんな内容なのか知りたいという方も多いと思いますので、帯にあります目次をご紹介しますと、上の写真のような感じです。なんか左翼運動史という風でもありますね。

またしても岩波書店の吸引力にやられてしまいました

昨日のダイアリーで、世田谷の成城堂は岩波文庫や岩波新書の宝の山だと書いたばかりですが、こんどは都心のブックファースト新宿店です。

ご覧のように岩波書店の蔵出し本フェアをやっています。9月上旬までのようです。

蔵出しと言うからには在僅本のフェアかなと思いましたが、意外と最近のものも並んでいました。が、そんな中、ちょっと珍しいものもチラホラ……

というわけで、またしても買ってしまいました(汗)。

もー、岩波書店のバカ、バカ!

フィーバー?

朝日新聞夕刊に、いろいろと載っていました。

 

まずは松尾スズキさんの戯曲『業音』です。書籍も店頭に並び始めたところだと思います。

続いては温又柔さんのインタビュー記事。惜しくも芥川賞は逃しましたが、その立ち位置から紡ぎ出される作品は今後も日本人とは何かについて考えさせるものだと思います。

最後は短大の記事。

一見すると何の関係もなさそうですが、記事中に『消えゆく「限界大学」』という書名が出て来ます。はい、そうです。あたしの勤務先の刊行物です。

それにしても、一度にこれだけ自分の勤務先関係の記事が載るなんて……

まさに、フィーバーです。

って、その表現が古いですか?

地方だけの問題なのでしょうか? 都会だって深刻な地域があるんですよ!

朝日新聞の一面にこんな記事が!

ページをめくると更に関連記事も載っていました。

書店が一つもない自治体という記事、これまでにも何度か載ったことがあるような気きもしますが、改めて一面に出した意味は奈辺になるのでしょう?

それはともかく、自治体で数えるのもいいですが、人口比ではどうなのでしょう? 東京では銀座から新橋にかけて書店がほぼなくなってしまいました。人口比で考えるとかなり深刻な問題です。

それに東京をはじめとした大都市では、駅前再開発などがなされると、もう新しいビルには家賃が高すぎて書店は出店できないという問題もかなり深刻だと思います。書店が減っているというと地方ばかりがクローズアップされますが、都会も実は深刻な地域があるということです。

単純に本に触れる機会ということであれば、図書館の充実度も合わせて考えないと不公平な気もしますし、形としての本ではなく中味としての本について考えるなら電子書籍についても顧慮しないと、やはり中立ではないような気もします。

書店が街にないなんて……

という記事はしばしば目にしますが、結局、本屋に限らず、その商店の商売が立ち行かなくなったのは地元の人が利用しなかったからですよね。冷たく言ってしまえば、自縄自縛なんだとも思います。

だから、書店を復活させたからと言って、結局街の人が利用しなかったら数年後、否、数ヶ月後にはまた閉店するのは目に見えていると思います。となると、地方をどうするか、均衡ある国土の発展とはどうあるべきか、そんなことも考えないとならないのかな、という気がします。