「明」的なもの、あります

習近平と永楽帝』を読み始めたので、自宅にある「明」的なものを捜してみました。

まずは基本中の基本図書『明史』です。

写真は中華書局の評点本二十四史シリーズの『明史』です。『史記』から『清史稿』まで揃っています。『明史人名索引(上・下)』もちゃんと揃えています。他には、いわゆる影印本ですが、『武英殿本二十四史』も所持しております。

続きましては永楽帝の事績の一つ、『永楽大典』です。これは北京の瑠璃廠の中国書店(だったかな?)で買いました。この両隣にチラリと見えるのは左が『図説中国の歴史』(講談社)という日本の本ですが、右側は『説郛三種』という中文書(中国で発行された書籍)です。「上海古籍出版社」と書いてありますよね? 中華書局と並ぶ出版社の一つで、その名の通り、古典籍などを主に刊行している出版社です。

というわkで、タイトルの「明」は「メイ」ではなく「ミン」とお読みください。

2017年8月17日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

一緒に並べていただけますか?

書店店頭で、短歌研究社から最近刊行された『塚本邦雄全歌集』第八巻を見かけました。帯には全八巻とありましたので、これで完結なのでしょうか?

たぶん、この全歌集を購入していらっしゃる方なら『わが父塚本邦雄』は既にご存じのはずでしょう。が、歌には興味あるけれど、作家個人には特に興味を抱いてこなかった方にも、息子の目から見た父の評伝は一読の価値ありではないでしょうか?

また『文豪と暮らし〜彼らが愛した物・食・場所〜』という本を見かけました。この中で特に「食」に興味を持たれた方なら、『文豪の食卓』にも興味を持たれるはずだと思います。

 

あるいはちょっと視点を変えて『日記で読む文豪の部屋』などはいかがでしょうか?

なんとなく気になるイベント

紀伊國屋書店新宿本店の壁に貼ってありました。

あたしもちょっと気になっている新刊『ナチスの「手口」と緊急事態条項』の刊行記念トークイベントですね。石田勇治さんは『過去の克服』をはじめ、あたしの勤務先でもたいへんお世話になっています。

 

こんどの新刊同様、このトークイベントもとても興味深いですね。

お次はフクロウのフェアのようです。いや、写真撮影会でしょうか?

あたしの勤務先とフクロウって、一見すると何の関係もないようですが実は『フクロウ その歴史・文化・生態』なんていう本を出しているのです。著者はあのデズモンド・モリスです。

このイベントに来るような方は、言わずもがな、既にこの本は持っていますよね?

スーパーカミオカンデ今昔物語

朝日新聞にスーパーカミオカンデの記事が載っていました。最初の部分だけご紹介しますと

日本のノーベル物理学賞受賞につながった素粒子・ニュートリノの観測装置「スーパーカミオカンデ」の性能を、東京大などの研究チームが大幅に高める。2019年度にもレアアースを水槽内に混ぜ、物質の成り立ちの解明につながる「反電子ニュートリノ」の観測を目指す。

という記事です。更に改良を施すようですね。

しかしニュートリノと聞いても何のことやらさっぱりという方も多いのではないでしょうか? そんな方にお薦めの書籍がこちらです。

科学の最前線を歩く』です。この本の最後の内容がこんな感じです。

Ⅳ 宇宙の根源を問う
超新星ニュートリノで探る大質量星の最後の姿――超新星爆発  川越至桜
素敵な数、素数  寺杣友秀
地球と生命の共進化――多細胞動物の出現とカンブリア爆発  小宮 剛
宇宙のかたち――数学からのチャレンジ  河野俊丈
ニュートリノの小さい質量の発見  梶田隆章

初学者でもわかるように、東大の先生方がアカデミズムの最先端をかみ砕いて教えてくれます。

しかし、それすらも難しいという方にはこんな本もあります。

鉱山のビッグバンド』です。これはスーパーカミオカンデなどが出来る以前の神岡には鉱山があって、そこで働く人たちが中心となってバンドを結成し活躍した事実を追ったドキュメンタリーです。

2連敗

妹家族が遊びに来ているということは既に書きましたが、妹夫婦が買い物へ出かけている間、姪っ子、甥っ子をどこかへ遊びに連れて行ってやるかと思い立ちました。

まずは昨日。

ららぽーと立川立飛へ行きました。ここは今までも妹家族が来るたびに行っているところですが、今回のお目当てはららぽーと内にあるKidsBeeという施設です。お昼少し前に着いたのですが、この時間帯は食事付のコースでないと入場はできないとのこと。「そんなの聞いてないよ」と言っても詮無いこと。遊びだけだと、午後2時すぎにならないと入場できないとのことで諦めました。

仕方なく、サーティーワンでアイスを食べさせてやりましたが、サーティーワンなど入ったことがないので、注文の仕方がわからず四苦八苦しました。空いていてよかった。混んでいたら後ろのお客の大迷惑になっていたことでしょう。

そんな昨日のリベンジというわけではありませんが、今日は昼食後、こんどはイオンモールむさし村山の中にあるボーネルンドという施設へ向かいました。小学生までが遊べるスペースという意味では昨日と同じような施設だと思います。

が、今日はイオンモールに入ることすらできませんでした。いや、厳密言えば入ったことは入ったのですが、駐車場が満車、30分ほど場内をうろうろ走らせましたが、結局空きスペースを見つけ出せず、イオンモールの施設に入ることなく帰路に着きました。

嗚呼。まさか二日続けてこんな羽目に陥るとは!

こういう混み合う時季でないときに姪っ子や甥っ子が来たら、みたびリベンジしたいと思います。

vsピロリ菌

夏前に行なわれる定期健康診断。ここであたしは胃カメラの二次検査を受けることになりました。そして胃カメラを受けた結果、「皺一つないきれいな胃袋」でした。そpれはつまり、ほぼ確実にピロリ菌がいるということで、除菌措置をした方がよいという診断結果でした。

で、近所の掛かりつけの病院でその旨を伝え、まずは大便を採取し本当にピロリ菌がいるのかどうかを検査しましたが、見事にピロリ菌が生息していました。さて、ピロリ菌の除菌をするか否かはこちらに任されます。中には「しない」という人もいるのでしょうかね?

あたしはもちろん、ここまで来たからには「やります」と答えました。方法は一週間、朝と晩の食後に薬を飲み続けることだそうです。その後再び健さんをしてピロリ菌が除菌されたか確認するのだそうです。

その服薬、今朝の薬でようやく終了しました!

医師や薬剤師からは、味覚がおかしくなったり下痢の症状が出たりしますとあらかじめ言われていました。あたしの場合、味覚の方はわかりませんが、下痢はかなり来ました。もともと胃腸が強いタイプではなく腹を下しやすかったので、この薬の効果はてきめんです。一週間の服用期間中、どうしても辛くて、3回ほど正露丸を飲んでしまいました(汗)。

しかし、この苦しみも今朝で終わり、先程服用したばかりなので、今日いっぱいくらいはまだお腹が緩いと思いますが、盆休み中だったのが幸いです。あとはピロリ菌が除菌されていることを願うばかりです。

ところで、ピロリ菌がいると、何がいけないのでしょうか?

動け!トラックボール

自宅のPCではトラックボールの付いたマウスを使っています。USB接続です。

トラックボールって思い通りに動かせるの、という疑問も使う前は持っていました。やはり長年使い慣れた普通のマウスの方が使いやすいのではと思うのです。ただ、マウスですと、マウスを動かすためのスペースが必要になります。そんなに広い場所は必要ないでしょ、と言われればそうなのですが、狭い机周辺では、いろいろと物が置いてあって、うまいこと自由にマウスを動かせないときもあります。その点、トラックボールはマウス自体を動かす必要がないのでスペースの問題はクリアできます。

でも、やはり上に挙げたような不安もありました。ところが、いざ使ってみますと、慣れてくると細かな動きも問題なくできるようになりました。今では便利で手放せません。

が、ここへ来てちょっとした問題が……

先日、たぶんWindowsUpdateか何かが行なわれたのだと思いますが、それ以来、起動してもトラックボールのマウスが反応しなくなったのです。この数日の話です。

トラックボールはゴミがたまってくると動きが悪くなるので、普通のマウスも繋いでいますが、そちらは問題なく動作します。トラックボールのマウスは、起動後に一度USB端子から抜いて、再び差し込むと使えるようになります。たぶん、ドライバ関係の不具合なのではないかと思いますが、マウス自体に特殊なドライバが付属しているわけではなく、Windowsマシンに繋げばすぐに使えるタイプですから、Windows標準のドライバの仕様が変わってしまったのでしょう。

細かなアップデートはちょこちょこ行なわれているようなので、じきに何事もなかったように動くようになるのではないかと思っていますが……

脳挫傷?

今朝のことです。

わが家の居間に置いてあるワンダーコア。ここ数ヶ月、腰を痛めていたので全然やっていないのですが、遊びに来ている甥っ子がやってみたいというので、やらせてみました。

バネが付いていると、男の子とはいえ小2の筋力では後ろへ倒すことができないので、二つ付いているバネを一つはずしてやりました。それならなんとか倒せるようになったのですが、いとも簡単に起き上がってきてしまうので、まるで腹筋が鍛えられているような感じはありません。

試しにバネを全部外してみると、体を倒すのは簡単になりましたが、腹筋が足りないのでしょうか、なかなか起き上がれなくなりました。それでも甥っ子はしばらく頑張って、何回かは腹筋運動にトライしていました。

で、そんなバネの取り外しをやっているときに、跳ね上がってきた背もたれがあたしの側頭部を痛打しました。手で押さえておくのを忘れたあたしがいけないのですが、ものすごい衝撃でした。いや、目から火花が飛び出る、というほどではないのですが、頭の奥の方に鈍い痛みを感じました。

それが今朝の出来事ですが、午後の3時になっても痛みが治りません。もうぶつけた衝撃は関係なく、ただの頭痛なのか、それとも朝の痛打が尾を引いているのか。確かに側頭部はまだ痛みます。頭でなくとも、ぶつけたりすればしばらくは痛みが残りますよね。単なるそういう症状だとよいのですが、数日後、突然ぶっ倒れてあの世行き、なんてことにはならないですよね?

社会勉強してきました?

昨日から妹家族が来ています。

そして今日は本所防災館へ行って来ました。ここは、もうずいぶん前に、母方の田舎の従姉妹の子供(女児二人)、当時は小学校低学年か幼稚園くらいだったと思いますが、その子たちが遊びに来たときに連れて行ったことがあります。それ以来の訪問です。その時のことも覚えていた妹が、自分の子供たちにもああいう社会勉強をさせたいと思ったのでしょう。

コースは震災のアニメ映画を見た後に、暴風の体験、消火訓練、煙の中の避難訓練、そして最後に地震体験でした。

これが豪雨体験。風はそれほど吹いていません。とにかく雨です。顔が全くわかりませんが、一番前で手すりをつかんでいる三人が、左から甥っ子(小2)、姪っ子(小1)、姪っ子(小4)です。

そして雨体験が終わったら次は風体験。子供だけのグループなので、大人からにとってはそれほど強いものではありませんが、子供にはそれなりの強風だったはずです。

こんな防災体験の後、せっかくなのでスカイツリーへ足を延ばしました。そこでお昼にしようと考えたあたしが浅はかでした。どこもかしこも人が一杯並んでいて、30分やそこらでは順番が来そうにありません。もちろんレストラン街以外も大勢の人であふれていました。とはいえ、外国からの方が過半だったようにも感じます。

やむなくスカイツリーを後にして、スカイツリー付近のファミレスでなんとか昼食。その後は浅草へ向かいました。

うんこビルの脇を通り、吾妻橋から雷門へ。ここもスカイツリーに負けず劣らず大勢の人です。仲見世など真っ直ぐ歩けないくらいでした。

ちなみに、あたし、仲見世って初めて来ました。東京生まれ東京育ちですが、これまで浅草ってほとんど来ることがなかったので……(汗)

初めて浅草寺をお参りしました。その後はちょっと疲れたのでふなわかふぇへ。冷たいお抹茶が疲れた体にはとてお美味しかったです。

一服した後、銀座線で神田へ、そして中央線に乗り換えて帰宅しました。

そこに何があるのか?

御巣鷹山の事故から今年で32年だそうです。当時のことはよく覚えています。

夜、テレビを見ていると、日航機の消息が途絶えたというニュース速報が流れました。「ふーん、どうしたんだろう」というくらいの気持ちで、あたしの記憶が正しければ、「水戸黄門」を見ていました。ちなみに、水戸黄門一行がちょうどその時旅していたのが群馬県の事故のあったあたりだったはずです。だからこそ、よく覚えているのだと思います。

その後も水戸黄門の中でニュース速報のテロップが数回流れたと思います。徐々に事故だ、墜落か、という感じの雰囲気になってきました。その晩のうちに墜落の一報を聞いたか、事故を知ったのは翌日だったのか、それは覚えていませんが、直後は凄惨な墜落現場の映像が入ってこないので、死亡者こそ多いものの、これほどの重大事故だという認識はありませんでした。

さて、三十数年経って、毎年のように慰霊に訪れる遺族がいます。その行為や気持ちをとやかくいう立場でもなければ、そんな資格もありませんが、ふと思うのは、あそこへ行って何がしたいのか、ということです。

大切な家族が命を落とした場所というのはわかります。ただ、遺骨なり遺体なりを自分のところの墓に埋葬したのであれば、御巣鷹山には何があるのでしょうか? 遺体が発見できなかった人であれば、亡くなった家族の霊がまだあの場所にいると考えたくなるのはわかりますが、ただ、それでも葬儀を行ない供養もし、自宅に仏壇なりがあるのであれば、御巣鷹には何が残っているのだろうか、という気がするのです。

こういう気持ち、疑問とは全く別な理由でしょうけど、事故の現場に足を運べない遺族もやはりいると思います。辛い気持ちになるからでしょう。もし自分の家族があの事故で亡くなっていたとしたら、あたしは毎年現場へ足を運ぶだろうか、と考えてしまいます。

家族が無念の死を遂げたところではありますが、怖い思い、辛い思いをした場所でもあります。死の間際どれだけの恐怖が家族に襲いかかったのかと思うと、その場所へ足を運ぶのを躊躇ってしまうかも知れません。だから、あたひは毎年足を運ぶ遺族に対して「もう無駄だからやめれば」という気はさらさらないですが、足を運ばない(運べない?)遺族に対しても「行くべきだ」という気にはなりません。

こんな風に事故を思って、いろいろ考えることが、風化させないということなのかとも思います。